第七十五話 女神の壺
翌朝、目覚めるとニコラスがいませんでした。
一人で出歩くなんて珍しいですね。
「ディーン、ニコラスは?」
「坊ちゃんは村長の御子息に呼び出されて出かけられました」
一言声をかけてくれればいいのに。村長の息子・・・。
村長とは折り合いが悪そうですよね。
村長とも壺のことについてゆっくり話をしないといけません。
でも勝手に話しに行けば怒りますよね・・。お母様にもニコラスの傍を離れず言うことを聞きなさいって言われてます。
ニコラスを呼び出す用件。私とは喧嘩したあとだから、声をかけにくいのかもしれません。
「ニコラスに魔法を教わる気になったんでしょうか?」
「そうだといいんですが。」
ディーンが意味深な顔をしています。
宿で用意された朝食を食べ終わったので水の女神の祠に祈りを捧げにいきました。部屋に戻って本を読んでいますがニコラスが帰ってきません。
あの真面目なニコラスが護衛任務を放って長時間いなくなるわけないです。せめて一言書置きくらいするはずです。ニコラスを探しにいきましょう。
セノンを抱いて村を歩き周るもいません。
「お嬢様、あれ」
村長の息子がいましたわ。私の顔を見て踵を返して逃げました。
あれはなにかあります。
「ディーン、捕まえてください」
ディーンが追いかけて捕まえました。
「私の護衛騎士を知りませんか?」
じっと見つめると目を逸らされます。ヴェールを被っているので睨んでいるとは伝わらないかもしれません。このヴェールは外からは顔を見えませんが内側からははっきり外が見える魔法の布です。
「・・知らない」
「何をしましたの?」
下を向いて顔をあげません。これは絶対になにかあります。
「俺は知らない。」
「ニコラスを呼び出したことは知ってます。」
「護衛騎士一人いなくなってもいいだろ」
「よくありません。どこにいますの、まさか!?」
急いで祠に戻って階段を駆け下ります。水の女神の壺には呪いがかかってます。
扉を叩きます。
「ニコラス、そこにいますか!!ニコラス、大丈夫ですか、ニコラス」
「お嬢様、この扉はこいつがいないと開けられません。扉を開けろ」
ディーンが村長の息子を連れてきました。
「嫌だ」
今さらですが巫女らしさなど構ってられません。
「開けなさい。ニコラスを閉じ込めましたね。自分で修復できないからってニコラスを閉じ込めるなんてありえません」
「巫女達は壺の修復に来たんだろう。ならこの村に残ればいい」
自分ができないからってなんてことでしょう。
それ以前に、魔力を吸う壺のある部屋にニコラスを閉じ込めたなんて許せません。
そんな愚かでひどい人物に神具を任せられません。
「そんなことできません。それなら私が壺を引き取ります」
「壺が村からなくなるのは困る。」
「なら自分で修復してください。」
「村の存続と護衛騎士一人だとどちらが重いかわかるだろ?」
「当然ニコラスのが大事です。悩むまでもありません」
「護衛騎士のかわりなんていくらでもいるだろ」
「いませんよ。」
「まさか、巫女なのにあいつが好きなのか?」
軽蔑したような顔で見られてますけど、私も貴方を軽蔑してます。
巫女だからって、平等なわけではありません。
公には隠していても、それぞれ優先順位はあります。
だから巫女位を返上して愛する人と結ばれても罪にはなりません。全ての民に平等なのは神々だけですわ。
それ以前に私は巫女は副業であり、本業ではありません。
「当然です。ニコラスもディーンも大事です。ニコラスを貴方の代わりにさせるなんて許しません」
「俺の力がなければこの扉は開かない」
「開けなさい。ニコラスに何かあれば許しません。呪いかけますよ」
「お前巫女か!?。開けない。助けたいなら取引しようぜ」
自分が優位に立ってると思ってる自信のある顔にさらに怒りがわきました。もうおさえられません。
巫女としてふさわしくない顔と気持ちとはわかってますよ。加護がなくなれば位を返上します。
最低です。もう手段は選びません。
きっと顔には冷笑が浮かんでいるでしょう。こんなに怒ったのはセノンのこと以来です。
「ご存知ありませんの?水の女神の封印は母神である聖なる女神には効きません。私、聖なる女神様には寵愛を受けてましてよ?…たぶん」
封印なんて力ずくで壊します。膨大な魔力をあてれば壊れます。
扉に魔力を流し込んでさらに封印の扉に浄化魔法を注ぎ込みます。浄化魔法は悪しき者だけでなくすべての魔法に効果があるのです。上級の浄化はすべての魔法から属性を取り除きます。時間がかかるので中々使いどころはありませんが。
バチバチ音がしています。もう少しで壊れます。魔力を注ぎ込みます。
「おい、やめろ」
「ニコラスに手を出したんです。貴方も村も知りません。人の大事な者に手を出したんです。当然の報いです。国のために壺さえ無事ならいいのです。他力本願な誇りを捨てた一族なんて滅びてしまえばいいのです」
扉が爆発しました。痛くないのは、ディーンに庇われました。
中に入るとニコラスが倒れてます。
「ニコラス!!」
顔が真っ青です。きっと女神の壺に魔力を吸われたんでしょう。
ニコラスの頭を抱えて魔力を注ぎ込みます。
「ニコラス、起きて!!」
どこまで魔力を吸われましたの!?
なんでこんなことになってますの。ニコラスのバカ。回復薬は飲めない。ポケットにある魔石をニコラスに吸収させます。治癒魔法をこめた魔石なので体力も回復するはずです。
顔色は戻ってきました。体も暖かくなってきました。これで大丈夫です。
「ディーン、ニコラスを運んでください。セノン、ニコラスをお願いね」
パキ、パキ、
変な音しませんでした?
「壺が・・・」
呆然とした声に顔をあげます。
壺?壺を見ると大きいヒビが、これ割れます!!
せっかく修復したのに。
「ディーン、セノンとニコラスを連れて宿に行って下さい。宿でニコラスを寝かせて下さい」
ディーンがニコラスを抱えていきましたね。
壺に手を当てて水魔法を紡ぎます。
パキ、パキ
駄目です。私の微細な魔力では足りません。聖なる女神が水の女神を産み出した。力の根源は一緒?
壺に治癒魔法をかけてみます。
女神様、扉を壊してごめんなさい。後で治しますから許してください。
パキ、バキバキ
駄目です。全然効果ありません。無機物に治癒魔法は効果がないから当然の結果です。
頼りたくないけど仕方ありません。
「貴方、見てないで手伝いなさい」
「俺にはできない」
状況を見てください。できないが言える場合ではありません。悔しいけど、この人のほうが私より才能があるんです。それに、水魔法だけを使い続けた一族なら水の女神の加護があるはずです。
「そんなこと言ってる場合ではありません!!水の女神の一族なんでしょう。貴方は長い歴史を受け継がれた誇りある血族なんです。さっさと手伝ってください」
動かない。情けないです。ありえないです。貴方がニコラスを閉じ込めたから悪いんです。
「貴方は自分の血に誇りはないんですか!?水の女神様を信仰して守り続けた壺と村を貴方の代でおわらせていいんですか?この壺を守るために毎日神気を送りつづけたお父様を見て何もおもわないんですか?才能がないって思う前は目指そうとしなかったんですか?村長の息子として矜持はないんですか。もし神具が壊れればあなたや村人の命は保証できません。斬首されても当然です。陛下から託された神具を守れなかったんですから。斬首されただけで許されるなんて思わないことです。絶対にどこまでも追いかけて果てのない苦しみをあびせます。貴方の怠慢で私の大事な者が命の危険にさらされるなんて許しません。」
村長の息子が恐る恐る壺に手を当てました。動くのが遅いんです。怒りを抑えて、静かな声を出します。
「魔法はイメージです。貴方のお父様は何も教えてくれなかったんですか?」
「親父は、祈りの力って」
祈りの力の…。
「水の女神の祝詞は覚えてますか?」
「確か、・・・∆∆∆」
聞いたことのない言葉です。
祝詞に合わせて壺が輝きだしました。壺のヒビがなおっていきます。さすが水の魔法だけに生涯を捧げた一族。
もう大丈夫そうですわ。一安心です。私、力が抜けてきました。
「おい!?」
村長の息子の驚いた声に下を向くと壺を落としていました。
割れてないです。良かった。
壺を持ち上げると、底にヒビが入ってます。
にっこり笑って、村長の息子の手に押しつけます。
「あとはお任せします」
「待てよ!!嘘だろ!?」
今の私には修復はできません。壊すことはできても、直すことは難しいんですね。
扉を壊したことは村長に謝らなければいけません。
ポケットにある回復薬を一本飲み、村長のもとに行きましょう。ニコラスはディーンに任せれば大丈夫です。
「これはリリ様、どうされましたか?」
頭をさげます。
「すみません。扉の封印を解いてしまいました」
「あぁ。構いませんよ。頭をあげてください。」
「誠に申し訳ありません。」
「あの封印は定期的にかけなおすんでお気になさらないでください」
声に焦りがありません。頭をあげると、村長は穏やかな顔をしています。いくらなんでも落ち着きすぎてませんか?
「古来より続かれる封印なのでは?」
「賊が壺を持ち出さないように部屋には鍵がないと中から開けられないよう仕掛けがありまして。鍵はなくさないように、うちの一族の体に刻んであるんです。扉の封印はお守り代わりです。」
村長一族がいないと出入り出来ないって…。
じゃあ普通に魔力をあてれば壊れた。浄化魔法いらなかった・・。無駄な魔力と集中力を使ってしまいました。
「な!?いえ、失礼しました。安心しました。息子さんは壺の修復を習得されましたが今後どうされますか?」
「俺が引き継ぐよ」
いつの間にか村長の息子がいますわ。
「お前・・・」
突然反抗期の息子が態度を改めたら驚きますよね…。目を見開いて息子を見つめる気持ちはわかります。
「誇りある一族の血も役目も俺の代で放り出すわけには行かない。」
「本気なのか?」
「ああ。その巫女様より俺は才能あるから」
悔しいです。でも私は壊すことしかできませんでした。
「今後も壺を守っていただけるなら、こちらからはなにも言うことはありません。お困りの際は上皇様にご相談ください。止まない雨が降ることがないように今後もお願い申し上げます」
深く頭を下げます。
「かしこまりました」
「私はこれで失礼させて頂きます」
この一族に不安はありますが、後継がいるなら口出すことはありません。
礼をして宿に帰るとニコラスはまだ寝てました。
ニコラスの手を握って魔力を送ります。
「リリア、にこらす」
「魔力切れみたい。ゆっくり休ませてあげましょう。今日はディーンに遊んでもらって」
「リリアは?」
「ニコラスが起きるまでは側にいます。起きたら一緒に遊ぼうね」
セノンが離れていきました。
ニコラスに魔力を送り続けます。
目を開けると、ベッドに寝てました。
ニコラスは?
慌てて起き上がって部屋を見渡すとニコラスが椅子に座って本を読んでます。
「起きたか」
普段と変わらない顔、起きたかじゃありません。ニコラスに抱きつくと暖かい体に安心します。
「リリア!?」
「バカ」
「は?」
「自分の身も守れない護衛はいりません」
「それは、ああ。悪かったよ。心配かけてごめんな」
頭の上から聞こえる笑い声にイラッとしました。
頭を撫でられたくらいではごまかされません。
胸から顔をあげて睨みつけると顔が近づいてきます。
ニコラスの首に手を回します。
「本気で反省してください。」
「お嬢様、何してるんですか!?手を離してください。坊ちゃんの首しめないでください。なんでそうなるんですか!?」
「ディーン、ニコラスは全然反省してません」
「だからって人の首を締めてはいけません。やっと落ち着くかと思ったのに、なんでそうなるんですか。坊ちゃんのお仕置きは旦那様がされますよ。帰るんですから、余計な体力を使わないで下さい。」
仕方がないので、機嫌の良さそうなニコラスの首から手を離しました。
帰りの支度をしないといけません。神具のことが解決したらこんな村に用はありません。
村長に帰りの挨拶に行きこの村を発ちましょう。




