屈服のジルベルク
本日も無事更新できました。
お読みいただいてる皆様には感謝を申し上げます。
「くそ! どうにもならん!!」
ジルベルク皇帝メルキア=ジルベルクは謁見の間の椅子を力任せに叩いた。
同席している重臣たちも辛酸を舐め尽くした顔をしている。
冬真っ盛り。
ジルベルク帝国は決断を迫られていた。
ジルベルク包囲同盟盟主国、ファーナリス法王国にジルベルク帝国からの使者が来ていた。
ジルベルク帝国の将軍ヴァレス=プロヴァンスである。
ファーナリス法王国国王ヨルバは返答に窮した。
自分の耳を疑ったのだ。
ヴァレスの口が動く。
「もう一度申し上げる、和睦していただきたい。」
ヴァレス=プロヴァンスはジルベルク帝国の筆頭将軍である。
武官最高位に就いている。
その武官最高位自らが和睦の使者として来ているのだ。
内容もジルベルクが大きく譲歩したものである。
一つ、此度の戦で同盟各国が得た領土を帝国は正式に放棄し以後各国の領土とされたし。
二つ、アーメリアス王国国境に滞在している帝国軍を引き揚げさせる。
三つ、南部の奴隷は開放する。
四つ、この和睦を破棄しない為に人質を各国に差し出す。
ジルベルクにとっては屈辱的な内容を譲歩してきた。
「くそ! くそ! くそ!」
私室でメルキアは壁や椅子に当り散らしていた。
屈辱的な譲歩を自らしなければならないことに腹の虫が治まらない。
その暴れようは廊下にまで聞こえてくる。
(血族で残っているのは我が子アトだけだ! それもよりによって行き先でスイストリアが残るとは! ファーナリス法王国は法と正義を重んじる。領土放棄で納得する。失ったのであれば後で取り戻せば良い。アーメリアス王国も同様だ。国境付近から兵を引き揚げればよい。失った土地も元を辿ればアーメリアスのものだ。もう一度侵攻すればよい。解放した南部の奴隷たちも機を改めてもう一度奴隷に落とせばよい。だが、人質が問題だ! 「死んでもいい」親族から選んでいいるがよりによってスイストリア王国の人質が決まらん!)
メルキア=ジルベルクは我が子を手放すかを迫られていた。
そこにジルベルク帝国宰相オーネスト=ウェスランドが入って来た。
「・・・陛下、心中お察しいたします・・・。」
「オーネストか! 何かいい方法は無いか! このままでは我が子を差し出さねばならん!」
「それについてですが良い方法がございます。」
「! 何!? 術があるのか!?」
「我がウェスランドの娘たちを使いましょう。」
「!? 帝国の二大美姫をか!?」
オーネスト=ウェスランドは嫡子に恵まれなかったが娘達には非常に恵まれた。特に長女のレオノと次女のユーディットは美姫として名高く将来はジルベルク帝国の野望の為に政略結婚の価値が極めて高かった。その姫君たちを手放しでくれてやると言うのだ。
「ただくれてやる訳ではありません。スイストリアのジークのただ一つの欠点、女癖の悪さにつけ込みます。我が娘達を使い彼の英雄を誑し込むのです。そうしてここ、ジルベルクに仕官させるのです。」
「・・・上手くいくと思うか・・・?」
「普通であれば五分五分でしょう。娘自慢ではありませんが我が娘たちは気立ても器量も帝国一と自信があります。一人ならいざ知らず二人なら必ずやこの計略を成し遂げてくれるでしょう。何よりアトリア様を差し出すよりは良いと存じます。」
「差し出す先がファザード=リレファンド=スイストリアではなくジーク=ペンドラゴンを指定するのはその為か・・・。向こうはそれで納得すると思うか?」
「先の同時侵攻でジーク=ペンドラゴン侯爵は総指揮を執られておりました。その功績に対する褒賞がまだだと聞いています。彼の御仁は内政、外交、軍事と各分野で活躍しており大功を収めております。おいそれと簡単に褒賞を決めかねるのです。そこでスイストリア王国ファザード王に此度の戦功に報いるためと称してこの二人を捧げる様にするのです。ファザード王も人質を取ることができ褒賞も準備できる。もしファザード王がこの二人を気に入り側室にしたいというのであれば側室にしてもらいます。その時にジーク=ペンドラゴン侯爵との仲を裂くように策動するもよいでしょう。」
「ふむ・・・。よし! その計略を採用しよう!」
「帝国の二大美姫ねぇ・・・。」
ファザード王の私室に義父ソルバテスと共の呼ばれたジークは人質の件を知らされてもさして気にするそぶりを見せなかった。
美女を自分に寄越すと言われてすぐにある事柄が思い浮かんだ。
「奴隷出自の美姫ではなく本物の貴種からの美姫なら俺を誑かす事が出来ると思っているのだろう・・・。俺は先人のようにはいかねえぞ・・・。」
「? 婿殿? 奴隷出自の美姫とか先人とか何の事だい?」
「なぁに、そういう逸話があるって話さ。敵が仕掛けたのは美しい女を使って誑し込んで主従の仲を引き裂くつもりなんだろうよ。」
「では、受けぬ方が良いか?」
主君ファザード王の問いに否定の意を表す。
「いや、そいつもどうかと思う。落とし所が難しいんだよ・・・。今のジルベルクは人質の選定に苦労しているはずだ。その弱みに付け込んで無理やりジルベルク帝国の嫡子を寄越せなんて言ったら陛下の名に傷が付きかねない。」
「では、受けてやるという恩を売るか・・・?」
「人質が俺ンとこに来なけりゃいいんだけどな・・・。」
「レオノ姉様、お話があります。」
ユーディットは姉の部屋まで足を運んでいた。
「ユーディね? 入って。」
ユーディットは姉の了解を得て部屋に入る。
既に荷物の準備を女中と共に始めている。
自分の聞き間違いだと思いたかった。
スイストリア王国のジーク=ペンドラゴン侯爵の元へ人質に行く。
邪神討伐も有名であるが女癖の悪さでも有名である。
そのような不誠実な男の元へなどユーディットは行きたくは無かった。
その思いに気づいているウェスランド家の長女レオノは妹を愛称で呼びながら説得する。
「ユーディ、今回の人質は国家百年の計よ。私達でスイストリアを内部から崩壊するように仕向けなければならないという任を帯びているのよ・・・。今の八方塞がりの状況を打破するためにも邪神討伐の英雄を魅了するのよ・・・。私達二人なら出来るわ・・・。」
「!! 姉様はそれでよろしいのですか!? 女ならば好いた男の元に嫁ぎたいと思わないのですか!?」
「ユーディ、ジルベルク帝国最古の貴族筋、ウェスランド家に生まれた以上そのような夢は捨てねばなりません・・・。」
「!! 夢と・・・。愛する人と結ばれるのが夢と仰るのですか!?」
「ユーディ! 聞き分けなさい! 私たちの一挙手一投足で帝国が滅亡するかも知れないのよ! それにこれはジルベルク帝国メルキア=ジルベルク陛下の勅命でもあります!」
「その勅命を発するように仕向けたのはあのお父様ではないですか!」
「・・・ユーディ、貴女がお父様を嫌っているのは知っているけど国家の為と割り切りなさい。」
「・・・嫌です。私は清い体のまま愛する人の元に嫁ぎます! もしジーク=ペンドラゴン侯爵が迫ってきたら懐剣を持って喉を突き自害します!」
「ユーディ!」
ウェスランド家次女ユーディットは姉レオノの部屋を飛び出してゆく。
(何人もの女性を平気で囲い自分の母親が病に伏しても見舞いに来ない、葬儀にも表れないそんなお父様を嫌っているのは承知していたわ。そのために複数の女性と関係を持つ男性をとても毛嫌いするようになった・・・。とりあえずスイストリアにはいくようだから良しとしましょう・・・。いざとなったら私一人でも今回の計略を成功させなければ・・・。)
レオノは決意を新たに荷物をまとめる続きを始める。
(レオノ姉さま・・・! 貴族としては尊敬します! でも女として軽蔑します!)
ユーディットも分かってはいるのだ。
貴族である以上政略結婚しなければならないことが。
だが、出来るなら誠実な人が良いと思っていた。
だが、それも叶わない。
実の父に敵国の要職にある者を誑し込んで来いと言われたためだ。
正直に嫌だと言ったところ頬を打たれた。
悔しくて涙が出て来た。
(ジーク=ペンドラゴン侯爵! 私の体に指一本でも触れて見なさい! 自害してやる!)
ユーディットはユーディットで決意を胸に荷物の準備をし始める。
推敲はしていますが作者は思い込むと誤字脱字を見逃してしまいます。
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