クアート争奪戦
人間の欲には際限がない。
一度でも味を占めれば次を欲する。
だから行動を起こす。
強欲さを兼ね備えた凡人になればなるほどその傾向は強い。
主君が禁じたのにもかかわらず行うものである・・・。
「御無体です! このようなただ同然の税ではとても成り行きません!」
ジルベルク帝国の交渉担当官はニヤニヤしている。
「嫌と申すか?」
「何故このような横暴をなさるのです! 前任の方はキチンとしておいででした!」
戦役大陸からもたらされる品をほぼ原価で寄越せと言っているのだ。
勿論帝国で卸すときは正規の値段で卸す。
差額を懐に入れるためだ。
「では、スイストリア王国に泣きつくか? 名誉ある自治を捨てて? だが無理であろう。お前たちはジーク=ペンドラゴン侯爵が人材確保に困っていたときそれを無視したのだから。」
「! それは・・・!」
事実だ。
痛いところをつかれた。
当時はここまで大物になるとは考えてもいなかった。
ところが今では、日の出の勢いの新生スイストリア王国に無くてはならない存在となりしかも外交手腕もかなりのものと聞く。
このクアートがスイストリアの組み込まれかねない。
結局、雀の涙ほどの利益しか得る事が出来なかった。
ジルベルク帝国皇帝メルキア=ジルベルクの命で帝国内は内政に務め国力をさらに増そうとしていた。ジルベルク包囲同盟なる物が出来上がっているのだ。攻込名分など与えるわけにはいかない。一国だけなら俄然やる気で当たれる。ところがこれが五か国同時となると話が違う。そこまで兵を動かせない。絶対に足りなくなる。そんな中でのクアートの横暴を聞きつけた皇帝メルキア=ジルベルク怒り狂った。
「誰がそんなことをしろと言った!」
だが、もう起ってしまったことである。メルキアは横領を働いてきた者達の首を刎ねるよう命じるがこの場に集まった重臣達がこれを止める。
「何故止める! そのような者どもを生かしておいて何になる!」
「だからこそ生かしておくのです。事ここに至れば同盟はクアートの自治確保のために動くでしょう。そこで先日陛下が反対したクアートへの侵攻をあえて行うのです。そうすればジーク=ペンドラゴンが何を画策していたかも分かりましょう。その侵攻を横領をした者達にやらせるのです。汚名返上の為に死に物狂いで戦働きをするでしょう。結果としてクアートを手に入れても無罪放免にすればよろしいだけ。褒美など下賜する必要は御座いません。もし、死しても問題ありませぬ。」
「・・・ふむ。」
「さらに何も画策していない、こちらが深読みしすぎていたのであれば儲け物でございます。陛下もジーク=ペンドラゴンに固執する必要も無いと存じます。」
「・・・分かった。クアート自治領を攻め取る! 皆、支度をせい!」
「御意!」
ジルベルクの重臣たちは気迫を込めて返事をした。
(まだだ。まだ、動かん・・・。もう少し窮地に陥ってからだ・・・。)
ジークは待っていた。クアート自治が崩壊する「寸前」を。
攻め取るような真似は出来ない。
今回の同盟でも「中立」を謳ったのだ。
救援の知らせもなく行軍すればファザード陛下の名に傷がつく。
自ら自治を放棄してスイストリアに降ってもらう。
故に崩壊寸前を待っている。
ジルベルク帝国の脅威から守るという大義名分があるうちにスイストリアに組み込む。
そのためにギリギリを見極める必要がある。
(切り札を二枚も切るんだ。何が何でも成功させる・・・!)
東部八領の一つロッツフォードで機会を待っていた。
クアートをスイストリアの西部開発の起爆剤にするために。
クアートでは大混乱となった。
ジルベルクが誇る中央大陸唯一の海軍でクアート自治領を海上封鎖したのだ。
港にもジルベルク帝国の軍船がすでに寄港している。
戦役大陸から来る船は略奪の対象にされた。
騎士道すなわち悪しき業なり、となった。
自治領の誇りゆえかスイストリアへの救援が遅れた。
これに住民たちが怒りを覚えた。
善政をしくスイストリアなら手を貸してくれると民は知っているからだ。
そのためにクアートの自治を司る評議会の信用は失墜した。
封鎖も肝要の港を押さえられてクアート陥落は目前とされた。
傭兵団も少ない。徹底抗戦には無理がある。
自治を放棄しスイストリアに泣きつくしかなかった。
そんな中、ジルベルク帝国海軍は信じられない物を目撃する。
「海軍が全滅しただと!?」
ジルベルク帝国の宮殿はこの知らせに慌てふためいた。
一番に虚報を疑った。
だが物見の兵が確認している。
メルキアは信じられなかった。
曽祖父の代から鍛え上げてきた海軍が全滅の憂き目にあう事を。
信じられなかった。
この数年で自分たちを上回る海軍が存在したことが。
スイストリアが少数ながらも精鋭ぞろいの海軍を所持していた事に。
「仔細を話せ・・・。」
重臣を集め物見の兵から自ら聴取する事にした。
「港にて海上封鎖中に船影を確認。戦役大陸からの船と思いきや北から来たことを訝しみ、接近しようとしたところ大型弩砲<バリスタ>の斉射をうけて大損害となりました。他にも半鷲半馬<ピポグリフ>の騎獣部隊により火矢で船の帆を焼かれ出航不能になる船が続出。これに気を取られた隙に接近を許し衝角による激突で沈没する船が続出しました。こうして港にスイストリア軍の傭兵部隊が乗り込み次々と兵が打たれました。これを見たクアート自治領の傭兵部隊も打って出て挟撃という形となり全滅しました。」
「一体何をやっていた!」
「・・・そ、それは・・・。」
「・・・すまぬ。お主に言っても詮無き事だ。怒鳴って悪かった。続きを話せ。」
「・・・。」
「ん? どうした。」
「ここから先は人づてに聞いた話になります。何よりお耳汚しの成るかと・・・。」
「お主に咎は無い。許す、申せ。」
「はっ。その、酒と女に溺れていると・・・。」
「・・・・・・。」
メルキアは呆れて物も言えなくなった。
(クアートを完全に落としてもいないのに酒と女にうつつを抜かすとは・・・。)
「何より敵の、スイストリアの士気が異様に高かったです。」
「! まさか!」
「・・・ジーク=ペンドラゴンの姿を確認しました。」
(こうなることまで読み切っていたのか!? ジークよ、お前はどこまで凄いのだ!)
皆が唖然とする中に急報が飛び込む。
「御注進!」
「何事か!」
ここまでくればメルキアには予想がついた。
攻込んできたのだろう。
ただし予想の斜め上をいかれた。
「北西よりスイストリア王国、北東よりファーナリス法王国、東方よりアーメリアス王国、南方よりグレステレンが一斉に攻込んできました。」
「!! 四国同時だと!?」
「御注進!!」
さらに悪い知らせは続く。
「次は何だ!?」
「クアートが自治権を放棄! スイストリアに降るとの事です!」
「!!! これか! これがお前の狙いだったか! ジークよ!」
メルキアの言うジークの描いた絵図面は出来あがった。
ジルベルクの重臣も含めメルキアはジークの一挙手一投足に過敏になっている。
それをジークもあえて利用することにしたのだ。
クアートでの横暴が過激化する事は目に見えていた。
内政に力を入れたいメルキアは怒り狂い処罰をしようとするだろうと読んでいた。
ここまでは良い。ここからがジークと密偵たちとの神業だった。
普段から重臣達の耳に諫言として虚報を流していたのだ。
「スイストリアは罠を張り、仕える武将文官を身内で処罰するように仕向けるでしょう。」
この虚報によって何か処罰があっても死罪だけは行われないようにしたのだ。
処罰された家臣たちは汚名返上に躍起になるだろう。
だが、所詮は目の前の金に目が眩む不見転<みずてん>共だ。
大した脅威ではない。その脅威にもならない脅威を残したのだ。
利用するために。
そして八方塞がりのこの状況を打破するためにあえて中立として残したクアートに齧り付くだろうと予想した。汚名返上、名誉回復の為にジルベルクは処罰を保留された者達を乗り込ませて来ると読んだ。
ジークの読みは此処まで当たった。
打つ手がないジルベルク帝国はジークの策動が何なのかを知るためにあえてクアート侵攻をするように仕向け「られた」のだ。
「横領などケチな事をする小役人どもの事です。占領に勤しむことなく溢れかえった交易品の山に埋もれて酒と女にうつつを抜かすでしょう。そうして疲弊したクアートを救うことで十分すぎる恩を売れます。上手くいけば此度の出征でクアートは自治を放棄しスイストリアの保護を求めてくるやもしれません。そうなれば未だ開発が進んでいない西部の産業が活性化する事でしょう。」
ジークのこの言葉を受けスイストリア王国ファザード王はジークが密かに編成していたスイストリア海軍とロッツフォード領で管理していた半鷲半馬<ピポグリフ>のスイストリア空軍を持ってクアートの疲弊ギリギリを見極め出征した。
その間に同盟各国に事の次第を説明。
クアートの奪還の日を余裕を持ってあらかじめ決めておいたのだ。
この日を境にスイストリア、ファーナリス、アーメリアス、グレステレン、四国同時に攻込むために。
攻込名分は勿論、中立のクアートに行軍したこと。もはや見過ごせぬ。
こうしてジルベルク包囲同盟は一斉に攻込むことが可能となったのだ。
なお、妖精族領はグレステレンとアーメリアスの兵站を守るために参陣している。
ジルベルクはクアートの争奪どころか自国が風前の灯となったのだ。