愛への昇華
本日二度目の更新です。
「・・・じゃあ嫌われてる訳じゃないんだね?」
「恋愛ごとにゃあ俺も結構疎いほうだが、ここまで明確に思いを聞いてその台詞を言うか? はっきり恋慕してるって言ってるだろ。」
ソルバテスがヴィヴィアンに可哀想な言葉をかけてから三日後、ジークから事の真相を聞いている。
「で、どうすんだよ? このまま無視は流石の俺も怒るぞ?」
「勿論会うよ・・・。」
(ひょっとして俺もこんな顔でスィーリアと話したのかな・・・。)
真剣な顔をする己が主家の当主を黙って見ていた。
ヴィヴィアンは緊張していた。
ファザード王と王妃セラフィア、マリアンヌ、ジーク、いろいろな人の手伝いでなんとお見合いの席を準備されたのだ。しかも相手は恋い慕うソルバテス=ロッツフォード伯爵だ。緊張するなと言う方が無理だ。
心臓が早鐘のように打つ。
姿鏡で何度も自分の衣装を確認した。
だが、何を話したらいいか分からない。
混乱の極みであった。
(どうやって、何を話の切り口にしたらいいの!?)
自分の思いはジーク伝手で伝わっている。それはもう余すことなく。
(もし来てくれなかったりしたらどうしよう!?)
仕える王が設けてくれたお見合いを無視などしませんよ?
(だって、それでも、会話はこの間の夜会の庭園での一回きりですし・・・。)
会話の回数でお見合い相手を決めるのですか? それにあの時は状況を知らなかったのです。知っていればもう少しお話をしましたよ?
(相手の事を全く知らない状態でこんなお見合いを受けてくれる!?)
こんな等と言ってはいけません。むしろ知らないからお見合いをするのでは? そこから互いを知っていけば良いと思いますよ?
(そうは言うけど・・・。あれ?)
やっとヴィヴィアンは気づいた。
周りの状況に。
ファザード王は呆れていた。
王妃セラフィアはニコニコ笑っていた。
教育係のマリアンヌは慈しむように見ている。
ジークは「何やってんだか」と頭を抱えている。
独り言が口からこぼれていた。
それに答える者がいた。
ヴィヴィアンの傍にソルバテス=ロッツフォード伯爵が立っていた。
「席についてもよろしいですかな? ご存じとは思いますが杖を突くこのような体ですので座りたいのです。」
何時ぞやの庭園での会話を思わせる言い方で話の切り口を作る。
「は、は、はい! ど、ど、どうぞ!」
ヴィヴィアンの思いを知ったソルバテスは以前のように構えず静かに椅子に腰を下ろす。
「素敵なお召し物ですね。」
夜会で言えなかった言葉をソルバテスは紡ぐ。
「は、はい! い、以前、う、う、腕の良い職人にし、仕立ててもらいました!」
「あぁ、そうでしたか。ヴィヴィアン様の美しさが生える良い仕立てですね。」
「!! あ、あ、ありがとうございます!」
恋い慕う人からのお褒めの言葉に天にも昇る気持ちになるヴィヴィアン。
この初々しいヴィヴィアンを見てジークは思った。
(俺ら要らなくね?)
(二人っきりにしよう。)
ジークからの視線の意味をくみ取り、ファザード王、王妃セラフィア、教育係のマリアンヌと共にジークは部屋を辞した。
この四人になるとジークの話し方は主家のソルバテスと同じ言い方になる。もちろん場所はわきまえる。
「後はあの二人でケリを付けるだろうよ。まぁ、結婚は確定してるけどな。」
このジークの爆弾発言に三人が驚きファザード王が声を上げる。
「ソルバテスは結婚するつもりでこの見合いに臨んだのか!?」
「まあな。ヴィヴィアンは美人で気立てもいいからな。」
「ならば、こちらも急がんといかんな・・・。」
「? 何かあんのか?」
「あぁ、重要なことが二件ほどな。」
悪戯を思いついたような顔でファザード王はジークの問いをはぐらかした。
(会話出来てる! 私、ソルバテス様と会話できてる!)
ヴィヴィアンは浮かれに浮かれていた。
当たり障りのない言葉でも耳朶を打つソルバテスの声が心地よい。
(もう、今すぐ結婚したい!)
思いが極限まで来た。
そこに唐突にソルバテスは真剣な顔をした。
あの夜会の庭園で見た顔にヴィヴィアンの気持ちはミルミルしぼんでいった。
「ヴィヴィアン様。」
「・・・はい。」
「僕の体の事はご存知ですか?」
フブカ一派が策謀のために拷問をしたことを言っているのだろう。
「・・・フブカの行った卑劣なことですか?」
「・・・はい、そうです。そのせいで体中の傷が膿んで、ひどい痣になっております。そのことを踏まえて話さねばなりません。」
「? 何をでしょう?」
「私と結婚するということは当然というか寝所を共にすることになります。」
「! あの、えっと・・・。」
「そうなれば私は体を晒さねばなりません。この膿んで痣だらけの体を。それがとても恥ずかしいのです。」
ヴィヴァンは胸が締め付けられる思いだった。
何一つ悪いことをしていない。
民を思い、国家に尽くしてきたこの忠臣に背負わなくてもいい劣等感を抱かせているということに。
気付いた時にはソルバテスの手を取り、割り当てられた自分の寝室へ連れ込んでいた。
「お召し物をお脱ぎになって下さい!」
この突然発揮された行動力にソルバテスは戸惑った。
もともと行動力があることを知っていた。
「ずっと」見てきたのだから。
魅力的だと「ずっと」思ってきた。
だが、立場が許さなかった。
側室から一介の教育係に落とした原因が自分なのだから。
ところが今回、「恋い慕う」相手とお見合いの場を設けてもらった。
嬉しかった。
だが、問題もあった。
自分の醜い体である。
体中が痣だらけだ。
左足など変な方向に曲がっている。
気持ち悪いことこの上ないだろう。
寝所を共にするならこの事を伝えねばならない。
そのことを伝えたところいきなり寝室へ連れ込まれたのだ。
嫌だった。
そんな理由で一緒になれないなんて絶対に認めたくなかった。
だから証明したかった。
自分の思いはもう恋ではないと。
愛してるということを。
ヴィヴィアンはソルバテスの服を丁寧に脱がし畳んでいった。
突然のことでソルバテスはなすが侭である。
何一つ身につけない姿、裸にされてベットに座らされた。
ヴィヴィアンもドレスを脱ぐ。
非常に豊かな胸を揺らしながらソルバテスにピタリと寄り添う。
お腹周りも細すぎるぐらい引き締まっている。
「もう初めてではありません。ですが寝所を共にしたいと自分から思ったのは初めてです。ソルバテス様とこういう仲になると分かっていれば政略とはいえフブカのもとに輿入れなどしませんでした。懐剣で喉を突き自害していたでしょう。・・・証明して見せます。私は寝所をともにできる女だと。」
ヴィヴィアンは思いつく限りの愛撫をし、ソルバテスの身も心も全て受け入れた。
後日、ソルバテスはヴィヴィアンと結婚することを己が主、ファザード王に伝えた。
「そうか、そうか。やっと結婚の意思を固めてくれたか。」
ファザード王と王妃のセラフィアはこの二人の思いに気づいていた。
お互いが恋い慕う間なのだからさっさと結婚すればいいのに思っていたぐらいなのだ。
そして一つ悪戯を準備していた。
「ソルバテス、今お主は領地を八つ管理しておるな?」
「? はい、ロッツフォード、グリズール、スハイル、ドノレケイス、プラディアム、ベルテガル、ザフル、そしてマテリアです。」
「うむ。だがそこでひとつ問題がある。」
「何がでございましょう?」
「お主の爵位だ。」
「?」
「東部八領、これだけの領地を持ちながら伯爵では位が低い。何よりお主の今までの功績から領地だけを与えるのも芸がない。そこでお主には今日より爵位の第一位、公爵を名乗ってもらう。」
「! しかし、それは!」
「他の貴族たちも理解しておる。むしろやっとかと言われたぐらいだ。それに今までお主がこなしてきた政務は正に公爵の仕事がほとんどだ。問題あるまい?」
言葉を王妃セラフィアが引き継ぐ。
「ヴィヴィアン、公爵夫人としてしかと勤めを果たして下さいね。」
「はい!」
ソルバテス=ロッツフォードは今ここに爵位第一位、公爵となった。
名実ともにスイストリアの筆頭貴族になったのだ。
「ヴィヴィアン、これからもよろしく頼む。こんな僕を支えておくれ。」
「勿論です。あなた。」
相思相愛の二人は謁見の間を二人で辞した。
のちの世に「東部の夫妻」という言葉ができ、仲睦まじい夫婦の例えにされるほどになる。勿論もとになったのはロッツフォード公爵夫妻だ。




