ヴィヴィアンの恋
「はぁ、普通城を献上するなんてやるかなぁ・・・。」
娘婿であるジークの行動にソルバテスは苦笑いを浮かべた。
これは主家筋であるロッツフォード伯の手柄となり王からお褒めの言葉をいただいた。勿論、ジークも褒められたがこの時貢献できた理由に「主家であるロッツフォード伯爵が私に最大限の自由を許していただいたからであります。もし、褒美を賜る事が出来るならどうか主家にあたるソルバテス=ロッツフォード伯爵様をお褒め下さい。」
と言ったために手柄がソルバテスのものとしても扱われたのだ。
元は一介の冒険者であるにも関わらずここまで権限を与えるとは何と度量が大きい事か、と周りの貴族からソルバテスは称賛された。
そのソルバテス=ロッツフォード伯爵は新しいスイストリア王城内を歩いていた。
庭園まで備えている立派な城だ。
旧スイストリア城の二回りは大きい。
今まで使っていた旧城はジークの言い分が通り国内が落ち着いても取り壊すことなく残す事となった。万一に備えて城の麓にいる民の緊急的な避難先にうってつけである。廃材等の処理を考えれば当然と言えよう。何よりスイストリア王国建国時からあるので貴重な文化遺産でもある。このまま残されるべきであろう。
そんなことを考えながら謁見の間に入った。
大陸を軍事力で統一しようと覇を唱えるジルベルク帝国対策として遠交近攻の策を献上するために。
「この策はジーク=ペンドラゴン士爵の献策だな?」
ファザード=リレファンド=スイストリア王はソルバテスの献策の出所を言い当てる。
「御慧眼恐れ入ります。」
ジークが献上した策はジルベルク帝国をスイストリア王国、ファーナリス法王国、アーメリアス王国、独立国家グレステレン、妖精族領で完全包囲して孤立化させようと言うものだ。そこにクアート自治領の協力も取り付ける。
幾度も侵略を受けたファーナリス法王国とアーメリアス王国は喜んで協力するだろう。ジルベルクから奴隷の一斉蜂起で独立したグレステレンは有に及ばず、妖魔の軍勢を抱えるため妖精族領ともジルベルクは仲が悪い。
さらにクアート自治領も最近のジルベルク帝国との取引が上手くいっていない。
この遠交近攻の策がなればジルベルク帝国の大陸統一は夢のまた夢となる。
「今は国内の整備が最優先だが、これは十分に一考の価値ある。同盟国であるファーナリス法王国とも相談してみよう。」
フブカ一派を一掃したことによりスイストリア王国は風通しが良くなった。
ファーナリス法王国とはソルバテスとジークが仲立ちをして正式に同盟を結んだ。
この褒美としてロッツフォードがファーナリスと割譲統治していたマテリア平原を正式にスイストリア王国の領土として組み込みロッツフォード伯爵の管轄になった。今では東部七領にこのマテリア平原を加えて東部八領と言われている。この大領をソルバテスが管理している。他の貴族の所領が決まってない中で決定事項とされた。
ロッツフォードが今まで通りの活動をしてもらわねばファーナリス法王国との取引やジルベルク帝国の対策が取れなくなることを恐れての事だ。
人柄や政治手腕もあり何よりジーク=ペンドラゴン士爵と言う懐刀を抱えている。
異を唱える貴族はいなかった。
こうして謁見は終わり夜会に参加することになった。
この夜会はたまに行われるのではなくジークの提言で国が安定するまであえて月に一度は行う事としている。それぞれの貴族が持つ情報網でスイストリア王国の現状を細かく確認するためだ。ジークの配下にいる密偵たちは決して多くない。集めきれない小さな情報をここで集めようというのだ。
だが、この夜会で運命の出会いが起こる。
酒の酔いを醒まそうと庭園にソルバテスは来ていた。
何より拷問を受けた後遺症で長時間立ちっぱなしでいる事が出来ない。
このため夜会ではソルバテス専用の椅子まで用意されているぐらいだ。
だが今はそれどころではなかった。
元側室のヴィヴィアンとその庭園で鉢合わせしてしまったのだ。
(まいったなぁ・・・。)
実はソルバテスはマリアンヌとヴィヴィアンに非常に大きな負い目を感じていた。
旧法王国派の人々の盟主となりファザード王を捧持して、フブカ一派の討伐に乗り出した。スイストリア王国の為とはいえ王妃、側室と言う立場から追い落としたのだ。
娘婿のジークからは「そんな事を気にするほど狭量じゃねぇ。むしろ感謝されたぞ?」と言われているが「それはジーク君の立場であって僕の場合じゃないでしょ!?」とその時は返した。
とにかくその負い目を感じている一人に鉢合わせしてしまったのだ。
ヴィヴィアンは途方に暮れていた。
(今日もまたお声を掛ける事が出来なかった・・・。)
夜会でいつも声を掛けようとしているのだが勇気が出ず見ているだけだった。今夜もそうだ。そんな意気地なしの自分に嫌気がさし庭園で一人長椅子に腰かけていた。盛大なため息が口から出る。
ジーク=ペンドラゴン士爵の改革を陰となり日向となり支えるソルバテス=ロッツフォード伯爵をいつも遠くから見ていた。
おぞましい拷問の数々を経験しそれでもなお国に尽くす姿を見ていた。
フブカなどとは器が違う。
いつしか思いを寄せる様になった。言うなれば初恋である。
フブカへの輿入れは政略だ。思いなど無い。
先妻のセリア様を亡くしてから久しいと聞いている。
今でも独り身なのは操を立てての事だろう。
それでも後妻として貰い受けてほしいと思っている。
だが、立場がそれを許してくれないと考えていた。
(今、思いを告げ結ばれたとしても先の王の側室を力ずくで手に入れたと世間に思われてしまう。それはソルバテス様の名に傷がつく。何より一度も話したことが無いのにこのように恋慕しているなど知られたくはない・・・。このわずかな期間に恋慕しているなんて知られて尻軽と思われたら二度と立ち直れない・・・。現に私はソルバテス様のお子が欲しい。それは後継者問題になりかねないし・・・。)
色々思い悩むヴィヴィアンのすぐそばに当のソルバテス=ロッツフォード伯爵が立っていた。
ヴィヴィアンは対応できずにいた。
すぐそばに恋い慕うソルバテス=ロッツフォード伯爵が立っていたのだ。
何かを言わねばと思っても口が上手く動かない。
ソルバテスもどこか困った表情をしている。
それでもソルバテスの方は口が動く。
「お隣、よろしいですかな? 御存じとは思いますが杖を突くこのような体ですので座りたいのです。」
「!! き、き、気づきませんで! ど、ど、どうぞ、お、お座りください!」
極めて不審な言葉遣いにソルバテスは暗澹たる思いになった。
(あまり良い感情は持たれてないのかなぁ・・・。)
盛大な勘違いをしていた。
(どうしよう! どうしたらいいの! すぐ隣にソルバテス様がいる!)
ヴィヴァンはちょっとした狂乱状態になった。
(そんなに僕が隣に座るのが嫌なのかなぁ・・・。)
ソルバテスは一気に落ち込んだ。
思い切って自分の中にある疑惑をソルバテスはぶつけた。
「御恨みではありませんか?」
「え?」
ヴィヴィアンは何の事を言われたのかと思った。
考えが追い付かない。
恨む? 何を?
「側室の立場から追い落とした張本人ですよ? 僕は・・・。」
「!」
やっと合点がいった。
(そのような事は御座いません!)
だが、緊張のあまり口が動かない。
「いくらでも御恨み下さい。ですがその恨みを他に、誰かにはぶつけないでください。私一人が受け止めますので。それでご容赦願いたいのです。」
(そんなことはありません! むしろ感謝しているのです! 民に笑顔が戻ったのはソルバテス様のおかげです! ファザード王のおかげです!)
だが言葉が口から出てこない。
ヴィヴィアンにとってはまさに初恋の相手なのだ。
緊張のあまり動けなくなっただけなのだ。
口が動かない。
ソルバテスはこのまま何も言わずに立ち去った。
後に残ったヴィヴィアンは泣きに泣いた。
「・・・つまり俺にどうしろと?」
ジークはマリアンヌの部屋に呼ばれた。
夜会で姿が見えないヴィヴィアンが気にかかりマリアンヌが探したところ庭園で一人オイオイ泣いている所を見つけたのだ。
婦女子が一人でこんなにも泣くとは只事ではない。
落ち着かせて話を聞いてみると拍子抜けしてしまった。
(これは失恋とは言わない・・・。)
そこで仲を取り持ってもらうためにジークに協力を頼む事にしたのだ。
「ヴィヴィアンの思いは本物です。何とか二人を結ばせる術はありませんか?」
「・・・俺、今、すんげぇ忙しいんだけど?」
「分かっています! そこを曲げて何とかして欲しいんです。あの子、一晩泣き腫らして・・・、恋い慕う人に恨んでほしいなどと言われて気力を完全になくしてしまっています。セラフィア様やファザード王も気にかけています。」
「何とかって・・・。」
ジークは困り果てた。
「いっそ、ヴィヴィアンの思いを俺が伯爵に伝えた方が良くねぇか? 下手に何かしてこれ以上こじれたらヴィヴィアンの姉ちゃん首括りかねんし・・・。」
「・・・それもそうですね・・・。」
結局ジークが伝言することになった。




