帝国 対 法王国
ジークが参加しているファーナリス法王国の軍勢がマテリア平原に入る頃、時をほぼ同じくしスイストリアの軍勢が次々と合流していた。
そうして戦陣を組みジルベルク帝国と対陣してから一月以上が経過していた。
勿論、戦端は切られている。
緒戦は傭兵団を中心にしたジーク率いる右軍がわざと敗走。木々に多数の縄を仕掛けるという罠を準備した雑木林に逃げ込み、帝国の騎馬部隊を上手くこれに誘いこんだ。この罠により騎馬隊は機動力を奪われ、ジーク達は散々に叩きのめしたのだ。
この戦果は突入して来た敵の騎馬隊の半数以上を壊滅させた。
そこからやっと逃げ出してきた帝国の騎馬隊をヒョードル将軍率いる騎馬隊が追撃をかけ、帝国側からみての左軍をほぼ壊滅状態に追い込んだ。
こうして緒戦の勝利に士気は上がり、敵の士気を大きく挫くことに成功した。
ただ聖騎士の中から「正々堂々とした戦ではない」となじられはした。
翌日早朝に帝国側から奇襲を受ける。
緒戦の大きな遅れを取り戻そうと奇襲を仕掛けると帝国は考えている、と読んでいたジークは傭兵団を控えさせておいたためすぐに応戦できた。結果奇襲は失敗。帝国はさらに兵を減らす羽目になった。
それから帝国軍は再編成を行い戦列を組み、ありったけの騎馬隊で突撃をかけてきた。槍衾を準備しながらも、ジーク達傭兵団は十分にひきつけてから弓矢をもって応戦。結果は突撃失敗。射殺され落馬した味方に巻き込まれ、倒れた馬に躓くなど、突入の勢いを殺されたのだ。この隙をヒョードル将軍が見逃すはずもなく、逆に突撃をかけ帝国兵を叩きに叩いたのだ。
これらの連戦連勝にファーナリス本陣は大いに湧いた。
だがジークはそれ所ではなかった。
(どうも敵の本気が見えねえ。なにより・・・。)
スイストリア王国の本隊がまだ到着していなかった。
「ジーク殿、本隊が未到着な事をどう思われますか?」
場所はスイストリア王国軍の仮本陣。本隊がまだ到着していないとはいえ戦端が切られている以上本陣は必要と判断され仮の本陣を設置したのだ。
その仮本陣でジークは参戦しているスイストリア諸侯の軍議に参加していた。ファーナリスの客将である以上この必要は無いのだが、本隊が未だ到着していない事が気がかりでファーナリスの許可を得て仮本陣にまで足を運んだのだ。
この軍議に参加している騎士の一人が口を開いたのだ。
「拙いなんてモンじゃねえな。このままじゃあ事実上の帝国と法王国の戦になる。いくらスイストリア諸侯が参戦してるからといってもその数は決して多くねえ。別に物資等の補給も行って無い以上、同盟の規約に違反しかねない。」
この発言に皆暗い顔になる。同盟を再度破るなど、最早物笑いの種にしかならない。
「スイストリアの本隊はいつごろ到着すると思う?」
「それが分からないのです。」
「はぁ? 分からない?」
「そもそも本隊がいつ出立したのかもこちらには知らせが来ていないのです。」
「今はまだ緒戦の勝利の勢いがあるが、いずれ数の暴力に押され負けることになる。」
ジークの言うとおり、現状はジルベルク帝国兵三千、それに対しファーナリス法王国兵二千、スイストリア諸侯兵百五十、二千百五十で戦っている。ここにスイストリ王国本隊千五百が加わるのであれば戦を決定的にすることが出来る。
だが、その本隊が来ないのだ。
(このままじゃあ、数に押しきられる。)
「・・・とにかくせっついてくれ。なにより見事に法王国派の諸侯しか参戦していないことが気にかかる。」
「「「「!!」」」」
「はぁ!? スイストリアの本隊がまだ戦場に来ていない!?」
通話の水晶球を使いジークからの報告を受けソルバテス=ロッツフォードは驚きの声を上げた。
戦端が切られてからもう一月以上が経過する。
戦に疎い自分でもこれは由々しき事態であると分かる。
「そうなんだよ。出発前には覚悟していたがこりゃあホントになんか企んでる。ロッツフォードにまで被害が及ぶかどうか分からねえが、注意してくれ。」
「こっちはフェルアノさんやアクアーリィさんが居るから何とかなるとは思うけど、そっちはどうなの? 兵力差が出てくるでしょ?」
「緒戦で大勝したからしばらくの間は何とかなる。だが、このままじゃジリ貧だ。いずれ数の暴力で押し切られるだろう。」
「分かった。こっちの方からも王家の方に問い合わせてみるよ。」
「頼んだ、伯爵。」
「了解、頼まれた。」
「まぁ、こういうわけでちょっと王家に直接せっつきに行って来るからお留守番お願いね。」
ジークからの連絡を受けてソルバテス=ロッツフォードは王都へ行く決意をした。
自分の、この領地を、口では何かいいながらも親身になって開発に取り組み、発展の礎になってくれた。愛娘のスィーリアと一緒になってくれた義理の息子。
今この時助けずして何時助けるのかという思いに駆られた。
「危険です! 王家はロッツフォードをどうにかしようとしています!」
フェルアノが必死になって諌める。
「そのとおりです! どのような策略かも分からないのです! ファニス達密偵を総動員させて調べさせますのでことの次第が分かるまでお控えください!」
アクアーリィも思いとどめようと必死だ。
「だけどそのわずか数日でジーク君達が敗戦し帰らぬ人になるのかも知れないよ?」
「それは・・・!」
スィーリアが言いよどむ。
「エドワード。」
「はい、父さん。」
「僕の身に何かあったら、君がロッツフォード伯となるんだ。」
「!! 父さん、それは!」
「大丈夫。死ぬつもりなんか無いよ。」
こうして皆が必死で引き止めるのを振り切って王都へと出立したのだ。
これは悪いほうへと導かれた。
マテリア平原では未だ小競り合いが続いていた。
(いくら兵力差があるからといってもこの余裕はなんだ!? ジルベルク帝国の本気が見えてこない。何かを待っている?)
こうしてまた小競り合いが終わり、ジークはヒョードル将軍の天幕に呼ばれた。
「どう思う! 童<わっぱ>ぁぁぁ!」
「どうも敵が本気じゃねえ。まるで何かを待っているようだ。」
「お主もそう思うかぁぁぁ! ワシも戦の場がここでは無いような気がする!」
「? どこかに兵を伏せさせておいてスイストリアかファーナリスの王都を襲撃するとか?」
「いやぁぁぁ! 違う! もっと大きな火種が燻っておるような気がするのじゃぁぁぁ!」
「もっと大きな火種?」
「うむ! どう思う! 童ぁぁぁ!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
お互い黙って考える。
この戦の意味を。この戦で何を得て何を失うのかを。
だが答えが見えてこない。
「いらん情報が多すぎるし、必要な情報が少なすぎる。」
「ふむ! ではとりあえず目の前の戦に集中することでよいか?」
「生き残りたけりゃそうなるな・・・。」
「よし! じゃあ酒を飲むぞう! 明日の勝利の前祝じゃあぁぁぁ!」
「程々にな。」
翌日両軍はぶつかり合った。
ただ、今までとは違い押しの強さがある。
(やっと本気になったって訳か!? だが何故今日だ!?)
だがそれでも緒戦の大勝の勢いがあるファーナリスが辛くも勝利を治めた。
この辛勝より流れが変わり始める。
夜討ち朝駆けが常態化し徐々に追い詰められ始める。
特に正面からの戦いに特化したと言ってもいい聖騎士団の被害が大きかった。
(もうちょっと柔軟さを身に付けろよ!)
内心毒づきながらもジークは傭兵団を率いその救助に向かった。
(いったい何が起こってやがる!)
帝国はこの日を境にまともに戦場でやりあおうとはしなくなった。
対陣すれば引き上げるの繰り返しなのだ。
(俺達をより深く誘い込もうとしている? いや! 違う! 本当にただ単純に戦を避けている! 何が目的なんだ!?)
結局ファーナリス軍も引き上げ夜襲奇襲に備える事となった。
そんな消耗戦に成り掛けてると通話の水晶球に連絡が入った。
相手はスィーリアだ。
涙声だ。
「ジーク・・・! どうしよう・・・! 父上が・・・人質に取られた!」




