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フェルアノ

とうとう我慢の限界が来た。

「いい加減にしねぇか!! 来る日も来る日も政務の仕事! 俺はここに護衛の仕事できたんだ! 期限もとっくに切れてる! 帰らせてもらうぞ!!」

ジークがグリズール領に来てから二月。これといって護衛らしい仕事をせずに事務仕事ばかりをさせられた。通話の水晶球という魔法の道具でロッツフォードには定期的に連絡を入れているので心配はされていないだろう。

だからと言って現状を受け入れ続ける訳にはいかなかった。

「・・・それもそうね。今日の仕事で丁度区切りも良い所になるからそうしましょう。」

「・・・今日の分までやらせるのか!?」

「ここまで来たんだから最後まで手伝いなさい。その分ちゃんと報酬も払うから。」

「その報酬いらねぇから、今すぐ帰りてぇ・・・。」

クスクスと笑いながらフェルアノは言葉を続ける。

「ダメよ。貰うべきものは貰いなさい。一応は冒険者でしょ? それにお詫びと言ってはなんだけど後でここら辺を案内してあげる。」

「・・・逢引のお誘いですか?」

「私の事を女として見ない男なんかお断りよ。」

「? ちゃんと女としてみてるぞ? 前に褒めたことあっただろ? おべっかでも何でもなかったんだが?」

「・・・ありがとう。」

自分の頬が火照るのをフェルアノは感じた。



こうして「ジークが」がんばったおかげで昼過ぎには粗方の書類を片付ける事ができた。そして約束どおり近郊の案内をしてもらているのだ。



「で、こんな人も寄りつかねぇ湖のほとりに何の用があるんだ?」

時はまもなく夕暮れ、二人は郊外の一番外れにある湖に来ていた。

フェルアノが最後にどうしてもここへと言って聞かなかったのだ。

「こんななんて言わないで。ここ、地元では逢引の場所で有名なのよ?」

「・・・で、何の用だ?」

「・・・分かってるはずよ・・・。」

「・・・で、何の用だ?」

「! 貴方を殺す為よ・・・!」

この言葉を皮切りにフェルアノは呪文を唱える。

{大気に宿りし魔力よ! 我が指先に集い雷となり我が敵を討て!}

フェルアノから放たれた雷光の魔術<ライトニング>はまっすぐジークに飛んでいった。



「ぐはっ!」

ジークはまともに受けた。回避できるにもかかわらず。

「!! なぜ抵抗<レジスト>しないの!」

抵抗<レジスト>。

魔法を受けた際体内の魔力を活性化させることでその効力を軽減、もしくは無効化することである。ジークは回避のみならずこれも行わなかった。

フェルアノに取っては都合がいいことではあったが侮辱にも取れた。

抵抗<レジスト>する必要が無い程度の魔法だと。

(馬鹿にして!!)

再度、雷光の魔法<ライトニング>を放つ。

これもまた、直撃し抵抗<レジスト>した様子も無い。

三度、雷光の魔法<ライトニング>を放つ。

血を吐きながらこれもジークは受け止めた。



「貴方! 何を考えてるの!?」

フェルアノはジークの行動に混乱していた。

攻撃をしない、回避もしない、抵抗<レジスト>もしない、ただ胸が苦しかった。

半分血が繋がった妹と惹かれ恋い慕う男をはかりにかけて妹を取った。

恋い慕う男を殺す事を選んだ。

割り切ったはずなのに苦しくて仕方が無かった。



地面に倒れ伏したジークは起き上がりながら呟いた。

「・・・言いたいことは、色々あるんだがな。」

起き上がり一歩。フェルアノに近づいた。

「・・・お前は以前の俺だ。」

また一歩。近づいた。

「・・・周りが救いの手を差し伸べて助けようとしているのに気づいていない。」

さらに数歩。近づいた。

「・・・困ってんだろ? 言ってみろよ。」



「!! だまれぇぇぇぇ!!」

これ以上私の中に入ってくるな!

これ以上私の意志を穢すな!

{大気に宿りし魔力よ! 我が魔力に呼応せよ! 破壊の炎となって我が敵を滅ぼせ!}

目標とその周辺を爆砕する火球の魔法<ファイヤーボール>が放たれた。



湖のほとりに爆砕音が響き渡った。



「はぁ、はぁ、はぁ。」

肩で息を切らねばならないほど自分の精神を振り絞り放った渾身の一撃だ。

今度こそ決まりだ。

そう思うと涙が溢れた。

「ごめんなさい。ジーク・・・。」

この言葉に答えるものがいた。

「勝手に殺すな。」



「!! どうして!」

「体が頑丈だからだよ。」

ジークはフェルアノに向けて歩みを進める。

フェルアノを殺そうとする気配は見られない。

口や額から血を流しながらそれでも子供のような笑顔を浮かべて近づく。

そしてとうとうフェルアノを腕の中に収めた。

「困ってるんだろ? 言ってみろよ。」



フェルアノは泣きながらジークの腕の中で自分の事を語った。

父母が蛇蝎の如く嫌いなこと。

当時母が付合っていた貴族が没落し市井に落ちた際その異父妹を一緒に捨てて今の父と一緒になったこと。

今その異父妹が王家に人質として差し出されていること。

どんな方法を使ってでもいいからロッツフォードの中心に成りつつあるジークを殺せば妹をグリズール家の養女として帰して貰えること。

自分の心がジークに惹かれていること。

恋い慕っていること。

色々と語った。

ジークも自分の事を語った。

金色の民の事。

眷属の事。

銀の乙女の事。

フェルアノは驚きながらも聞いていた。

そしてフェルアノから相談された。

「お願い。妹を救って・・・。」



「もう、ロッツフォードにいる。」

事の起こりはマテリア平原の戦後に起こっていた。

フェルアノの妹を助けられたのは偶然でしかない。

他所から流れてきた賊が、偶々フェルアノの妹ラクリールがいる館を襲ったのだ。

そして賊のとらわれの身となったところを情報流布の為に王都にいた、ジークに密偵としてつかえる眷属ファニスとカティアに助けられたのである。

「ラクリールって言うんだろ? いまはソルバテス=ロッツフォード伯爵領の俺の家で書生として生活しているよ。今回俺があんたの依頼を受けたのはあんたの今の様子を知るためだ。案の定、昔の俺同様一人で抱え込んでいっぱいいっぱいになっていやがった。最初っから教えても良かったが信用されねえだろうなあと思って黙ってたら、俺を殺そうとするんだもん。驚いたよ。でもこれで、もういいだろ?」

「・・・・・・。」

「? フェルアノ?」

「はぁ。完敗よ。私の負け。こんなことの為に命を賭けるなんて、貴方馬鹿? いいえ。大馬鹿ね。」

「ひでぇ言われようだな。」

「だって貴方気づいて無いでしょ? 私が今、貴方の虜になったって。」

「・・・・・・。」

「いい? 私が貴方を虜にしたんじゃないのよ。私が貴方の虜になったの。命を賭けてこんなことされれば女は虜になるに決まってるわ。少なくとも私はそう。もう取り返しは効かないわ。責任を持って私を眷属なり銀の乙女なりにしなさい。・・・それとも売女と愚かな貴族の血を引いてる女はダメ?」

「いや、そんなことは無いが・・・。」

「じゃあ、お願い。服を全部脱いでご奉仕をさせて?」

「はぁ!?」

「愛したいの。口で、舌で、喉で、髪で、すべてを使って愛してあげたいの。」

この言葉にジークは興奮した。

言われるままに服を全部脱ぐ。フェルアノも同様だ。

「傷だらけなのね・・・。」

そして雷光の魔法<ライトニング>で出来た傷や古い傷跡に舌や唇を這わせる。宵闇の中、しばらくの間ぴちゃぴちゃという音が響いた。



フェルアノの体はジークの精液で塗れていた。全身という全身を使い奉仕したのだ。だが、まだ契りは結んでいない。

「フェルアノ・・・。」

「ジーク、今度は貴方が愛して。力の続く限り私の全てを犯して。」

「フェルアノ!!」

ジークの心の箍が外れた。



フェルアノは涙を流していた。

ジークはやりすぎたかと思い声をかける。

「違うの。初めての相手が貴方で嬉しいの。こんなに激しく求めるという事はそれだけ夢中になってくれたということでしょ? それが堪らなく嬉しいの。」

大地に寝そべったジークに抱きつきながら自分の臍の周りに出来た魔法陣を愛しそうになでる。

どうやらうれし泣きらしい。

「これからどうするんだ?」

ジークの問いかけにフェルアノは即答する。

「ロッツフォードに行くわ。」

「いいのか?」

「グリズールで頑張っていたのは妹の為よ。そのラクリールがロッツフォードにいるなら私に否は無いわ。ここには未練なんて無い。たった一人の妹であるラクリールと今日新しく家族になった愛しい夫がいるのよ。すぐにでも行きたいわ。」

これにはジークの方が戸惑った。

「領民は? 仕事はいいのかよ?」

「今まで散々私にさせて来たのだから今度こそ自分達でやればいいんだわ。その結果は領民たちが判断してくれる。」

「そうは言うが・・・。」

「大丈夫よ。どうせすぐにも無くなくなるわ。」

「?」

「グリズールは領地運営が上手くいってるわ。でも、これは上辺だけの物なの。実際は赤字を承知で産業に着手しなければならない状況なの。この操業を停止すればグリズールは破綻するわ。」

「・・・・・・。」

情報としてジークは知っていたがフェルアノを迎え入れた以上他人事ではなくなっている。

「私が気づいた時にはもう手遅れだったわ。どこかで引導を渡さなければならないの。丁度いい機会だわ。私がこの領を出ることでそれが叶うわ。」

「だったら承諾しねぇんじゃねぇか?」

「何度も注進したわ。でも、そんなことは無い、お前の考えすぎだ、と言って取り合ってくれなかったわ。それをうるさく思ったのか父も母も早く嫁げと騒ぐようになったわ。だから嫁ぐの。将来有望な男性のもとにね。間違っても今の暗愚な貴族どもの女になんかなりたくないわ。だからこれでいいの。よろしくねあなた。」

ジークはフェルアノを抱きしめもう一度体を求めた。



深夜になってグリズールの館に戻ってきた。

領主であるフォルキス=グリズールが待っていた。

「こんな時間まで何処で何をしていた。領主の娘としての自覚が無いのか。」

「申し訳ございません、父上。とても魅力的な殿方との逢瀬に時間を忘れて楽しんでおりました。」

フェルアノはいけしゃあしゃあと言い放った。

何を言ったのか分からなかったのだろうが、徐々に言葉の意味を理解して怒り狂った。

「馬鹿なことをする! 将来お前が嫁ぐ時どうするつもりだ!」

「ロッツフォードのジーク様のもとに嫁ぐと決めましたのでかまいません。」

「逢瀬の相手はジークという奴か! ん? ジーク? 今、ロッツフォードのジークと言ったか?」

「はい。」

「ならん! あんな冒険者ごときに嫁ぐなどならん!」

この言葉を無視してフェルアノは行動に移った。

「ジーク荷造りの手伝いをしてくれる?」

「・・・分かった。」

この言葉でやっとジークの存在にフォルキスは気づいた。

「貴様がジークか! よくも家の娘を!」

ジークも無視を決め込みフェルアノの荷造りを手伝い始めた。



「こんなもんか?」

「ええ、これだけあれば十分よ。」

貴族としては少ない荷物、一般市民でももう少しある、そのことを感じたフェルアノが答えた。

「ここの思い出は新天地のロッツフォードにもっていきたくないの。嫌なことしかなかったから。だから着替えとか必要最小限でいいの。」

「・・・さよか。」



「勘当だ。」

部屋から出た早々フォルキスに言われた。

フェルアノは余裕の顔を持ってこれを受ける。

「ありがとうございます。これで敵となった暁には遠慮なく叩き潰せるというものです。」

「あのような辺境の貴族の端くれに何が出来る! 後で泣きついてきても知らんぞ!」

「泣きついてくるのは果たしてどちらでしょう?」

しばしにらみ合った後フェルアノはジークを伴い館を出て行った。



ジークとフェルアノは空の旅を満喫していた。

半鷲半獅子の幻獣<グリフォン>でロッツフォードに向かっているのだ。

「半鷲半獅子<グリフォン>を騎獣にしてるなんてすごいわ!!」

「他にも半鷲半馬<ピポグリフ>も何匹かいる。」

「となりの領地なのに全然知らなかったわ!」

「・・・これから忙しくなるから、しっかりついて来い!」

「はい、あなた。」



「傾国」とも「スイストリアの黒い魔女」とも呼ばれた女性ははこの日を境に消えた。

後の世に六神妃と呼ばれる存在の中にフェルアノの名前が載ることになる。

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