刺客
ある応接室で男女が話し合っていた。
「では、そういうことで約定を結びましょう。」
「期待しておるぞ。」
女は胸元を大きく開けた黒を基調としたドレスを纏っている。
美貌も手伝い芸術品と呼べる美しい女性だ。まだかなり若い。
男の目を釘付けにするその容姿の美麗さから「傾国」とあだ名が付けられている。
名はフェルアノ=グリズール。グリズール領の領主の娘で、「スイストリアの黒い魔女」などとも呼ばれ恐れられている存在だ。
対する男はスイストリア王国の宮廷魔術師ガンド=ヘルバーニ。
二人は利害が一致した。
故に行動を共にすることになった。
(フェルアノ=グリズール、ねぇ・・・。)
ジークは隣の領地、グリズール領に向かっている。
仕事を指名されたのだ。
内容は期限付きの護衛。
正直、突っぱねたい依頼だった。
確かに自分は冒険者だ。
(昔は誰ともつるまねえ、誰にもかしずかねえで通していたのに変わりゃあ変わるもんだ・・・。)
今回の依頼も「今後の御付き合いを考えて」しょうがなく受けることにしたのだ。
(スィーリア達とイチャツク時間がただでさえ少なくなって来てるのに長期の縛りがある依頼なんてめっさゴメンなんだよなぁ・・・。)
・・・非常に気分が乗っていなかった。
「初めまして。フェルアノ=グリズールよ。」
領主の館に到着してすぐに応接室に通された。
「ジークだ。依頼の内容を確認したい。」
「セカッチね。嫌われるわよ?」
クスクス笑うフェルアノ。
はぁ、とため息をつくジーク。
だからというわけではないがジークが単刀直入に切り出した。
「何が目的だ。」
「合格。」
こう切り替えされてジークの片眉があがる。
「とりあえず貴方に仕事を手伝わせることが目的よ。」
「だから目的は?」
「今言ったでしょう? 仕事をしてもらうって。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・まさか、俺に政務の仕事をやらせる気か?」
「やっと察してくれた?」
「・・・じゃ、そういうことで。」
ジークは踵を返し出て行こうとした。そのときジークを釣る餌がぶら下げられた。
「手伝ってくれたら今後、グリズールはロッツフォードの味方をするわ。」
返した踵が止まった。
「意外ね。こんなきれいな字を書けるなんて。」
結局手伝いをすることになった。
山となっている羊皮紙を順番に渡してくる。他人任せにしていいものはドンドンこちらに寄越してくる。
「・・・はぁ、これは返す。あんたの方で読んで確認してくれ。」
自分に渡された羊皮紙の中に政務上の機密が少し盛り込まれたものを返却した。
「あら、こういう事にまで気を配れるなんて。貴方、冒険者辞めて家で働かない?」
「きーこーえーなーいー!」
ジークの苛立ちは頂点に達しようとしていた。
「やっと終わったよ・・・。」
すでに夜の帳が落とされている。そこを夕食に誘われた。
だが、そこに異変があった。
二人っきりの晩餐。
運ばれてきてすぐにジークは気づいた。
「グリズールでは食事に毒を入れるのが風習なのか?」
「・・・よく気づいたわね。」
「銀食器で出されて変色してんだ。気づくよ・・・。」
苦笑いするフェルアノをジークは睨み返す。
「・・・これは暗殺が目的ですという警告か?」
「当初はそのつもりだったけど予定は未定、変更するわ。貴方を殺すつもりだった。これは事実よ。でもね、今まであった男は私の美貌を褒め称えながらこの胸を凝視する助平な連中しかいなかったわ。ところが貴方は褒めもしなければ凝視もしない。こんな男初めてよ。・・・自尊心が傷ついたわ。私の事を褒めて胸に興味がわいて凝視するまで貴方の事を開放なんてしてやらない。」
「非常に迷惑だ。」
「私の虜になりなさい。」
「・・・俺を殺す動機は?」
「虜になったら教えてあげる。」
(こりゃあ、答えてくれねえな。)
護衛依頼、もとい、仕事の手伝い初日はこうして終わった。
「さぁ今日も仕事をやるわよ!」
仕事の手伝いを始めてから一月と十日。約束の二十日はとうに期限が切れている。にも拘らずジークはまだ拘束されている。
(やっぱりアレが拙かったのかな・・・。)
実はジークは一度だけ胸をチラリと見てその後美人であることを褒めたのだがなぜか怒り狂いだしたのだ。
(おべっかでも何でもなかったんだがなあ・・・。)
私は自分が嫌いだった。
年月が経つにつれ顔つき体つきが母似てくる。
瓜二つといえるほど似てきた。
貴族となれば簡単に股を開いてきた母、簡単に男を乗り換える母、簡単に男を捨てる母、恋もなければ愛もない母、そんな母ばかり見てきたせいか恋など一度もしたことが無い。愛など自分の中に無いと思っていた。
だが、市井で生まれた異父妹のラクリールは別だ。
この世でただ一人の家族だ。
父も母も私にとって家族でない。
なぜなら大切な家族を王家に人質として簡単に差し出したからだ。
それを返してもらえるというのだ。ただ一人を殺せば。
それだけで私の世界は完了する。
そう思っていた。ジークという男に出会わなければ。
ジークに惹かれる自分を自覚しはしていた。
そんなある日、母に似てきた自分に嫌悪しながら仕事に臨んだらジークから褒められた。まるで母を褒められた様な気分になり、当り散らしてしまった。
私はジークに恋をしている。
だが、そのジークを殺さねばラクリールは帰ってこない。
たった一人の家族を助けるためにジークを殺す・・・。




