戦端
スィーリアは戸惑っていた。
いつも通りに閨に入ったのだが、初めての時のように激しさはあるものの体を気遣われたのだ。
ときには動けなくなるほど激しく求められるのに、今日に限ってさほど求められなかった。替わりに自分の豊な胸に顔をうずめ甘えてくるのだ。可愛くて仕方が無くなりジークの頭を抱きかかえて更に胸にうずめる。
ジークにとっては二十人を超える女性にどれ程慕われていてもやはり妻とはスィーリアであり一番の女性なのだ。このような姿はスィーリアにしか見せない。
それでも甘え方がいつも通りではない為、ジークに問いかける。
「何かあったの? あん! ちょっとくすぐったい!」
そんなスィーリアの体をくすぐりいたずらをする。
どうも何か言い出しにくく誤魔化そうとしているようだ。
「もう! ジーク! ちゃんと答えてくれないとお仕置きするわよ!」
これでやっといたずらをやめスィーリアの体から離れる。
もう! と言いながら許す辺り、スィーリアも満更ではなかったのだ。
「ねぇ、ジーク。本当に何があったの?」
ここまで問われてやっとまじめな顔をして話し始める。
「・・・そう遠くないと思っていたが、とうとうスイストリア単独でジルベルクとの戦端が切られる。」
この言葉に息を呑んだ。
アクアーリィ達が移住してから三年にもなる。
そのおかげで開発・起業が進み近隣の領地からも続々と人が集まり村もそろそろ町へと変わりつつある今の状況で戦争は避けたい。
むしろ今までよく戦争が始まらなかったと思った。
法王国派の人間たちが思いとどまるように説得の日々を繰り広げるだけでなく、そもそも国力の差から準備がなかなか進まなかったのだ。普通、準備にここまで手間取れば戦争は無理だと悟るようなものである。にも拘らず強行したのは現国王フブカが意地になっているのだ。
「戦線から遠いとはいえ軍の体裁を整える為にロッツフォードにも参戦の命令が来るだろう。正式な家臣ではないが俺が軍監としてついていくことになる。」
黙ってジークの言葉に耳を傾ける。
「家は正規の騎士隊が少ない。いくら練度が高くても二十人程の弱小軍だ。代わりに蒼薔薇と女神の雫と言う二枚看板の冒険者がいるがな。なにより戦役大陸の猛者共がいるんだ。騎士隊がいない間の留守は任せられる。問題は参軍命令時に何を要求されるかという事と戦地で何の任務に就くかと言う事だ。王家も変に気位が高いから傭兵は雇わんだろう。そもそも、雇う金があるのかも疑わしい。」
「また、無茶難題を言われるのかしら・・・。」
この言葉は当たる。
だが今はとにかく夫婦の時間が欲しかった。
再び唇を重ねて今度こそ激しく求め合った。
「家の領地は農耕地がそれなりにあるとはいえ何でこんな馬鹿げた量の兵糧を準備しなくちゃならねぇんだよ・・・。」
参軍命令時に自分達の分だけでなく全てでは無いにしろ軍の兵糧の準備も命ぜられたのだ。参戦させる人数が少ない分別な何かで補えと言うことらしい。
(クソッタレが! なんもかんもが不足する時点で戦争なんざ無理だと悟れよ! 小麦や陸稲は勿体ねえ。雑穀を山ほど持ってったれ!! これなら余ってる!! 家じゃこういうのを主食にしてますと宣伝できりゃあ今後無茶な事は言わねえだろ!)
ジークはこのときすでに敗戦を確信していた。
「辺境からここまでわざわざご苦労。兵糧の準備感謝する。」
嫌味は込めながら、感謝がちっともこもっていない上辺だけの言葉を騎士団長のアモンデス=ヘルバーニが述べる。エヴァンの横で聞いていたジークは、味がいまいちの雑穀をタンと召し上がれと内心舌を出した。
「それで、そちらの男は何者だ? どう見ても騎士には見えんが?」
ジークを見る視線に蔑みが込められる。一応騎士の格好はしてきたのだが、装備に着られている感があり不自然さが出たのだ。
そこから騎士で無い事を察し馬鹿にしているのだ。
これに苛立ちを募らせながら自己紹介をする。
「ジークと申します。ロッツフォードの軍監としてついてまいりました。」
「栄えある戦場に騎士でも無いものが来るか。エヴァン殿、ロッツフォードには人が居らんのか?」
この言葉に他所の騎士達から失笑が漏れる。
戦役大陸にいた頃ならこの程度の罵詈雑言など受け流せたのに今では無理だ。
無性に腹がたった。
エヴァンが目で堪えて下さいと訴えかけて来る。
顔が引きつりそうになったが何とか堪えた。
そこに止めの言葉をかけられた。
「ここまで人が少ないのであれば名誉ある戦死者が出るのはロッツフォードにとって痛手であろう。予備軍として後方に待機願いたい。」
(おおよ! 上等だ! こんな負け戦で死にたくなんかねえよ!)
この言葉が喉元まで出かけたが何とか口に出すことはしなかった。
ジークたちが着陣してから三日後、スイストリアとジルベルクはマテリア平原で対峙していた。
ジークを含めるロッツフォードの騎士隊がいる予備軍は本当に後方に追いやられたのだ。前線がよく見えやしない。
「普通予備軍って言うのはいざと言うときの備えのはずなのに、ここまで後方に下げられちゃ何の役にも立たんぞ?」
「・・・噂ですよ。」
「噂?」
「ロッツフォードのジークが一度戦に出れば勝利は間違いなし、と」
「? だったら前線に配置されるんじゃないのか?」
「・・・面白くないんでしょう。貴族でない先生が戦功を上げるのが。」
「アホか。」
罵倒の言葉で切り捨てた。
結局この日は出番などはなかったが、戦況が確認できないのが精神衛生の上で非常によろしくないのでせめてロッツフォードの騎士隊だけは全体が見渡せるところに配置して欲しいと願い出たところあっさり却下されたのだ。
曰く、
「初日で手応えがあった。予備軍が必要となる事は無い。」
との事だ。
このことにジークは不審を感じた。スイストリアの軍でジルベルクを押すことができるだろうか?
否、出来ないだろう。
ならば誘い込みの罠と思えるがジークは我関せずを貫いた。
どうせ聞き入れてもらえないのだから、と。
翌日これが現実のものとなる。
スイストリアの右軍が押しに押し敵陣深くにまで切り込んだのだ。一見、崩れたかにみえた帝国軍はそこからみるみる陣を立て直し逆に右軍は敵陣深くに取り残される形になったのだ。
二日目はスイストリアの右軍がズタズタにされて終わった。
三日目。
ジルベルク帝国の猛将、カユウが前線で暴れていた。
次々と兵が、将が討ち取られ、あっという間に退却することになった。
「えぇい! 誰かカユウを討ち取れるものは居らんのか! 奴が現れると兵が怯えて戦にならん!」
騎士団長アモンデスは荒れていた。こうもいいようにやられるとは思っていなかったのだ。颯爽と戦場を駆け抜け敵将を討ち帝国軍を蹴散らし凱旋することを夢想していたのだが現実は厳しかった。
(ここまで兵が討たれると予備軍を入れねばならない! 「俺の」スィーリアを横取りしたあのジークとか言う若造に活躍の場を与る事になる・・・。ならば苦しむ作戦をくんでやる!!)
このアモンデス、女癖が悪いことでも非常に有名なのだ。
スィーリアの美貌には首っ丈になっていた。
にも拘らず手を出さなかったのは邪神神託の件があったためなのだ。
だが、その神託が打ち消された。それが意味するのは邪神が討伐されたという事だ。何でも一介の冒険者風情が成したとの事。絶好の機会と捉えスィーリアに粉をかけようとしたところすでに結婚したと教えられたのだ。
邪神討伐を成した英雄と伯爵令嬢の恋、吟遊詩人たちはこぞって歌にした。
この度の戦も「邪神討伐の英雄が参戦するのだから勝利は間違いない」と王都では
持ちきりなのだ。全軍の指揮を執る騎士団長などおまけにしか取られていない。
(活躍の場を与えてやる・・・!)
暗い笑みを浮かべるアモンデスに側近達は震え上がった。
「前線に出て欲しい、ですか?」
四日目の朝、アモンデスは予備軍のところにいた。
「そうだ。敵将のカユウに手を焼いている。これを討ち取って欲しい。」
「カユウといえば帝国でも有数の猛将です! それを間単に討ち取れと言われても・・・!」
エヴァンが言い返すがやはりこれも聞き入れてもらえない。
「・・・分かりました。お引き受けしましょう。」
「!! 先生!」
ジークは槍を手にして前線へと向けて馬を走らせた。
ロッツフォードの騎士隊も後に続く。
「期待しているぞ!!」
(お前がカユウに討たれることをな!)
こうして邪な思いの元、ジークは猛将カユウと打ち合うことになった。
「どけどけ! 雑兵どもに用などないわ! アモンデスは何処におる!」
スイストリの前線は崩壊寸前だった。開戦早々、カユウ率いる帝国軍が雪崩れ込んできたのだ。
そのカユウの前にジークは推参した。
「むん? 少しは出来る奴が現れたか。何者だ、名乗れ。」
「ジークって言う雑兵の一人さ。早く帰って愛しい女房に会いたいんでな、さっさと終わらせようぜ・・・。」
「! 貴様が邪神を討伐した冒険者ジークか! 相手にとって不足は無いわ!」
このときすでにジークの槍はカユウの喉に迫っていた。
「アモンデス様、お喜びください! ジーク殿がカユウを討ち取りました!」
「何!?」
アモンデスは絶句した。自分が予備軍の所から本陣に帰るまでの間に決着をつけてしまったのだ。
報告はそれだけではすまなかった。
「御注進! エヴァン様率いるロッツフォードの騎士隊が崩壊寸前の前線の再構築を完了! 敵将カユウが討たれたこともあり浮き足だっている所を追撃しております!」
いけない! これ以上手柄を立てさせてはいけない!
「罠だ! 二日目と同様の手で敵陣深く誘い込むつもりだ! 追撃をやめさせよ!」
「は? いえ、御意・・・。」
ここは追撃するべきである。
なのに、ジークとロッツフォードの騎士隊にこれ以上の手柄をくれてやる訳にはいかなかった。この醜い嫉妬心がこの戦の趨勢を決定することになる。
四日目はスイストリアの小さな勝利で終わった。
敵将を討ち、前線の勢いを取り戻した。敵を壊走させることさえ出来たはずなのにその勢いを殺す命令が下されたのだ。折角の好機を何故!? と兵士たちが不満を募らせていたが、アモンデスは気にせずにいた。耳障りのよい言葉はよく聞こえるがそうでない言葉は聞こえないと言う非常に都合のいい耳をしているからだ。
だから、ロッツフォードの騎士たちが詰める陣営に足を運んでいた。
「全く何たることだ! あのまま追撃をしていれば二日目同様に散々に叩かれているところだぞ! 私が気づいたから良かったものの、軍を壊走させる事になったらどう責任を取るつもりだったのだ!」
「しかし・・・!」
「言い訳など無用!! 冒険者上がりなどが軍監などするからこんなことになるのだ! 今後は命令があるまで後方に待機しておれ!」
こうしてスイストリア王国軍で唯一まともな実戦部隊、ロッツフォード騎士隊と猛将カユウを討ち取るほどの剛の者、ジークを飼い殺しにするのだった。
ジーク達を飼い殺しにし始めた頃から異変が始まった。
どれ程奮戦しても戦線を押し上げることが出来なくなったのだ。
むしろドンドン押され込まれている。
アモンデスは敵を下に見ていた。だが実際には格上なのだ。
それほど役者が違う。
特に情報の管理が甘すぎたのだ。
得意満面にありもしないジークたちの落ち度と自分の手柄を吹聴して回ったおかげで帝国の密偵たちによりジークとロッツフォード騎士隊が後方に下げられ、今後出番は無いという情報が帝国側に筒抜けになっていたのだ。
これを絶好の機と捉えた帝国軍は全力をもって攻撃にあたった。
この絶好の機を逃したスイストリアは徐々に後退しはじめた。
こうして兵力や物資で上回っていたはずのスイストリア王国軍は兵力や物資で劣っていたはずのジルベルク帝国軍に完敗し、マテリア平原の一部を占領させてしまうという大失態を犯すのだった。




