訪問者
「なあ、伯爵・・・。」
「なんだい、ジーク?」
「俺、こう見えて結構忙しいんだけどよ?」
「僕を馬鹿にしてる? 知ってるよ、そんなこと。」
「だったら、何でこんなにも家を建てんだよ! 維持管理するのにドンだけ手間ひま掛かると思ってんだ!」
「開発で出た伐採した木が大量に出てるからだよ! 知ってるかい? モッタイナイって言葉!」
「スィーリアに正座のこと教えたのあんたか! それはともかく、どうすんだよ! 百人ぐらい住めそうだぞ!? うちは元々、文官能吏の数が足らねぇってよく分かってるだろ!? それなのにこんだけ建てて・・・! 人の手を加えねえと建物の傷みって激しいんだぞ! ただでさえ、うちは深刻な人手不足なんだぞ!? 誰が面倒見るんだよ! 誰の管轄にするつもりだ!?」
「・・・ジーク君?」
「歯ぁ、食いしばれ!!」
ロッツフォードの村はずれは住宅建造命令が乱発されていた。
ジークは八人もの側室を娶った。村人からは「あぁ、やっぱり」という顔で見られた。
これからも側室が増え続けることを考えるとこの視線に慣れるしかないと割り切った。
この日から連日連夜、ロッツフォードに来てもらおうと魔法で戦役大陸へ向かい知人や旧友を訪ねたのだが誰一人つかまらなかったのだ。
(考えたくはねえが、全員戦死しているなんて事は・・・、いや、無いな。恐らく移住したんだろ・・・。)
寂しさを噛み締めながら帰宅したある日、村人の一人から質問をされたのだ。
「村のはずれにたくさん家が建ってるけど何処からか移住者が来るのか?」
めまいがした。
そして冒頭の会話となるのだ。
三日間ジークは伯爵と罵り合ったが、これ以上は不毛だとお互いが判断し建設的な話をしようとなった。現実逃避をしていたとも言えるが・・・。
「スイストリア本国からの移民は望めねえ。だからって戦雲気運が高まっているジルベルク帝国からは無理だ。ましてやファーナリス法王国からわざわざここに足を運ぶとは思えねえ。」
「ホントどうしてこんなことやっちゃったんだろ・・・。」
実際、使用できる材木は山のようにあるのだ。このまま腐らせるには勿体無いということで村の大工達に命令を出したのだ。
酒の席で。
その命令を大工達は忠実に実行したのだ。
勢いで。
ロッツフォードは領土がほんの一部だが海に面している。港を作れば造船業も盛んになるし漁業も出来るようになるだろう。だがそこまで持っていくにも人手が足りないのだ。
人手が足りないが故の八方塞なのだ。
(全部を俺が予定している軌道に乗せるには今の三倍は人手が必要だ。こっちに来てから大分経つが全部が後手に回りすぎている。クソッタレ! ・・・どうにかしねえとこの腐った国からロッツフォードが独立するなんざ夢のまた夢だ!)
こうしてジークは伯爵と何処の人手を優先すべきか、何処を後回しにすべきか、等々を必死になって決めていた。
「いつも思っていたんだが・・・。」
「何をだい?」
一息入れる為に茶を飲んでいるときふと思ったのだ。
「こういうのって嫡男であるエドワードの兄ちゃんが俺の代わりにやるべきじゃねえのか?」
「・・・御免ね。そのエドワードは現場監督で村中を毎日駆けずり回ってるよ。」
「人手不足ここに窮まれり、だな・・・。」
二人して人手不足にウンザリしているとスィーリアが入ってきた。
「・・・相当行き詰まっているようね。」
スィーリアも住宅乱造の件を知っているのでジークが相当疲れているのをかわいそうだと思った。このためにここ数日は伯爵宅に缶詰にされている。ジークのことだ、娶ったばかりの側室をかまってやれない事を気に病んでると思い見に来たのだ。父親に関しては自業自得だと気にせずにいた。
「・・・やはり初手が不味すぎた。人手不足がここまで来るとなんもかんもが行き詰まる。」
ジークの言葉から人手不足が深刻な問題になりつつある事を察したスィーリアは話を打ち消す為に本題を切り出した。
「珍しくロッツフォードにお客様が来ているわ。それもジークを指名して。貴方と同じ黒一色の装備の女性よ。で、かなりの美人。知り合い?」
少々茶化すように訪ねると、ジークは眉間に皺を寄せた。
考えてるようだ。
「・・・いや、まさか。」
そう呟くとスィーリアに確認を取った。
「そいつ、今何処にいる?」
旅人の安らぎ亭。
ここにジークを探している人物がいると聞いて足を運んだ。
はやる気持ちを抑え店に入った。
入るとすぐにその女性と目が合った。
「ファニス! やっぱりファニスだったか!」
この声を聞いて女性は微笑みながらジークの傍まで来た。
そして騎士が臣下の礼をするように片膝をついた。
「お久しゅうございます、ジーク様。」
「よせよせ! 俺はもうお前の主じゃねえんだぜ?」
ファニスと呼ばれた女性は面を上げ、まっすぐジークを見る。
「いいえ、今でも私の主はジーク様です。それに私だけではございません。アクアーリィ達もこのシーディッシュ中央大陸におります。」
「・・・なんだって?」
「ジーク様が戦役大陸を離れた際に私達は同士を募りました。ジーク様の後を追って中央大陸へ渡る者達を。女神の雫達だけではありません。ザマルガスやダルマグナたちドワーフをはじめとする妖精族も来ております。アルシャにデルシャもおります。シャルロットにミリィも。大きい一団のため、こちらに渡って来る船団の手配に手間取りましたが、こうしてロッツフォードにジーク様がいることを確認できました。」
「一団って何人だよ?」
「総合計百五十名になります。」
「ジーク君、これが先見の明というやつだよ!」
「ただの偶然じゃねえか・・・。」
場所は村はずれの住宅乱造地。処理に悩んでいた家々が次々に人でふさがる。
ファニスと話し合った後、一団が村の近くまで来ていることを教えられ伯爵の許可を得て迎え入れる事になったのだ。このとき混乱が生じないように村中に知らせを走らせた。
そして、一団の中核となる女神の雫と呼ばれる冒険者達の代表と会うことになった。
「初めまして、ロッツフォード伯。この一団を率いる冒険者、女神の雫の代表を務めているアクアーリィと申します。以後お見知りおきを。」
そう言って優雅に一礼をする。一言で表現すれば妖艶な絶世の美女。
それがアクアーリィなのだ。
出迎えた騎士隊も見とれている。だが、次の言葉に男衆が殺気立つ。
「そちらにいるジーク様の忠実な僕でございます。」
こいつなんて場所でなんて事口走ってんの!?
ジークは内心喚いた。
「今後は移民として村の発展に尽くしますのでよろしくお願いします。そしてジーク様、お会いしとうございました。・・・雰囲気が変わられましたね。素敵な出会いがあったのですね。とても喜ばしゅうございます。願わくばその末席に私を加えていただきとう存じます。」
説明されてねえのに何で分かんだ!?
ジークはとうとう頭を抱えた。
男衆は血の涙を流さんばかりに嘆いた。
何でこの人ばかりと。
「では、貴女達はジークの眷属の話は知っているのですね?」
「はい。この度の渡航でここに来た女性の中にジーク様のご寵愛を受けることに否というものはおりません。全員心からジーク様をお慕い申しておりますので。」
一団が住宅乱造地帯に収まってから、スィーリアは他の側室たちと一緒にアクアーリィと面会した。
「私以外の女性は皆、生娘ばかりですのでジーク様のご寵愛時に粗相が無いか心配です。」
「・・・貴女は?」
「私は傭兵団で玩具のように扱われておりました。来る日も来る日も地獄でした。ジーク様はその生地獄から救い出してくれただけでなく、生きる術まで授けてくれました。私を道具から人にしてくれた大切なお方。それがジーク様です。・・・奥方様、お願いでごます。私も含めてどうか愛妾になることをお許しください。このとおり伏せてお願い申し上げます。なにとぞお許しください。なにとぞ! なにとぞ!」
「・・・貴女達がいいのであればこちらこそよろしくお願いしたいわ。」
「! では!」
「認めます。」
この言葉にアクアーリィは涙ぐむ。
「ありがとうございます。ありがとうございます。ファニス達も喜ぶでしょう!」
「その代わりといってはなんなんだけど、戦役大陸でのジークの事とか教えてくれる?」
「勿論! 喜んでお教えいたします!」
女性陣は愛する男のことで親睦を深めていった。
旅人の安らぎ亭。
「なーんで先生ばかりなのかな?」
声の主はエヴァンである。
「ヴィッシュのことは諦めがつきますよ!? 相手が先生なんだもん!? しょうがないよ? でも側室にしてまたすぐあんな美女に言い寄られるって何事なのよ!?」
完全な絡み酒になっている。
だがこの言葉に男衆がウンウンと頷いている。
「もうね今日の飲み代は先生にツケちゃいましょう!」
喝采を浴びるエヴァン。
(こういうところが先生との差を生んでるのよ。)
アンナは飲み代をしっかりとエヴァンにツケといた。
「じゃあ安心して任せられるんだね?」
ジークは伯爵と突然の訪問者達のことを話し合っていた。
「あぁ、能吏として優秀な奴が何人かいる。ドワーフたちが三十人もいるのは嬉しい誤算だ。手がついていなかった鉱山開発を任せよう。他にも職人組合<クラフトマンギルド>でも一目置かれていた職人が何人もいる。女神の雫の面々も冒険者としては一流どころだ。こりゃあ開発が楽しくなるぞ。」
今後のことを話し合ったが決めきれない案件が多数あり残りは翌日ということでジークは帰宅した。
「ただいま。」
出迎えが無いので自室へ向かった。
「お帰りなさいませ、ジーク様。」
「・・・アクアーリィ。なんでお前がいる?」
そこにいたのはアクアーリィだ。
「どうぞ昔のようにアクアとおよび下さい。」
「・・・じゃあアクア。何でお前がここにいる?」
「奥方様の許可を得て本日より私達はジーク様の愛妾となりました。つきましては本日の閨<ねや>は私がつとめます。」
「!! スィーリアは! それに私達って・・・。」
「勿論、ファニスやカティア、アトリアにメイスティーク、今回の突然の訪問に同行した女性全員ですわ。奥方様たちは連日の激しい夜の営みを今日は休むと仰せられたので不肖私がつとめる事になりました。」
(絶対嘘だ! そうなる様に話を持っていったんだ!)
ジークの内心すらも見通すように話を続ける。
「ジーク様の戦役大陸でのお話をいくつかしてみたところ快く応じてくださいました。」
「・・・しってるか? それ買収って言うんだぞ。」
「・・・処女じゃない、穢れた女は・・・ダメ?」
その言葉を否定する為、ジークはアクアーリィに覆いかぶさった。
ロッツフォードの村に灯る火は今日、百を越える大きなものになった。
スイーリアはこの灯火を翌日にジークと共に見ることになる。




