戦鬼
部屋は異様な空気に包まれ始めた。
男の体に邪神が降臨しようとしている、否、すでに降臨している。
現にその力に体が耐え切れず、ブチブチという音が聞こえてくる。
霊格の足りなさが体への負担となって現れているのだ。
「スィーリア下がってろ。」
ジークのこの言葉にスィーリアは驚く。何せ体中裂傷だらけなのだ。
「戦うというのか!? 無理だ! その体では! みすみす死ににいくようなものだ!」
ジークの腕を掴み、首をふる。死なせたくない、死んで欲しくない。その思い故の行動だった。
ジークは腕に絡むスィーリアにそっと手を添え引き離す。
「今から俺は人で無くなる。・・・それでもジークと呼んでくれ。」
そう言って部屋の隅へと導いた。
『ふむ、やはりかりそめの体ゆえ力が思うように振るえぬな。』
「・・・・・・。」
『貴様を殺し、その娘の体を頂くとしよう。』
「・・・我、人斬りなり。更にその人斬りを千人斬り修羅となりし者なり。我は修羅、誇り高き同胞<はらから>の修羅を万人殺せし者なり。故に我は人に非ず<あらず>、戦場の鬼神なり!!」
ジークのこの言霊をうけ体に変化が生じる。髪の毛はより金色の色合いを強め、瞳は爛々と輝き始める。背中からは魔力が渦となって噴き出す。まるで鳥が羽ばたくように広がる。全身に施した化粧も妖しく輝き始める。
見る者によっては天使とも悪鬼とも取れるだろう。
「・・・さぁ、はじめようか。狩りの時間だ。」
邪神とジークの間には十分な間合いがある。
邪神はいつの間にか持ち出した豪華な剣を持って、ジークは漆黒の大剣、滅びの魔剣を持って打ち合いを始めた。
部屋に響くのは間違いなく剣撃の音。
一瞬数合の打ち合いが行われている。
身をかわせばそこには凄まじい斬撃の後が刻まれる。床や壁がきれいに切れたり衝撃で破砕されたりするのだ。
まさに人に在らざる業の応酬だった。
(ジーク・・・。)
スィーリアは自分の愛する男の姿を見ていた。確かに変異はあった。だが、スィーリアにとってはジークは何処まで行ってもジークなのだ。
塞がっていない傷から未だに血が流れている。スィーリアを救うために戦っている。何も出来ない自分がもどかしくただひたすら祈った。
(世界の構成を司る神々よ! どうかジークに勝利をお与えください!)
ギィィィン!
豪華な剣と滅びの魔剣が切り結ばれる。
ギリギリという音がスィーリアの耳にまで届く。
『貴様、何者だ! 人たる身で神である我とここまで互角に打ち合えるとは信じられん!』
邪神はそう言って超至近距離から魔法を放つ。
その途端、ジークの体に施された化粧がより一層妖しい輝きを放つ。
魔法が無力化されたのだ。
『なに!?』
「ただの落書きとでも思っていたのか? 丸腰でてめえみてえな化け物とやりあうつもりはねえよ!」
『人たる身で我を化け物呼ばわりとは不遜なり!』
再度魔法を放つがやはり無力化される。
「やるだけ無駄さ! 魔法は使えねえよ! こうなると魔術師の体に降りたあんたが圧倒的に不利だよな! 間抜け!」
『えぇい! 虫けら如きが! 調子に乗るな!』
鍔迫り合いからいったん離れまた、一瞬数合の打ち合いになった。
ジークは焦っていた。まもなく夜明けだ。そうなればこの打ち合いも負けるだろう。化粧の効果が切れるせいだ。
自分付きの銀の乙女がいれば時間などを気にせずに安心して戦えたろうがいない現状ではせんなきことである。
ジークは勝負に出た。
(忌々しい!)
目の前の虫けらが持つ魔剣は危険すぎる。この魔剣で斬られれば自分が死滅することが分かっているのだ。剣風にまでその死滅の力が宿っている。
なにより自分が今降りている使徒の体も限界が近い。
邪神は決着をつける一撃を放った。
邪神による大上段からの強烈な打ち下ろしの一撃が放たれた。
大気が振るえ床や壁が抉り取られ辺りが煙る。
『ふん! 他愛なし!』
ドス
死角から腹部へ向けて突きの一撃がジークの手により繰り出されていた。
「はん! 他愛もねえ!」
『ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
何だこれは! 我が神格が破壊される? 無くなる? 否、奪われる!
我が相手をしていたこの男は何なのだ!?
「何が起こってるか教えてやろうか? ディブライブの権能が発動しているんだよ。」
『!! 貴様神格持ちか!?』
「おおよ! 簒奪の神格位、完全に奪うもの、戦場の鬼神、戦鬼ジークだ!! お前の神格と権能は俺が簒奪する!!」
『おのれ! 司るものが無いだけで我を邪神扱いする神々に復讐の機会を得たというのに! 幾年待ちに待ったこの機会を汝のような天敵と出会おうとは何たる不幸! やっと下生できた先に待っているのが滅びとは! おのれ! おのれ! おのれ・・・!!』
ボフ・・・。
そんな音と共に男の体が塵になった。
「・・・終わったの?」
「あぁ、邪神は滅んだ。お前の神託もこれで無効になった・・・。」
なのに胸の不安が消えない。このままジークがどこかへ行きそうな気がしてならなかった。
「ジーク・・・。どうしてこっちを見てくれないの?」
「・・・・・・。」
「ジーク、約束どおり私は貴方の名を呼んでいるわ。お願い、ジーク。こっちを向いて・・・。」
意を決して振り返った。
「・・・いつもどおりのジークよ。その黄金を思わせる金色の髪も瞳も私の知っているジークのままだわ。整った顔立ちも変わってない。左頬の傷跡もそのまま。私の大好きなジークよ。」
そう言ってジークをそっと抱きしめた。
「ありがとうジーク。愛してるわ。」




