神殿
ジークは北部未開拓地を疾走していた。黄金を想わせる金色の長い髪を靡かせながら。日も暮れて辺りは暗い。身に纏っている装備も黒一色であるため夜の闇に紛れている。そのため、闇夜を切り裂く金色の流星のようであった。
「まさか、こんな所にこんなモンがあるとは・・・。」
深夜まで走り続けた結果、未開拓地の未踏破地域まで来ていた。普通であれば徒歩で数日掛かる距離を一晩掛からずに駆け抜けたのだ。これはジークの体に施された化粧の効果である。己が潜在能力を全て引き出す為のモノでもあるからだ。
それでも異様といえるだろう。
そのジークがたどり着いたのは巨大な遺跡の入り口である。
入り口の形式から見て神殿だ。地上部分に建物が見受けられないため地下に在るのだろう。
(入り口から推察するにかなりの大きさがあるはずだ。それも地下と来たもんだ。いよいよらしくなってきたな。)
はやる心を抑えて、神殿内部へ、遺跡の中へと歩みを進めた。
(つくづくおもてなしが好きな野郎だ!)
遺跡の中は怪物たちの巣窟となっていた。生きる屍<アンデット>や魔獣の合成獣<キメラ>など多種多様な怪物で溢れかえっていた。
内心で毒づきながら漆黒の大剣<グレートソード>を振るう。強力極まりない魔剣であるため叩き切るのでは無く、鏡のような滑らかな切り傷を作る斬撃となっている。それだけではない。剣風にまで呪いが込められているのだ。そのため、直撃を受けなくとも大剣を下手にかわしただけで滅死させる事ができる。逆を言えばここまで強力になると単独行動時で無いと使えない。味方を巻き込むからだ。
(明け方までまだ時間があるが悠長に構えている訳にはいかねぇ!)
ジークのこの超人的な力がもつのは明け方までなのだ・・・。
怪物を殲滅する速度が更に上がった。
「・・・騒がしいな。侵入者か・・・。考えられないがロッツフォードのジークとか言う奴か? ・・・我が神よ、早くその贄の体を使いこの世に顕現してください。そして私めに力を・・・!」
遺跡内部が、この男にとっては神聖な神殿内部だが、ジークの襲撃により騒がしくなっていた。
ここまで来て邪魔されるわけにはいかない。
だが、もうすぐ神が顕現する。
そう思うと笑みがこぼれる。男は、ロッツフォードに来た行商人の男は神の顕現を待ち望んでいた。生まれだけで自分を虐げ、見下してきた連中を見返す力を得る為に・・・。
(私・・・、どうなったの・・・?)
スィーリアはまどろみの中にいた。だが、気持ち悪さが在った。まるで自分が自分で無くなる様な・・・。
(・・・そうだ。私捕まったんだ・・・。)
『寄越すのだ、汝の体を明渡せ。』
ここでハッとした。
(いけない! よく分からないけど気をしっかり持たなきゃ! ジークが・・・、ジークが来てくれるまで・・・!)
今ここに邪神とスィーリアの戦いが始まった。
「退けぇぇぇ! 木っ端ぁぁぁ!!」
ジークの怒鳴り声と共に大剣が唸りをあげる。直接の斬撃により絶命するもの。剣風によって死滅するもの。屍や塵の山を築いていく。
ジークはあと少しで最奥の祭壇の間まで来ていた。
「退けぇぇぇ! 木っ端ぁぁぁ!!」
この声に男は焦りを浮かべる。
「何故だ! 何故神はご降臨されない!」
儀式は完璧だ。星の並び等から見て今を逃せば後に機は無い。なのに何故神は顕現しない!
考えられることはただ一つ。
贄ごときが神の意志に抗っているのだ。
(イヤだ! 絶対にイヤだ! この心は、体はジークのものだ!! 髪の毛一本足りとて絶対に渡さない!!)
『・・・ジークとやらがここに来る保障とやらはあるのか? 無かろう!』
(約束したんだ! 必ず守ってくれると! お前を必ず討伐すると!)
『戯言を。人たる身で神をどうにかすることが出来ると思っておるのか?』
スィーリアは必死に抗っていた。本来であれば、すでに体をのっとられ魂は砕けている。だがスィーリアの魂の霊格は邪神の存在を拒めるほどに高かったのだ。俗に聖女などと呼ばれる存在がこれに当たる。
スィーリアはただの贄ではなった。聖女の資格を持っていたのだ。
ジークもスィーリアの霊格の高さは気づいていた。だがそのことを話せば普通の人生を歩めなくなる。ひょっとしたら自分付きの銀の乙女になるかもしれない。人をやめさせねばならなくなることを恐れ、内密にしていたのだ。
そのスィーリアは邪神に必死になって抗っていた。
(ジークは約束を守る男だ! 他と一緒にするな!)
だが、それも限界になろうとしていた。
そもそも邪神が力を振るいやすい環境を儀式によって整えられているのだ。
その力はドンドン強烈になってくる。
スイーリアが己の体から邪神を排斥するには決め手にかけていた。
ドバガン!
耳をつんざく強烈な破砕音が部屋に木魂した。扉が吹き飛んだのだ。
そこには髪と瞳が金色の全身黒一色の夜陰の如き男がいた。
自分を無視して祭壇を凝視するこの男が何故か許せなかった。
まるで自分など最初からいないように。生まれで蔑さんできた奴らを思い出させる。
「きさ・・・」
「スィーリア!!」
男の声はジークの叫びによってかき消された。
「スィーリア!!」
(ジーク? ジーク! 来てくれた! ジークが来てくれた!)
スィーリアの心は喜びに満ち溢れた。ジークが助けに来てくれた。これが引き金となった。
「じー・・・く・・・。」
「何だと!?」
男の口から驚愕の声があがる。
体に神を降ろさせた。普通であればこれで魂は砕け神はこの世に顕現する。
にも拘らず贄の女はこれに抗い続けるだけではなく、体の主導権まで奪い返したのだ。信じられなかった。
夜陰の如き男は魔方陣を破壊しながら祭壇まで一足飛びでつめる。
そこに罠があるとも知らずに。
(スィーリア!)
ジークは祭壇まで一気に駆けた。途中に存在した魔方陣は大剣の一撃で床ごと抉り取り無効化させた。
だが、祭壇に近づいたとき罠が発動された。
結界により祭壇ごとスィーリアが隔離されたのだ。
「はははは! ざまをみるがいい! その結界は太古の魔術師が作り上げた強力な防御結界だ! 外部からの破壊は不可能だ! そこでそのまま女の身に神が降りるところを見ているがいい!」
この言葉をジークは無視した。己が手の中にある滅びの魔剣を結界に叩き付けた。
ゴア!!
結界に魔剣を叩き付けた事により大気が震える。
魔剣が唸りをあげる。
想像を超える衝撃が走る。
皮膚が裂け、口の中が切れ、血を吐きながらもジークは結界と切り結び続けた。
「・・・ジー・・・ク!」
今、祭壇から動かねばまた邪神とせめぎあう事になるだろう。
消耗しきった今では今度こそ太刀打ちできない。
そしてなにより目の前の光景が痛ましかった。
祭壇ごと自分を隔離する結界を破壊しようとジークが無茶をしているのだ。
「ジーク!」
涙が止まらなかった。こんなにまでなって自分を助けようとしてくれてる事が嬉しくて。こんなにまでなって自分を助けようとしてくれている事が申し訳なくて。
「ジーク!」
「がああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
吹き出る血の量は多くなる。だが結界と切り結ぶことはやめない。
このジークの執念が事態を好転させた。
ビキリ
部屋に嫌な音が響く。
男の背中に冷や汗が流れる。
まさかと思った。
そうだ、結界ではない。魔剣の方だ!
そう思った瞬間に気の抜けるような音と共に結界が無くなった。
(ホント馬鹿だよな。)
傷だらけになるという代償は払ったものの見事結界を破壊したのだ。
(スィーリアをみて頭に血が上がってこんな強固な結界を力ずくで破るなんて。)
祭壇を見れば階段を駆け下りスィーリアがこちらに向かってきている。
(ホント救いようのねぇ大馬鹿だよな。)
飛び込んできた愛しい女性を今度こそしっかり腕の中に収めた。
「・・・ありえない。」
目の前のことに男は呆然としていた。
この日の為に舐めたくも無い苦渋をいくつも舐めてきた。
この場所を調べる為に膨大な時間をかけてきた。
この儀式の為にありったけの資産を投じてきた。
準備は万全だった。
にも拘らず失敗した。
「・・・おのれ。おのれ! 我が野望を阻むとは! 生まれだけの能無しどもを・・・」
感情のまま言葉を発する男をジークの魔法が遮った。
強烈な爆発音と共に祭壇が吹き飛んだのだ。
「・・・やかましい。てめえの人生なんざ知りたくもねえ。」
そうしてジークは男の前に立ち塞がった。
「てめえがどんな人生を歩んでいたのかなんて分からねえし、分かりたくもねえ。ただ今回の落とし前として首級<くび>を貰ってくぜ!」
この言葉に男が反応しない。よく観察してみると目の焦点が合っていない。
気でもふれたか? そう思った瞬間、男が語り始めた。
『我が神よ! 我が命を奉げます! この身を使い現世に御降臨ください!』
邪神召喚の呪文だった。




