異変
ジークと蒼薔薇の面々が未開拓地の地図の作成の為に出払っているある日の事、ロッツフォード領に珍しく行商人が訪れた。
「なるほど、ジークさんという方はすごいのですね。」
この行商人、話術が達者らしく村人達がドンドン話をする。ゴブリンの群れから村が救われた事、村に産業が興ったこと、食料事情の改善や越冬が楽になることなど色々な話をした。
そうして他国の話や品物など、物珍しさにより人だかりが出来てしまった。
これがスィーリアの目にとまった。
いくら辺境の村で娯楽に飢えているとはいえ道の往来を塞ぐように人だかりが出来るのは好ましくない。平和な村といえどもだ。
注意をしたところ人だかりはきちんとした列となり行商人は商売を行った。
そして時は過ぎ夕刻、行商人は旅人の安らぎ亭に宿を取った。
夕食を終え、部屋に入った行商人は何事かを呟いて就寝。
翌日、行商人は旅立って行った。
この何気ない、探せば何処にでもある日常の一コマがジークにとって痛恨事と成る。
行商人が旅立ってから五日後、ジークと蒼薔薇の面々は帰還を果した。
ジークの戦役大陸での経験がものをいったのだろう。
この短期間で未開拓地の地図は六割程が完成していた。驚異的な早さである。
そのジークが村に着きすぐに異変を察した。
有るべき筈のものが無いのだ。
蒼薔薇の面々に断りをいれて村の周辺を探索し始めた。
「・・・焼き切れてイヤがる・・・。」
村に張ってある特殊な結界が壊れているのだ。
重大な事態だ。
自分達がいない間に何があったのか村人達に聞いて回ることにした。
「行商人?」
村人達に聞いて回ると行商人が来たことぐらいしかないと教えてくれた。
だがここからが異常だった。
「え? 顔? あれ? どんなだったかなぁ・・・。」
口をそろえて皆、男ということしか分からないのだ。
ジークは行商人が宿を取った旅人の安らぎ亭に向かった。
男の事を聞くためだ。
「・・・すまん。思いだせん。」
「珍しいから覚えてるはずなのに・・・。」
案の定主人のワキンも看板娘のアンナも覚えていない。
否、ここまで来ると認識できない何かがあると思った方がいい。
男が泊まった部屋に案内してもらうことにした。
部屋でジークは魔術を展開した。
{我が魔力よ! 大気に宿る魔力と呼応し残されし思いを我に教えよ!}
残留思念の読取<サイコメトリー>の魔術である。断片的にではあるがその場にいた人物が残した強烈な感情等を読み取ることが出来る魔術である。
使用後、ギコリと歯軋りをした。
「強烈な歓喜?」
魔術を使用した後すぐに伯爵宅に来たジークは報告をしたのだ。
「それがジークがこっそり張っていた結界が壊れた事と一本の線で繋がっていると?」
「あぁ、十中八九間違いねぇ。今回の一連の流れはこうだ。ある目的を持った者が行商人としてアチコチを回る。そしてロッツフォードに来た。そいつの存在があまりにも強力な為に俺が張ったスィーリアの存在を隠行させる結界が耐え切れずに壊れる。そしてスィーリアを見つけて喜ぶ。現に歓喜の感情を読み取った際に視付けたと呟いている。」
「!! その目的とはまさか!」
「生贄の神託。邪神復活だろう・・・。」
スィーリアへの説明はジークがかって出た。
時は夕刻。いつもの丘に来ていた。
「・・・・・・。」
ジークの説明を聞いたスィーリアは無言だった。
「・・・これを身に着けとけ。」
そう言って手のひらほどの蒼い色をした護符<アミュレット>を渡した。
「これは?」
「古代魔法王国時代に作られた邪神に抗う力が込められたお守りだ。村にも専用の大掛かりな結界を張る。当面は村から出るな。」
「ジーク・・・。私は・・・。」
「何も言うな。・・・必ず俺が守る。必ず邪神を討伐してみせる。信じろ。」
この後、二人は無言で帰路に着いた。
翌日、蒼薔薇の面々や騎士隊、なにより村人達に説明がされた。
スィーリアは気丈に振舞っているが顔色が悪い。恐らく一睡もしていないのだろう。エドワードやエヴァンも目の下に隈が出来ている。伯爵も同様である。
それとは別に元々の住民や移民たちは自分に出来ることは無いかと聞いてきたぐらいだ。はっきり言えば何も無いのだが、正直に言えば士気にかかわる。スィーリアがいつもどおり振舞えるように日常の生活をいそしんでくれと伝えた。
(一人の為にこんなにも思いが寄せられる、か・・・。ホント良いとこだよ、ここは・・・。)
村に大掛かりな結界をしいた後、ジークは単独で未開拓地を回っていた。
(邪神復活なんて大それた事をするには相応の場所で大掛かりな儀式を行わねばならない。盗賊組合<シーブスギルド>や魔術師組合<マジックギルド>、なにより世界の構成を司る神々が黙っていない。必ず神託を下すはずだ。それらを掻い潜って実行できる場所は北部未開拓地か南部未開拓地しかねえ! スィーリアがロッツフォードに居る事を考えればここ、北部未開拓地で行う可能性が極めて高い・・・!)
こうしてジークは儀式にふさわしい場所を探す為、まだ手を付けていない未開拓地を探索し始めた。
「・・・まぁ、こういう訳でね、ジークは単独行動をしている。こう言っちゃ悪いけど邪神に関することなんて今の蒼薔薇には難しいでしょ? だから村の警護に当たっていて欲しい。スィーリアも村から出ないように。」
ロッツフォードではスィーリア、クローディア、蒼薔薇の面々、エドワード、エヴァンにジークが儀式破壊の為に単独行動していることが告げられた。
「・・・・・・。」
誰も口を開かない。ついこの間まではジークに正座させたりバカなことをして楽しい日々だったのに今は邪神信託という事態が皆の口を重くさせた。
(ジークは約束してくれた! 私を守ると! 邪神を討伐してみせると!)
ただ一人、スィーリアの沈黙は決意を胸にしたものだった。
「ここは・・・?」
ジークはある遺跡にたどり着いた。だが、すでに人の手が付いている痕跡を発見した。
(当たりか・・・?)
慎重に探索を開始し始めた。
(クソッタレが!!!)
遺跡の奥底には魔方陣が描かれていた。血文字によって。周りにはその血の持ち主と思われる大量の死体が積み重なっている。生贄に使われたのだ。
(魔方陣から推察するとここは邪神召喚のための施設の一部でしかねえ! もっと広大な範囲で召喚の儀式を行おうとしている! ここを破壊するのは絶対だ! 他にもこういった魔方陣があるはずだ。全てを破壊することは出来るか?)
ジークは邪神復活を目論む者との施設をめぐる攻防戦を開始した。
施設は星型六角形を描くように設置されていた。当然それらは全て破壊してきた。そして星型六角形の中央部に当たる場所へ行くと祭壇が作られていた。ここにも番人として動く彫像<ガーゴイル>が置かれている。これらを切り伏せ祭壇を破壊するとジークは嫌な予感に襲われた。
(何だ? 簡単すぎる?)
自分はこれを邪神復活を賭けた施設をめぐる攻防戦と捉えていた。だがもしこれが攻防戦でなかったら? そう、例えば囮とか。あやし行商人が来たとき何もせずに帰るだろうか? 盤外戦としてここで何かを仕込んではいないか?
「!! スィーリア!!」
ジークはロッツフォードの村へ向けて瞬間移動の魔法<テレポート>を行使した。




