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お引越し

「さあ、テキパキ動くのよ! 若様がこの館に御越しになられるのだから!」

女性たちの中心人物が音頭をとる。館で作業しているのは移民してきた女性であることにジークは気づいていた。普段は紡績業の仕事をしているのにこの日ばかりはジークの引越し作業を行っている。

そのジークはただ、呆然としていた。自分があずかり知らぬ所で事が進んでいる。

若様呼ばわりをやめるようにいっても聞き入れてもらえない。

事がドンドン自分の手を離れていくことに若干の恐怖を覚えた。

発端はスィーリア、クローディアの女性二人を加えた蒼薔薇の面々がジークの引越しを決定してしまったからだ。あの広くもない掘っ建て小屋でエリーゼとクローゼという極上の美女と一緒にしておいてはいけない。間違いが起こるのを防がねばならんと意地になったのだ。

こうして迎賓館として使われるはずだった館は本来の姿であるジークの自宅となった。加えていつの間にか女性達の集合住宅が出来上がっており、エリーゼとクローゼの自宅まで作られることになった。

(おかしいだろ!? どっからこんだけの石材や木材が運ばれてきたんだよ!? そして何故こんな短期間に幾つもの建物を建造できる!? どんな変態国家でも無理だろ!?)

ジークが知らないだけで、実は農家のかたわら木材加工や石工を営むものがこのロッツフォード領に何人かいるのだ。畑を開拓した際に出る伐採した材木や石等が山のようにあり、職人達はそれを加工する。村の英雄であるジークの為ならとそれはもう懸命に作業をする。職人も気分が乗っているので出来上がりが早いのだ。

こうして四つの掘っ建て小屋から持ってきた研究品を含めた色々な物が館の客間や応接室を除いて整理整頓されながら収納されたのだとなった。



「いやはや、モテる男はつらいねぇ。よっ! この色男!」

引越しの報告をしに来たらこのようなちゃちゃを入れる伯爵をぶん殴りたい衝動に駆られたがジークは必死になって我慢した。

実は皆が自分の事を男として見ているのは気づいていた。美人ぞろいなのだ。劣情のままに行動したいと思ったことは一度や二度ではなかった。酒池肉林の饗宴を催したいとさえ思っていた。だが自分が背負っているもの、自分が持っている力のこと等、人生を背負わせることに躊躇しているのだ。ましてやジークの場合娶るなら何人もの女性を娶らねばならない理由があった。

(人間をやめさせる訳にはいかねぇよ・・・。)

深刻な顔つきになったジークに伯爵もちゃちゃ入れを止めた。

「・・・君が普通とは違う人生を歩んできたことぐらい僕にだって分かるよ。それでも話を聞くことぐらいは出来るんだよ?」

この言葉には正直泣きそうになった。だが、そんな訳にもいかない。

「・・・ありがとよ。気持ちだけ受け取っとくよ。」

このままここに居ると全てを話してしまうと思い早々に辞するのだった。



「無事終了したようだな。」

新しく自宅となった館に帰ると、目下今一番劣情を抱いてる相手であるスィーリアが待っていた。普通客間で待つべきはずがジークの私室で待っていたのだ。

(このアマ本気で押し倒しちゃろか!?)

独り身の男の所に年頃の女性が入り浸るのは問題がある。

このことを言えば顔を真っ赤にして慌てふためくだろう。

あえて、触れないことにして話を続けた。

「おかげさまで滞りなく引っ越せたよ。小屋の方も研究するには手狭に成りつつあったから丁度良かったのかもしれねえ。でもな、伯爵よりでかい家に住むのはやっぱり落ちつかねえよ・・・。」

「何だ、気づいていないのか? 父上は村をもっともっと大きくして街を造るつもりなんだぞ? そのときにはここよりもっと大きな館を建てて住むつもりなんだ。まぁ、次の館の建設の為の練習みたいなものだ。気にするな。」

この言葉に感心しながら苦笑した。

地方へ飛ばされたからといって腐る事無く領地運営から発展を考えてる前向きな伯爵に好感をもてるが、ただそこで自分を練習台にする神経の図太さに呆れたのだ。



その後お茶を飲みしばらく談笑した後、スィーリアは帰っていった。

窓からその後姿をジークは見送り続けた。


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