奴隷
この日もスィーリアは気持ちのいい朝を迎えていた。ジークがそろそろジルベルク帝国の内情偵察から帰ってくるのだ。
騎士隊の詰め所は騒然としていた。ところがスィーリアが来るとまるで波が引くように静まり返ったのである。何事かと問い詰めると全員、奥歯にものが詰まったような発言をする。要領を得ない。みんな視線を合わせようともしない。怪しすぎる。業務に支障が出るのではないかという位きつく問い詰めた結果「事件」を知った。
コンコン。
場所は掘っ建て小屋。ドアをノックされたのだ。当然対応しなければならない。そして、小屋の主であるジークは足運びの気配からスィーリアであることを察していた。ドアを開けようとすると声が聞こえた。
「ジーク。私だ。スィーリアだ。」
瞬間ゾッとした。
いつもの声音ではない。地獄の悪魔もかくやといわんばかりである。
数瞬躊躇っていると更に声が掛かる。
「ジーク。私だ。スィーリアだ。」
(何の怪談話だよ!!!)
悪寒が止まらない。覚悟を決めてドアを開けると、笑顔という無表情のスィーリアがいた。
「ジーク。其処にセイザしろ。」
「・・・正座なんて風習よく知ってたな。」
「いいからセイザ!!!」
何もしていないはずである。自分は今日帰ってきたばかりである。心当たりが全くない。それなのにスィーリアがえらくご立腹なのだ。言われるまま正座をし、何事かと問い合わせようとして声を掛ける。
「なぁ、・・・」
「誰が発言を許可した!」
この言い分に驚き唖然としていると更に声が掛かる。
「黙るということは自分の悪事を認めるのだな?」
(どうしろってんだ!!!)
口を開くのもダメ。黙って聞くのもダメ。八方塞である。
「シラをきろうとしているな? だがな多くの村人が見ているんだぞ! 言い逃れなぞ出来ない!」
「・・・ホントに何のことか分からねえんだよ!」
「いくら人手不足とはいえ奴隷を買い込むとは何事だ!!」
この発言で全てに合点がいったジークの目が据わった。
「・・・てめぇ、そんな早合点で俺をなじってたのか?」
今度はスィーリアが戸惑う番になった。
「え? だって奴隷を連れてきたって・・・。」
「確かに連れて来ちゃいるがあいつらは助けた奴隷だよ。」
事の真相はこうだ。
ジルベルク帝国の内情視察を終え、マテリア平原経由で帰路に着いた。最短距離を突っ切るつもりだからだ。そのマテリア平原で商隊が襲われていたのだ。助太刀して食人鬼<オーがー>数体を撃退はしたが護衛はおろか商隊の主らしき人物も亡くなっていた。つまり全滅したのだ。幸か不幸か馬と馬車、つまり積荷は無事だった。この場合、良心的に積荷の宛先、もしくは差出人に返すのが筋だがジークが貰っても罪には問われない。だが、ジークは貰うつもりは毛頭ない。商隊の主が死んだため行き先は分からない。そうすると帝国から来たと思われるため引き返さねばならない。とにかく荷を確認しようとしたところ牢屋のように格子がはめられて中に人がいるのだ。すぐに奴隷商人だと分かったが何故マテリア平原なんぞにいるのかが分からなかった。とにかく面倒事は御免だと思い、だからと言って無視することも出来ず帝国に突っ返すつもりで来た道を引き返した。そう、ここまでは良かったのだ。
問題はここからなのだ。
死んだ男の身元確認の為に奴隷商に問い合わせてみたところ何とモグリだったのだ。身元確認に時間を取られるだろうと思っていたらその男の身元と奴隷の契約内容が案外早く分かったのだ。はっきり言ってしまえば、さらってきて無理やり奴隷にしたのだ。そして取引相手は帝国貴族である。何故分かったかというと、朝方に違法な取引を幾度も繰り返しているのがばれて捕縛されたのだ。そのためモグリの男は巻き添えを恐れて逃げ出したのだ。だがここで奴隷契約が問題になった。
一般には魔術によって作られた専用の契約書によってその身だけを縛る。契約書を破棄すれば自由の身になれるのだ。
ところがモグリの男はどこかの闇市で手に入れた道具を使っていたのだ。これがトンでもない代物だったのだ。太古の魔術師が作成した道具で心から主を慕わねば効力が発生しない、一度発生すると生涯はずすことが出来ないという代物なのだ。魔法による解呪も無効。効力が発生すると首に魔術的文様が浮かび上がるので一目瞭然なのだ。
その道具を使われた奴隷は二人。その内の一人は自然の神の寵愛を受けるといわれているエルフ、それもより妖精に近いハイエルフだが、何者かによって行く先々で魔物を呼び寄せる呪いをかけられている。モグリの男がマテリア平原で食人鬼<オーガー>の襲撃を受けたのはこれが原因だ。更にもう一人は恐れ多くも闇の神の眷属といわれるダークエルフ、ただしハーフである。こちらも常に衰弱し続けるという呪いをかけられている。よって正規の奴隷商も家でもこれは取り扱えないと匙を投げられ、ジークに押し付けられたのだ。
ここで見殺しにするのは後味が非常に悪いので、とりあえず助けるところまではすることにした。
二人とも若干衰弱があるが意識もあり、適度な治療ですぐに回復するだろう。
ジークはよく知っている場所を思い浮かべ瞬間移動<テレポート>の魔法で自らと二人をここロッツフォードまで連れてきたのだ。場所は村が見下ろせる丘。其処からオルトロスとタイユウを使って自宅の掘っ建て小屋に運んだのだ。なお、館は迎賓館として使われている。
そして、完璧なる解除<パーフェクトキャンセル>の魔法を使い二人の呪いを解いてベットに休ませているのだ。
「このことは伯爵には報告しているんだが・・・。」
「・・・何も聞いてない。」
伯爵はこのような長話をする気がなかったのでジークに丸投げしたのだ。
またか、とため息をつくジークにスィーリアが質問してきた。
「太古の魔術師は何故そんな道具を作ったのだ?」
これにはジークが苦笑する。
「昔、主と奴隷という関係でありながら恋に落ちた二人を一緒に留めて置くために作成されたんだとよ。」
「そういうことか・・・。」
「ところで、俺に何か言う言葉はねえか?」
「・・・ごめんなさい。」
翌日スィーリアはクローディアをともないジークの小屋へ向かっていた。
なお、クローディアは騎士隊への説明を任されている為事情を知っている。
二人の目的は病人の見舞いである。昨日今日で回復するわけはないが一応という事で向かっているのだ。其処ではぐったりしているジークがいた。何があったのかクローディアが問うとノロノロと起き上がりながら答えた。
「さっきまで蒼薔薇の連中が来てたんだよ。そして昨日、どっかの誰かさんがやった事と同じ事をやらされたんだよ! あのくそ長い説明をまたしたんだよ!」
これをスィーリアは笑って誤魔化した。クローディアは見逃したと悔しそうにしていた。
そんな二人を見てジークは長々とため息をついた。
数日後、二人の意識が戻ったという知らせを受けてスィーリアとクローディアはジークの小屋に向かった。其処には異様な光景が広がっていた。
ジークが地べた正座させられていて、蒼薔薇の面々が取り囲んでいるのだ。
地べた、つまりは外である。蒼薔薇の面々の顔も冷めきっている。何事かと思い問いかけるとただ小屋を指差された。
目を覚ました二人に何か問題でもあるのだろうかと中を覗くと奴隷として扱われていた二人が椅子に腰掛けて所在無さ下にしている。
スィーリアとクローディアは作り笑いという自覚はあるものの簡単に自己紹介だけをして表に出た。蒼薔薇の面々同様非常に冷めた目でジークを取り囲む列に加わった。
「さぁ、説明してもらおうかジーク。この度ジークは晴れて奴隷二人を持つことになった。だが、疑問も残る。何故このわずか数日であの二人の首に文様が浮かんでいるのか。奴隷が心から慕ってることが条件だったはずだ。たしか今日目が覚めたはずだよな? では、事実上半日だけのはずだ。このわずか半日の内にどんな方法を使ってたらしこんだのか説明しろ!!」
このスィーリアの言葉に全員がウンウン頷いている。
「確かに覚醒したのは今日だけど、うなされた後とかぼんやり目を開けていたりしていたから今日一日だけというわけじゃないというか・・・。」
「じゃあ、何をした。」
いつもとは違う声音のクローディアに内心ビビリつつ言葉をつむぐ。
「汗を拭くのを手伝ったりごく一般的な介護しかしていません。」
「汗を拭く!? それは全身をか!?」
「背中だけです!!」
ジークは気づいていない。彼女達が何故こんなにも怒っているのかを。
あまりにも長いこと詰問し続けたせいか声がドンドン大きくなっていることにスィーリア達は気づいていなかった。質問の内容が小屋の中まで丸聞こえになると
ジークを主と慕う奴隷二人が止めに入る。
「皆様が来る前に現状の説明は受けております。この度の事は私達が勝手に主と思ったが故に起こったことです。ジーク様は関係ありません。その矛先は私とクローゼに向けてください。」
「エリーゼ殿の言うとおり今回の件は私達が勝手に慕ったが故に呪具が力を発動させてしまったのです。我が君を責めるのはそこまでにしていただきたい。」
「・・・とりあえずキチンと自己紹介しないか?」
ジークのとりなそうとする言葉に話を進めることの方が建設的だと判断したスィーリア達は奴隷二人の紹介を受けることにした。
「私はハイエルフのエリーゼと申します。精霊魔法と古代語魔法を修めております
。護身の為に多少剣術も使えます。この度、旦那様の僕となりました。よろしくお願いいたします」
「私はハーフではありますがダークエルフのクローゼと申します。精霊魔法を修め剣の腕にも覚えがあります。この度我が君の僕となりました。お見知りおきを。」
この二人の女性が奴隷なのだ。二人とも美人で、体つきも非常に魅力的である。胸の大きさはスィーリアと同じぐらいある。
女性陣がジークに詰問し続けた理由はこれが原因なのだ。つまり自分達よりジークに近しい存在が出来たことに嫉妬しているのだ。
女性陣はジークを小屋の中に隔離すると何が引き金となってジークに「惚れた」のかを躍起になって聞き出そうとした。
まずはエリーゼからだった。
「私は強力な呪いをかけられて困っていました。その呪いを解いていただいたことで感謝で胸がいっぱいなんです。それに看護していただいてる間に時折見せていただく穏やかなお顔が素敵で・・・。」
「私も長い間呪いに苦しめられました。まるで自分の体ではないようで日々絶望感に蝕まれておりました。ですが今ではその呪いも解かれ、自分を取り戻せました。」
続いたクローゼの説明にサンドラが虚言が混じったとげのある言葉をぶつける。
「ふーん。じゃあ、あんたはあたし等みたく男女の仲にならなくてもいいって訳だね?」
これにクローゼが慌てる。
「いえ! ・・・その、そういった訳ではなく、その、・・・お願いでございます! 愛妾の末席でかまいませんので加えてください! あのような素敵な殿方がこの世に二人といるはずはございません! なにとぞお許しください!」
この言葉を受けて何故か皆同じ事を考えた。
(やっぱり迎賓館なんて必要ない! ジークに住んでもらって私達もそこに住む!)
その後ジークの「あそこがいい」「ここがダメ」の話になり結局皆仲良くなった。
ジークを置いてけぼりにして。




