第1話 悪役令嬢は、やってない
——バンッ!
テーブルを両手で叩き、少女は呟く。自分は無実だと。誤解であると。
「私はやっていない」
「証拠は揃っているんだ。言い逃れはできんぞ」
涙を目に浮かべながら弁明する彼女の言うことは本当だ。
俺の妹、クリスタ・マクレインは無実である。
なぜわかるのかって?
そりゃあ、犯人はこの俺だからだ。
いや、正確に言えば、三十二歳の会社員……金田勝が転生した体の持ち主——クリスタの兄……キリオス・マクレインが犯人だからだ。
ほんの数分前まで俺は、五年間ハマり続けて、今では自分で攻略サイトを運営するほどやり込んだ『マケドニアの聖騎士』をプレイしていたはずだ。
それが……どうしてこうなったのだろう。
◇
五年前に発売され、大ヒットを記録したオープンワールドRPG『マケドニアの聖騎士』は、発売から五年が経過した今でも熱狂的なファンを抱えている。
人気の理由は、大きく分けて三つある。
一つ目は、圧倒的な自由度。
剣と魔法が存在する広大な世界を舞台に、プレイヤーは平民出身の少年ケビンとなり、マケドニア王国に存在するアカデミーへと入学する。
学園都市では、真面目に授業を受けて剣術を極めるもよし。魔法の研究に没頭するもよし。冒険者となってダンジョンに潜り、ひたすら金を稼ぐなんてこともできる。
もちろん、部活動や生徒会活動に参加もできるし、恋愛に勤しむことだってできる。
二つ目は、仲間にできるキャラクターの多さ。
王族、貴族、平民、冒険者、騎士、魔法使い、僧侶、武闘家、芸人に賢者。
果ては盗賊や犯罪者まで、ゲーム内に登場する数多くのキャラクターたちと交流し、条件を満たせば仲間にすることができる。
しかも、誰を仲間にするかによって物語の展開が変化するため、同じストーリーを何回遊んだって、違った楽しみ方ができるのだ。
そして三つ目。
これが最大の理由なのだが、エンディングの数が異常に多い。
仲間の生死、国家間の関係、各地で発生するイベントの達成状況などによって結末が分岐し、その全容はいまだ明らかになっていない。
一応、物語の最後に登場するラスボスを倒せばエンディングを迎えることができる。
できるのだが……。
ラスボスを倒したはずなのに、その後の戦争で王国が滅亡したり。
世界に平和を取り戻したはずなのに、主人公が暗殺されたり。
かと思えば、仲間と結婚して幸せな家庭を築いたところで、数年後に謎の疫病が流行して全員死亡したり。
いずれも後味が悪く、これこそが真の結末だと胸を張って言えるものは一つもなかった。
発売から五年。
世界中のプレイヤーが様々な攻略方法を試してきたにもかかわらず、いまだにトゥルーエンドらしきものは発見されていない。
そして俺は、そのトゥルーエンドを探し求める廃人の一人だった。
平日は一日八時間から十時間、休日ともなれば二十時間はプレイする。
睡眠? 食事? 風呂?
安心してほしい。人間は意外と丈夫にできている。
五年間で発見したエンディングは実に二百七十五種類。
攻略サイトまで自分で立ち上げ、ゲーム内のあらゆる情報をまとめてきた。
もはや『マケドニアの聖騎士』というゲームに関しては、開発者より詳しいのではないかとすら思っている。
とにかく、それほどまでにやり込んできた俺でさえ、トゥルーエンドに到達することはできなかった。
だが、それも今日までの話だ。
今まで何百回と挑戦してきた攻略の中で、初めて見る光景が目の前に広がっている。
……。
——ピョコンッ
『◯ボタン』を押してみると、主人公のケビンが飛び跳ねた。
エンディングを迎えた後だというのに、プレイヤーキャラクターを操作できるみたいだ。
「マジかよ……」
あまりの興奮に、思わず声が漏れる。
普段であれば、ラスボス討伐後はエピローグが流れ、そのままスタッフロールに突入する。
ところが今回は、スタッフロールが終わった後、見知らぬ空間に放り出されていた。
周囲は真っ白で、地面と空の境界すらわからない、奇妙な場所だ。
そして、目の前には一人の少女が立っている。
長い銀色の髪。整った顔立ち。人形のように美しい少女。
……。
クリスタ・マクレイン。
ゲーム序盤のチュートリアルでアカデミーを追放され、第四章のボスとして再登場する悪役令嬢だ。
こいつがまた、とんでもなく強い。
序盤から仲間の育成を怠っていた多くのプレイヤーが、容赦無く叩き潰される。
通称『初心者殺し』。
このゲームの難易度が異常に高いと言われる原因の一つだ。
そんなクリスタが、なぜか俺の目の前に立っている。
こいつがキーだったのか。
……。
今回のプレイでは、第四章のボス戦で奇妙な出来事が起きていた。
ケビン 『覚悟しろ……クリスタ・マクレイン! 聖なる星よ、俺に力を……グランドクロス——』
「あっやべ、ミスった……」
——パシャッ
ケビンの必殺技『グランドクロス』でクリスタにとどめを刺そうとした瞬間、操作を間違えて敵である彼女にエリクサーを使ってしまったのだ。
当然、俺は頭を抱えた。
ゲームを進行する中で一つしか手に入らない貴重な回復薬を無駄使いし、ただでさえ強いボスの体力を全回復させてしまったのだから、やり直しを覚悟するのも無理はない。
クリスタ 『……』
ケビン 『……』
クリスタ 『助けて……くれるの?』
ケビン 『……』
クリスタ 『ありがと……』
ケビン 『……』
しかし、自身の傷が癒えたのを確認すると、クリスタは戦闘を中断し、そのまま逃亡して第四章が終了した。
そんな攻略方法は聞いたことがないし、もちろん、自分で作った攻略サイトにも載っていない。
だが、ゲームは何事もなかったかのように第五章へと進み、その後も大きな問題なくラスボスを倒すことができた。
結果がこれだ。
まさか、クリスタにエリクサーをぶっかけることが隠しルートの条件だったとは。
いやいや、そんなもの、誰が気づくんだよ。
「ここから先に進む覚悟はできている?」
主人公のケビン……いや、画面越しに俺を見つめるようにして、クリスタが問いかけてきた。
『はい』 『いいえ』
ふっ。ここで『いいえ』を選択するバカがどこにいるというんだ。
『はい』
迷わず選択すると、今度は画面中央にポップアップが表示された。
『ここから先に進むと、戻ることはできませんが、本当によろしいですか?』
……ほう。
ここまで念入りに確認されるということは、いよいよ本命かもしれない。
五年間。
二百七十五種類。
どれほど攻略しても見つからなかったトゥルーエンドが、ようやく目の前に現れたのだ。
引き返すわけがないだろ。
『はい』
——ッ!
決定ボタンを押した瞬間、画面が真っ白に染まった。
「うおっ!」
あまりの眩しさに、思わず目を細める。
白い光の中に無数の粒子が浮かび上がり、それらが渦を巻きながら一点へと収束していく。
——フワォン
次の瞬間、上下左右の感覚が失われ、画面の奥へと吸い込まれていく。
……。
なんだこれ。
やがて光が収まると、見覚えのある建物が眼下に広がっていた。
「……アカデミー?」
マケドニア王国が誇る、剣と魔法の最高学府……ゲーム序盤から何度も訪れた、俺にとっては実家より馴染みのある場所だ。
しかし、様子がおかしいぞ?
建物の一部が崩壊し、学園都市の至るところから黒煙が立ち上っている。
アカデミーの誇るバラ園が存在する中庭には無数の人影がいて、空に向かって強力な魔法を解き放っている。
その先にいたのは……一体の巨大な竜だ。
「……は?」
黒い鱗に覆われた巨体。
左右に広げた翼は、アカデミーの校舎を丸ごと覆い隠してしまいそうなほど大きい。
そして何より、異常な存在感を放っている。画面越しだというのに、思わず息を呑まずにはいられない。
……。
災厄竜。
サイドストーリーなどで重要人物たちが触りだけ話す、古代の賢者に封印された、災いを生むと言われるドラゴン……。
完全に名前だけの存在だと思っていた、あいつが、存在していたのか。
しかし、なんなんだそのサイズは……ラスボスの十倍はあるんじゃないか?
災厄竜が口を開いた瞬間、放たれた閃光が校舎を直撃した。
——ドゴォン!
轟音とともに建物が吹き飛び、地面が大きく抉れる。
——ざわざわ
中庭で瓦礫を避けながら魔法を撃ち、剣気を放つ者たちは、見覚えのある顔ばかりだった。
さっきまで俺が操っていたはずの主人公のケビン。
東洋から来た最強の拳闘士オノチャン。
アカデミー首席魔道士のテラリア……。
世界各地を旅して仲間にしてきた、最強格のキャラクターたち。
俺が知っている限り、これ以上ないと言えるほどの戦力が集結している。
それでも、劣勢だ。
オリハルコンすら砕くオノチャンの拳は鱗に弾かれ、テラリアの放つ獄炎はその表面を焦がす程度……。
返しの一撃で、何人もの仲間が吹き飛んでいった。
——ブオオオオオオ
竜が空を仰ぐと、雲が割れ……真っ赤に燃える巨大な岩塊が、幾つも姿を現した。
「メテオ!?」
嘘だろっ! なんだこの技は!?
そんなもの、どうやって防げっていうんだ!?
無数の隕石が、アカデミーへと降り注ぐ。
仲間たちが必死に逃げ惑う中、銀色の髪を風になびかせ、一人の少女が両手を掲げた。
……。
「クリスタ……?」
第四章のボス『悪役令嬢、クリスタ・マクレイン』が、仲間たちの前に立っていた。
巨大な魔法陣が展開され、半透明の障壁が周囲を包み込んでいく。
展開したバリアに隕石が直撃すると、凄まじい衝撃に障壁が軋む。
それでも、彼女は両手を下ろさなかった。
——ドゴォン!
——ドゴォン!
——ドゴォン!
次々と降り注ぐ隕石を、たった一人で受け止めている。
こいつ、こんなに強かったのか。
……。
たしかにクリスタは第四章で戦ったときですら、化け物じみた魔法の才能を持っていた。
だが、災厄竜のメテオから仲間たちを守っているバリアは、明らかに次元が違う。
こんなものは、ラスボスですら展開できやしないし、これを敵が使ってくるようなゲームならとっくに匙を投げていただろう。
——ドゴォン!
——ドゴォン!
——ドゴォン! ピキッ
クリスタの展開する障壁に亀裂が走る。
彼女の奮闘もそこまでだった。
——ドゴォン! パリンッ!
次の隕石が直撃した瞬間、ガラスが砕けるような音とともに魔法が消滅した。
目に入る全てが赤く染まる。
……。
降り注ぐメテオ、倒れる仲間たち、崩壊するアカデミー……立ち上がり竜を討伐しようとする者など、誰一人として存在しなかった。
俺が揃えた最強格の仲間達もクリスタも……もう起き上がれない。
巨大な竜だけが、悠然と空を飛んでいる。
……嘘だろ。今回の攻略では最強格のキャラクターを揃えたというのに、まるで歯が立たなかった。
クソッ。
五年間、二百七十五種類ものエンディングを探してきて、ようやく見つけた隠しルートだぞ?
その結果がこれだと?
これが……トゥルーエンドだと?
……。
呆然と横たわるケビンたちを見つめていると、突然、目の前に文字が浮かび上がった。
『——新たなシナリオを開始します』
……。
新たなシナリオ?
あれだけの仲間を揃えて全滅したというのに、ここからまだ何かが始まるっていうのか?
いや、そもそも何をどうすれば、あんな化け物を倒せるんだ……。
——プツッ。
そこで、俺の意識は途切れた。
◇
「私は何もやっていない」
「何度繰り返せば気が済むのだ! やっていないのならば、証拠を出したまえ!」
先ほどまでアカデミー全体を覆うほどのバリアで、学舎を守り、倒れていったクリスタ・マクレインが、緋色の瞳に涙を浮かべて小さくなって震えている。
怒りなのか、それとも恐怖なのかはわからない。
……。
『マケドニアの聖騎士』における、チュートリアルシーンの一部が目の前で繰り広げられているようだ。
本当に……俺の目の前で。




