44 祭壇へと続く正義
「泣いてるの?」
うつむき、肩を震わせるデュオに、マリーはそっと声をかける。
「だって……マリーは……マリーは冒険者になれないし……コートは貧民街の人たちを救えないじゃないか……僕のせいだ。僕のせいだよ」
そう言うデュオを見て、コートは髪を掻きむしりながら言う。
「デュオ……あのなあ」
また次があるじゃん、と言いかけたコートがその口を閉じる。
デュオに、次はないのだ。いや、それどころか、自分がデュオに会えるのも、今、この時だけなのだ。
「デュオ。……私は、満足してるわ。ありったけの力、ぶつけたし、ね。三年後は……今度は、必ず、セインにも勝ってみせる。だから……泣かないでよ……泣きたいのは、私だって……」
そういって、マリーはうつむく。
「おいおい、お前まで、泣くなよ。俺だってそりゃ貧民街のやつらを救いたいとは思ったさ、でもそれはしょうがないんだ、まだまだ俺だって、俺だって修行が……足りなかったんだから」
語尾が震えていた。次の瞬間コートは「あー」とか投げやりにつぶやくと、急ぐように天を仰いだ。
誰のものかも最早わからない、ただ嗚咽だけが、その場に響いていた。
☆ ☆ ☆
決勝戦が終わり、大会はチーム『アイーダ』の優勝に終わった。
三人がでてきたディース神殿はすでに夕日で赤く染まっており、街中を祭りの後のような気だるい雰囲気が支配している。
ふいに、デュオが、立ち止まった。
「今まで……ありがとう」
マリーとコートが振り返る。
予感していた、この瞬間。
仲間との、別れのとき。
「デュオ、待って」
「駄目だよ。……もう、時間が無いんだ」
柔らかい口調で、だがデュオの言葉には棘があった。
「デュオ!」
「デュオ君」
声がして、デュオが後ろを振り向くと、バルムス・バルトーアが立っていた。
「そろそろ、時間のようだ。わかるね?」
「……てめえ……よくもノコノコと」
「もういいんだ、コート。これが僕の……『複製体』デュオ・ネーブルファインの、役目なんだから」
初めてデュオの口からでた一紡ぎの、だがどこまでも重い言葉に、コートが息を呑む。
目の前の少年の澄んだ瞳に、もはや悩みや迷いなどは全く現れていなかった。
まるで、人であることを忘れてしまったかのように。
残された二人のことなど、とうの昔に置き去りにしてきたように。
「……儀式を終えるのがあなたの役目なら、私たちは最後まで一緒にいる。最後まであなたを見守りたい」
譲らないような眼差しをデュオに向けるマリー。
「そうだ、デュオ。俺たちも、一緒に行くぜ」
コートもいつものように、笑いながら言う。
デュオは一瞬困ったような顔をしたが、やがて
「マリー……コート……」
微笑を浮かべる。
二人はよし、と頷き合うと、デュオとバルムスの方へと歩み寄ろうとした。
だが次の瞬間、どさりと大きな音が辺りに響いた。
二人が、その場に倒れたのだ。
「ごめんね」
デュオが小さく言った。
いつのまにかそこには、鎧を着た二人の騎士が立っており、倒れた二人を見下ろしていた。
「ご苦労だった。その子達を家へ運んでやってくれ」
バルムスが簡潔に言う。
二人の騎士は頷くと、片方がマリーを、もう片方がコートを担いで、街中へと消えていった。
「よかったのか? あれで」
バルムスが問うた。
「……マリーも、コートも……それぞれの人生をおくる権利があるんです。だから、僕は、あの人たちを巻き込みたくはない。巻き込んではいけない。……僕は、あの人たちをこの手で守れる自分を、誇りに思っています」
そういって下を向くデュオ。
「そうか」
まるで言い聞かせるような含みがしたのは、気のせいだったか。
その小さな体で、重すぎるほどの運命を背負っている。この少年の痛みが、バルムスには痛いほどよくわかっていた。
神殿に入り、数十名の黄龍騎士団員と合流したバルムスは、デュオを連れてそのまま祭壇へ続く例の隠し階段へと足を運ぶ。
なぜ、ここに黄龍騎士団が……。
「アルフィム」
そう思った直後、前方から懐かしい声がかかった。
ラスタバン・ネーブルファイン。
アルフィム王子の祖父。そして、デュオ・ネーブルファインの製作者。
生み出した『複製体』に、過去への慕情を抱いてしまった男。そのために、長いこと『鍵』という誘惑を使わず、自ら茨の道をあゆんできた男。
「おじいちゃん……」
憎しみなど、微塵もなかった。
いくら自分の境遇を嘆こうとも、バルムスを、ラスタバンを、アルフィム王子を憎むことだけは、したくなかった。
何故自分を生んだのかと問いつめようと、帰ってくる答えは何もないのだから。彼らを磨耗させることにしかならないのだから。それがあの時の『正義』だったのだから。
だから、デュオは、言った。
「長い間、お疲れ様でした」
間をおいて、ラスタバンが言った。
「……私には、もう、せめて最後まで、お前を見届けることくらいしかできない。許しておくれ……アルフィム……いや、私の孫……デュオよ」
デュオが頷く。
そして、三人は、祭壇への扉がある大部屋へと入った。
大きな扉の前では、デュオ達一行と向かい合うように、何十名もの騎士が整列していた。よく見ると後列には、その二倍とも呼べるような魔術師が控えている。
すでに一個師団の規模を優に超える団体の先頭に、黒いローブを羽織った魔術師と、銀色の鎧を身に着けた中年の騎士が、まっすぐこちらを見つめながら立っていた。
それは、魔術師ダナン・オーウェンと、黄龍騎士ライオネル・ガイリアだった。
騎士庁と魔法庁における革新派の、それぞれの統率者なのだと、そうデュオは聞いていた。
「そこを、どいてもらおう」
バルムスが言った。
「断る。……私たちには私たちの、正義がある。あなた達と同じように」
ライオネルが胆のこもった声を出す。
「騎士としての使命を放り出した貴様が、正義などと笑わせるな」
「……この剣は、人を救うために振るうのだと、そう思っていました。……だがそれは違った。私たちは、守るために殺す。殺しは憎しみを生む。憎しみから守るために、また殺す。……私たち騎士は、この繰り返しを、飽きることなく何百年も続けてきた。なぜその愚かさに気がつかない」
「剣で人を殺すのが騎士の役目だ。全てを救おうなどと考えるのは、愚か者がだす結論だ」
だがバルムスの言葉にひるむことなく、ライオネルが続ける。
「絶大な力こそが、強大な法こそが、誰も殺しあわない世界を作ることができる。……騎士のような、憎しみの産物など必要ない世界に。……『魔海』はそれを、可能にする」
「殺すのが、騎士の役目なら。その後を修復するのが、人間の役目だ。……騎士の宿命から目をそらし、人としての役目すらも放り投げようとする。……しばらく見ないうちに、随分と焼きが回ったものだな、ガレリア」
「もういい」
ダナンが遮る様に言った。
「言葉で理解がしあえるのなら、とうの昔に結論はでていたよ。とにかく、この先へはいかせない」
二つの軍団が、互いに譲らずに、にらみ合う。
「……待ってください」
静かな声で、デュオが言った。
「こんな話はおかしすぎます。……何故国を守るべき人たちが、その守り方の違いでお互いを殺しあわなければならないのですか」
「正義の違いだよ……ならば、デュオ君。君はここでおとなしく引き下がってもらえるかな」
「じゃあ……じゃあ僕は、一体なんのために生まれてきたんですかっ!」
悲痛なその叫びに、周りが静まる。
「……今『魔海』を封印しなければ国が滅びるかもしれない」
泣きそうな声でデュオが言う。
だがダナンはにべもなく返す。
「『魔海』は何者にも換えがたい力だ。我々はそれを悪用しようとしているのではない。人間全体の平和のために、活用するだけの話なのだ。……何がおかしい?」
大陸一つ吹き飛ぶ強大な兵器を作成し、全世界がそれを持つことで、戦争はなくなる。
馬がいなくても主人の意のままに走る馬車があれば、足を失った子供も、老人も、行きたいところへ行ける。
複製体の技術があれば、死んだ人間の復活もいつかは可能になる。愛する人を失った恋人は、再び最大の伴侶とともに人生を歩める。
「『魔海』は、この国の問題などでは決してないのだ。人間全体を、救うものなのだ。……君はそれを封印するのか」
「もし、『魔海』の封印が破れ、あの竜が復活したら、どうなりますか?」
「物事を果たす上で、リスクというのは常に付きまとう。通りをあるけば強盗にあうかもしれない。火を使えば火事になるかもしれない。だがそんなことを気にしては生活は成り立たないだろう。……それと同じことだ。そして我々は、そのリスクを最低限に抑える努力も惜しまなかった。結界を継続的に維持する装置もすでに開発されているし、万が一ファラが復活したときに使用できる兵器も作成した」
「……あなたの大切な人がその『リスク』で犠牲になっても、なおその考えを通すのですか?」
一瞬、沈黙がよぎった。
「……君は『複製体』としての役目を果たさず、このまま平和にくらすこともできる……これは非常に魅力的な話だと思うが?」
何気なくそらされた論点に、しかしデュオは気にも留めずにこたえた。
「犠牲は、もう僕一人で十分です。……そこをどいてください」
「……やはり時間の無駄だよ、アルフィム王子……『デュオ・ネーブルファイン』」
ダナンの言葉に反応するかのように、ライオネルが叫ぶ。
「総員! 全力をもって保守派を破れ!!」
それに答えて、バルムスが叫ぶ。
「総員! デュオを死守し、祭壇を目指せ!!」
怒涛のような叫び声が沸き起こり、ついに二つの軍隊が衝突した。




