新8番
8番、これまで一度も発言せず、前回は欠席していた存在。
女性だ。
脚を組み、椅子に横たわるような、怠惰で傲慢な姿勢。
相変わらず、片手で頬杖をついている。
「急がないでよぉ、小さなネズミさんたち」
金属を擦るような、嗄れた女声。
一音一音に、隠しもしない悪意と愉悦が染みついている。
「はじめまして、かな?
それとも……改めて、よろしく?」
彼女はもう一方の手を伸ばし、指をゆっくりと開いた。
掌の上に浮かぶのは、一つの宝石。
深い蒼。
内部では星河が巡るように輝いている――
だが中心部は、濁った暗紅色の血霧に絡め取られ、
光は鈍く、かすかな『悲鳴』のような震えを発していた。
――宝玉。
しかも、強制的に汚染され、元の所有者の刻印が消えかけている。
「『静水の心』」
彼女は花でも紹介するように軽やかに言う。
「前の8番の妹ちゃんのオモチャ。
Sランクだったのよ?
『水鏡幻象』、なかなか上手だったのに……」
楽しげに、首を傾げる。
「三日で見つけちゃった。
ほんと、残念」
宝玉を握り潰す。
哀鳴は、ぷつりと途切れた。
「鏡ってさ、ヒビを見つけて、軽く叩くと……」
指を潰す仕草。
「ほら。何も残らない。
死ぬ直前の、あの信じられないって顔……最高だったわ」
――Sランク。
その言葉は、重槌のように全員の胸を打った。
この場にいる者たちは、第一段階任務で力と可能性を示している。
Aランクと交戦し、倒した者もいる。
だがSランクは別次元だ。
『世界級』戦力。
一人で国家を守り、歴史に名を刻む存在。
そのはずの『仲間』が――
名も交わす前に、
目の前の狂人に、家畜のように殺された。
2番の声が、初めて冷静さを失う。
「……分かっているのか。
それが意味するものを。
新撰組への宣戦布告だ。
九つの宝玉への宣戦布告だぞ」
「宣戦?」
彼女は人差し指を立て、左右に振った。
「違う違う。
私はただ……挨拶に来ただけ」
0番の投影が、激しく揺れる。
怒りが、実体を持つかのようだ。
「規則上、私ですら君の名は言えない。
だが――越えたぞ、ラインを!」
「越えた?」
彼女は肩をすくめた。
「私は『選別』を手伝ってあげただけ」
「弱者に、神の欠片は相応しくない。
それ、0番さま自身の言葉でしょ?
『価値を証明できぬ者に、資格はない』って」
……
「そんなに緊張しないで」
新たな8番は首を傾げ、
赤い瞳で一つ一つの椅子を見渡す。
そして――一瞬だけ、私の方向で止まった。
「ただの挨拶よ。
それと、可愛い『仲間』たちへの忠告」
声が、氷のように冷えた。
「あなたたちが入場券を手に入れたのは、
ぬるい互助会なんかじゃない。
狩場であり、食卓」
「狩人と獲物の立場なんて、
瞬きより早く入れ替わるんだから」
「だから――」
彼女は立ち上がる。
暗紅色の影が、薄れていく。
自発的な退出だ。
「その宝玉、大事にしなさい。
そして……こうして座って会議ができる時間もね」
最後の一言が、呪いのように刻み込まれた。
「次は、空席が一つとは限らないから」
暗紅の光が弾け飛び、8番の椅子が一瞬で空白になった。
――いや、空白ではない。
背もたれに刻まれていたはずの「8」という数字は、今や血に染まったかのように色褪せた虚影へと変わり、その横に小さなステータス表示が浮かび上がる。
【座席状態:保持者変更(前保持者・消失)】
純白の空間は、再び静寂を取り戻した。
だが――
死そのもののような冷気と恐怖が、ウイルスのように、生き残った全員の心へと急速に蔓延していく。
常に尊大さを孕んでいた1番の電子音が、初めてはっきりとした、抑えきれない震えを帯びた。
「……ふざけるな……」
熱血だったはずの3番の声は消え、沈黙だけが残る。
6番の双子の、かすかな嗚咽がどこからか聞こえた。
最も冷静なはずの2番でさえ、その投影に不安定なノイズが走っている。
……冷たい。
意識の核そのものが、凍りつくように冷たい。
さっきの『気配』。
あの狂気じみた圧迫感――。
ベアトリスは、隠そうとすらしていなかった。
否、正確には――完全に隠す価値がないと判断したのだ。
彼女はただ、ルールを利用し、
剥き出しの武力と、徹底した心理的威圧を見せつけただけ。
これは挑発じゃない。
――宣告だ。
このゲームの残酷な本質。
強者が弱者の生殺与奪を握るという、絶対の理。
新撰組が、かろうじて築き上げてきた脆弱な秩序と、
密かな優越感は――
この瞬間、粉々に叩き潰された。
――意識、帰還。
……いや。
処刑台のマルタ。
引きずられていった少女。
そして、これから起きるであろう、もっと多くの――
ダメだ。
反撃しなければ。
意識帰還のプロセスを、俺は強引に遮断した。
全員が、見えない手で椅子に縫い止められたかのように動けなくなる。
純白の空間が、激しく軋む。
今にも崩壊しそうなほどに。




