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私たちは新撰組だ

「……ふっ」


喉の奥から、低い冷笑が漏れた。

大きな声ではない。

だが、凝固した恐怖を切り裂く刃のように、はっきりと響いた。


「『選別』?弱者に神の欠片を持つ資格なし、と?」


――拙者、土方歳三は、ゆっくりと目を上げる。


漆黒の瞳で、8番が座っていたはずの、今は空の席を見据えながら。

だが、その言葉は空間を貫き、全員の意識に直接響いていく。

……8番にも、だ。

彼女は不在だが、確かに『届いている』と感じた。


「まことに、驕れる妄語!」


意識投影の和服の裾が、風もないのに揺れ始める。

それは物理的な風じゃない。

もっと根源的な、『何か』が燃え始めた証だ。


「確かに拙者は、最低限の任務をこなし、この命さえ守れればいいと思っていた」


声は静かだ。

だが、山が崩れる直前のような圧が、そこにはあった。


「ここは所詮、仮の棲み処。

お前たちも、ただの一時的な同行者に過ぎない――そうな」


「だが――」


その一言が発せられた瞬間、

純白の空間の震動が、ピタリと止まった。


8番のような暴力的制圧ではない。

もっと重く、もっと本質的な――『存在感』が、この意識領域を満たし始める。


「致命的なミスを犯したな、新任8番さん」


私は立ち上がり、右手を腰へと添える。

そこに刀はない。

だが意識空間では、土方歳三の半生を共にした打刀が、記憶として投影されていた。


「おのれ、力を見せし、残忍を示し、

『強者は弱者を好き勝手に蹂躙すべし』とでも思いきや?」


「それで?」


視線を巡らせる。


1番の投影が微かに震える。

恐怖ではない。

抑え込まれていた怒りが、目を覚まし始めている。


2番の細い輪郭が、再び安定する。

3番は背筋を伸ばし、

4番の機械の身体からは、低いエネルギー音が響く。


他の者たちも同じだ。


「それで拙者たちが、怯えたウサギみたいに震え上がり、

次の『選別』を恐れて生きるとでも思ったか?」


私は、冷たく口角を上げた。


「どうやらお前は……いや、

知ろうとすらしていないらしいな。

拙者たち一人一人が、何者なのかを」


「1番。傲慢で皮肉屋だが、

あの商業連盟って『人を食って骨も吐かない』場所で生き残り、

0番から『バランサー』と評される男。

本気で、口先だけの三流無能だと思ったか?」


1番の投影が、はっきりと揺れた。


「2番。頭脳も胆力も一級品だ。

拙者ですら、底は読めん。

超大国連邦の機関で、九人議会メンバーの邸宅構造図を抜ける男が、

ただの情報屋だと?」


2番は沈黙したまま。

だが空気が、鋭く研がれていく。


「3番。傭兵ギルドA+。

十代で混沌の地を独りで生き延び、隊まで率いた女。

本気で血気にはやったガキだと思っているのか?」


3番の拳が、強く握られる。


「4番。体は崩壊しコアのみながら意識を保ち、

世界のどこへでも触れる砲撃支援を可能にするこの兵器――

こいつの完全体は拙者の故郷では

『スーパー系·最終決戦兵器』と呼ばれ、全勢力を相手に単騎で戦う存在だ!」


4番のコアが、赤く瞬いた。


「6番、7番、9番、10番……

ここにいる者全員だ。互いに罵り合いながらもここに席を並べ、九人議会の眼前であの精鋭部隊を2ヶ月も前に葬り去った我々を――」


声が、抜刀のように鋭く跳ね上がる。


「本気で、

屠られるだけの家畜だと思っているのか!?」


純白の空間が震える。

だがそれは外からの力じゃない。

全員の核から湧き上がる『何か』が、共鳴している。


「——大謬!」


「確かに、拙者たちはまだ弱い。

確かに、足掻いている。

任務で死ぬかもしれない。

議会に殺されるかもしれない。

――あるいは、お前みたいな『仲間』に、な」


「だが――」


右手を握る。

意識投影の中で、漆黒の打刀が、ゆっくりと形を成す。


「聞け、8番。

そして、ここにいる全員」


刀身が、三寸抜かれる。

一閃の寒光。


「拙者、土方歳三は、幕末という狂乱の時代を、

刀山血海をくぐり抜けて来た新撰組副長であった。」


「これより残酷な時代を見た――

それは文字通り人食う人、理想が理想を踏みにじり、

武士道が砲火に散っていった時代だ。」


「人を斬り、人に追われもした。

信念を守り、信念の崩れるのも目にした。」


「結局、俺は敗れた。

箱館で死に、新時代の門前で、な――」


刀が、完全に抜かれる。


その瞬間、純白の空間は黄昏に染まった。

破壊ではない。

燃え尽きる寸前でも、最後の光を放とうとする――

そんな色だ。


「然れど!一度死にしがゆえに、

『すべてを失う』とは如何なることぞ、知りぬ!」


姿が変わる。

和服ではない。

欠けた甲冑、血に染まった羽織。

生死を見尽くし、それでも刀を握る眼。


「拙者は誰よりも知っている!」


「真の強さとは、安全な場所で弱者を虐げることでも、

暗がりで仲間を狩ることでもない!」


「絶境にあっても尚腰を伸ばし、

恐怖の中でも尚前へ一歩踏み出し、

粉身砕骨と知りながら尚――」


刀を掲げ、その切っ先を8番の空席へ向ける。だが言葉は全員へ向けられる。


「信じるものを守り抜く選択をすることだ!」


「――轟ッ!!」


意識空間が、黄金色の光で弾けた。

8番の纏っていた、あの穢れた血の赤ではない。

夜明けの朝日が長い闇を引き裂くような、まっすぐな光。


それは、各人の心の奥底から呼び起こされたものだった。

尊厳かもしれない。

怒りかもしれない。

忘れ去られた誓いかもしれない。

あるいは、ただ――

「もう、こんな終わり方は嫌だ」という決意。


最初に応えたのは、1番だった。

彼の投影が立ち上がる。

相変わらず輪郭は曖昧だが、その傲慢さの中に、初めて重く、現実的な何かが混じっていた。


「……ふん。

お前にそんなことを言われて、ここで尻尾を巻いたら――

それこそ、死んだお前以下だな」


続いて2番。


「8番の行動は、本質的には心理戦だ。

あえて最強だった前8番を殺し、力を誇示することで、我々の連携を崩そうとしている。

だが逆に言えば――」


彼は淡々と分析する。


「もし、彼女が我々全員を容易く殺せるなら、こんな脅しは不要だ。

彼女は恐れている。

我々が結束することを。

我々が成長することを。

そして――5番のような存在が現れることを」


「よく言った!」


3番が、椅子の肘掛けを拳で叩いた。


「私たちは新撰組だ!

屠られるだけの豚じゃない!

歳三さん!それでこそだ!

怖がってどうする!ぶっ潰してやろうじゃないか!」


4番のコアが、激しく明滅する。


「歳三さま!ご命令を!

私の砲口は、この信念を踏みにじる存在すべてに向いています!」


6番の双子は、すすり泣きを止め、

小さな投影同士で手を取り合い、立ち上がった。


「わ、私たち……もう、逃げないにゃ!」


7番と9番の沈黙は、もはや退却ではない。

それは、刃を研ぐ前の、張り詰めた静けさだった。


10番の声が、優しく、しかし確固として響く。


「悪は、恐怖によって助長されてはなりません。

正義は……私たち自身の手で、成し遂げるものです」


0番の投影が、じっと私を見つめ、

やがて、静かに頷いた。


その瞬間。

新撰組――

恐怖ではなく、意志によって結ばれた、本当の新撰組が誕生した。


私はその光景を見届け、

静かに、刀を鞘へと納める。


「8番嬢。

あなたの『ご挨拶』、確かに受け取った」


「だから、返礼だ。

あなたと、同じ考えを持つすべての者に告げる」


顔を上げる。

視線は、意識空間を越え、闇に潜む何かを射抜いていた。


「拙者、土方歳三は――本来、深入りするつもりはなかった」


「だが、ここのルールはこうだ。

任務を拒否すれば、魂は根源から粉砕される」


「ならば――」


声は静かだ。

だが、氷河を踏み砕く万軍のような決意を帯びていた。


「この程度の脅しで、

一度死んだ男が怯むと思うな」


「ましてや――

拙者たち新撰組が、怯むものか」


「狩るつもりか?」


私は、最後にあの空席を見やった。


「ならば覚悟せよ。骨すら残らぬ程、返り討ちに遭う覚悟なすべし」

意識空間は、完全に安定した。

純白ではない。

夜明け前の空のような、淡い墨藍色。


夜が終わり、光が訪れる色だ。


「諸君」


私は全員を見渡す。


「涙を拭け。恐怖を捨てよ。

敵は、すでに牙を剥けり――」


そして、魂の最奥に刻まれた、

かつて新選組が最も暗い時代に掲げた言葉を口にする。


「誠の旗は、未だ倒れず。

我らが剣の向かう先こそ、大義なり」


一瞬の静寂。


――そして。


「はい!」


声が重なった。


迷いはない。

恐怖もない。


あるのは、燃え上がる意志と、

今まさに抜かれようとする刃だけ。


意識が散る。


再び目を開いたとき、

瞳に残っていたのは、静かな殺意だった。


アレクは地図を手に、眉を寄せている。


「……ずいぶん汗をかいているな。

会議で何があった?」


口を開こうとして、喉が詰まる。

檻の中で、

「お姉ちゃん、食べて」

と微笑んだ、あの優しい少女の幻と、

私の想像の中で、

「まだ熱い『心臓』を摘み取る」

ビアトリスの狂笑が、交互に脳裏をよぎった。


数秒後、ようやく、掠れた声で現実を吐き出す。


「……仲間が殺された。

8番だ。Sランクの同伴者だった」


「犯人はビアトリス。

宝玉を奪い、会議に乱入して……

私たち全員に、死の宣告をした」


「……また現れるのか?」


「分からない。

また来るかもしれないし、気まぐれかもしれない。

ただ――」


私は言い切った。


「宣戦布告はした」


「お前が!?世界最強に!?」


「刃を喉元に突きつけられて、

反撃しない理由があるか?」


「だが、相手は世界最強だぞ……」


「世界最強だろうが――」


彼は怪物を見る目で私を見たが、

やがて、諦めたように息を吐いた。

私は得た情報を、すべて共有する。


「草原王国だ」


アレクが地図の北を指す。


「大規模な騎兵移動が確認された。

進路は……カステル」


「草原王国?

中立国だと言ってなかったか?」


「以前はな」


彼の表情が硬くなる。


「だが、新王が即位してから変わった。

あの八歳のガキ……

一日に三回、『言ったことが現実になる』力を持つらしい。

それに王妃も――

ある意味、彼以上に厄介だ」


言葉は途中で止まった。

だが、意味は十分だった。


作戦には、さらに不確定要素が増えた。


それでも、私はもう退かない。


「選ばれて救われる人生と、

失敗して処分される結末に、

本質的な違いはない」

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