第六章 激闘のあと ②
次の日も学校を休んだ。
昨日は一日中眠っていたのだが、身体の重だるさが残っていて動くことすら億劫だった。暁斗との戦闘で傷ついた体と、そして心は、すぐには癒しきれない。それぐらい、自分の中のなにかが傷ついてしまった。朝に累へ電話をかけてみると、『わたしも休む。今回のはさすがに疲れた』と言って累も学校を休む予定みたいだ。クラスメイトや先生たちにはなにか思われるかもしれないが、それは登校する時に考えることにした。
暁斗は、学校に来ていたりするのだろうか……。
一瞬思い浮かんだが、あの傷だ。見た感じは重症だった。すぐに治すことは困難だろう。同じように回復に専念しているはず、と予想。
今日も一日、ほぼ布団の中で過ごした。左喩は元気に学校へ登校。暁斗と戦闘した日にも学校へ行っていた。
やっぱりあの人は最強なんだと強く実感する。
それに……と、思い浮かぶのは、あの異形な姿。
あれは、なんというか……凄まじかった。
どう表現したらよいのか思い浮かばないが、とにかく凄かったのだ。まるで本物の鬼がそこに立っているように感じた。
累は『――左喩さんのあの姿は、皆継家に流れる鬼の力よ』だとか、言っていたが……たしかに、あれは鬼神の如き、力だった。
振り返りながら、自室で休んでいると何度か智子が部屋に足を運んで、様子を見に来てくれた。そして、皆継家に伝わる秘伝の薬なるものを体中に塗りたくられる。塗られながら「ご飯には起きてきなさい。動かなすぎも良くないからね。一緒にたべよ」とお誘いを受けた。
そんなふうに、食事以外はダラダラと過ごしていると、気づけば夕方。
学校も終わった頃だな、と思っていたら、襖の向こう側から左喩の声が聞こえてくる。
「魁斗さん、起きてます? 今、入っても大丈夫ですか?」
遠慮がちにひそめた声。
帰るのはやいな、と思いつつ、すぐに返事を返す。
「起きてます。入ってもいいですよ」
そういえばお風呂に入っていた時はノックも声かけもなく扉を開けてきたのになと、くだらないことを思い返していると左喩が襖をあけて部屋の中に入ってくる。魁斗は寝転んでいた状態から体を起こして胡坐をかく。左喩はなぜか二人分の距離をあけて、ちょこんと正座をする。
なんだか、いつもより距離が離れている気がする……。
「えーっと……どうかしました?」
「いえ、その……」
あれ、元気がない?
おどおど、もぞもぞと、体を若干だが左右に揺らし、左手の人差し指で畳のへりをつりつりとなぞり、目を伏せる。どうにも落ち着いていない様子だ。
いつもと違う左喩の様子に目を瞬かせていると、
「あの……身体は大丈夫ですか……?」
ようやく左喩は顔を上げて、おずおずといった様子で聞いてくる。
「うん、大丈夫ですよ。だいぶ良くなってきました。明日には学校に行けそうです」
ほら、と言って片腕をブンブン回してみせる。
「ふふっ、ほんとだ。よかったです」
「用事ってそれですか?」
「ええと……」
なぜか口ごもる。
「左喩さん?」
顔を覗き込むも相手はモジモジしながら緊張して、落ち着いていない。
「魁斗さん……あの」
言い出しづらそうに、一度口をつぐむと視線を床に落とす。
どうしたんだろう? いつもの左喩さんらしくない。
数秒間待ってみた。しばらく部屋の中はひとときの沈黙が流れる。それでも待ってみた。すると、意を決したように左喩は顔をぐっと上げ、
「あのっ、わたし怖かったですか?」
と、唐突に聞いてくる。
怖かった?
ぽかんと口を半開きにさせていると、左喩が言葉を付け足していく。
「戦闘のとき、その……わたし、鬼みたいになっちゃったと思うんですけど……」
「……」
蒼星暁斗との戦闘の時の話だ。
話はなんとなく理解した。たしかに驚いた。
突然、左喩の姿形が変わって、まさしく鬼のような姿になっていた。左上半身は明らかに人間のモノではない。空想上の異形な姿に変貌を遂げていたのだ。
だけど……
「正直、驚きました。あの姿を見たときは」
正直に魁斗は答える。
「そう、ですよね。化け物でしたよね。わたし……」
左喩が制服のスカートの裾をぎゅっと握りしめる。背中を丸め、肩まで小さく丸まりながら、瞳がゆらゆらと揺らぎ、悲しげに目を伏せていく。
魁斗は言葉を続けていく。
「でも、なんだろう……怖いとは全く思わなかったですよ。普段の左喩さんを知っているからかな」
これが率直な思いだ。普段の左喩は優しくて、時に厳しくて、甘くて、でも頼りがいがあって、誠実で、ちょっと抜けてるところもあるけれど、安心できる。人に愛される要素をたくさん持った女の子。
「すごく頼もしかったです。あの時……左喩さんが来てくれて、おれ安心しきっちゃいましたもん」
そう言って、にかっと白い歯を見せて笑ってみせた。
左喩は顔を上げると、口をぽかんと開放し、呆気に取られていた。
どんな解答をされると思ってたんだろう……?
それでも左喩は食い下がらず、自分の胸に手を当てて、瞳をぐぐっと力強く開き、再び言葉を続ける。
「でもっ! あの……わたしの家は鬼の家系って言われていて、ほんとにこの身体の中には、鬼の血が流れているんです。化け物なんですよっ! それでも……怖く、ないですか……?」
魁斗は左喩の言葉を聞くと、一度首を捻り、少し考えてみようと試みた。だが、そんなことをいまさら言われても、正直この家の人たちを怖いと思ったことはない。この家の人たちは、こんな訳もわからない自分を引き取ってくれて、家族のように接してくれている。優しいとは感じても、恐怖なんて微塵も感じない。
だから、思ったままを口にする。
「左喩さんが、たとえ本当の鬼だろうと怖いとは思いませんよ。前にも言いましたけど、おれは左喩さんたちのこと大好きだし、この家の人たちのことを優しいなとは思っても、怖いと思ったことは今の今まで一度もないですし。その話を聞いたからといって、これからもありません」
言葉を聞きながら、左喩の瞳が微かに揺れる。
「――絶対に」
魁斗は強い眼差しで、はっきりと言い切った。
魁斗の言葉を最後まで聞くと、左喩は微かに頬を赤らめ、顔を俯かせた後、上目遣いでこちらを見つめる。
「じゃあ、魁斗さんは……このままずっと支えてくれるんでしょうか……?」
両手の指の腹をすり合わせながら左喩が言う。
その言葉の真意が何を指していたかはわからなかったけど、魁斗は笑顔で返事を返した。
「おれに出来ることならなんでもしますよ。左喩さんや皆継のみんなには恩がありますし。それに……もう家族のようなもんだ……」
居候の身でありながら、調子に乗って口から漏れ出たその言葉に、少しだけ申し訳なさと、自信がなくなっていく。語尾に向けてだんだんと声が小さくなっていた。
「……と、おれは思ってますけど……」
さっきとは反対に、今度は魁斗の方がチラッと左喩の目をうかがう。
左喩はそれを見て、口元を隠し、クスッと柔らかく、目を細めながら微笑んだ。
「もちろんです。あなたはわたしたちのかけがえのない家族の一員です。これからも一緒に生きてくださいね」
開いていた襖から夕陽が射し込んでくる。
夕焼けに照らされながら、優しい微笑みを浮かべる左喩を見て、トクンと大きく心臓が跳ねた。
とても眩しくて、太陽のようだった。
その笑顔は照らしてくれている夕陽よりも眩しくて、自分の心を温かく包み込んでくれた。
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