第27話
「もし、寿命が延びる魔法があったとしたら? もっとも、あくまで延命するだけで、機能回復や病気療養とは無縁の魔法だ」
「多数の上位層が間延びして減少せずそのままになるのではないかと。いえ、それだけではありませんね。今度は中間層までお年寄りになっていきます」
「そのとおり」
「そんな歪な社会ありえるんですか? いろいろと無理があるような」
「それがありえるのですよ」
答えようとした俺より早く答える声。
「いえ、今となってはありえたと言うべきでしょうか」
後ろ手に扉を閉めた総教皇は、自身のたいそうご立派な椅子に腰かけた。俺たちと彼の間にあるのは、これまたご立派な執務机だけ。直視するのがつらいのか、マオは顔を伏せた。
「先の大戦の反省から産まれた人権主義・福祉国家。それはたしかに当初は素晴らしき理想であったのでしょう。万民の平等・健康・幸福……そのために社会は無尽蔵の命を求めた。より多く、より長く……」
総教皇の目は、遠き――――本当に遠き過去を見つめているようだった。
「しかしそれは国家を腐敗させる猛毒でした。行き過ぎた保障や医療は民を肥え太らせ、やがて自らの国まで食い尽くすようになりました。若きは生き、老いは死ぬ。その原則から外れた末路は」
「滅び」
正直口にして認めたくなかったが、そういうことだ。
「やはりあなたとあの少女は、かの世界から来ましたか」
「ひょっとして泳がされてましたか?」
わざわざ目立つように、この世界の住人が知り得ない人口ピラミッドを貼っていれば、嫌でも気になる。そこからべらべら話していれば察しはつく。まあ、ギャルがウロチョロしてるの見ればもうほとんどわかっただろうし、これは詰めの答え合わせだろうが。
「それとなくかまをかけるつもりでしたよ。腹芸は得意でしてね。もっとも、あの表は小道具ではなく私の日課です。毎日更新しているわけです」
すっ、と総教皇が人口ピラミッドに向かって手をかざす。すると棒グラフがわずかに動いた。術者の魔力に反応して変動するとかそういうやつだろう。信者にマイナンバーつけてるのも正確な人数の変動を把握するためか。これが追えない異教徒は文字通り人間扱いしてないわけだ。
「この素晴らしい富士山を眺めるのが楽しみでしてね。これこそ国家のあるべき姿です」
「だから徹底して医学薬学を禁止したわけですか」
こちらも答え合わせといこうか。
「ええ。いたずらな延命など誰のためにもなりません。民にも国にも」
ポーションや治療魔法に制限をかけたのはそのため。
「政治家から宗教家に転身とはずいぶん思い切りましたね――――日ノ本鎮さん」
「民主主義の国家元首は色々と不都合が多かったですからね。かといって独裁政権も煩わしいクーデターがついて回ります。自然宗教に偽装して民衆を掌握する手法が最適だったんですよ」
自分が転生者だと――かつての内閣総理大臣だと隠す気はないらしい。まあ、そんな情報を俺に開示したところでなんの不利益もないと計算済みだろうが。
「しかし、それでもこんな見事な富士山は描けないでしょう」
俺は見事な富士山型のグラフを見上げる。
「それだけじゃね」
治療に制限をかけただけではここまではっきりした形にはならない。神の見えざる手なんてありはしない。どうやったって、人間がやることには誤差や異常がでる。どんなに崇高な制度や思想でも、それを人間の意思や流行に一任すれば、やがて変質し破綻する。
それを防ぐためには――――
「こちらはご存知ですか?」
割と痛いところをついたつもりだが、総教皇はなんのことはないといった具合で、俺たちが座るソファーの前にあるテーブルの上に何かを召喚した。
球体のガラスである。
大きさはバスケットボールくらい。中身は空洞になっており、水と土と草と魚が入っている。
「水槽……アクアリウムですか?」
「正しくはパーフェクトアクアリウムと呼びます。私の趣味です」
いやそこまでディープなのは知らんし。
「でも穴もないのにどうやって餌を入れるんですか? あと空気も入れるんですよね」
あのブクブクするやつ。
「必要ないのですよ」
総教皇は楽しそうに語る。趣味を他人に紹介するとき特有のやつ。
「魚は草を食べ、草は土が育て、土は魚で肥える。二酸化炭素・酸素・窒素の循環はバランスがとれ、コントロールされている。完成された世界です」
まさにパーフェクトってか。
「でも……」
「ええ、それでも制御できないものがあります」
俺の批判を先読みするあたりはさすがといったところか。
「魚……生命だけは自然に任せることはできない」
たとえば病気にかかったり、たとえば繁殖しすぎたり……そういったイレギュラーには対応できない。魚が死に絶えれば、土に栄養は回らず草は先細った末に――
滅亡。
俺たちのいた世界と同じ結末だ。
「世界のミニチュアとはよくいったもので、この水槽は社会そのものなのです。見えざる手など存在せず、バランスを崩しコントロールを失えば立ち直る術はありません」
リアリティというか、重さ苦しさのある言葉だった。多分、そういう現実に直面した経験がとんでもないくらいあるんだろうな。質としても量としても。
「だから神が必要なのです」
俺は少し目を閉じた。どうやらここが本題らしい。
「弱った個体は排除し、増えた数量は調整する。象徴ではない、生命を統治する神が必要なのです」
――――『この二人、周辺の村々の井戸に猛毒を混入させ、犠牲者多数! また、魔族とも手引し――』
ああ、やっぱりか。
とうとうからくりが読めた。どうしてこの人が宗教を作り、民衆を導いているのか。
すべては前の世界での反省。前の世界じゃうまくいかなかったから――うまくいく方法は誰にでも浮かぶにも関わらず、実行できなかったから。
「マオ」
俺がぽつり。
握った手がわずかに揺れる。
「あの裁判所で処刑されたやつに、悪いやつなんていなかったのかもな」
「どうして」
知っているのか、わかるのか。それが聞きたいであろう彼女に、確信に変わった推測を告げる。
「まず目の前のお人は耳当たりのいい教えをばらまいて宗教を作った。これがトモノヒ教。教団が作れるくらいの人数と影響を持ってから、次に裁判や政治を支配した。教義による裁きと、教徒じゃなければ使えない施設の数々だな。あとは既成事実と国家による黙認があれば完成だ。異教徒は迫害し、都合の悪い事実は教団により隠蔽される」
総教皇はまるで生徒が模範解答を導き出したのを眺める教師のようだった。
「たとえば、とある村を滅ぼした罪を従順な教徒がやったことにして処刑させる、とかな」
「どうして」
そんなことをするのか、そんなことができるのか。彼女はそう聞きたいのだろうが、俺が答えることじゃない。答え合わせは生徒間ではなく、教師が示すものだ。
「昔、とある村に疫病が蔓延しました。原因解明はさておき、すぐに対処しなければ、それは他の村や都市にまで伝染し、生命はもちろん経済にも深刻な影響をおよぼします。治療法や後遺症の確立のために、いくつかのサンプルは確保するかもしれませんが、だいたいはその場で殺処分が最適解です」
しかし、と総教皇は目を細めた。
「だからといって軍を動かし村を滅ぼせば、民衆は反感でもって批難します。民のためを思ってしても、どの面さげてか、民は正論を言った気で国を批難します。結果、国は後手に回るしかない。民主主義であれば尚更です」
経験者は語る。
「いわゆる汚れ役が必要なのです。最適解でありながら人道的に不可能であれば、必要悪を代行者にするしかない」
「要するにトカゲの尻尾切りでは?」
俺の嫌味はそのままに、
「その村は滅菌のため教団が滅ぼしました。何も知らない民は問います。『誰がやったのか』『何があったのか』そこで教団は真実として『異教徒が井戸に毒を入れました』『無法者が魔族と通じ襲わせました』と公言し、処罰します。こうして教団は正義の象徴となり、民衆の安寧は維持されました」
めでたしめでたし、ってか。
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それではまたどこかで。




