第26話(第5章)
「うさんくせーオヤジだったな」
パレードが終わって解散となったあと、ミツルは腕を頭に組んでぼやいた。
「シンコーシューキョーってやつでしょ」
「いえ。トモノヒ教は古来より土着した宗教でして」
「そーいうことじゃねえンだわ」
教養のないギャルに馬の耳に念仏やってるマオの表情は暗いが、馬鹿ギャルのアホさ加減に絶望しているわけではないだろう。
本当に由緒正しい、国家なり世界なりの黎明から連綿とってパターンか、はたまたそういう設定を作り上げたパターンか、まあこれはどっちでもいい。
答えはもうすぐ出るのだから。
「トモノヒ教の本部はこっちでいいんだな?」
「…………はい」
「あのオヤジに会いに行くわけ?」
マオは顔を伏せる。
「このままここを素通りして目的地に到着するより、こっちの方が確実で早い……そうなんだろ?」
「…………国王陛下に謁見し、総教皇猊下のことをお尋ね・ご報告することが目的でしたから」
「あ、じゃあちょーどいーじゃん。願ったりかなったりってやつ?」
「お前本当に頭空っぽだな」
「あ?」
「褒めてるんだよ」
「んだよ。照れるじゃねえか」
本当に皮肉もわからない脳みそらしい。
この先、王都に行ったとしても王様に会える保証はない。そもそもそこまでたどり着ける手段すらないのが現状だ。
ここで決められるなら、決めるしかない。
「答えを出さないという手もあるんだぞ」
俺はマオにささやく。真実が、いつだって幸福とは限らない。知らない現実の方が、本当は自分にとって優しい世界であることだってある。
いや、多分その方が多いんだろう。何も知らなければ、都合のいい憶測で自分をごまかせるのだから。
自分は本当はもっとやれるはずだ。世界はもっと幸福やチャンスに満ちているはずだ。
…………そんなはずなど、ないのに。
「それでも、何も知らないよりは、ずっといいと……」
目を伏せた俺にか細い声が届く。
「生まれた意味も、生きた意味もわからないまま……よりは、ずっと……」
「強いな」
俺は逃げ続けて、そんな意味もわからぬままこの世界へ来てしまった。
マオは緩く首をふった。
「強くなんてないです。あなたたちが来なければ、私は一歩も動けませんでしたから」
そう。そこが問題なんだ。
神が振ったサイコロ。その目が俺たち。それは、ある種完成された世界のシステムを狂わせる歪んだ歯車かもしれない。
目が吉と出るか凶と出るか……
俺は見上げる。
宮殿。
その建物は、そう形容するしかなかった。西洋式で、王侯貴族が大枚はたいて建造させるような、ご立派な建築物。
「ワオ。今日はここに泊まれるのか」
「かもな」
「なーるほど。だから来たのか」
都合のいいように解釈してる間抜けの誤解をそのままに、俺たちはこれまたご立派な扉の前に立った。
俺とマオに緊張が走る。ここから先は敵の根城なのかもしれない。残酷な現実を目の当たりにするかもしれない。否が応にも足が重くなる。
「あー、よかった。アーシお風呂入りたかったんだよね」
その横を馬鹿が無遠慮に通り過ぎ、扉を開けた。
「お風呂! お風呂!」
るんるんスキップをしていた馬鹿は、案の定エントランスホールにいた衛兵に取り押さえられた。
「あにすんのよ! アーシは客よ! クレーム入れるわよ! 低評価レビューしてやる!」
…………シリアスな空気だったのに。
「チェックイン! チェックイン!」
馬鹿が謎の呪文を唱えてる。どうしよう。こいつ置いてマオ連れて逃げようかな。連れだと思われるのは恥だ。
「ルームキーをよこせぇぇぇぇぇぇええ」
「やれやれ。何事ですか」
奥のこれまたご立派な無駄に歪曲してる階段から総教皇が降りてきた。すると衛兵とマオが一斉に跪いた。
「オウ、オヤジ! 泊めさせろ!」
ラーメン感覚で宿泊を要求してる薄汚いギャルに何を思ったのか、総教皇は眉をひそめた。
「その身なりは……」
「サイコーにイケてるファッションだろ? なにジロジロ見てんだよ痴漢で訴えんぞ」
「…………」
イカン。このままこいつに場を任せたらおかしな方向に物語が進む。しかたがないので俺は口を開く。
「総教皇様、謁見しに来ました」
「無礼者!」
衛兵の誰かに咎められた。まあまあ、と総教皇が制止。
「しかし参りましたね。多忙というのもありますが、物事には順序というものが」
体のいい、わかりやすい断りの文句に、俺は追撃。
「最優先の案件だと思いますよ。とりあえず、他言無用レベルの」
俺は扉の影に隠れていたマオの手を引く。すると彼女を視界に入れた総教皇の顔が硬直した。
「…………なるほど」
総教皇はくるりと背を向けた。
「彼らを私の部屋へ案内してください」
「あ? 風呂に案内しろや」
「貴様……!」
また取り押さえられそうになるミツルを見ることもなく、
「構いません。そうしてもらいなさい。部屋も研修区画が空いているでしょう。好きに使わせなさい」
深々と頭を垂れてから、衛兵たちはギャルを連行していった。そのまま帰ってこなくていいぞ。
「なんとかお目通り願えたな」
握った手を放そうとしたが、離れない。逆に手を強く握られた。
「私のそばにいてください」
まあいいけどさ。
女子と手をつないだの小学校以来か?
衛兵に前後左右固められて俺とマオは高そうな絨毯の敷かれた廊下を歩く。これは護衛というより、逃走防止だろう。ここで俺たちに逃げられたら、連れてこいと言った総教皇のお達しをミスることになるわけだし。
「誰か知り合いいないの?」
「総教皇猊下としか面識はありません」
「そっか」
期待はしていないが、やっぱり孤立無援か。なんかあってもこの人数は相手にできんから平和的に解決したいが……
通された部屋は、そこそこのワンルームといった広さだ。多分部屋をいくつも分けて作って、用途別に使っているんだろう。
「おうふ」
腰かけたソファーとんでもなく柔らかくて、体が飲み込まれるようだ。こりゃ高級品だな。
応接用に置かれたソファーだけじゃなく、ほかの調度類も高級そうだ。あの壁に飾ってある紫の槍なんてなんか霊験あらたかっていうか、すげえ美術品っぽい。
「あれってさ」
気になるものが目に入った俺は、それを空いた手で指さす。俺のもう片方の手を捕まえているマオがそれを見る。
「知ってるか?」
「あの絵……図ですか?」
「そうそう」
壁に貼られている一枚の大きな紙。そこに描かれているのはグラフのようであった。中央に数字……目盛りがあって、それを挟んでいくつもの棒グラフが横に伸びている。
「いえ……」
「そうか。あれはだな」
話すこともなかったし教えるか。
「人口ピラミッドっていうんだ」
「ピラミッド……?」と首をかしげるマオをそのままに、
「まず真ん中の縦に並んでいる数が歳を示す。その横の棒は男と女で分けた数だ」
「つまり年齢別と男女別に人口比を図式化したものでしょうか」
「そゆこと」
すげえ。もう理解している。どっかのビリギャルなら説明にあと数十行は使うぞ。
「たとえばだ。この図は綺麗な△だけど、これが真ん中が飛び出て◇になっていると」
「中間の……中年の方々が過剰になります」
「そう。なんらかの原因でおっさんおばさんだけが生き残って多くなってる。この状態が数十年後になると」
「頂点……高齢の方々が過剰になり、▽の形状になります」
「つまりジジババが大多数になるわけだ。これを超高齢社会という」
「若い人よりお年寄りが圧倒的になるわけですね」
「そうなると働くどころか世話される層に対して、現役で働き支える層がまったく釣り合わないわけだ」
「ですが実際はお年寄りはそこまで多くは生きられないですし、それに比べて子供はどんどん生まれてくるんですから、そうはなりませんよね」
「どっこいそれが起きちまうんだ」
マオの考えは至極まっとうなのだが、現実はラノベより奇なりなのだ。
「少子化といってな、晩婚化・未婚化やら経済的不安やら育児の負担増で子供を作る層が子供を作らなくなる」
「なるほど」
マオは一度うなずいてから、
「ですが老人ばかりになっても面倒を見る層がそれに対して不足していれば、自然と元の△に戻るのではないでしょうか」
そう、普通なら自然淘汰によりダウンサイジングが起こる。圧倒的多数の老人が減り、少数の現役層でもカバーできる数に落ち着く。まったくもって百点満点の回答だ。
しかし現実はそうはならない。
ならなかったんだ。
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それではまたどこかで。




