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09 決戦。クレバスの魔物①

「お前なにしてんだ?」


「なにって? コーヒーを楽しんでいるところだ」


「ホットコーヒーに氷って。何考えてんだ」

 俺が執務室に入ると、ヴェルヴェの野郎は熱々のコーヒーが入ったカップに、丸氷を入れてやがった。

 丸氷は見る見る小さくなり、コーヒーの湯気が消沈してゆく。

 

「丸氷だ。教養のないアキヒロボーイは知らないかもしれないが、丸氷はハードボイルドなんだぜ? オレサマのようなイケメンはこうやってコーヒーをたしなむものなんだ。というかお前こそどうした? 室長泣かしたのか?」


 そう、俺はまだ泣きべそをかいているアイリーンと手を繋いでいる。部屋に入る前に手を離そうかとも思ったが、アイリーンの力が思いのほか強くて離せないでいた。


「まぁ色々あってな」


「色々って何よ」

 今度は名称不明女子がつっかかってきた。


「まーいいわ。なんにしても貴方、残ることにしたのね」


 俺が答えないでいると女子は勝手に納得してくれた。というか何の用件で呼び出されたのか、解っていなかったのは俺だけらしい。

 俺以外は予想がついていたということか。


「そういう事だ。これからもよろしく頼む」

 俺はその日も、少女の名前を聞きそびれた。そしてそのまま――。

 


 ――決戦の日の朝。


「今日はよろしく頼む」


 出撃の前にパイロットスーツに着替えた俺は、廊下でポニーテールの女に会った。彼女も今日の作戦に参加するパイロットの一人だ。ポニテのパイロットスーツはピチッとしていて、身体のラインが目立つ。


「私の部署に来なかったこと、後悔することになる」


「なんだそりゃ、後ろから撃つつもりか?」


「機宿のパワーがいくら上がったところで操縦がおぼつかなければ死ぬだけだ。断片室には戦闘訓練シミュレーターもないし、支援AIには実戦経験もない。機宿の性能や兵装だけの問題ではないのだ。貴様はこのマリス・ステラにとって貴重な人材。くそっ! どうしてエリク様はお許しになったのだ」

 俺はてっきり怨まれているか、少なくとも嫌われてたと思っていた。だからポニテの物言いがとても意外だった。


「なんだあんた? 心配してくれんのか?」


「貴様の心配なぞしておらん! 私はただ、マリス・ステラのだな……」


「まー心配すんなって。俺のテクを見せてやるよ」


「この前の実験の動き、あんな動きではクレバスの魔物はとらえられん。だから今回、この私を含め多数の機宿が協力するのだが」


「ならそれでいいじゃねーか。そういやあんたベテランなんだってな。まだ若いのに、いつからパイロットやってんだ?」


「……16からだ」


「ってことは4、5年パイロットやってんのか? ずいぶん若いベテランだ」

 レースの世界では、若ければ言葉を覚えるより早くマシンの扱い方を覚える。免許を取るときにはすでに10年の経験があるなんてザラで、ベテランで後輩に譲ることをしらねークソジジイは50を超えても現役だ。つまり、4、5年という年月は長命のアンドロイドのパイロットもいる中で、ひどく短く思えたのだ。


「そんな短くはない。私はこれでも60を超えているのでな」


「は?」

 何度目だろうか、地底(ここ)に来てマヌケ(づら)をさらしたのは。


「若く見えるだろう? パイロットという仕事をするには若い肉体の方が都合がいいのでな、薬で若い時間を延ばしているのさ」


 考えてみれば当たり前の話だ。これだけ科学が発展していれば、医療や他の産業も発展していなきゃおかしい、ここにはまだ、俺の知らない常識ってのが沢山あるに違いない。


「ではな。戦場で会おう」


 俺のぬけた面に満足したのか、ポニテは上機嫌に去ってゆく。形のいいおしりが歩くたびに左右に揺れていた。


「クソババアじゃねーか」




「おはよう御座います。軍曹」


「もう昼過ぎだけどな」


「今日軍曹に会ったのはこれが初めてですので、ここでは最初の挨拶はおはようございますが定番なのです。軍曹」


 すわったシート、ほのかにシトラスの香りがする。


「軍曹はやめてくれないか、メイ」


「どうしてですか?」


「名前で呼んでくれた方が安心するんだよ」


「そんなものですか?」


「そんなものだ。……だれかここに来ていたか?」


「ええ来ていました。ですが教えることはできません」


「なぜだ?」

 別に教えてもらわなくてもよかった。やや意外ではあるが検討はつく。どちらかといえば、メイがなぜ教えないのかが気になった。彼女にも自我や感情があるのだろうか? じーさんの話では高度な人工知能であれば、高い知性が本能や快楽、感情や自我を形成するのは自然なことだと云う。そしてアンドロイド同様に高い知性があるメイには、すでにそれがあるはずだと、ただ自己表現がまだ得意ではないのだと。

 メイは淡々と答えた。俺やじーさんの考えがただの妄想なのだと、自分はプログラムを実行するだけの、所詮機械にすぎないのだとでも言うかのように。


「軍曹より上位者の命令ですので、ここに私が来たことは言うなと」


「来たことはわかっちまったけどな」


「誰なのかを特定できる情報は与えていません。私は命令を確実に守っています」


 なるほど、頭のいいAIなこっちゃ。


「軍曹、作戦開始時刻です」

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[一言] まあぬるいのが飲みたいなら氷入れてもね ハードボイルド?
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