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10 決戦。クレバスの魔物②

 地底には大小様々な裂け目、クレバスがある。

 クレバスは地面だけではなく、天井(そら)にもあり、クレバスによってはマグマの通り道になっているものがある。

 なになにクレバス。ではなく単に“クレバス”と言う場合、それは敵対国家である、アンチクトンとの間にある、全長約1600キロメートル幅500メートルにも及ぶ超巨大クレバスのこと指す。

 “クレバス”のマグマ、その中にはクレバスの魔物と呼ばれる巨大な蛇が潜んでいる。


 それが今日の作戦目標(ターゲット)だ。


「くそ暑いな」


「上がりクレバスの時期ですからね」


 “上がりクレバス”なにもクレバスが移動しているという話ではない。

 地面の裂け目から天井の裂け目へと向かって、下から上へ滝のようにマグマが上昇しているのだ。マグマというのは火山から出るばかりかと思ったが地球の内側をぐるぐると対流しているのだ。

 下がりクレバスもあるとのことだが、それはここのクレバスではない。時期的なもので一度始まった上がりクレバスは、二週間ほど続く。


 

『各員配置についているな。私は本作戦を指揮するエリク大将だ。よろしく頼む』

 通信してきた男は顔の半分が機械化されていた。いかにもなサイボーグだ。


「なぁメイさんや」

 俺は昔話のおじいさんが、おばあさんを呼ぶときみたいなイントネーションでメイを呼んだ。


「妙な話し方をしますね、軍曹」


「気のせいだ。あのさ、質問なんだけどプレアデスの横に置いてある機宿あるじゃん。あれはなんて機体?」

 第三格納庫、プレアデスの横にはキレイな機宿がいつも置かれている。実戦に出ることの無い断片室。

 プレアデスと比べてもキレイすぎる機体。

 (ほこり)一つ無いほどに。


「ベガです。プレアデスより古い機宿です。誰の機宿なのかも、お教えしましょうか?」


「いやそれはいい。それより、ベガの具体的な性能を教えてほしい、例えば、マグマの中に放り込まれたとして何秒耐えられるか。とかな」

 名前は直接聞きたい。


「この問答に意味があるとは思えません。ベガはプレアデスより劣る機宿ですし、軍曹の場合、支援AIがないとマナエンジンが暴走してしまいます。ベガにはかなり古い世代の制御システムはついていますが、あれは私のような支援AIとは別物です」


「必要なんだ。教えてくれ」


「わかりました。大励起を起こさなくても、機宿だけなら八時間でも耐えることが出来るでしょう。しかしパイロットはもって120秒。それ以上は助かっても回復不可能な程の後遺症が残るでしょうね」


「ほっほっほ、ありがとう。メイさんや」



『すでに十分理解していると思うが、本作戦を改めて、説明する』

 エリクと名乗った男はゆっくりと、細かく注意が行き渡った言葉を使って説明を始めた。この前の実験で通信してきた元帥よりもまともそうだ。


『本作戦の目標は耐熱性外皮竜、通称クレバスの魔物の討伐である。目標の外皮は機宿の装甲より硬く、熱に対しては絶対の耐性があるものと推測される。マグマの中に限られるが、動きは機宿の全速より速く、口からはマグマよりさらに高温なプラズマを吐く。絶対に当たるな』


 改めて話を聞いて、とんでもない化け物である。表示されたイメージ画像、竜というより蛇に近い。この蛇、人類が二足歩行を始める前からいたらしい、地底ヤベー。地球パネェ。


『よって、目標の撃滅は大励起状態のプレアデスに一任する。動きを止める為、他の機宿には超電磁ワイヤーによる目標の足止めを担当してもらう。目標の気性は荒い、こちらが接近すれば必ず姿を表して襲ってくるだろう。そこを捕らえて叩く。ワイヤーが全て目標に接着したとしても、動きを抑えられる時間は短いだろう。各員のタイミングが(きも)になる。心してかかれ。なお、本作戦はあくまで敵国への示威(じい)が目的だ。失敗したら速やかに撤退を行うので、そのことも頭に入れておけ』


 失敗したパターンもちゃんと織り込み済み、出来る男って雰囲気だ。ちと根暗っぽいが。


 エリクの説明中も機宿の群れは進む。赤々と燃えるマグマが遠くからは一筋の赤い線に見えていたが、今は壁だ。赤い防壁。


「攻撃予測地点まで残り500」

 下から上へと昇るマグマで視界が赤く埋め尽くされる。左右の果ては見えない。

 重力に逆らう灼熱のカーテン。地獄のような絶景、本当にこんなところに生物がいるのか。


「残り400……300……200……」


『状況開始』

 

 予測より早い。

 マグマのカーテンを突き破って、光の柱が飛んでくる。姿は見えないが、目標が極太のプラズマを吐いてきた。


 着弾地点にいた四機は素早く散開。被害ゼロだ。


『次の発射までに接近しろ』


 残りの距離は短い、スラスターを噴かして()()へと近寄る。


「メイちゃん、そろそろいいんでない?」


「わかりました。リミッターを0.9から2.0へ変更します。軍曹、武装はどうしますか?」


(カノン)を使う」

 プレアデスの武装は二種類しかない。砲と(ブレード)。どちらもエネルギーを収束させた非実体武器だ。

 カノンは背中にマウントされた砲身を転回させて使う。

 励起率の低い機宿にとっては護身兵装だが、励起率を上げることができるパイロットにとっては必殺兵装となりうる。


 つまり俺が扱えば、十分にクレバスの魔物を仕留めることが出来る。


『きたぞッ!』


 オープンチャンネルで誰かが叫ぶ。灼熱の壁から巨大な蛇が頭を出した。黒く鋭い鱗に覆われた頭部は巨大な鉄仮面のようだ。

 蛇の動きは速い。マグマの壁を出たり入ったりしながら、機宿の一機に食らいついた。


「くそっ早すぎる。全然照準におさまらねぇ」


 事前に聞いていたように、俊敏すぎる動きに俺はまったくついていけてない。


『たすけてくれ! 死にたくない! 死にたくないんだ』


 悲痛な叫びに呼応するように、何機かの機宿からワイヤーが放たれる。

 蛇は長い胴体をマグマの中に残しながらも、十分狙えるだけの的が露出している。

 動きは弱まった。狙えるか?


「励起率、1.8パーセント。撃てます」


「うおおおおおおおおおおおおおおおッ! いけぇぇぇぇぇぇッ!」


 純白の機宿プレアデスから、機体と同じ色の殺戮光線が放たれる。


 当たる! と思った瞬間、蛇はワイヤーを振りほどいてマグマの中に戻ってしまう。


 人の数十倍の大きさの機宿は、あっさり噛み砕かれた。千切れ落ちた機宿の上半身、あの機体のコックピットはどの位置だ? 通信は聞こえない。


「軍曹! かわして!」


 初めて聞くメイの大きな声。反射的に身体が動く。

 さっきまで立っていた地面に、プラズマで新しいマグマが形成される。蒸し暑くなった狭いコックピットで寒気を感じた。


「くそったれがッ!」


 かすり傷でも与えようと、プラズマが放たれた位置目掛けてカノンをぶっぱなす。


「ダメです。マグマの一部を吹き飛ばしましたが、貫通するほどではありません、クレバスの魔物も移動しています」


「見ればわかる」

 冷静なメイに悪態をつきそうになる。


 くそっ、どうすればいい。


 撤退の二文字が頭をよぎる。大将さん、命令はまだか? それとも残った機宿だけでやれるのか?


 迷いは動きに出る。俺以外の周りの動きもどこかぎこちない。


『どうだ、アキヒロ軍曹。私のところに来なかったこと、後悔したか?』


 ポニテババアの通信、まともに相手をする余裕はない。

「こんなときに何言ってんだ、人が死んだんだぞ」


『ちがう。死んだのは人じゃない。並列自動型のAIだ』

 ポニテはこともなげに言う。ババアあんた人の心配が出来る奴じゃなかったのか?

 

「AIだったら死んでもいいのかッ?」


『並列で、パイロットに頼らず、自分の意思で機宿をコントロールしてんだ。死んでも代わりがきく、コピーなんだよ。わかるか? いうなれば無人機さ。AIであってもお前の知ってるような個人ではない』


 俺は、そこで始めて通信窓を見た。冷静なベテランらしい眼差し、よくわからんが、心配しなくてもいいってことなのか。


「わかった。それでどうしたらいい?」


『もうじき援軍が来る。来たらそいつと協力して再アタックだ』

 

 援軍だと? こんな死地に飛び込んでくるとはイカレた奴に違いない。


『噂をすればだ。きたぞ』


 あたりを見渡すが、誰もいやしない。超電磁ワイヤー射出用のトランクを装備した機宿が並んでいるだけだ。


「軍曹、上です」


 見上げた上空。ごつごつした茶色い天井に影が伸びる。その下には金色にも似た、シトラスカラーの機宿が飛んでいた。


「ベガか」


 (ワシ)のような翼を広げた機体が、マグマを這うようにして急降下してくる。


「出撃命令は出ていないはずだぞ。名称不明女子」


 俺はベガのパイロットに呼びかける。


『だまってて、貴方は貴方の仕事をして、魔物は私が止める』

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