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33 日常的スクランブル

 予想されたアンチクトンからの攻撃は、あるにはあるものの、その規模は小さい。小さいというかショボイ。ノブユキという最大戦力を失ったことが大きいのかもしれない。新型のアンチレーダーやインブジブルを活かし少数で散発的に仕掛けてくる。

 その度に俺達は緊急出動し、アンチクトンの機宿を壊したり、拿捕(だほ)したりする。


 ショボイとは言ったが、奴等のやることは無視できない。放置すればマリス・ステラや大縦穴の土地で暮らす人々が困ることになる。


「まちなさーい!」


 広がる畑の上空をベガが飛ぶ。

 プロキオンに乗った俺はその後方、いくらか低空で飛行し、スラスターの推力を上げる。これ以上は好きにさせられない。


 敵機は一機。単独犯だ。

 敵機は農村地帯に現れると食肉用の牛を三頭、水槽に入れて走りだした。


 牛泥棒である。


 枠のないの球状の水槽。水面をちゃぷちゃぷと牛が泳ぐ。

 敵の機宿の能力なのだろう。腹の前につくった水槽を揺らしながら畑の上を全力疾走する。当然畑は滅茶苦茶だ。


「ヒメコ、これ以上放置できない。農地だってまだまだ先がある」


『わかってるわよ、だけどアイツを攻撃したら牛さんが……』


「落ちて死ぬだろうな、しかし仕方がないじゃないか」


 モーというお気楽そうな声が聞こえる。いや違う、きっと助けてくれと言っているに違いない、しかし被害は放置する程大きくなるのだ。


 ヒメコは上官だ。俺が逆らうことは軍規に反する。

 そしてヒメコのさらに上司、我等が断片室室長アイリーン少佐からは被害をなるべく少なく、特に牛は無傷が望ましいと通達が来ている。


「アイリーンには俺から謝る。農家さんや牧場の人にも謝るしかない。お前がやらないなら俺が仕掛けるぞ」


「アキヒロ様、ヒメコさん、提案です。持ち上げてしまえばいいのでは?」


『そうそれよ、そうしましょう』


 なぜ思いつかなかったのか、アクセルを踏み込み、スラスターをより強く噴かす。青い軌跡を残して敵機の前に出ると肩をつかんで止め――。


 止め――。


 止まらない。


 敵機は畑に深く足を刺したままスラスターに火を入れた。ジェットエンジンを搭載したドラッグカーのようにメチャメチャな推力。

 水面が小刻みにゆれ、牛がいっそうわめきだす。


「うるせー食っちまうぞ!」


『だめよ、それ高いんだから』


 ヒメコが操るベガが二本のアンカーを射出し、敵機を拘束。上空に引き上げようとする。


『ちょっとあなた重すぎよ。ダイエットが必要じゃないかしら』


「ほんとだよ。ベラトリックスみたいな形しやがって、もっとエロくなれっての」


「アキヒロ様、欲求不満ですか? それならば私が」


『戦闘中よ。後にして』

 

 ベラトリックスというのは、量産型の機宿だ。

 戦室の連中も多くはベラトリックスに乗っている。


 励起率をあげたプロキオンとベガが、敵機を上空へと持ちあげていく。牛さんも無事だ。


「後だったらいいんですね? やりましたねアキヒロ様、ようやく五月蝿い人から許可が下りましたよ」


『そういうことじゃありませんー』


 いくらかふざけた口調でヒメコが返す。一緒に寝かしている効果が出ているのだろう。それなりに仲良くやっているようだ。


 元いた牧場まで戻ってくる。あとはゆっくり降下して牛を返してやればよい。色々あったが幸い無傷だ。


 畑の保障どうるすかな、あとでアイリーンに相談しなきゃ。

 俺がそんなことを考えていると観念したのか、それとも最後の悪あがきか、敵機が水槽を解除した。


 いかなる原理か、球状で固定されていたの水の塊は己が形の無い水であることを思い出したかのように、崩れ落ちた。

 落下する水と牛三頭、とっさに手を伸ばし、一頭をキャッチ。しかし残る二頭が落ちてゆく、下には牛舎もある。敵機を捨てて地面に向かって飛ぶことは出来ない。


「くそがっ!」


「アキヒロ様、良く見てください」


 俺は落下する牛さんから目を逸らそうとするが、メイの言葉で再度下を見た。牛の最期を看取って反省しろということか、メイもなかなか人が悪い。

 

 その時、小さな人影が光を反射して飛んでくる。人影は空中で牛二頭をわきに抱え、そのまま軟着陸した。


『まだまだあまいぜ、お嬢。ボーイ』

 加速したときにでも落ちたのだろう。帽子のないヴェルヴェが二頭の牛を放すとモーと鳴いて歩いていく。

 ヴェルヴェゆっくり舞い降りてきた帽子をひっつかむと、かぶりなおして向きを整える。


「格好つけやがって」


『なんか言ったか、アキヒロボーイ』


「いいや助かったよベルベ。マジ感謝!」


 最近のアンチクトンの動きは破壊活動や戦闘行為ではなく、こういった窃盗が多い。


 同時多発的であり散発的でもあり、中にはこちらが気づく前に盗まれてしまったケースもある。ある窃盗を多数で追えば、一方で起きた別件の対処が遅れるなど、そのやり口は悪質な万引きのようだ。


 つまり犯罪だ。放置は出来ない。

 だがその一方で肩透かしを食らったような感もある。


 口にはしないが、ノブユキとの死闘と比べてしまうと、今やっていることがおままごとのように感じるのだ。


 奴は死んだのか、生きているのか。

 ボロボロのアイツを連れていった女は何者なのか。


 ログには全く残っていなかった。ヒメコもメイも見ていないという。


 戦闘中に発生した虚数空間に遺体が飲み込まれた。そう見るのが妥当なのかもしれない。


 しかし俺は見た。確かに聞いた。


 あれは、あの時のヤツだ。

 人ともアンドロイドとも違う気配。AIや機宿とも違う。

 他の何とも同じではない。


 俺がこっちに来る原因をつくった、褐色の女。光るような白い髪の女。あの女と一緒に、老いた姿のノブユキが消えて行った。


 いったい何が目的なのか、ノブユキとあの女にどんな関係があるのか、あるいは俺とも何かしらの関係があるのか。


 手がかりは魔道書の断片、俺は今まで試さなかったことを試すことにした。

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