24 仮想の殺意
見ればそれは獣ではない、れっきとした人型ロボット、アンドロイドであるように思えた。
身体の各所はつぎはぎのように不自然な形になっていて、間接が人体の構造を無視した形でついている。あれでは人型の呪いの影響を受けて、スペックどおりの性能を発揮できないに違いない。
「ハァァッ!!」
四つんばいで飛び掛るアンドロイド、女性型に見えた。
それをヴェルヴェが右手に握る電磁ロッドで叩いて落とす。
バシっという音と焦げ臭い匂いがして床に激突したソイツは、ダメージなどないかのように再度ヴェルヴェに襲い掛かる。
素人目にみても、動きが直線すぎた。
最初は不意をつかれたのだろう。今度は相手の動きを見切ったヴェルヴェがひらりとかわし、獣じみたソイツの背面に電磁ロッドを二本突き刺す。
「GYAAA」
短い悲鳴をあげてボロボロのソイツが機能不全を起こす。
ヴェルヴェのもつ二本の電磁ロッドは、超高電圧で機械の機能を破壊してしまう対アンドロイド用武器である。
勝負はあった、ヴェルヴェが電磁ロッドを無理やり引き抜き、腕の中に収納すると、床の上で痙攣しているそいつの腕を踏み潰す。
硬度が違うのか、老朽化していたのか、暴れる四肢は踏みつけるだけで簡単に押しつぶされた。
ダルマになったアンドロイドはそれでも背骨を駆動させて、ヘビのように移動する。
「がーべーじ」
壊れたアンドロイドが音声を出す。
ガーベージは何も言わない。ヴェルヴェも何もしない。何事かを発しながらアンドロイドだったものが、はい寄って来る。
「がー、べー、ジ」
やがて、機能が停止したのだろう。アイカメラのランプが明滅し、光を失うと同時に動かなくなった。アンドロイドはガーベージに近づこうとしているようであった。
「じーさん、今のは」
「説明は後だわい。いくぞ」
中に入ったガーベージは、持っていた帽子をヴェルヴェに返す。
受け取ったヴェルヴェは無言でかぶりなおすと、入ってきた扉に歩いていった。
「さて、ヴェルヴェが見張りをしている間に終わらせてしまおう」
研究用の端末をガーベージが操作すると、青い機宿が身じろぎした。
電源が入ったようだ。
「壊したわね、私を」
氷のような声が機宿から聞こえた。
「ちがう。壊したのはローザだったものだ」
「ならやっぱり私よ。私はローザ。あなたやエルザと共に、このプロキオンを開発した、ローザ・ヴァレンティアよ」
「違うわッ。ローザは自己否定プログラムにより、自決したわい、……ずっと昔にな」
強く否定するじーさんの顔はひどく疲れたようで、長い時の流れを思わせた。アンドロイドには解らないかもしれないが、30年とか、40年って時間は、人間にとっては長すぎる時間だ。
若者だってじじいになる。
「お前は狂っている。狂ったかたちに自分をプログラムしなおしてしまった。お前はローザだったアンドロイドを操った。許されないことだ。……この解散し、凍結した特務研究室で今日まで、プロキオンを整備していたのだろう? ワシを殺すために」
「あはッ。あははははははははははははっ。はははははははっははははははっはははははっははははっははっはははっははは」
狂ったように笑い出す。実際狂っているのだろう。ガーベージが言うように、そうとしか思えない笑い方だった。
「じーさん、あの機宿がしゃべっているのか?」
「機宿にインストールしたAIが話している。でもご覧のように不具合を起こしてな、当時はまだ貴重だったこともあって、電源から切り離すだけにしていたが、今日は完全に消去する。そうしてやるわい」
端末から手を離したガーベージが、両手を広げ、手を握っては開く動作を繰り返す。指と指の間を広げるような動き。
いつも背負っている極薄のモニターと、さっさきまで触れていた端末からホログラムキーボードが浮かぶと、指を動かしてプログラムを書き換えてゆく。
「やめて、やめて、やめてよ! 自分の娘を殺すつもりなの?」
「私の娘はMEIだけだ。お前など知らん」
AIの言葉を否定して、ガーベージの指は加速する。
「私は、ローザよ。自分の女を二度も殺すのか、お前は!」
「俺の女はローザが殺したエルザだけだ。そしてお前はローザでもない」
AI側の抵抗があるのだろう、プログラムの修正はまだ少しかかりそうだ。
プログラムの書き換えはAIにとって死より重い。
自己を否定され別人にされてしまう。人の尊厳と同じぐらい、AIの尊厳が認めたこの地底では、同意の有無に関わらず殺人より重い罪だ。
アイリーンはガーベージの非人道的な犯罪行為にオロオロし始める。
ガーベージの指は止まらない、青い機宿のAIからの言葉が止まる。
「よかったなアキヒロ、このぶんだとこっちの勝ちだわい。AIさえマトモにしてしまえばパイロットを殺すようなこともない。これでMEIを助けにいけるぞ」
聞きたいことは色々あった。エルザ? ローザ? 誰だそれ。昔何があった? それより先に俺は、ガーベージの腕を握った。
「何をする! コイツを殺してしまわねばプロキオンには乗れぬぞ」
「じーさん、無理すんな。本当はこいつを殺したくなんてないんだろ? 過去に何があったかしらねーが、そうじゃなきゃ今日まで恋人の仇を生かしてなんておかない。そうだろ?」
「ふん! 恋人ではないわい。婚約者だわい」
ガーベージは俺の腕を振り払う。
「似たようなもんだ」
ホログラムのキーボードは消え、狂ったAIが残った。
「言いたくないなら言わないでいい。でもせっかくだ。詳しく話せ、じーさん」




