77 大物登場の予感
大変久しぶりの投稿になります。忘れていませんよ!
あっという間に大空に羽ばたいたドラゴンは帝都の上空に到着する。僅かに遅れてトシヤが背に跨るワイバーンも到着して、2体が悠然と空を舞う光景に帝城内は大騒ぎとなっている。
「あれはまさしく獣神さくら様が使役するドラゴンに相違ない! 早くお迎えに出るのだ! くれぐれも丁重にお迎えするように心せよ!」
「付き従うワイバーンは一体何者でしょうか?」
「ワシが知る訳なかろうが! 何者でもよいからお迎えするのだ!」
「畏まりました!」
自ら望遠鏡を手に取ってテラスからドラゴンの様子を観察していた皇帝陛下から下知が飛ぶ。付き従う重臣が慌てて執務室から飛び出して、広大な敷地を馬車に乗って騎士団の演習場へと向かっていく。ようやく重臣が演習場に到着した時には、さくらとトシヤはすでに着陸を終えて待っているところであった。
「これはこれはさくら様! お出迎えが遅くなりまして申し訳ありません。此度はどのようなご用件でございましょうか?」
「急遽やって来たからそんなに慌てないでいいよ! 今日はね、トシヤがワイバーンを使役獣にしたから、お城で預かってもらいたいんだよ!」
「このワイバーンをこれなる少年が使役獣にしたと申されるか! 見たところまだお若いにも拘らず、これは大した逸材でありますな!」
「さくらちゃん、俺って逸材なの?」
「トシヤはお世辞にリアクションしなくていいんだよ! それよりも預かってもらえるのかな?」
「もちろんでございます! 正式な契約書を交わして使役者の所有を政府が認めさせていただきまする」
どうやら簡単に話がまとまったようで、トシヤは一安心している。やはり獣神の威光というのは絶大な効果をもたらす。皇帝の側付きの高官がペコペコ頭を下げているのだ。
「それじゃあトシヤはワイバーンに大人しくしているように命じてから手続きをするんだよ。私はお腹が空いてきたから、ちょっとお城の中でご馳走になろうかな。ああ、そうだったよ! 私はご飯が終わったら用事で出掛けるから、トシヤは一人で戻っていいよ!」
「はいはい、いつものように気楽でいいね。さくらちゃん、今回は色々あったけど、こうして無事に野外実習を終えたのはさくらちゃんのおかげだ。どうもありがとう」
トシヤは珍しく殊勝な言葉を口にしている。対して皇帝陛下から重要な役目を仰せ付かった重臣は相変わらず平身低頭でさくらに接している。
「さくら様、もちろん歓迎させていただきまする! それでは私めがご案内いたしますので、城内にお越しくださいませ。ワイバーンの手続きはこちらの近衛隊長が承ります」
重臣とさくらはその場を去っていく。昼ご飯が食べたくてトシヤを放置していくところは、いかにもさくららしい所業だ。
「グレーウイング! しばらくここで暮らすことになるから、大人しく世話してくれる人の言うことを聞くんだぞ! たまに顔を見せるから、その時は一緒に空を飛ぼうな!」
「ギュオーーン!」
ワイバーンは承知したような声を上げる。ここでは自由に空を飛べない代わりに、餌と寝床には不自由しない生活が待っているのだった。
「トシヤ殿でよろしいでしょうか? 私は近衛隊長のエドモンドと申します。ワイバーンの所有と管理契約の手続きを行いますので、どうぞあちらの建物にお越しください」
「よろしくお願いします」
トシヤは無鉄砲ではあるが誰にでも噛み付く狂犬ではない。ましてやここは皇帝陛下の居城とあって、普段にも増して丁寧な言葉遣いを心掛けている。建物内の豪勢な部屋に通されたトシヤは、差し出された契約書を手に取って読み始める。
「えーと、こ、この…紙…類わ・・・・・・ ワイバーンのけ…契約に…関すろ・・・・・・ ダメだ! これ以上無理なので読み上げてください」
「確か魔法学院に在学中とお聞きしましたが、文字が苦手ですか?」
「今日は調子が悪いだけです!」
断固として文字が読めない件を認めようとはしないトシヤであったが、近衛隊長は何かを察したような笑顔でその書類を読み上げる。大人とはわかっていても口にしない方が良いことをしっかりと弁えているのだ。
「何かわからなかったり、質問があればいつでも言ってください。それでは読み上げますよ。この書類はワイバーンの所有と管理契約に基づいた手続きに関する書類である。使役者にワイバーンを所有する権利を帝国政府が認め・・・・・・」
長々とした文章であった。ワイバーンの所有と権利に関する細かい事項が漏れなく記載されており、その内容には法律用語もふんだんに盛り込まれているため、トシヤの頭でも半分程度しか理解不能である。だが政府は文字を読めないトシヤが相手でも、極めて誠実な内容の文章を用意しているのだった。
その理由は貴重なワイバーンをなんとしてでも預けてもらいたいという意向がある一方で、万が一にでもトシヤに不利な条件があった場合、それを認めない獣神様が怒鳴り込んで来る可能性を懸念しているのだった。それほど帝国政府にとっては獣神さくらが恐ろしい存在であるという証明に他ならない。
「以上となりますがよろしいでしょうか?」
「いいんですが、騎士爵の件は辞退させてもらいます」
「本当によろしいのですか? 大変な名誉ですよ」
近衛隊長の念押しにトシヤは黙って頷く。5聖家の一員が皇帝から貴族の位を授けられるのは、そうそう簡単に彼の一存で決定できる問題ではなかった。ここは一応断りを入れるべきだろうという判断は、トシヤにしては非常に賢明なものである。
「それではこちらの書類3枚に署名してください。1枚は政府が預かり、もう1枚は誓約の証として教会に預けます。残ったもう1枚はトシヤ殿が所持してください」
「名前は自信がありますから自分で記入します!」
トシヤはキッパリと言い切った。名前の記入欄に漢字で『俊哉』とかなり達筆なペン使いでサラサラと記入していく。
「はて? これはいかような文字でしょうかな? 私にはさっぱり読めませぬ」
「大丈夫です! ちゃんと自分の名前を書きましたから。言ってみればこの文字は魔法文字の一種ですよ」
「私は魔法には詳しくないですが、このような不思議な文字もあるんですね」
日本語で書かれたサインを興味深そうな表情で眺める近衛隊長を尻目に、トシヤはやはり平常運転であった。
最後にトシヤは手渡された魔石に魔力を込める。これは飼育係が所持して、トシヤの代理という立場でワイバーンの世話をする際に用いる証のような物だった。この魔石がないと餌の時間のたびにトシヤが城内に来なければならなくなる。
「これで手続きは全て終了です。ワイバーンは大切にお預かりいたします。ああ、それからこれは城内の通行証です。ワイバーンに会いにくる際は門でこれを示してもらえれば中に入れますから、絶対になくさないでください」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
こうしてトシヤは最後にワイバーンに顔を見せてから城を去っていく。以前さくらとやって来た時には馬車に乗せられて送り出されたが、こうして通行証を手にしたので一人で城内を歩けるようになったのだった。
「それじゃあ学院に戻ろうかな」
そう一言つぶやくと、トシヤは城の門を抜けて歩いて学院を目指すのだった。
翌日・・・・・・
「おい、あいつがワイバーンを使役獣にしたって言うのか?!」
「あいつは例のネクロマンサー疑惑があった1年生だろう! 本当は魔物を従えるテイマーだったのか?」
「どっちでもいいだろう! そもそもワイバーンを使役するということは皇帝陛下から騎士爵を受ける立場だということだぞ!」
男子寮で朝食を取るトシヤの姿を見て、上級生までもが野外実習のトシヤの成果の件で持ちきりだった。噂の出所は当然その現場を目撃した1年生である。
「トシヤ君、野外実習では相当やらかしたようだね」
「アルテスさん、そもそもワイバーン程度でビックリするようなことなんですか?」
「少なくとも学院生は驚くだろうね。ワイバーンなんて初めて見た生徒もいるんじゃないかな」
「そんなもんですか」
トシヤの実家には長年使役獣のワイバーンが飼われているので、彼にとっては幼い頃から見慣れた存在だった。だが街に暮らすごく一般の生徒の目には、ワイバーンなどそれこそ目の玉が飛び出るような強大な魔物の一種に映っていた。この埋め難いギャップこそが、トシヤをして常識外れと周囲から評価される理由に他ならない。
同時にトシヤはようやく理解した。ワイバーンでこれだけの騒ぎになるんだから、地竜の話など学院内では絶対にできないのだと。それこそ全校が引っ繰り返るような大騒ぎになるのが目に見えている。
「アルテスさん、それでは今から登校してきます」
「いってらっしゃい!」
アルテスに見送られて食堂を出たトシヤは、一旦自室に戻って鏡を見ながら必死で髪の毛の見た目が少しでもボリュームアップするように念入りに時間を掛ける。だが彼の気持ちとは裏腹に、まったく言うことを聞かない髪の毛は寂しげなままだった。諦め切れない気持ちを抱えながらも、トシヤは溜息をついて鏡の前から離れる。
「こうなったら頼みの綱はさくらちゃんが持ってきてくれる日本製の育毛剤だ! 早く持って来てくれないかな!」
こうして彼は部屋を出て教室へと向かうのだった。
トシヤが掘っ立て小屋・・・・・・ もとい、教室に入るとすでに登校しているクラスメートが一斉に彼を取り囲む。
「トシヤ! どうやってあんな馬鹿デカいワイバーンを捕まえたんだ?」
「俺も一度でいいからあの背中に乗せてくれ!」
「凄いよな! なんたってワイバーンを捕まえたんだからな! 歴代のナンバーワンじゃないのか?」
トシヤを取り囲みながら次々に声を掛ける。するとそこに、アリシアとエイミーが教室に入ってくる。
「おはようなの! トシヤは今日も生え際が後退しているの!」
「アリシアはトシヤさんに失礼ですよ! 負けず嫌いのトシヤさんが後退なんかする筈ないです! トシヤさんはツルッパゲに向かって日々雄々しく前進しています!」
「エイミーがトシヤに気を使うポイントは本当にそこでいいの? トシヤが完全にノックアウトされているの!」
「トシヤさん、大丈夫ですか? しっかりしてください!」
自分が原因を作ったという点に関して全く無自覚のまま、机に突っ伏したまま全く動こうとしないトシヤに、エイミーの驚いたような声が響くのだった。
魔境の最深部では・・・・・・
ここは魔境と呼ばれて人は誰も近づかない場所、熟練の冒険者でも周辺の部分にようやく足を延ばすことはあっても、絶対に内部には踏み込もうとはしない。
そんな魔物の数が極端に多く、しかも強力な個体がひしめき合っている最深部では、さくらがテーブルを出してのんびりとお茶を飲んでいる。彼女が無警戒にこんな場所でのんびりしていられるのは、その横にはこの世界の管理を神様から委託されている〔神龍バハムート〕が黄金の巨体を横たえているからだ。
「獣神さくらよ! そろそろ次元の壁が破れる頃合であるぞ」
「おやおや、ムーちゃん! いつの間にかもうそんな時間だったんだね」
その声とともにあらかじめ用意されていた魔法陣が煌々と輝き出して、その上空の空間に裂け目が出来上がる。そしてその裂け目から姿を現したのは、金髪に碧眼をした年若い女性であった。見たところは10代後半と誰もが思うであろうが、その深淵を湛えるかのような瞳には人智を超えた英知に溢れている。
「はなちゃん、いらっしゃい!」
「さすがは大魔王であるな。我の力を借りずとも自力で遥かな星々を渡って参ったか」
さくらとバハムートの歓迎の声に合わせて、大魔王と呼ばれた人物は顔を上げる。
「さくらちゃん、お待たせしたわね。バハムートもわざわざ出迎えてもらってご免なさいね」
その口から零れたセリフはごく普通の日本人の日常会話であった。大魔王という仰々しい肩書きとは裏腹に彼女の親しみやすい人柄が伺える。だがこの人物こそ、六百年の昔にこの世界に偉大なる影響を与えた三人のうちの一人で、その名を本橋 橘という。トシヤのご先祖様の正妻にして、さくらとは戸籍上の姉妹に当たる人物で、赤ん坊の頃から一緒に育った間柄でもあった。
「何の、十数年ぶりの大魔王の来訪なれば、この我が直々に出迎えぬわけには参らぬぞ」
「挨拶はこのくらいにして、はなちゃんはここで一休みするのかな?」
「いいえ、特に疲れてもいないし、魔力も十分残っているから、このまま私の国に出向くわ」
「それじゃあ送っていくよ!」
「うむ、しばし大魔王とも語り合いたいのは山々だが、両名とも行ってくるが良かろう」
こうしてさくらと橘はバハムートが見送る中、他のドラゴンの背に乗ってノルディーナの生まれ故郷である〔新へブル王国〕へと向かうのだった。
次回はいつになるのかわかりませんが、またまた忘れた頃に投稿します。気長にお待ちくださいませ!