76 野外実習の評価 後編
野外実習の最後のエピソードとなります。
順番が回ってきたトシヤたちのパーティー、リーダーであるトシヤが一歩前に歩み出てセルバンテ先生と向かい合う。
「トシヤ君たちはワイバーンとレッサードレークだから……」
「ああ、先生! あのワイバーンは殆どさくらちゃんの力で従魔にしたようなものだから、考査から省いてください。それからレッサードレークは単なる餌ですから、点数に入れないでいいです」
「トシヤ君、付き添いの冒険者の手を借りても一向に構わないんだよ。それにワイバーンともなれば目玉が飛び出るような点数が得られるんだよ」
「構いません、俺のプライドの問題ですから」
トシヤと先生のやり取りを下がった場所で聞いている女子たちは……
「またトシヤが変な所に拘っているの! 一緒に点数をもらってもいいの!」
「アリシア、ここはトシヤさんの好きにさせておきましょう。まだ取って置きが残っていますし」
「そうだな、エイミーの言うとおりだ。あまり一気に点数をもらったら折角の学園生活がイージー過ぎてしまうからな」
「そうですね、私もディーナさんに賛成です。いっぱい点数をもらった安心感は油断を招きますから」
「フィオはいいことを言うの! 特に一番油断をし易いのはエイミーだから、とってもいい判断なの!」
「アリシアの言っている意味が全然わかりません! 私のどこが油断しやすいというんですか?!」
「生活態度の全てなの! エイミーは今回の野外実習で1ミリもウエストが縮まなかったのは大きな問題なの!」
「あー! 聞こえないぃぃぃぃ! 私には全然聞こえないぃぃぃぃ!」
耳を押さえて首を高速で横に振るエイミー、彼女のその態度に他の3人の女子からは生暖かい視線が向けられているのだった。天才的な氷魔法の使い手であるエイミーだが、その性格にはトシヤ同様に大きな欠点があるといえる。こんな調子の女子たちは横に置いて、トシヤと先生の会話に戻ろう。
「それでトシヤ君、君たちが討伐してきたのは一体何だね?」
「ちょっとデカいので後ろに下がります。おーい、全員もっと下がってくれ!」
「「「「「はーい(なの)!」」」」」
全員が十分に下がったのを見届けると、トシヤはマジックバッグから例の獲物を取り出す。
ドシーン!
巨大な地響きを立ててセルバンテ先生の目の前に登場したのは、女子たちが協力して討伐したあの地竜であった。体長は6メートルを超えて、あたかも生きているが如くに凶暴な爪と牙が今にも襲い掛からんばかりに先生たちにに向けられている。
「な、な、な、な、な、何だこりゃぁぁぁぁぁぁ!」
気の毒なセルバンテ先生の絶叫だけが草原に響き渡る。他の先生たちは顎が外れたかのように口をポッカリと空けて、目の前に置かれた巨大な獲物に目を見開いているだけだ。これが普通の人間として当然の反応だろう。
「先生、これは何点になりますか?」
「点数なんか付けられるかぁぁぁぁぁぁ!」
セルバンテ先生の叫び声が再び草原に響く。ワイバーンやレッサードレークだけでも十分過ぎる程の驚きであったが、まさかそれをはるかに上回るSランクの魔物が登場したのだった。気の毒にセルバンテ先生は脳内のリミッターが完全に振り切れている。
「おい、あの地竜は誰が仕留めたんだ?」
「あれは女子が全員で力を合わせて倒したの! みんなで協力すると凄い力が発揮できるの!」
自分たちの考査を終えて帰り支度をしていたカシムが目の前にデンと置かれた地竜に興味を示してアリシアに話し掛けている。これだけの大物を見て獣人としての血が再び騒ぎ出しているようだ。
「女子全員ということはあのハゲ野郎は加わっていないのか?」
「そうなの! トシヤは1人で別の獲物を倒したの!」
「ほう、どんな獲物が出てくるか楽しみだな」
カシムの表情が期待に満ちている。日頃は互いに貶し合っているが、トシヤの実力を一番わかっているのは何を隠そうカシムに他ならない。だからこそカシムはトシヤを超えようとストイックなまでに日々の鍛錬を怠らないのである。バカな頭でも思い込んだら命懸けで挑むカシムの性格が表れている。
そして茫然自失の表情のセルバンテ先生とトシヤはといえば……
「先生、早く正気に戻ってください」
「トシヤ君、私は教師として、いや、人間としてその言葉だけは君には言われたくないよ」
「先生、おっしゃっている言葉の意味が俺には理解できません! どうも俺がまともな人間ではないような響きを感じます」
「自分がまともな人間だと思っているのかね? どうやら君とは長い時間をかけて話し合わないといけないらしいな。まったく頭が痛いよ」
セルバンテ先生としてはこれだけ騒動の元を作り出すトシヤにもうちょっと自覚を持ってもらいたいという表情をしている。ようやくラファエル先生とミケランジュ先生が口を酸っぱくして『トシヤには常識を叩き込め!』と述べていた真の理由がわかってきたようだ。冒険者上がりで教育者としてのキャリアはそれほど長くはない自らの見通しの甘さを悔やんでいるのかもしれない。
「ところで先生、もう1体討伐した獲物がいるんですが、今から出しますよ!」
「わかったよ、もう何が出ても驚かないから、早く出したまえ」
ドシーン!
先程とは比較にならない地響きを立ててトシヤのマジックバッグから取り出されたのは、例の体長10メートルを超える最大級の地竜であった。
「……」
もはやセルバンテ先生を始めとしたその場にいる教員一同は無言を貫いている。というよりも誰も口を聞ける状態ではなかった。前足と後ろ足をそれぞれ1本ずつ切り落とされてはいるが、これだけのサイズの最強地竜が討伐されたのは長いギルドの歴史を大昔まで遡らなくてはならないだろう。
「先生、採点をお願いします!」
「俺、冒険者を引退して本当に良かった……」
先生の目が遠くの空に浮かんでいる雲へと向けられている。その姿はまるで受け入れ難い現実から逃避して自分の殻に閉じ篭っているかのようだ。だが教員としての使命感が辛うじて彼を立ち直らせた。
「ゴホン、さてと、君たちが討伐してきた2体の地竜の採点だが…… 記録によるとライヤという人物がオーガの集落を全滅させて、オーガキングを含めた100体以上の獲物を討伐してきたのが史上最高点とされている」
「ああ、それはたぶん俺のジイちゃんです!」
「ブフォォォ!」」
ようやく立ち直り掛けたセルバンテ先生はトシヤの衝撃の告白を聞いて口から色々な物を吐き出しながら涙目になっている。よりにもよって魔法学院の史上最高討伐記録の持ち主の孫が目の前に立っているトシヤだったとは…… もうどうにでもして! という相当投げやりな気持ちでセルバンテ先生はトシヤに告げる。
「その点数は300点だったそうだ。トシヤ君たちはその記録を50点上回る350点を与えよう」
「ヤッターーなの!」
「凄いですね! これだけ点数をもらえたら進級がとっても楽になります!」
「エイミーはもう油断しているの! 油断と肥満は大敵なの!」
「それにしても史上最高点とは驚いたな。これで私たちが学院の歴史に名を刻めるな」
「ディーナさん、これも全部さくら様のおかげですよ」
「そうだな、さくら様には感謝の言葉が見つからない」
「そうなの! 王様はとっても凄い人なの! 心から尊敬するの!」
トシヤを差し置いて彼の後ろで結果を聞いていた女子たちが大いに盛り上がっている。これ以上ない野外実習の好結果に彼女たちは相当に舞い上がっているのであった。だが彼女たちに声を掛ける人物がいる。今まで切り株に座ってのんびりとお茶をお菓子を口にしていたさくらだ。
「さて、これで野外実習はお終いだね。私も色々と楽しかったよ!」
「「「「「さくら(王)様、ありがとうございました(なの)!」」」」」
女子たちが感謝の気持ちを伝えている所に獲物を再びマジックバッグに収納し終えたトシヤが戻ってくる。
「さくらちゃん、今回は本当に世話になったな。危険な目にも遭ったけどいい経験ができたよ」
「まあ今回はこのさくらちゃんが一緒だったからあの程度は危険のうちには入らないよ! 本当の冒険はもっと危険が付き纏うんだと考えるんだよ。さて、女の子たちはこのまま歩いて学院に戻っていいよ。トシヤはワイバーンに乗って私についておいで!」
「さくらちゃん、一体どこに行くんだ?」
「お城だよ! ワイバーンを預けないとね」
帝国内で個人でワイバーンを従魔にしているのは僅か3名、トシヤがそこに加わって4名となる。唯一トシヤの実家のワイバーンだけは放し飼いで自分で餌を捕っているが、それはあまりに辺境で魔物が豊富にいる環境に置かれているという特殊な事情がある。そして他のワイバーンは政府の管理下で飼育されているのだった。餌だけでも大量に必要とするワイバーンだけに、個人で飼育するにはおのずと限界がある。そこで従魔としての所有権は個人が持ったままで政府に預けるのだ。ただし繁殖で得た卵や子供の権利は全て政府に帰属する契約が交わされる。
「さくらちゃん、ワイバーンなんてその辺に放し飼いしておけばいいんじゃないのか?」
「この辺はトシヤの家とは違って人が大勢住んでいるんだよ。ワイバーンが餌を捕りにヒョコヒョコ現れたらそれだけで大騒ぎになるからね。だからお城に預けるのが一番手っ取り早いんだよ!」
「そういうものなのか。それじゃあ一緒に行こうか!」
「ちょっと待つんだよ! 今ドラゴンを呼び出すからね」
さくらの体から大量の魔力が吹き上がって魔法陣を形作ると、その内部からヌッと赤龍の巨体が浮かび上がってくる。だがこの時、野外実習が終了した安堵感から獣神さくらもうっかりしていた。まだ周囲には天幕が張られてそこには教員やカシムのパーティーが残っていたのだった。
「あわわわ……」
「うーん……」
「ひぃぃぃ!」
様々な声を上げながらそこにいた者は皆気を失って地面に倒れていく。ドラゴンが放つ覇気に当てられて意識を保てなかったのであった。
「ありゃりゃ! みんな気絶しちゃったよ! これはうっかりしていたね」
「さくらちゃんはそそっかしいなぁ」
「トシヤは何でほのぼのとしているの! これはそそっかしいレベルの問題じゃないの! 早く何とかしないとみんな動けないの! 先生たちも白目を剥いているの!」
ここの場で無事なのはドラゴンを呼び出した張本人のさくらとトシヤたちのパーティー、それに獣人の森で何度もドラゴンを目撃しているカシムだけだった。
「さすがは俺たちの王様だな。久しぶりにドラゴンを見せてもらったぜ!」
カシムはカシムで感動を覚えている。このように頭のネジが何本か抜けていると、ドラゴンを目の当たりにしても耐性が身につくのだ。
「カシムは感動している場合ではないの! 倒れているメンバーを何とかするの!」
「ああ、そうだったな。おい、ブラン! 目を覚ませ」
ブランはカシムに雑に頬を張られて薄っすらと目を開き掛ける。だがその目がドラゴンの姿を捉えた瞬間、再び意識を失うのだった。
「ドラゴンがいるとみんなダメなの! トシヤはさっさと飛び立つの!」
「仕方がないな。それじゃあ一足先に帝都に戻るから、みんなは気をつけて学院に帰るんだぞ。寮に戻るまでが野外実習だからな」
「引率の先生みたいなセリフはどうでもいいから、今すぐ飛び立つの!」
こうしてアリシアに急かされるようにして、さくらが乗る赤龍とトシヤのワイバーンは大空に飛び立っていく。その跡には気を失った人たちを介抱して回るトシヤのパーティーメンバーだけが残されるのだった。
次回から話題が変わります。どう変わるかはお楽しみということで・・・・・・ 投稿はなるべく早めにするつもりです。どうか長い目でお待ちください。




