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75 野外実習の評価 前編

「ワイバーンだ!」


「本物のワイバーンだぞ!」


「こんな近くで初めて見た!」


「なんだか凄い迫力だな」


「でもなんであいつがワイバーンに乗っているんだ?」


「もしかしてワイバーンを捕まえて従魔にしたのか?!」


「あのハゲ野郎は1週間で更に髪の毛が薄くなったんじゃないのか?!」


 トシヤが大空からワイバーに乗って降り立った光景を目の前で目撃した生徒たちは、驚きの表情を浮かべながら口々に意見を述べはじめる。その雄大な姿を目撃して一瞬恐慌に陥りかけたことなどすっかり忘れているかのようだ。だがカシムだけは特に驚いた様子もなく平常運転で、トシヤの頭髪の微妙な変化に注意の大半を払っていた。そこはこの際どうでもいいだろうに、カシムとしては放置できない重大な問題らしい。


 だがそのカシムを除いた誰の目にも一致しているのは、今年の野外実習の成績ナンバーワンは、トシヤたちのパーティーに決定したという紛れもない事実であった。ドラゴンには及ばないものの大空を高速で移動可能なワイバーンは、交通機関が未発達なこの世界に於いては非常に貴重なものである。1体を生け捕りにして従魔にすれば、それだけで騎士に叙任される程の大きな手柄と看做されているのであった。それを入学間もない魔法学院の生徒が成し遂げたとなると、もうこれは学院始まって以来の大変な快挙と言えよう。




「おーい、トシヤ君! 早く降りてきなさい! そろそろパーティーごとの点呼を取るよ」


「すいません! 先生、ちょっと待ってください」


 ワイバーンの背中で、トシヤは風で乱れた髪を必死で直している最中だった。地竜討伐で毟り取られた分密度が減ってしまった己の毛髪を、何とか周囲の髪を寄せ集めてカバーしようと涙ぐましい努力を続けている。



「おい、そこのハゲ野郎! しばらく見ないうちに一段とハゲが進行しやがったな。諦めてさっさと降りてきやがれ!」


「トシヤはこの期に及んでもまだ髪の毛を気にしているの! もう手遅れだからさっさと諦めればいいの!」


 獣人2人から血も涙もない真実を突きつけられようとも、トシヤはギリギリまで髪を弄り回している。そして本人なりに納得する形にまとめ終えると、ワイバーンの背中から降りてくるのだった。



「グレーウイング、よく頑張ってくれたな。ほれ、これはご褒美だぞ」


「ギュオ、ギュオーン!」


 トシヤがマジックバッグから血塗れのレッサードレークを取り出してワイバーンの前にドサッと置くと、グレーウイングと名づけられたワイバーンは翼を広げて喜びの声を上げている。すかさず地面に置かれたレッサードレークの頭にその大きな口を宛がって丸呑みにしようとするのだった。



「トシヤ君、今君が取り出してワイバーンに与えたのは、大きなトカゲのように見えるけど、正体は何かね?」


「ああ、先生! これは餌用のレッサードレークですよ。こいつが喜んで食べるんで、だいぶ数が減っちゃいました。今度また狩に出掛けないといけないみたいですね」


「レ、レ、レッサードレークだってぇぇぇぇl!」


 ケロッとした表情で答えるトシヤとは裏腹に、その大型のトカゲのように見える存在の正体を知ったセルバンテ先生は目の玉が飛び出す程の驚きようだった。それはそうだろう、レッサードレークなど地竜の森に行かないとお目にかかれない貴重な魔物である。元冒険者の先生も名前こそ知っていはいたが、こうして現物を見るのは初めてであった。そしてそんな貴重な魔物をほいほいワイバーンの餌にしているトシヤの頭の具合を真剣に心配する顔つきになっている。



「トシヤ君、レッサードレークというのがもし本物だったら、10年20年に1度しか討伐されない貴重な魔物だと思うんだが」


「そうなんですか? でもこんなやつらだったら群れでウジャウジャ居たし、グレーウイングも喜んで食べますからいいんじゃないですか」


「冒険者ギルドに持っていったら、1体で金貨300枚は下らない貴重種だぞ」


「へえ、そうだったんですね。それはもったいないから今度からは3日に1度与えるようにします」


「トシヤ君、君にはレッサードレークがワイバーンの餌にしか見えていないのかね?」


「はい、餌ですがなにか?」


 繰り返しになるがレッサードレークは小型の地竜である。その生息地は人が足を踏み込めない地竜の森の最深部、稀に討伐される個体は群れから逸れて人里の近くに現れた極々限られたケースのみであった。鱗に覆われた皮膚や牙、爪などは武器や防具の素材として価値が非常に高く、討伐されたという知らせが齎されると結構な騒ぎになる。だが今までのやり取りでその貴重な魔物を惜しげもなくワイーバーンに与えているトシヤとは、こうして議論しても永遠に分かり合えないと先生はようやく理解した。  



「どうやらトシヤ君は私が考えている以上の大物なのかもしれないね。それじゃあ全員揃ったから点呼を取ろうか」


 たったの5分足らずのトシヤとの会話で10歳くらい年を取った先生の背中に教育者としての限界のようなものを感じる。たとえばエジソンのようなぶっ飛んだ天才には型に嵌った教育というのは全くの無意味なのだ。同様に頭のネジが2,3本ぶっ飛んだバカにも型通りの教育は用をなさない。果たして先生の目にはトシヤが天才と映ったのかバカと映ったのかは定かではない。




「グレーウイング、しばらくここで大人しくしていろよ」


「ギュオッ!」


 トシヤが命令するとワイバーンは草原に伏せて待機する姿勢でとっている。すでに餌のレッサードレークを丸呑みしてすっかり満足しているのだった。その様子を確認するとトシヤは冒険者クラスの生徒が固まっている場所に歩いていく。



「やっとトシヤが戻ってきたの! 到着が遅いから一時はどうなるか心配したの!」


「トシヤさんが間に合って良かったです。本当に心配だったんですよ!」


「悪い悪い、これでも結構飛ばしてきたんだけど、やっぱりドラゴンのスピードには敵わないよな」


 アリシアとエイミーがトシヤを出迎えると、更にここで出遅れてなるものかと、ディーナとフィオが抱きつかんばかりの勢いでトシヤに迫ってくる。



「トシヤ、お疲れ様だったな。私たちは一足先に着いて休む時間があったが、トシヤは疲れていないか?」


「ディーナ、さすがに強行軍だったから多少は疲れているが、まだまだ大丈夫だぞ」


「トシヤさん、私たちはさくら様のおかげで快適な旅でした」


「さすがはさくらちゃんだよな。飛び立ってすぐにドラゴンの姿が見えなくなったよ。自分の勘で帝都の方向を目指して飛んだけど、迷子にならなくてよかった」


「そうなの! 私たちの王様は偉大なの! ドラゴンに乗れて夢のようだったの!」


 丸1日ぶりの再会をパーティーの女子たちが喜んでいる傍らでは、獣人の王様であるさくらがドヤ顔して切り株に腰掛けながらマジックバッグから取り出したティーセットでお茶を嗜んでいる。スパルタ主義の引率者ではあるが、この辺はパーティーの和を重んじる年長者としての配慮でもあった。



 点呼も無事に終了して、残すは討伐した獲物を教員が確認して成績の参考にする討伐考査だけだ。今回の野外実習の結果がどのように判定されるか、生徒たちにとっては最も緊張する時間がやってくる。とはいっても入学して3ヶ月も経過していない新入生が対象なので、考査の基準は大変甘くなっている。


 大まかに言えばゴブリンやホーンラビットなどのFランクの冒険者が主に狩る獲物を討伐すれば、大体合格点が与えられるのだった。更にその数が多かったり、より上位の魔物を討伐すれば加点を得られる仕組みになっている。この基準は冒険者ギルドのランク昇格基準と同等の物が用いられているので、比較的客観的に点数が付けられるのだった。



 生徒たちは集結地点に到着した順に番号札が渡されて、その順にしたがって本部のある天幕の前に討伐した獲物を提示して評価を受ける。大まかな傾向として学力試験で余裕があって一刻も早く森を出たい貴族の師弟が早めにここに到着して先に考査を受けているのであった。逆に僅かでも点数が欲しい平民の生徒のパーティーはギリギリまで森の中で粘って薬草のひとつでも持ち帰ろうとするため順番は後ろになる。



「ゴブリンを3体仕留めました」


「よろしい、56点だね。付き添いの冒険者から見て彼らの態度はどうだったかね?」


「指示に素直に従っていました。特に問題はありません」


 討伐の証であるゴブリンの右耳を提出する貴族パーティーのリーダー、その後ろにはメンバーが横一列に並んで結果を聞いている。最後に付き添いの冒険者が意見を述べるが、貴族から破格の報酬を約束されて雇われている身なので、無難な返答しか返ってこないのは当然だろう。


 考査が終了すると貴族たちは街道沿いに停車して待っている馬車に乗り込んでそそくさと家路についていく。慣れない森で1週間も生活していたので、一刻も早く屋敷に戻りたいというのが彼らの心境だった。



 考査は順調に進み貴族たちはすっかり姿を消してから、ようやく平民のパーティーの順番がやってくる。これは身分の違いなどではなくて、あくまでもこの場に早く到着した順なので誰も文句は言わないで大人しく待っていた。


 そうこうしている内にカレンたちのパーティーの順番が回ってくる。緊張した面持ちで天幕に設置してある机に討伐してきた大ネズミの尻尾と採取した薬草を差し出す。なおこの時のカレンの手が僅かに震えていたのは本人の名誉のために内緒にしておこう。



「ふむふむ、大ネズミ1体と薬草が6種類だね。中々頑張ったじゃないか! 合格点の50点に薬草1種類について1点だから、合計で56点だよ」


「ありがとうございました」


 大ネズミは最下級のランクの魔物で、冒険者に登録したその日のうちに容易に討伐可能だ。素材としても全く価値はないので合格基準点の50点しかもらえないが、その分薬草の採取で加点を得た結果にカレンは満面の笑みを浮かべている。これで落第という悲しい運命から一歩脱却したのだから、彼女だけでなくてパーティーメンバーたちも抱き合って喜んでいるのだった。



「お疲れ様だったね。これで解散だけどこの1週間僕も初心に戻ったような気持ちで楽しかったよ」


「本当にお世話になりました。これでお別れするのは寂しい気持ちです。私たちはこれから採取した薬草の買い取りで冒険者ギルドに向かいます」


「僕も依頼完了の手続きでギルドに行くから良かったら一緒に行くかい?」


「本当ですか! 喜んでご一緒します」


 付き添ってくれた冒険者の提案にカレンの目がハートマークになっている。だがこの後のギルドへ向かう道のりでカレンはこの冒険者に奥さんと子供が2人いることを知り愕然とするとはまだこの時点で走る由もなかった。彼女の儚い恋は僅か1週間で露と消えるのだった。



 カレンたちの考査が終わって数組後にカシムたちの順番がやってくる。すでに彼らはクラスの生徒たちに獲物の披露を終えているので教員たちは驚きはしなかったが、それにしても机に載せきれないこの大収穫には目を見張るものがある。



「ビッグボアとオークが6体、それにオーガが1体かね。それにしてもよくもまあこれだけ仕留めてきたものだよ」


「森の中は俺たち獣人の天下だからな! 時間があったらもっと深い場所に入って、Aランクの魔物も狩ってみたかったぜ」


 呆れ顔のセルバンテ先生と得意顔のカシム、だが言葉のとおりこれだけの獲物を初回の野外実習で討伐するのは例年ならばトップの成績といえるものだった。それとは裏腹にカシムがオーガを殴り殺したと聞いたセルバンテ先生は彼の今後の教育方針に頭を悩ませている。元々獣人、殊に狼人族は好戦的だと知られているが、カシムの場合はその頭にバカという2文字が乗っかるのだ。このままでは将来バカが災いして危険な目に遭うのではないかという危惧を覚えるのは教員という仕事の使命からいえば当然だあろう。だがそれを顔には出さずにセルバンテ先生は考査の結果を冷静に言い渡す。



「合格基準点の50点にプラスしてビッグボアが30点、オークが6体合計で30点、オーガが40点で合計150点だ。おめでとう、よく頑張ったね」


「おーい、エレナ! 150点っていくつのことだ?」


「カシムさん、いっぱい点数をもらいましたから喜んでいいんですよ」


 カシムは相変わらず数が苦手だ。150点と聞いてもそれがどのくらいの数字なのか見当もつかなかった。エレナに喜んでいいと言われて遅ればせながらガッツポーズをしている。これだからバカは手がかかるのだ。それよりもエレナがカシムの取り扱いマニュアルを熟知しているようで何よりだ。



 カシムのパーティーが終了すると、いよいよ残すは大トリのトシヤたちだけだ。すでにワイバーンとレッサードレークだけでお腹一杯なのにこれ以上何が出てくるんだという引き攣った表情で、セルバンテ先生はゆっくりと近づいてくるトシヤたちを迎えるのだった。




なるべくなら週に1回程度は投稿したいのですが、中々事情が許しません。でもこの作品を忘れているわけではないので、どうぞご安心ください。なぜなら作者自身がこの小説が大好きなんです。絶対に完結まで書き続けますから、長い目で見ていただけたらと思います。

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