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最近不眠症

「ミュータント……」

 ゴミがそんな驚きの声をあげるが、ナナは反応しない。普段ならば口の中に何かを突っ込まれていただろうが、ナナが対面している相手は序列一位の1番だ。そんな事をしている暇は無いのだろう。

放たれたお互いの魔術が消え、しばしの静寂が訪れる。

「ぷっ」

 訪れたばかりの静寂をあっさりと破ってしまったのは、1番だった。

「何だよ玩具君、どうして頑張って時間を稼いで、どんな理由で勝ちを確信したのかと思ったけど……まさかミュータントかぁ!」

 腹の底から1番は笑っていた。何だそんなものか、と。大した事無かったな、と。

「確かにミュータントを俺にぶつけるのは悪くは無い手だけど……どうやら玩具君はまだ力の差を理解してないみたいだね? ミュータントは序列三位で俺は一位だよ? ミュータントが俺に勝てる筈無いじゃん!」

 ゆうきの時にも聞いたような事を言う。それも爆笑しながら。

 今まで黙っていたナナが唐突に「ねぇ1番」と口を開くが、1番はまるで汚物でも見るような目でナナを見下して「ミュータントが誰に話しかけてんだよ」と言った。

「序列一位の1番に、なんでミュータントが話しかけんだ? あ? 目障りだからどっか消えろよ」

 予想はしていた。ナナがミュータントと呼ばれている事、どんな扱いを受けていたかを聞いて、どういう風に思われていたかと言うのは薄々分かっていた。小学生がクラスの一人を集団で虐めている規模を大きくしたような物だろうと頭で分かってはいた。だが、あまり見ていて愉快な光景では無い。

 それでもナナの瞳は真っ直ぐ1番を見ていた。そんな事どうでも良いと気にしていないように、それよりも大事な事があると目で言っていた。

「リョータをあんなにしたのは1番?」

「そーだけど?」

 それだけで十分だったようだ。ナナはふぅと息を吐いて視線を下げ――


 ――刹那的速さでキーボードを叩き、魔術を発動した。


 瞬間的に現れた紫色の炎が1番に届く一歩手前で、1番を守るように現れた雷撃によって打ち消される。

 はは、異世界転生して魔法の勝負を見ている主人公はこんな気分なのだろうか。

 その光景に呆気に取られていると、腰を抜かしたような態勢になっているゴミが俺の傍まで近寄ってくる。

「最初、1番が出した雷あっただろ?」

「おうゴミ、説明してる暇あったら逃げた方がいいんじゃね?」

「はは、背を向けたら二人にやられそうだ」

 なるほど有り得そうだ。

「で、ミュータント……712番が出した紫色の炎で相殺したよな」

「ああ、炎と雷ってぶつかり合うんだな。俺はそんな化学現象知らなかったぜ」

 互いに引けを取らない速さで魔術を繰り出し合う二人を見ながら俺は答える。

「違うんだよ、あの炎は魔術を焼く炎だった」

「あん? なんだそりゃ」

 ナナの方が先に魔術を発動したかと思えば1番はそれを打ち消し、次は1番が先に魔術を出したがナナがすぐに打ち消す。

「相手の魔術を見て、どんなモノかを理解してそれを打ち消す為の魔術だ」

「へー、すげーの?」

「物凄くな。それをあの二人は互いにやりあってるんだよ……後出しの方が魔術を打ち消す方だ」

 そう言われて何が行われているのかを理解する。ナナが紫色の炎を出したら1番はそれを打ち消す為の雷を出し、1番が雷を出したらナナはそれを打ち消す為の炎を出している。判断が一瞬でも遅れれば殺されかねない危険な勝負をしているのだ。

「実際、魔術発動までの時間は若干1番の方が速い。だから712番は最初に相手の魔術を消す事でその勝負に持ち込んだんだろ」

 互いに微妙な差しか無いから始まった勝負を終わらせる事が出来ず、膠着状態となっているのか。

「謝るならまだ許してあげるよ?」

「何を謝るって?」

 そんな勝負をしながら話し合っているのかあの二人は。実力的に考えて、現実世界で言うなら怪獣大決戦と言ったところか?

「リョータをあんなズタボロにした事だよ!」

「はは、どうせお前も玩具君も殺すのになんで謝らないといけないんだ?」

「私は1番を殺す気は無いよ」

「そんだけ殺意出しといて殺す気無いって、小学生でもマシな嘘つくぞ」

 手が有り得ない動きをしている中でそんな話し合いをしてはいるが、視野を広くすれば炎や水や雷や色々な魔術が派手な音を上げてぶつかり合っている。

「すげぇな……」

 ポツリと、ゴミが呟く。

「何が凄いんだ?」

 確かに目の前で繰り広げられている攻防は圧巻の一言に尽きるが、それだけだ。ゲームの中で魔法の撃ち合いが起こっていても、誰も見蕩れたりはしないだろう。

「炎やら風やら雷やら水やらって、いろんな魔術使ってるだろ? あれ全部全く違うような物なんだよ」

「そりゃそうだろうよ」

「例えば俺なんかは、一応炎を使ってはいるが得意なのは防御だ。防御の魔術だけは発動速度をかなり速めてるが、例えば炎の攻撃魔術を使おうとすると相当時間がかかる……ましてや水とか全く使ってないようなものになると、二時間くらいはかかるだろうな」

「……つまり?」

「俺が持てる時間全てをつぎ込んで防御魔術だけをある程度までしか高められなかったってのに、あいつらは魔術全般を俺以上に極めてるって事だ」

 つまり、小学一年生から六年生までの限られた時間において、自分は算数の点数を九十点までは取れるが他はからきしだと言うのに、あの二人は全教科百点を取っている……という事だろう。

 ゴミを平均より少し上として考えるならば、全体の実力からかけ離れた位置にあの二人は存在している事になる。

「なるほどな、勝手の違う魔術を臨機応変に暇を与えず使い続けてるあの二人はめっちゃすげぇってか」

 ああ、とゴミは頷く。

「だけど違うなゴミ、今取るべき行動は見蕩れる事でも無ければミュータントだと貶していたナナの実力を改めて評価する事でもない」

 そう言って立ち上がる俺を、妹ちゃんが不安そうな目で見てくる。そんなボロボロな状態で何かをするつもりなのかと、その目は聞いていた。

 現状、二人はギリギリの攻防戦を繰り広げている。魔術の発動までの時間がわずかに遅いナナは1番と競り合う為に今の状態へと誘導こそしたが、あくまでもそれは時間稼ぎにしかなっていない。集中力も体力も判断力も、持てる力の全てを削りながら戦ってはいるが押され始めている。時間をかける事によって、わずかな差は決定的な差へとなりつつある。

 だがお互いに決定打が無く、それをさせるだけの暇を与えないからこそ膠着状態へと陥っているが、このまま続けた場合の結果は一目瞭然だ。

 なら、ならばこそ、どうすべきか。

「ゴミ、双子ちゃんを連れて下がれ。背を向けて逃げれば1番にやられかねないから、守りつつ撤退しろ」

「それでお前はどうすんだ? 番外。ボロボロのお前こそ下がるべきだと思うんだが?」

 はっ、と声を捻り出す。無理に時間を稼ごうとした代償により、俺の身体は限界寸前である。少しの暇を貰えたからこそ悶えたくなるような激痛をしっかりと認識しているし、輪郭が歪んでいる姿を見てしまうと何時死ぬかといった不安もこみ上げてくる。

 だが、だからこそ、俺は笑う。笑ってみせる。

「どうするかなんて決まってんだろ、主人公が気張って戦ってくれてんだ……パパッと終わらせるんだよ」

 どうしてかは分からないが、俺の皮一枚で繋がっているような右腕はしっかりと動く。焦げている足も大地を踏みしめる事が出来、輪郭が歪んでいてもまだ存在は保っている。

 なら戦える。やるべき事を果たせる。

「そんな身体でどうやって……」

 そう言うゴミを手で制する。

「それをやる為にも、お前達には下がって貰わないとならないんだ……下手に近いと巻き込まれる」

 ゴミや双子ちゃんはまるで俺を心配するような目で見ているが、それはそもそもおかしな話だ。会って間もない俺を心配する? いいや違う、俺が死ぬ事で自分達の生存率が下がる事を懸念しているのだ。

 何かを言いたそうにしながらも後退していく三人を見届けてから、1番とナナが戦っている方向へと向き直る。

 ギリギリの攻防を続けていた二人だが、やはり力の差が現れ始めたようで……ナナは防戦一方となっていた。

「ナナ!」

 俺が叫ぶと、まるで俺の考えは全てお見通しとでも言いたげに彼女は大きく頷く。

 大した付き合いでも無いのに考え読んでくるとか恐怖しか感じねーよ……そう思いつつ俺は全力で走り出す。

 地面を蹴ると足が軋み、腕を振ると肉が削げる。実際にそうなっているかは知らないが、少し動くだけで全身が悲鳴を上げる――だが。

「何をするつもりか分からないけどさぁ、もうミュータントちゃんの歯ごたえも無くなってきたし、終わらせるぞ?」

 ゴウッ! と空気が渦巻く音を出しながら、俺が時間稼ぎをしようとしていた時と同じような……巨大な炎の玉が放たれる。

 今までのナナとの攻防で使っていた魔術の規模は、小さい物だった――となると、わざわざナナに合わせて遊んでいたと言う事か!

 だが、勝敗はナナが駆け付けた時に決している。

 ナナはその攻撃を待っていたとばかりにキーボードを叩き、同じ大きさの水の玉を作り出してそれにぶつける。


 ジュゥゥゥウウウウウウ!!


 まるで肉でも焼いているような音が響く。

 炎に水をかけたらどうなるか? そんなモノは小学生でも分かっている。例えそれが、俺の理解の及んでいない魔術という未来の技術だとしても、だ。

 まぁ頭の足りないファンタジー小説ならば、もしかしたら炎の魔法と水の魔法をぶつけて超パワーが生まれるみたいな回答に辿り着くかもしれないが。

 水によって炎は熱を奪われその勢いが急速に衰え、水は熱を与えられる事によって沸点を超え水蒸気となる。

「なっ……!」

 そんな驚きの声を、1番が上げる。

 視界を塞ぐなんて規模では無い。巨大な炎の玉と水の玉がぶつかった事により、辺り一面を覆ってしまう程の水蒸気が発生した。

「こんなもの!」

 突如として、自らが立っているのも困難な程の強風が吹き荒れる。どうせ視界を確保する為に、風の魔術でも使用したのだろう。

 だが、悪足掻きでしか無い。

「恨むなら、俺の右腕をしっかり落とせなかった自分の不手際を恨みな!」

 対面した時から一歩も動いていない1番の場所は、バッチリと把握していた。例え水蒸気に視界を遮られようとも、敵の位置を忘れるような事はしない。

 突風によって視界が確保される。俺の視界に飛び込んできたのは、驚きのあまり両の目をこれでもかと見開いている1番の姿だった。

 メキィッ!

 俺の右の拳に、確かに殴った感触が伝わってくる。

「一発ぅ!」

 殴られた勢いのまま地面に倒れ込む1番の上に乗り、さらにそのイケメンの顔面へと拳を叩き込む。

「二発……もっとだ!」

 グチャグチャに、滅茶苦茶に、顔面の面積が二倍になって、二度と女の子に近寄ってもらえないようなブサイクへと整形させてやる。

「死ね、死ね、死ね……死ねェ!」

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。俺は拳を叩き込む。イキリオタクが自慢するようなソレとは違う、一発一発に恨みと妬みと僻みを込めて殴り続ける。

 最初こそ抵抗を見せていた1番だったが、やがてそれもやめる。

「は、はは……!」

 その光景を見て俺は思わず笑ってしまう。清々しい程晴れやかな気分だった。見下ろせば、そこにあるのは流出したデータでモザイク処理でもしたかのような1番の、見るも無残な酷い顔だった。

多分仮病だけど頭痛いしお腹痛いし身体だるおも

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