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ケイムリー事件、あるいは騎士の仕事 3

ご無沙汰しています。

 がたがたと、明らかに舗装されていない道を行く馬車の振動で目が覚めた。

「あ……おねえちゃん、大丈夫?」

 心配そうに覗き込んでくる見覚えの無い子供に一瞬戸惑ったシェランだが、すぐに気絶する前の敬意を思い出した。うん、と頷く。

「ごめんね。助けようと思ったんだけど、役に立たなくて」

「そんなこと」

 見回すと、粗末な馬車の荷台だった。辛うじて幌がついている程度で、それも木の骨組みに薄い布を被せて留めてあるだけだ。

 起き上がろうとして、両手首が後ろで縛られ、呪をかけられていることに気付いた。子供が縮こまるのが見えた。一応、解こうとはしてくれたのだろう。

(……どうしよう)

 自力で解けるが、今解くとまずい気がする。まずいというより、勿体無い、だろうか。

 明らかに「悪いことしてます」集団だ。下手に縄を解いて警戒させるのはどうなのだろう。今のところ「全く手を出さない」か「全部まとめて吹き飛ばす」しかできない自分としては、ぜひとも専門家にお任せしたい。

(……うん、そうだ。それがいい。そうしよう)

 一応術の行使も封じる呪のようだが、全く効いている感じがしない。適当に風霊を呼び寄せる。許可を与えて髪を一房、切り落とさせた。次いで、轍の後に沿って一本ずつ落とさせる。正直やらなくてもいいかもしれないが、時間短縮のためだ。『痕跡』はわりとすぐに四散するが、神気をふんだんに含んだ髪を媒介にすればもう少し綺麗にはっきり残っているだろう。

 皇女が行方不明となれば、あの同胞達のことである。半狂乱で草の根を分けるどころか、根元から掘り返して探しまくるに決まっている(数日前までがそうだった)。とつとつと落としていけば、すぐに気付いて追いかけてくれる。

(ついでに明らかに犯罪者さん達も捕まえてもらおうっと)

 そしてシェランは、体力温存と称して、寝た。



********



「盗賊団だと?」

 久しく聞いていない単語に眉を寄せたヴィランド公爵ギルトラントは、手渡された数枚の紙をざっと斜めに読んでいった。

「この一帯はあらかた掃除したと思っていたが」

 彼がヴィランド公爵位を継承してからの鬱憤晴らし(ストレス発散)……ではなく、領内の治安向上のために取り組んだ掃討作戦でほとんどの賊は祟られ……もとい、強制的に解散させられている。生き残った者が今どのような生活をしているかは、詮索しない方が心の平穏と身の安全のためだ。

「はい、閣下。このところ不審者通報が相次いでおりまして……ファヴァイナ侯爵にも報告はしていたのですが」

 まともに取り合ってもらえなかったらしい。あの精神状態では仕方がなかっただろう。放置していた自分にも責任はあるので、ギルトラントは鷹揚に頷いた。

「それで、具体的な被害は」

「ありません」

「そうか、それはたいへ……無いのか!?」

「はい。ございません」

 きっぱりと縦に首を振る文官に、ギルトラントはむすっとなる表情を抑えることなく、せいぜい椅子の上でふんぞり返った。

「ではなぜ俺に報告を上げる」

「不審者情報が増えてきておりますので、巡回の強化の許可を頂きたく。これが計画書です。印璽はお持ちでしょうか」

「先に言わんか馬鹿者。あんな微妙な重さと大きさの物を普段から持ち歩いているわけがなかろう。本邸に置いてある。全く期待させおってからに……」

 ここ数年は大きな戦がない。そのため軍人としての仕事は専ら国内と国境線の治安維持に終始しているのだが、血の気の多い若者である彼には少々物足りないらしい。賊退治も、就任初期にやりまくったせいで賊そのものがいなくなっている。そんな状況下で久々の獲物と聞いて心踊ったのは仕方ないだろう。決して尊敬する従兄皇太子のところの可愛いちびっ子に勇姿を見せて株を上げようなどという下心は――ないと言えば嘘になる。

「ではご署名と拇印で結構です」

 鉄面皮と慇懃な態度を崩さぬ文官を、ギルトラントはふむと眺めやった。下官にしては珍しいほど肝が据わっている。少なくともこの青年の直属の上官である、皇族複数名の来臨にぺこぺこと頭を下げている、頭頂部がうっすら禿げた副執政官よりは。

「そのほう、歳は」

「二十四になります」

「俺と同輩だな」

「畏れ多いことです」

「つかぬ事を訊くが、ブレックスリー副執政官についてどう思う。忌憚のないところを申せ」

 青年は一瞬、不審なものを見る眼差しになったが、すぐにその表情を掻き消した。

「……良い方です。領政に通じ諸外国との軋轢も少なく、部下への情に厚い」

「遠慮は要らぬ」

「…………は。情に厚いのは結構ですが、それを我々や富豪の商人にもお求めになるのはいかがかと存じます。それと、怪しげな育毛剤のために帳簿を書き換えて公金をちょろまかし……横領している疑いがございます。証拠が揃い次第、閣下に直訴する予定です」

「……そうか。待っているぞ」

 あまりに件の副執政官の態度が下手に出たものだったため、怪しいと思ってはいたのだが――公金横領、及び決算報告書改竄疑惑があるため証拠を纏めるまで待ってろよ、とはっきり言われるとは思っていなかった。

 ふと思いついたギルトラントは、好奇心の赴くまま青年文官に問いかけた。

「ちなみにその育毛剤は効くのか?」

「いいえ。鑑識と医官が分析したところ、よく出回っている擦り傷用の軟膏に、色と香りを付けただけのものという結果が提出されました。……失礼ですが閣下、もしや毛根のご心配をされて――」

「違う、純粋な興味だ。あの明らかに死滅した毛根を蘇らせる薬があるのなら気になるではないか。そのほうこそ無礼な」

 青年文官の胡乱な目から疑惑は払拭されていなかった。無闇に否定しても、かえって疑惑を深めるだけなので、ギルトラントは口を閉ざして目で威圧することにした。決して広くはない部屋に沈黙が落ちる。

 そのときだった。

「――っ、ヴィランド公爵! 公爵閣下!」

 扉を蹴破る勢いで色を失くした騎士が飛び込んできた。ん、とギルトラントは紫水晶の双眸を少しだけ見開く。

「ディスフォルク卿ではないか。どうした」

「皇太子殿下はどちらにおいでですか!?」

従兄上(あにうえ)? 確かいい機会だからと、ジェス従兄上とご一緒に市中の極秘視察にお出かけのはずだ」

「はああっ!? ということはうちの父もヘルネラル卿も!? 肝心な時に限って何で常識のある人が誰もいないんですか!」

 そこそこ肝の据わっていた青年文官が、この物言いにふらついた。顔色が青くなっていることから察するに、貧血のようだ。

「……おい、この場でこの私自ら手打ちにしてやっても良いのだぞ」

「いえ、もうこの際、閣下でもいいです」

 ライゼルトという青年は、本当に切羽詰まると、逆に言動に一切合切の遠慮が消え失せるらしい。

「でもいいとは、お前――」

「皇女殿下が行方不明です。恐らくですが、賊に攫われたものと思われます――至急、捜索隊の編成をお命じ下さい!」

 一瞬、呆けたギルトラントである。だがそれは本当に一瞬のことだった。

「――砦の騎士を全員かき集めて捜索に回せ! 殿下のご在所が知れなくなったのはいつだ!?」

「朝の十一の刻前と聞いています」

 先ほど正午を知らせる鐘が鳴ったばかりだ。

「ならばそこまで遠くへは行っていないだろう。今からこの辺り一帯に包囲の結界を張る。それで従兄上も気付かれよう」

 盗賊や人攫いに身を落とす者に、空間転移の術が使える術者はまずいない。それほどの神力があるなら、自力で畑でも耕せば、得た実りで少なくとも自分一人ともう数人くらいは余裕で養えるからだ。

 次にギルトラントがしたことは、手近な紙を掴んでさらさらと何事かを書き付けることだった。手は止まることなく最後まで動き、仕上げとばかりに彼は自身の皇族徽章に印泥を付けて押捺した。簡易の承認印である。

「ディスフォルク卿、これを持って行け。私もすぐに行く」

 受け取ったライゼルトは、何も言わずに頷いて身を翻した。



 砦に常駐する騎士団の責任者の顔は真っ青だった。

「最近不審な動きをする者を見たという投書がいくつか上がっておりまして――様子見していたのですが、よもや皇女殿下に危害が及ぼうとは」

 寄せられた不審者通報のうち、最近のものは明らかにとある(・・・)若様達だったために、窓口役だった当直の騎士が気を回して密かに処分していた――という事実は、この時点では明らかになっていなかった。

「時期が悪うございました。その者達は、殿下を殿下と知って攫ったのでしょうか」

「分かりません。直前までお付きしていたモルディーク卿とノークレット卿の話によると、そもそもの標的は殿下ではなく神殿付属の孤児院だったそうですから、可能性としては低いかと。今の殿下は御髪(おぐし)と瞳の色が神聖貴色ではありませんし」

 神々がその身に纏う神聖な色を直接言葉にするのは憚られるべきであるため、大部分のヴィーフィルド人は金と黒を『神聖貴色』と呼ぶのが一般的である。

 ライゼルトは組んでいた腕を解いた。

「やはり『目』を開ける者を集めて、『痕跡』を追いましょう。アルモリック卿達には私から説明し、協力をお願いします」

「その必要はない」

 いつの間に詰め所の扉を開けたのか、数少ない黒髪を持つ人物が立っていた。

「アル……モリック卿」

「ヴィランド公の結界を感知した。既にカルスルーエ卿以下、動ける連中は全員捜索に出ている。……こういう日に限って誰も付いていなかったのは、こちらの手落ちだ」

 誰も付いていなかったわけではない。途中で見失ってしまったのだ。

 これまで皇女を尾行していたことをはっきりと認めた発言だったが、あまりに堂々としていたことと、それどころではない事態だったために誰も突っ込まなかった。

 傲然とした態度で、アルトレイスは責任者を一瞥した。

「おいそこの、この際だから見た目と機能性には目を瞑ってやろう。俺の指示に完璧に従い粛々と遂行できる部隊を一揃い寄越せ。指揮権委任のあれこれは後で辻褄を合わせてやる」

 ……冷静に考えれば、役職としては近衛騎士団の中隊長、しかも現在は個人的な護衛(という名の付き添い)でしかないアルトレイスにそんなことを命令する権限はない。しかし迫る現状と、皇女の従兄・王子称号持ち・ヴィシュアール公爵家の後継者という肩書きに、見るからに人の良さそうな責任者は完全に冷静さを失っていた。

「い、いかようにもお使い下さい!」

 お待ち下さいそんなこと言ったら本当に良いように使い潰されてこの一件が終わったら砦が機能しなくなりますよ今すぐ撤回して自分で指揮を執る方が賢明です――とライゼルトが忠告する間もなく、責任者は勢い良く頭を下げた。



********



「降りろ。騒ぐんじゃない。そっちのガキも起こせ」

 低く不機嫌そうな声に、シェランはぱちりと目を開けた。

 馬車の揺れは止まっており、幌が一面だけ上げられている。怯えて隅の方に固まっていた子供達を見て、それから荷台を覗き込んでいる男に気付いた。

「うわ……」

 思わず身を引く。

「さっさと降りろ。片付けられねえだろうが」

「そのもっしゃもしゃの髭、何? 身だしなみを整えるって概念、おじさんには無いの?」

「はあ?」

 顔の下半分が伸ばしっ放しと思しき髭に覆われていては、子供が怖がるのも無理はない。というか、近寄りたくない。

「いいからさっさと――」

「降りるのはいいけど、熊さんがそこにいたら皆怖くって動けないよ。どいて」

 異界にいた頃にこういう現場の場数を踏んでいるシェランは、成人男性とはいえ総合的に見れば自分より弱い相手に怯むほど可愛くはない。そしてもじゃもじゃっぷりから熊さん呼びを決定した。

 意外に素直に場所を空けた男に、さらに遠くへ行けと手で追い払って、シェランは五人の子供達を呼び寄せた。大きな子でも十歳くらいだろうか。小さな子は六歳くらい、と当たりをつける。

「とりあえず降りよう? ここで縮こまってても何もならないから。食べ物くらいくれるでしょ」

「……でも」

「たぶん、ここは人里から離れたところ。でも国外に出てないのは分かるよね? 大丈夫――助けは絶対、来るから」

 最後に囁いた言葉に、子供達は驚いたように顔を上げた。秘密だよ、と人差し指を唇に当てて笑って見せると、恐る恐るの頷きが返ってきた。

 正確には、『助け』はこの子供達のためではなく、ほぼ間違いなく九割くらいシェラン一人のためだが、おまけが少々くっついたところで変わりはしないだろう。

「で、あんた達は一体何なの? 人身密売組織? それとも身代金目当て? それともお金持ちの変態に雇われたうだつの上がらないゴロツキ?」

 荷台から降りて伸びをしながらシェランが問いかけると、男達は一斉に振り返って怒鳴った。

「違う! そんなふてぇ連中と一緒にするな!」

「俺たちはなあ――おいっ、野郎共!」

「へいっ!」

 熊男が声をかけると、わらわらと何人かが集まってきた。

「あんた達一体何? と訊かれれば!」

「答えは一つ! さすらいの正義の味方!」

 決めポーズらしき立ち姿。ちなみに八人いるのに五人だけ。後の三人は後ろに立って腕組みし、こちらを睨んでいる。

「我ら、ケイムリー義賊団ッ!」

「………………下衣にシャツ、きっちりしまいなよ。お腹出てるよ」

 怯えていたはずの子供達が「おおー!」っと目を瞠っているのとは対照的に、シェランは半眼になって指摘した。しかし大の男が真顔で正義の味方とは痛すぎる。

「それに何? その、煙をイイ感じに気取って発音してみたゼ的な響き。弱そう。風が吹いたらあっという間に消えちゃいそう」

「な、なんだと!」

「しかも正義の味方とか名乗ってる割には、普通に悪人面して子供攫ってるし。間に入ろうとしたわた――僕のことも、殴って気絶させて連れて来てるし」

「う」

「馬車は安物だし、髭は剃ってないし、明らかに行動が不審者。密売組織だって認めなよ、楽になるよ」

 もはや単なる悪口である。

 馬車が安物なのは仕方が無い。彼女が乗ったことがある乗り物は、異界の機械(※自動車)か、揺れの少ない最新式の設計に、これでもかと最高級の綿を詰めた、もはや動く部屋な馬車だ。それらに比べれば、どれもこれも安物でしかない。

「で、飲み物と食事は? もちろん用意してあるよね。それと、ちゃんとお日様に干した毛布と敷布」

 真性の悪人ではなさそうなので、それくらいは用意してあるだろう。それに下ろされた場所はそこそこ大きな館の裏口だったので、雨風は凌げそうだった。

「ケ、ケイムリーはれっきとした名前だ!」

 シェランはうんざりして振り返った。

「……この流れでそこ?」

「お頭はこの館の主……の息子の嫁さんの弟の従者の息子なんだ! ちゃ、ちゃんと相続の手続きもしてあるんだからな!」

「普通に他人だと思うし、詐欺師っぽいこと言ってるけど、まあ別に僕とは何の関係も無いね。ねえ、もう夕方なんだけど、ご飯まだ?」

 ちょうど、子供達の腹がぐううと鳴った。

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