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守護神とは

 ミスダツはホワイトボードの文字を指差しながら、こちらに顔を向けた。

「脳サーチの意味が分かる奴はいるか?」

 僕は英語が苦手。でも、この程度のものなら理解できる。

 どうやら、脳のどこかに雲隠れした記憶を呼び戻す方法についての話が始まるらしい。 でも、どうやって、脳にアクセスするのだろう。

 僕は、ミスダツが言いそうなことを想像してみた。

 可能性が高いのは、個人が所有しているパソコンを使う方法。

 たぶんそうだ。と言うより、これに間違いない。

 確信を持った理由はこうだ。

 ミスダツは団塊世代の人間にしては、コンピューターに詳しかった。

 専門知識を要求される映像編集用のパソコンを、自分で集めてきたパーツだけを使ってほんの数時間で組み上げた。

 また、彼は市販のソフトウェアのバグを見つけ出すのも得意だった。

 しかし、メーカーにクレームをつけるようなことはしなかった。その不具合を修整し終えた状態で、メーカーに通報するのだ。噂によると、何社かのソフトウェア開発会社から、ぜひ我が社に力を貸してくださいと誘われたことがあるらしい。

ひょっとすると、ミスダツは、実際にどこかの研究グループに名を連ねているのかもしれない。

 実を言うと、簡単な操作で、人間の脳にアクセスできるシステムが完成したんだ。今日、その試作機を持ってきている。良い機会だから、試してみようか。なんてことを言いだすんじゃないだろうか。

 僕はそんなことを考えながら、ミスダツの第一声に全神経を集中させた。

しかし予想は、大外れ。

「ど忘れしたら、相手の名前、あるいは物、地名などを頭の中で思い浮かべながら、アイウエオ、ガギグゲゴ、パピプペポ、ピャ、ピュ、ピョなどの清音、濁音、半濁音を、一音ずつ口にするだけで良い」

 あまりのばかばかしさに、何も言えない生徒に向かって、ミスダツは得意そうな顔でその理由を付け加えた。

「物にはすべてに名前がついているだろ。最初の一文字を言うことで、二番目、三番目、四番目と、次々に姿を現すことがあるんだ」

 今思い出しても、腹が立つ。実にいい加減な話。非科学的。超アナログ。子供だまし。


「お前さあ。何か勘違いしているんじゃないか?」僕は電話の向こうのPに言った。「俺が訊きたいのは、守護神の話なんだぞ。守護神と脳サーチは、何の関係もないだろう」

 あ、そうだった。ゴメン、ゴメン。

 そんな恐縮した声を予想していたのだが、返ってきたのは冷静な声だった

「ところがそれが大有りなんだ」

それからPは、僕が指摘してやろうと思っていた部分を口にした。

「さっき俺は、俺に守護神の存在を教えてくれたのは会長だと言ったよな」

「ああ」

「でも、そのあと、こんなことも言った。会長は、俺を含めた社員に対して、守護神なんていう言葉は、絶対に使わないって」

「ああ、確かに」

 と答えた僕は、視聴率の取れない、打ち切り寸前の推理ドラマの端役を演じているような気がした。

「矛盾しているように聞こえたかもしれないけど、そうじゃないんだ。うちの会長は相手によって、言い方を変えることがあるという部分が抜けていただけなんだ」

「つまりそれは、二枚舌を使うってことだよな」

 つまらないドラマには、つまらないギャグが似合う。そう思って茶々をいれてみたわけだが、Pは相手にしなかった。

「会長が守護神と言う言葉を使うのは、経営の悩みを打ち明けにきた相手に対してだけなんだ」

 それから分かりにくい例を上げた。

「あなたには立派な守護神がついています。絶体絶命の状態に追い込まれても心配いりません。守護神が必ず助けてくれます。自分がどうなりたいかを守護神に伝えたあと、自分なりの努力を続けていれば、守護神がそれを解決してくれます」

 何だか、新興宗教に誘うときの謳い文句みたいだった。

「そんな安っぽいセリフで、相手は納得するのか?」

「良い質問だな」Pは余裕ある声で答えた。「信じられないかもしれないけど、大抵の人間は、その言葉だけで何かが閃くらしい。たぶん、それは相談を持ちかけてくる相手のほとんどが、それなりの実績を持った遣り手の経営者だからなんだろう。あ、今のお言葉で分かりました。答が見つかりましたと言って、ひれ伏す人間を何人も見ている」

 それからPは、こんなふうに続けた。

「しかし、社員の前になると、今のセリフは、こうなるんだ。絶体絶命の状況を打開する方法は、直感に従うしかない。迷ったら、原点に戻って、目的が何だったのか思い出せ。でも、時々、直感を、本能と言い換えることもある」

 僕はしばらく考えてから、正直な感想を口にした。

「お前が例を上げるたびに、頭がこんがらかってしまって、何の話からこんな話になったのかさえも分からなくなった」

「悪ぃ、悪ぃ」Pは笑いながら言った。「どうやら、俺の言い方がまずかったようだな。要するに、不動産屋という言葉に反応したのは、運転手さんの本能だったってことだよ」

 僕は頭の中の整理を試みたが、ますます訳が分からなくなっただけだった。

「分かりやすい話で頼む」

「つまり、運転手さんの本能は、不動産屋という言葉を聞いた瞬間に、情報提供先を変えることで、未来が明るく輝くことに気づいたんだよ」

 何となくだが、Pが何を言おうとしているのか分かったような気がしてきた。

 そう言えば、あの日サトル氏は、タウン情報誌がどうのこうのと言っていた。もしかすると、店舗情報をタウン情報誌の担当者に提供するたびに、なにがしかの報酬を受け取っているのかもしれない。

「と言うことは、あの運転手自身は、空き地や売り地などの不動産情報を、金銭に変える手段があることに気づいていないということになるよな」

「ああ、そういうこと。人によっては、現状に固執するあまり、足元にある宝の山に気づかないことがあるみたいだからな」

 じゃあ、これからすぐサトル氏に電話をして、そのことを教えてやろう、と言おうとする前にPが言った。

「でも、運転手さんが未だに気づいていないと言うことは、本能がまだその時期じゃないと判断したからだと思うよ。肩こりと難聴が解消されたのは、もうすぐ肩の荷を下ろせるようになるぞ、という予告編みたいなものだったんだよ、きっと」

 Pに言われて気がついた。

 確かにそうかもしれない。お節介は人を幸せにするとは限らない。

 僕はその後、Pの会社が情報提供者に支払う金額を含めたいくつかの質問をしてから、電話を切り、そのままサトル氏に電話をかけた。

「いえ、金銭は受け取っていません。でも、その店の取材の時は、私のタクシーを使って頂くようにお願いしています。毎年売り上げが落ちていく時代において、そのような情報が収入に繋がるということは、実にありがたいことなんです」

それでしたら、もっと多くの収入が見込める方法がありますよ。運転の途中であなたが目にしたり、耳にした不動産情報を僕の知人の会社に提供するだけで良いんです。

 と言いそうになったが、やめた。先ほどのPの言葉が頭をよぎったからだ。

「じゃあ、何かあったら遠慮なく電話ください」

 と言って電話を切った僕は、目の前に置いてあるアイマスクを眺めながら考えた。

 どうやら、物事には、適切な時期というものがあるらしい。

 だとすると、今の自分がしなければならないのは、一体どのようなことなのだろう。


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