第37話 はぁ?執事長になりたい?人の顔も名前も覚えられないあなたには務まらないと思うのですが?
「ユフィ、決めたぞ! 僕は執事長になる!」
「はぁ?」
なにを言いやがり始めたのでしょうか、この愚図は。今まで散々仕事を覚えさせようと努力をし、その度に自らの無力を痛感してきた執事長が部屋の隅で唖然としていますよ?
どうせ今回のレオン誘拐の件で四方八方に動き回り、敵の情報を捕捉し、実際に捕える算段をつけた執事長のことを褒めたからでしょう?
いえ、執事長が凄かったとレオンの前で私が語ってしまったせいで、レオンがキラキラとした視線を執事長に向けたのが悔しかったからでしょうね。
結局、旦那様の活躍の場はその後は一切ありませんでした。しいて言うなら、自白の魔道具を提供いただいたくらいです。
それも執事長が旦那様と交渉し、入手し、捉えたものに使って本当の依頼主を突き止めてくれました。そんなものを旦那様が持っているという考えに至らなかった私に対して、念のためと言ってリフェレットから旦那様に質問させた執事長に賛辞を贈りたいです。
そんなこんなで旦那様は自分が活躍してレオンに怖い思いをさせた悪いやつをとっちめるつもりが、全て執事長にかっさらわれたとでも思っているのでしょう。僻みもいいところです。
2人の関係を横から見ていた私として一点だけ執事長に苦言を伝えるとすると、旦那様の前でレオンから『ありがとう』って言われたときに嬉しかったのでしょうが笑みを旦那様に見られたのが失敗でしたね。
いつも私に向けるような冷徹な表情で『とんでもございません』とか言って跪いておけば問題はなかったのですが……。
「だからと言って、私にふらないで頂きたいのです」
「執事長になりたいと言われてしまっては、あなたに任せるしかありません」
「なぜなること前提なのでしょうか?」
「なれるとは思いませんが、執事長の仕事を見てもらわない事にははじまりませんから……」
「……」
なんですか、その表情は。私は決してあなたがレオンに笑顔を向けられたことに嫉妬などしていないのですわよ?
「執事長……いや、執事長には私がなるんだから、なんと呼べばいいか……」
「お名前を呼ばれたらよいのではないでしょうか?」
「……」
「まだなっていませんよね!? それにその沈黙は恐らくですが私の名前を記憶頂けていませんよね?」
「……」
「さすがにそんなことは、と言いたいところですが、どうやらその通りのようです。やはり旦那様には執事長どころか執事も無理です。人の顔と名前を覚えるのは基本ですから」
「……そんなことはない。覚えられなくても、テーブルを整えたり、書類を取り次いだりできるだろう?」
正論で諭しているのに旦那様が諦めてくれません。そんなにもあの時のレオンの感謝が欲しかったのでしょうか?
「しかし旦那様。あなたは執事長を名乗りつつ四六時中テーブルを整えているおつもりでしょうか? また、書類を誰から受け取るのですか? 忍び込んだ間諜などからの怪しい書類など私はいりませんよ?」
「くぅ……」
図星だったのでしょうか?
そもそも若い女性以外に興味を示さない時点で無理です。
「どうしてもというなら、まずはこの家で働いている人の顔と名前を全て覚えることです。どうせ1人も覚えていないでしょう?」
「そんなことはない! リフェレットもメシュアナもファティもアンネもイーレンもアルノルンもフェザーも覚えているぞ!」
「はい、執事長。記憶頂けましたか? すでに旦那様の愛人なのだとしたら相応の対処を。旦那様が勝手に懸想しているだけなら、可哀そうなので配置換えをお願いします」
「なにをする!?」
「なにか言いましたか?」
「いや……」
全く……。若い女性ではなく、愛人か懸想している相手しか覚えていないようですから、さらに最低でした。
この姿を全てレオンに暴露してやりましょうか?
そうすればゴミでも見るような目で見てくれるでしょうし、それで旦那様も少しは落ち着くのではないでしょうか?
しかし純粋なレオンにそんなことはさせられません。彼が大人になるまでは控えましょう。情操教育の最中に全てばらすかもしれませんが。
翌朝……。
「おはよう、ユフィ。朝食の準備はできている」
なぜか旦那様がテーブルを整えていました。えっと、昨日のアレでもう諦めたのかと思っていましたが……。
「ぱぱぱぱぱ!」
「あぁ、レオン。おはよう。良い朝だな」
そして嬉しそうにレオンを座らせている。
「まさかとは思いますが、まだ執事を目指されるおつもりですか?」
「当たり前だ。僕はレオンのために頑張るんだから」
真面目な表情から放たれたその言葉にちょっとびっくりしました。旦那様がレオンを可愛がっているのはわかっていますが、そのためにこんなことまでするとは。
見た感じ寝不足な様子もないので、昨晩は大人しく寝たようです。旦那様がもしかしたら真人間になるかもしれません。
「わかりました。そこまで仰るのであれば、まずは執事として働くことを許します」
「わかってくれたかユフィ!」
えぇ。レオンのために頑張るのは良いことですからね。執事長、後は任せました。これで少しでも旦那様がまともになってくれれば……。
「旦那様……もし執事として頑張るのだとすると、テーブルを用意した後は部屋の隅に控えているか、退室しなければなりませんが、よろしいのですか? 旦那様としてであれば、レオンおぼっちゃまと一緒に朝食をご用意させていただきますが」
あっ……。
「よし、執事はやめだ。レオン、一緒にご飯を食べよう」
「ぱぱぱぱぱ!」
つい、ぶん殴ろうと考えてしまった私はきっと悪くありません。ただ、嬉しそうに笑顔を振りまくレオンの手前、思いとどまりましたが……。




