第14話 はぁ?時間を戻す?そんなことをしたらこのバカを全力で叩きのめしますがよろしいでしょうか?
旦那様が帰って来たので、ともに食事を採り、お互いが歩んできた日々を語り合い、一緒に寝ました。
そして……。
「ここはどこでしょうか?」
ベッドの上で寝たはずなのに、私も旦那様もふわふわと浮いています。
周囲は真っ赤……いや、真っ白?
光の波がうねり、その度に色が変わります。
遠くには真黒なものが見えたり、緑色だったり、紫色だったり。
夢の中でしょうか?
「わからない……次元の狭間のようだが……」
なんでそんな場所に私が?
いまや世界中の誰が聞いてもビックリな面白おかしい勇者様な旦那様ならわかりますが、ただの元貴族で今は引退して悠々自適な生活をしている私がこんな場所に連れて来られるなんて意味が分かりません。
「いや、面白おかしいって……」
どう考えてもそれ以外の表現は思い浮かびませんよ?
この世界にいた時から私を笑わせてくれた旦那様ですが、異世界に行ってからの話しもまさにその言葉どうりでしょう?
しかしおかしな場所で旦那様と2人っきり。このまま永遠にこの場所で2人で過ごせとか言われたら目も頭もおかしくなる自信があります。
『それは困る』
しかし、そんな私の心の声になぜか答えが返ってきました。
「あぁ、フリューヴァルス殿か」
「!?」
そしてその声を聞いた旦那様が聞いたことがない名前を呟きます。どちら様でしょうか? ……なんてことすらどうでもいいので、私をお家に返してくださいこの誘拐犯!
『落ち着いてください、奥方』
どうせ心を読まれるのならと、あえて辛辣なことを考えてみましたが、窘められた。
なんでよ。
しかし旦那様はそんな私の心境など一切気にしてくれません。私に視線もくれません。昔と一緒です。
『そんな割り切り方は寂しいだろうに』
「今さらですわ。この方に何を期待しても無駄ですから」
「それ僕の話だよね? そこまでダメだったか?」
蔑むような視線を旦那様に向けると、なぜか戸惑っているが、それは何への戸惑いなのでしょうか?
アホでバカで好色でずぼらで自分勝手で飽き性でエッチなのは昔からなのに、どこにダメじゃない要素があるのか教えてほしいですわ?
あと、仕事も全くできません。
『ダメダメだな』
「はい」
「えぇ?」
声だけの方は理解してくれましたが、当の旦那様が理解してくれません。
「それで、どうされたのだ?あなたは永遠の眠りについたと聞いていたが」
どういう状況なのでしょうか?
内容からして勇者様をしていた旦那様のお知り合いのようですが。
『うむ、あの次元の私は眠りについた。ただな。お前のことが気がかりだったようだ。その意識は拡散され……』
全く理解できないので頭に入ってきませんが、どうやらこの方は旦那様をご心配頂いているようです。
この世界に帰ってきた旦那様は肉体年齢的には次元の狭間に消えたときとほぼ変わらないのに、周囲が何十年も経過している状態になっているのが、可哀そうに思われたらしい。
それでなんと、この世界自体を旦那様が旅立ったころに戻してくれるらしい。
そっち?
と思わず突っ込みかけましたが、心の中で押しとどめた私を褒めてください、フリューヴァルス様?
『心は読めることをわかっていながら、押しとどめたことを褒める意味とは?』
さぁ。
『あぁ、なんという意思の強いご婦人なんだ。びっくりしたぞ』
まったく心が籠っていない、ただのおべっかにしか聞こえませんね。
それで?
そんな世界改編とも思えるようなことを今から実施されるとして、世界の皆はそれを知覚するのですか?
それとも……。
『しないな。ただ戻る』
「私はどうなるのですか? 旦那様は面白おかしく生きて来た記憶をお持ちだと思いますが、私には私で子供と過ごしてきた幸せな記憶があります。それはどうなるのですか?」
『えっと……』
なぜ悩むのでしょうか。
「もし私の中にある、私の大切な子との記憶を消し去るというなら許せません。それは私の大事なものなのですから」
私は言いきります。当然ですよね。可愛かった息子、大変だった領地経営、それらを過分なく過ごしてきた。結果、今は手に入れた平穏を満喫していたのに、また戻されるというならそれも許せません。
私にとって、旦那様との一緒の生活なんて、今まで生きて来た歴史よりも大切なものなんかではないのだから。
『ですよね……』
なぜ敬語?
『実は……』
私の態度に困ってしまわれたらしいフリューヴァルス様……とお呼びしていいですよね?
……は、遂に白状されました。
まずこの方は神様とのことです。神様は、旦那様を使って様々な魔王を倒させてきたようです。その仕事を完了した旦那様は元の世界に戻りたいと仰ったらしく、神様はそれを実行し、ご自身は眠りについたそうです。
しかし旦那様が返って来たのは今この時でした。つまり旦那様は不在の間に何十年も経ってしまっており、そこを申し訳なく思った神様が時間を戻しにやって来た。
ただ誤算だったのは、旦那様が私と一緒にいたことです。まさか元奥さんがこのちゃらんぽらんで好色な旦那様を受け入れて共に時間を過ごしているとは思わなかったそうです。
この結果、私には再び旦那様との間のつながりが強化されており、今時間を戻すと私だけはこの時間逆行を全て理解した上で戻ってしまうようになってしまった。
私が我慢すれば旦那様は望み通り、旅立ったすぐ後に戻れる。私がそれを許さなければ、旦那様は昔の姿のまま、昔の噂が小説や劇になってしまっている世界で生きていくことになる。
「後者で行きましょう」
「迷いがなさすぎる!?」
『いっそ清々しいくらいだが、まぁエラルドの所業を思えばわからんでもないな』
たぶん旦那様は内容は理解しておらず、ただ単に自分の意見が受け入れられない選択肢があっさりと選ばれたことに衝動的に突っ込んだだけよね。
一方で、私の記憶をたぶん色々と読んだであろうフリューヴァルス様はこちらに理解を示し始めている。
時間だけが過ぎていく……。
『よし、こうしよう。この世界の時間を戻すのはやめよう』
「むぅ……」
旦那様は不服そうですが、そもそも何が気に入らないのでしょうか?
「旦那様が時間を戻してほしい理由はなんなのですか?」
「えっ、だって、ミューリにもフェルムにもハリアにもシャーリスにも別れを告げていないし、ルネアとは良い仲になれそうなところだったし、リオメラには僕の支援が必要だったはずだし、ララァは……」
いったい、何人挙げれば気がすむのでしょうか……。
『すまなかったな。お邪魔した。2人仲良く暮らすがいい』
フリューヴァルス様はすでにドン引きで帰りたいオーラまで振りまき始めた。
様々な色が煌めいていた次元の狭間とやらの色のほとんどが橙や赤になり、まるで夕方みたいです。
「ではこうしよう。この世界はこのままでいいけど、平行世界に僕を戻してくれ。そうすれば今ここにいるユフィには迷惑をかけずに、僕は僕の目的を果たせるだろうから!」
頭がいいのか悪いのかよくわからない旦那様ですが、間違いなくめんどくさくなったフリューヴァルス様はそれを叶えて帰って行きました。眠りについたのかもしれません。
「ここは……」
「お風呂ですわ? ついにボケたのですか? まだ早いと思うのですが……」
「僕はどうして……」
「『神の慈悲で、キミと別れの時を過ごすようにしてくださったのだろう。もう心残りはない。最愛の人よ。達者でな』と仰って、そこに剣を落としたままどこかに消えたと思ったらまた戻ってこられたのですが……」
「そうか……僕は戻って来たのか……」
「そうですわね」
「やった! ……ん?」
「どうされたのですか?」
「驚かないのかなと思って」
「驚きませんわよ? なにせ全て《《知って》》いますから」
「えっ……」
「なんでしたでしょうか。『ミューリにフェルムにハリアにシャーリスにルネアにリオメラにララァ』でしたか? そんなことを許すと思っていらっしゃるのですか?」
「えぇぇぇえぇええぇええええええ!?」




