第11話 はぁ?旦那様が行方不明?伯爵家から出て行ける能力があったことに驚きましたが大丈夫でしょうか?
「ユフィ様。旦那様が行方不明です」
朝から特に慌てた様子もなくのんびりと顔を出した執事長が私にそう告げました。
「行方不明? どこに行ったか分からないのですか?」
しかし私は驚きました。あの豚にこっそりと出て行くような能力があったことに。
「はい。朝になっていなくなったと……その……」
「言い淀まなくて結構ですよ。どうせ浮気相手と同衾していたのでしょう」
まったくあのバカは。どうしてこう節操がないのでしょうか。あれで神殿長を目指していたとか、神に対する冒涜としか思えません。すみません、神様。私は良き使徒ですので、とばっちりで罰さないでくださいませ。
「はい、その女が言うには忽然と消えてしまったと」
「はぁ……」
忽然と? もしかして何らかの魔法的な干渉があったのでしょうか?
あれを攫ってどうしようというのでしょうね?
今なら支度金もつけて差し上げますが……。
「それで館の中で探しても見つからないということですか?」
「そうなのです。それこそ1階のトイレの中にも、2階のトイレの中にも、裏庭の古井戸にも、庭園の倉庫の中にもいないのです」
どうして探しているのがネズミやゴキブリがいそうな場所ばかりなのでしょうか?
「食糧庫の中にもいらっしゃいませんでしたか?」
「は?」
お腹がすいてふらっと立ち寄ったあと、閉じ込められたとかで……。
「すみません、盲点でした。探してまいります」
ちょっとこの執事長の評価を改める必要があるようです。下の方へ。
「いらっしゃいませんでした」
「そうですか……どこへ行かれたのでしょうね」
「警備兵たちを信じるとするならば館の外には出られていないハズです。それこそ塀を飛び越えたりしていればわかりませんが……」
ないですね。あの豚は塀どころか柵すら飛び越えられません。
これはもう魔法を使った誘拐を考えた方がいいかもしれません。となると犯人からの連絡待ちですね。
どうしましょうか。
お金はあげるけど殺してもらいましょうか?
手を汚したという批判だけは回避しなければなりません。
しかし次の日になっても、その次の日になっても何の音沙汰もありませんでした。
「お願いします、グラフェルド様」
「うむ」
そして私は仕方ないので宮廷魔術師長のグラフェルド様にお願いして魔法的な干渉の有無を確認してもらうことにしました。彼は旦那様の叔父にあたる方なので実際に頼んでくれたのは公爵様ですが。
威厳ある眼差しでソファーから立ち上がって私の横を通るときにお尻を触ろうとしやがったので蹴りたい衝動を抑えるのに必死です……。
もちろん彼の手は避けました。
なんなのでしょうか、この一族は。
公爵様へクレームを送っておきました。
「これは……」
「なにかわかりますでしょうか?」
私はまったくもって、これっぽっちも信じられない気分ですが一応それらしい振る舞いで旦那様の寝室を調べるグラフェルド様に尋ねます。
「次元のひずみが開いておるのぉ。これは魔力ではない。神隠しじゃ!」
「なっ……」
疑ってすみませんでした旦那様。てっきり侍女に色目と金を使いまくってこっそりどこかに行かれたのだとばかり思っていました。侍女たちを秘密裏に処罰する必要がなくなってホッとしました。
グラフェルド様曰く別世界に飛んでいったとのことです。となると旦那様がわが家の悪評を振りまいてくることを心配する必要がなくなりました。
いえ、悪評は振りまくでしょうが、別世界と私が交わることはないので気にしなくてよくなりました。
もしかして神様が健気に頑張っている私のために?
こんな嬉しいことがあるのでしょうか?
あってよいのでしょうか?
もうあのバカに脅かされる日々とはおさらばできるのです。
なにか間違って抱かれて性病を移される心配もないのです。
なにか……。
なぜでしょうか。
ちっともうれしくありません。
むしろ、ちょっと悲しい気分ではありますね。
旦那様のアホ。
異世界で死んでしまえ。
これは……。
何かの間違いです。
絶対違います。
いなくなって寂しいなんてことはないです。
気の迷いです。
もう。
ふざけんなです。
なんなのでしょうか。
もう。
もう。
もうもうもうもうもう!
あの豚は私を牛にでもしたのでしょうか?
「ユフィ様。少し休まれた方が……」
執事長が私を気遣って仕事を引き受けてくれます。
優しいですね。
でもまだ評価は上げてあげませんが。
「ありがとうございます。それでは失礼させてもらいます」
私はそう言って執務室を離れて食事をとり、お風呂に入ります。
私は旦那様のことを好きなのでしょうか?
そんなことはないと思うのですが、幼馴染の情というやつなのでしょうか?
彼と私は幼い頃から一緒に過ごすことが多かったのです。
それは私たちが婚約していたからなのですが。
クルスローデン伯爵家はアーゼンベルク公爵家と私たちが生まれる少し前から取引をはじめ、それが軌道に乗り、今後も維持していきたいという意思表明のために私たちの婚約に至ったという経緯があります。
そのため私たちは仲良くなることを期待され、ともに学ばされ、ともに遊ばされ、成長しました。
旦那様は学びの途中でサボって抜けることが多かったですし、色恋の多い方でなぜか私にもあの女はどうで、この女はこうだみたいな話をしていました。
学院に入って普通の恋人がかわす話しというものを知って衝撃を受けたのを覚えています。
私たちの実情を暴露したところ、学友たちが衝撃を受けていたのも覚えています。
それでも決定的な喧嘩をして別れるということはなく、ここまで来ました。
来てしまいました。
それがこんな形で終わってしまうというのは、ちょっと酷い気もしてきます。
う~ん。
ちょっと長湯をしてしまったでしょうか?
そろそろ寝ましょう。
あの方がひょっこり帰ってくるかもしれませんし。
そう思いながら湯舟から立ち上がったところで突然天井の方が光りだします。
えっ、まさか次元の歪みというやつですか?
私は裸なのでさすがにこの格好で引き込まれたくないのですが……
と思ったのですが、引っ張られるようなことはなく、むしろなにか落ちてきました。
それは当然ながら我が旦那様……
そのままお風呂に墜落しました。
何をされているのでしょうか???




