表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八朔少尉は乙女の枠におさまらない  作者: 卯月みそじ
第一章 八朔少尉、女学生になる
21/97

2-13

十三


 昼休みも半ばを過ぎた校庭。(えんじゅ)の樹の下のベンチに、今日も二人は座っている。

 さすがにあんなことがあった後だ。雫はまったく弁当へ手を付けられずにいる。少し怯えている様子でもある。対して五十槻は、いつものように次から次へ麦飯を口の中へかっ込んでいた。朝に味噌汁を食べたからか、いつもの弁当が少し味気なく感じる。


「ごちそうさま」


 手を合わせて、弁当を片付けながら五十槻は口を開いた。


「春岡さん、何か言うことはないのか」

「…………」


 雫の方を見ず、五十槻は真っ直ぐ前方を眺めながら問う。隣の雫が、また俯く気配。しばらく無言が続いた末に。


「……ごめん、なさい……」


 眼鏡の少女は、やっと絞り出すように謝罪した。堰を切ったように雫は続ける。


「ごめんなさい……! 私、清澄さんに言われて……稲塚さんの弱みを教えたら、昴先輩を、返してくれるからって……!」

「あなたと薬師寺先輩は、エスの関係だったのですね?」

「……うん」


 雫は鼻をすすりながら認めた。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。


「私ね、昴先輩の妹だったの。本当の妹じゃなくて、エスの妹。あの頃、昴先輩は男の人の格好じゃなくて……すごく優しくて、でも面白くて……。私が虫の話をしても、笑わずに聞いてくれたのは昴先輩だけ。憧れの先輩だったの」


 春岡雫の語る薬師寺昴の変貌へのあらましは、五十槻が精一から聞いた内容とも符合していた。


「一ヶ月くらい前かな……昴先輩、急に学校を何日か休んだの。それで、やっと学校に来てくれたと思ったら、髪を短くして、男の人みたいになってて……」

「……なにか、予兆のようなものはなかったんですか?」


 五十槻の質問へ、雫は首を横に振る。


「ううん。でも、昴先輩、それから私以外の女の子とも親しく過ごすようになって……」


 当時から、雫はクラス内で清澄美千流による迫害を受けていた。だから雫にとって美千流は天敵のようなもの。それなのに。

 いつのまにか昴は美千流と過ごすようになってしまった。雫との日々なんて無かったかのように。

 美千流だけではない。他の顔かたちの整った女学生と逢瀬を楽しみ、時折雫が見ている前でも憚りなく、気取った仕草で他の娘と寄り添っていた。


「あなたは、恋愛の対象として薬師寺先輩を見ていたのですね」


 五十槻の言葉へ、雫は大きくうなずいた。ただの仲が良い程度の先輩後輩なら、多少の諍いに発展こそすれ、ここまで湿っぽくはなりやしない。眼鏡の奥の大きな瞳から、ぽろりと涙が伝う。


「でもね……いまは、昴先輩を見てると、すごく辛いの。でも、私……清澄さんに昴先輩を返してあげるって言われて、前の先輩が帰ってきてくれるのかなって、思っちゃったの」

「それで彼女の口車に乗ってしまったと……」


 五十槻は雫の語る内容に、理解はできても納得はできなかった。なにせこちとら、医者に止められている食物を食べさせられている。昴を美千流に取られて悲痛な気持ちは憐れに思うものの、それとこれとは別である。


「あなたと薬師寺先輩の関係は分かりました。自分も春岡さんのことは気の毒に思う。けれど、だからといって他者の命と引き換えにしなくてもいいはずだ。幸い、今回自分はなんともなかったからいいものの……」

「……命?」


 五十槻の説教の最中に、雫はふと顔を上げた。五十槻の視界の端で、少女の表情に僅かな変化が現れていた。

 一瞬ではあるが、春岡雫は口元を歪めていた──あざ笑うかのように。


「……春岡さん?」

「えっ?」


 見間違いだろうか。瞬きの間に、不穏な表情は消えた。きちんと目線を合わせた先にいるのは、いつもの気弱な少女である。でも五十槻は確かに見た気がする。冷酷に笑う春岡雫を。


「春岡さん、きみは──」

「やあ、雫じゃないか」


 不審を質そうとする五十槻の声は、突然横合いから割って入った声にかき消された。聞き覚えのある声に、五十槻はキッと(まなじり)を上げ、雫は怯えたように身を竦ませる。


「薬師寺昴……」

「転校生くんも一緒だね」

「す、昴先輩……」


 校庭の花壇の方から、悪びれない態度で現れたのはもちろん、薬師寺昴その人である。今日は他に誰も連れていない。相変わらず男物の学生服を着こなして、爽やかな笑みを浮かべている。

 雫は慌ててベンチから立ち上がろうとした。けれど昴がそれを許さない。昴は歩みを速めてベンチへ近づくと、雫が立ち上がる前に彼女の前へ立ちふさがる。


「つれないね、雫。そんなに逃げるようにしなくていいだろう?」

「……だって、先輩……」

「そういえば、最近クロちゃんはどうしたんだい? 見かけないけれど」


──クロちゃん?


 突然可愛らしい愛称のようなものが昴の口から放たれたので、五十槻は怪訝に思う。部外者の五十槻をよそに、雫と昴は修羅場を続けている。


「先輩は、なんのご用事なんですか。先輩はいま、清澄さんのお姉さまじゃないんですか」

「ははは、ボクは誰のものでもないよ。もちろんキミのものでもないけど」

「軟派な……」


 思わず素直な感想が五十槻の口からこぼれた。目の前の男装の麗人気どりは、もしかしたら禍隠かもしれない。しかしもし人であったとしても、到底男の風上に置いておけないような輩である。女性だが。

 そんな五十槻の正直な吐露が昴の興味を誘ったらしい。昴は雫の前から、今度は五十槻の目の前へ立ち位置を変える。


「稲塚いつきくん、だっけ。軟派なんて、ここの生徒には初めて言われたな」

「薬師寺先輩の行いは、どう考えても軟派なふるまいに見受けられます。しかも春岡さんを大いに傷つけている」

「はは、散々な言いようだね」


 言いながら、薬師寺昴は五十槻の隣へ腰かけた。太もも同士が密着し合う距離感である。五十槻は思わず雫の側へ逃げようとしたが、肩に回ってくる手のせいでその場へ留められる。隣の雫が、ひときわ悲痛な顔をした。

 完全に巻き込まれてしまった。五十槻は後悔した。薬師寺が来た時点で、雫の手を引いて退散していればよかった。

 修羅場の渦中で普段より真顔を凍らせている五十槻へ、昴は構わず話しかけてくる。


「それじゃあいつきくんは、ボクはどうしたらいいと思う? 雫はともかく、他のみんなはボクが移り気なのを認めてくれているよ。おっと、美千流くんは例外だけど」


 どうしたらいいなどと問いつつ、自らの行いを開き直っている。しかも半笑いだ。


「それとも何かい? 誰かひとりだけを選んで、他の子たちとは関係を解消しろと?」


 当然だ、と五十槻は思う。そもそも神聖な学び舎の中で、不特定多数との交際ごっこに興じている時点で、彼女は五十槻とは相いれない存在だ。五十槻の肩を抱く手に力を込めながら、昴は続ける。


「それじゃあいっそ、キミを選んでしまおうか。なあ雫。ボクはキミのお友達の綺麗な瞳が気に入ったよ」


 我慢の限界である。わざと雫を煽るようなことを言い、彼女の傷をまたえぐろうとする。さすがにこの言動は看過できない。「ふざけるな」と五十槻は口を開きかけた。けれど。


「うっ……!」

「春岡さん!」


 五十槻の堪忍袋の緒が切れるより早く、雫がベンチから立ち上がった。そして少女は走り去ってしまった。ベンチに弁当箱を置いたまま。

 追いかけようと立ち上がりかけた五十槻を、その肩を抱いたままの昴の腕が押さえつける。「まあ待ちなよ」と、彼女はあくまで冷静な声だ。

 五十槻は逡巡した。春岡雫を追いかけるべきか、重要人物、薬師寺昴との接触をこのまま続けるべきか。

 昴の雫に対する行いは、五十槻にとって到底許せるものではない。だが、そもそも八朔(ほずみ)五十槻(いつき)が櫻ヶ原女学院へ派遣されているのは何のためか。禍隠を探すためである。

 雫を追いかけるのをやめ、五十槻は再びベンチへ腰を落ち着けた。


「……薬師寺先輩、肩を抱くのをやめてはいただけないか」

「つれないねぇ」


 思ったよりもあっけなく昴は五十槻を解放した。五十槻から腕を離し、昴は何か考え込んでいる様子だ。

 ややあって、昴は五十槻へ問いかける。


「……風の噂で聞いたんだが、キミ、一時間目の授業で美千流くんに毒を盛られそうになったというのは本当かい?」

「毒? ああ……」


 昴の質問は、今朝のあの騒動についてだ。もう他学年にまで知れ渡っていると思うと、五十槻は少し情けなかった。しかし、雫に先刻のような仕打ちをした後で聞く話題がそれでいいのだろうか。

 ひとまず五十槻は聞かれたことに答える。


「医者から止められているものを食べさせられました」

「それは御愁傷さまだね。それで……その……」


 二人きりになった途端、昴の饒舌さはなりを潜めてしまった。言葉を選びつつ、昴はもう一つ質問を投げかける。


「それで……美千流くんを手引きしたのが、ボクは雫だと聞いたんだ。それは真実かい?」


 おそらく、階段の踊り場で美千流をとっちめている時の会話を誰かに聞かれていたのだろう。それが昴のもとへも伝わった。情報の経路はそんなところか。しかし、さっきまでの雫に対する態度が嘘のように、昴は彼女のことを気にしている。


「……本当です」


 五十槻は短く答える。その返答に、昴は怪訝そうに整った眉を歪めている。


「雫が……そうか」

「腑に落ちないご様子ですが」

「ああ……なんでもない」

「自分からも質問をよろしいでしょうか」


 どうやら、昴は五十槻を口説くために引き止めたわけではないようだ。会話できる雰囲気を察し、五十槻も口を開く。


「先程仰っていた、クロちゃんというのは何でしょう?」

「キミは見たことがないのかい? 最近、ずっと雫といるのに?」


 昴は意外そうに返す。そんな反応が返ってきて、五十槻も意味が分からない。春岡雫とそのクロちゃんというのは、昴の中では不可分の存在なのだろうか。

 どうやら五十槻が本当に分からない顔をしているので、昴は「そうか」と少し困ったようにつぶやき、クロちゃんとやらについてを語り始める。

 それは、五十槻の理解を超えた話であった。


「クロちゃんっていうのは、雫の友達の蜘蛛さ」

「友達の蜘蛛?」

「すごく珍しい蜘蛛でね。雫の言うことは何でも聞くし、よく懐いてて、雫は手や肩に乗せてたっけ。これくらいの、少し大きめの蜘蛛でね」


 昴は蜘蛛の大きさを手で示して見せる。手のひらより一回りくらい小さいくらいだろうか。黒い体色だったため、雫はクロちゃんと名付けていたようだ。クロちゃんは普段は校庭のどこかにいて、昼休みに雫がベンチへ行くと、どこからともなく現れたという。


「…………」


 五十槻は沈思する。人に懐いて言うことを聞く蜘蛛が、尋常の生物であるわけがない。


「雫によると、見た目はジグモという種類に似ているらしいんだ。もっとも、ボクは虫に触るのは苦手で、雫のようにふれあったことはないんだけど」


 それにしても、この薬師寺昴という人物は、先程までと本当に同一人物だろうか。おそらくいま彼女が語っているのは、仲が良かった頃の雫の様子だ。気取った様子はなりを潜め、いまの昴はただの面倒見のいい上級生のようである。

 五十槻はもう一つ質問をすることにした。こちらは、クロちゃんのときより素直に答えてくれないかもしれない。


「薬師寺先輩。先輩が異性の装いをされ始めたのは一ヶ月ほど前とお伺いしました」

「……男装の理由を知りたいと?」

「ええ」


 昴の目元へ不穏な色が宿る。「なんでもいいじゃないか」と口調もつっけんどんになってしまったので、これはどうやら話してくれない気配である。理由は話してくれないが、昴は滔々と語り始めた。


「別に理由なんてないさ。ただ、男の装いをして初めてわかったよ。最初こそ奇行扱いされていたけれど、キミもいまの櫻ヶ原の有様を知っているだろう? 結局この学校の生徒は恋愛沙汰に飢えているんだ。ボクを巡って学生同士が争っているのを見ると、なんとも言い知れぬ快感がある。男の見晴らしとは、実に素晴らしいものだね」

「多数の女生徒の心を弄ぶのが快感だと?」

「悪い言い方をしないでくれ。いいかい、この学校に通う生徒は皆、将来に結婚を期待されている。結婚相手は見も知らぬ赤の他人さ。誰とも知れぬ相手へ嫁ぐ前に、ボクは皆へひとときの疑似恋愛を提供しているだけ。さっきも言っただろう。大多数の生徒は、ボクの気の多さを理解してくれてるって。大半は遊びさ」

「清澄さんや春岡さんは、そうではないようですが」

「美千流くんはただ欲張りなだけだよ。みんなから人気があるもの、好かれているものを、独り占めしたい。他の誰かに取られるのは嫌だけど、別にボク自身が好きで傍にいるわけじゃない。彼女は自分が羨望の的になりたいだけで隣にいるだけさ。でも、雫は違う」


 そこで昴はちらりと校舎の方を見た。五十槻も同じ方向へ目線を遣ると、建物の陰に誰かいる。こちらを伺うように見ているのは、雫だ。目が合ってきまずそうにしているけれど、立ち去ろうとはしない。


「雫は可愛いだろう。ボクとキミがどうにかなりやしないか、気がかりであそこから動けないんだ。いったん立ち去ったくせに、わざわざ戻ってきたんだろうね。どんなに悲しい目に遭っても、ボクのことが好きだから」

「あなたは……春岡さんの気持ちを知っていて……」


 五十槻の恬淡とした口調に、若干の怒気が混じる。今日の調理実習の事件を経て、雫に対してはやはり割り切れない思いはあるものの、それでもこの学校で初めて昼食に誘ってくれた友人である。雫が昴のことで傷ついたり、怒ったりしているのを何度も見た。だから、彼女の気持ちを知りながら弄ぶようなことをする、隣の麗人が許せない。

 昴はやはり悪びれず続ける。先程の上級生然とした面影は、微塵もない。雫の方を見ながら恍惚とした顔で語る。


「ボクも雫が好きだ。雫の悲痛な目が好きだ。初めて清澄美千流を隣に連れて歩いた日なんて、打ちひしがれている姿が最高だった。違う娘を連れるたび、雫はボクのことを想って涙する。本当に可愛い娘だよ」

「薬師寺昴、貴様──」


 あまりの物言いに五十槻の眉根が寄る。最低だ、と言いかけたところで、五十槻の顎へ昴の指がかかった。


「ねえ、キミはどう思う。仲良しのキミに接吻でもしたら、雫はどういう顔をしてくれるかな?」


 五十槻は確信した。薬師寺昴は、雫以外はどうでもいい。清澄美千流もその他の女学生も、すべて雫を悲しませるためのただの材料。もちろん、いまの五十槻も例外ではなく。昴は片手で五十槻の腕を掴み、逃がすまいとしている。

 薄く笑う昴の顔が寄ってくる。雫の悲嘆を見るために、好きでもない相手と接吻を交わそうというのか。

 しかし五十槻は軍人である。薬師寺昴はまだ禍隠と確定したわけではなく、ただの性悪の男装女学生の可能性も大いにある。下手に接吻から逃れようと抵抗すれば、正当防衛を超えた深手を与えてしまうかもしれない。だから五十槻は、あえて昴の前から逃げなかった。五十槻は少し頭を後ろに下げ、勢いをつけた。


 ごっつんこ。


「あ、あだっ!」


 頭突きである。

 この状況において、最も穏便な手段が頭突きであった。

 可憐な少女の一撃に、昴は額を抑えて呻いている。五十槻は普段の真顔に戻り、そっと雫の方を見た。

 おさげの少女は、あっけに取られた目で見ている。

 五十槻は昴へ視線を戻した。まだベンチに伏せるようにして痛みにをこらえている。当たり所が悪かったようである。


「目論見が外れて残念ですね、薬師寺先輩」

「キ、キミはなんて石頭なんだい……いたた、まだじんじんする……」


 やっと喋れるようになった昴が、ゆっくり顔を上げる。

 恨み言を吐く昴の唇の内に、それはいた。八朔五十槻は視力が良い。とっさに捉えた薬師寺昴の口腔に。


──蜘蛛がいた。


「んぶっ!」


 五十槻は昴の頬を掴みベンチの背もたれへ押し付けた。確かにいたはずだ、黒くて、手のひらより少し小さいくらいの大きさの。昴の唇から、二つの鋏角を少し覗かせて。


(……いない!?)


 無理矢理開かせた昴の口の中にあるのは、整った歯並びと舌。異常なものは何もない。

 見間違いか? 先程の雫の一瞬の表情といい、今日は刹那の間に姿を現すものが多い。

 昴は苦しそうに五十槻の腕を叩いている。禍隠にしては弱気な態度だ。ふと、五十槻の視線が昴の首筋をなぞった。

 赤い痣がある。

 中央には二つ並んだ小さな穴。穴と穴の間の幅はちょうど、先程現れた蜘蛛の鋏角と同じくらいか。


「やめて! 昴先輩に乱暴しないで!」


 昴を掴んでいる腕へ、突然雫が抱き着いた。きっと雫の目には、前触れなく五十槻が乱心したように映っただろう。慌てて校舎の方から駆け寄って、必死で五十槻を昴から引き離そうとする。


「春岡さん離れてくれ! 彼女の体内に妙なものがいる!」

「稲塚さんッ、わけの分からない事言ってないで……!」


 ぷつっ。

 三つ巴の押し合いへし合いの最中、五十槻の右手の甲へ、痛みとは言えないくらいの軽い感触があった。右手を掴んでいるのは──薬師寺昴。

 昴が手指の力を緩めた瞬間、その手の下から黒い影が飛び出した。蜘蛛だ。


「ま、待て!」

「こらー! あなた達なにやってるのー!」


 慌てて昴から手を離し、追いすがろうとした五十槻だが、教師というのはどうしていつも間の悪い時に現れるのだろう。

 蜘蛛は校庭を凄まじい勢いで駆け抜けていく。五十槻はなおも雫にしがみつかれていて、身動きできない。

 そして蜘蛛は木立の中へ姿を消した。

 見失ってしまった。愕然とする五十槻の肩を、教師がきつく掴んだ。


「んまぁ、なにをやってるの稲塚さん! 春岡さん、わけを説明してくれる?」

「あ、あの……い、稲塚さんが、急に昴先輩に乱暴を……!」


 雫の説明はまったくもって事実の通りである。しかし状況が状況だ。五十槻は叱られている場合ではない。

 式札を使うべきか? だが、接触はしたがいまの時点で交戦状況にない。

 禍隠のカシラはやはり、薬師寺昴なのか。しかし、昴の首筋の痣はなんだ。痣はなんの目的でつけられている。

 教師の怒声を浴びながら、五十槻はふと自分の右手を見た。

 五十槻の手の甲には、赤い痣が咲いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ