第一話 瑠璃色の魔法使い
始まりはいつもここからだ。
「行ってくる」
温かいものを撫でて顔をあげると、子供のころ父に連れられて訪れたマデイルナン公国の景色に変わる。
ああ、またこの夢か。
賑やかな中央広場で奴隷の競りが行われている。
父に社会勉強だから見ておけと言われた俺は、何も考えず最前列に並んだ。
小遣いで賄えるなら奴隷を買っても良いとの事で、少しワクワクしていたのを覚えている。
俺の目を惹いたのは小柄な男女の兄妹だった。他の客も同じだったようで、大きな歓声が上がっていた。
「さぁ、お次は本日の目玉商品! 我が国マデイルナン公国の元上級貴族、前アトルス家当主の息子と娘です!」
奴隷商人は誇らしげに語っていく。
前アトルス家当主といえば、確か少し前にこの国の大公を暗殺した大罪人。
その子供が奴隷とは貴族は貴族で大変なのだと感じた。
兄の方は俺と同い年くらいだろうか。上級貴族から奴隷に落とされたにも関わらず、凛とした様子で妹の手を握っている。
「ご覧の通り、二人とも大変見目麗しく魔法も扱えます! 当然、純潔でございますぞ! では金貨五百枚から!」
競りが始まると、客は奴隷商人の大声を軽く上回る怒声のような声で値段を競いだした。
子供の俺では手の届かない金額だ。残念だが次の奴隷に期待しよう。
「妹を白金貨五枚!!」
途方もない金額を提示したのは、見るからに成金の脂ぎった醜い男。他の客の話では娼館の主らしい。
「白金貨五枚!! 他にはいらっしゃいませんか!? いらっしゃいませんね!! では白金貨五枚で妹を落札です!!」
奴隷商人が嬉々とした声で確認し、妹は売られることとなった。
「待て! 話が違うではないか! 私達兄妹は共に売ると言っていた――」
「黙れ、この奴隷が! いつまで貴族気分でいるんだ!」
奴隷商人に腹を殴られた兄は地面に倒れ込んだ。
それでも妹の手を離していない。
しかし、奴隷商人に腕を叩かれるとその手は弱々しく離れてしまった。
「お兄様! イヤッ、お兄様助けて!」
その隙に奴隷商人が妹を娼館の主へ引き渡そうとする。
「グッ……このぉぉぉ!!」
「ぎゃぁぁ!」
兄が土魔法を使って娼館の主を殺し、奴隷商人の両腕を切断した。
妹は地面に倒れそうになった兄へ駆け寄り支えている。
奴隷印を刻まれているにも拘わらず、勝手に魔法を発動できるなんて、相当の使い手でなければ不可能だ。それこそ、小規模殲滅魔法を扱えるほどの実力を必要とされる……俺と同い年くらいなのに。やはり貴族は凄い。
「キャーー!」
「に、逃げろー!」
客達は一斉に逃げ始めた。俺も父に引きずられその場を離れる。
だが、人混みの隙間から見てしまった。兄妹が奴隷商人の護衛に槍で貫かれるところを。
その一瞬、兄と目が合ってしまった俺は父の外套めがけて、盛大に嘔吐して――。
「……ド………レッド……フレッド!!」
俺を呼ぶ父の声と重なる別の声。目を開けると使い魔のウルムが俺の顔を覗き込んでいた。
「やっと起きた。今日は新しい従者が来る日でしょ。さっさと起きて準備しなきゃ。それと、今回の子は絶対に雇うからね」
俺はウルムを押し避けて身体を起こす。
「今回は面接中に逃げられるようなことしないでよね。ボクだけじゃこの広い屋敷を管理するのは大変なんだ。フレッドは好き嫌いが多いし、家事はできないし、このボクを家政婦扱いだなんて本来あり得ないことなんだよ?」
俺の手を叩いてウルムがお小言を言ってくる。寝起きにこれは止めて欲しい。
「分かった分かった」
それにしても、またあの夢を見てしまったか。明晰夢というやつだろう。あの時から繰り返し見ている夢。
しかし、いつも結果は変えられない。あの出来事のせいで俺は人間が嫌いになったというのに。
自分のこともだ。奴隷を買うことにワクワクしてしまった自分がどうしても許せない。
「ねぇ聞いてる? あぁ、もしかしてまたあの夢を見てたの? フレッド、別に君が悪いわけじゃないんだから――」
「煩い」
ウルムは普段は小型のドラゴンだ。使い魔の癖にやたらと喋るし嫌味が凄い。普通はもっと従順なんじゃないのか?
「お風呂は?」
「入る」
あの夢の後は自分が酷く汚れて見える。精神的なものだと理解してはいるが、身体を洗えば多少は気が紛れる。
「まったく、いつまで8歳のときのことを引きずるつもりなんだろうね」
ウルムが大袈裟に呆れた仕草をして、空間に波紋を生じさせた。
「ホルガ山脈の秘湯じゃなきゃ嫌だからな」
「もう、我儘ばっかりだなフレッドは。世間では瑠璃色の魔法使いなんて持て囃されてるけど、このままじゃクズ人間まっしぐらだよ? そのうち、その綺麗な瑠璃色の髪の毛もフレッドの中身同様、腐りかけの色になるんじゃないの?」
他にも、あそこクランバイアから遠いんだよね等と文句を垂れながら、ウルムは転移先を変更し始める。
新しい従者か……バーミリオンのおっさんも厄介な頼み事をしてきたものだ。
彼には悪いが、明日には辞めさせてくれと従者が言い出すよう、屋敷には至る所に罠を仕掛けてある。そういう意味では準備万端なのだ。
俺は今の生活が気に入っている。誰にも邪魔されたくない。
「そうそう、どういうわけか屋敷に陰湿な罠がこれでもかってくらい仕掛けられていたんだよ。回りくどい暗殺者でも来たのかな? 危ないからボクがぜーんぶ解除しておいたよ」
余計なことを。風呂から戻ってきたらやり直しじゃないか。今度は本気の隠蔽魔法をかけておこう。
「もしまた罠を見付けたら、フレッドは今日御飯は無しだからね。食材に毒が仕込まれてたら大変だもん。調べるだけで大仕事だよ、あー嫌だ嫌だ」
こういうあからさまに責めてはいないが、気付いているんだぞというやり口はウルムの常套手段だ。何だかんだで御飯も出てくる。気にする必要はない。
さて、転移先の変更も終わったみたいだ。防寒着を着たら出発しよう。なんせホルガ山脈はとても寒い。
そうだ。なんなら、しばらく向こうに滞在するのもありだな。
「ボクも着いて行くからね」
ウルムの目は、俺の考えなどお見通しだと言わんばかりにジトッとしている。
「そうか。一緒に秘湯で温まろうな」
俺は転移魔法を展開したウルムを労うよう頭を撫で、ホルガ山脈へと繋がる歪みに足を踏み入れた。
「フッ、馬鹿め。気持ち良さそうに撫でられいたがあれは硬直魔法なのだよウルム君。俺が帰るまで床で寝転がっているといい。フハ、フハハハ――ハ?」
転移先は屋敷の浴場だった。ご丁寧に湯船には花びらまで浮かべてある。
「あれはボクの分身なのだよフレッド君? さあ、隅々まで洗ってあげよう。馬鹿がどっちか理解するまでね」
背後から怒れるウルムの声が聞こえるや否や、着ていた服は四散し湯船のお湯が襲いかかってくる。
そんな水魔法ごとき――なにっ!?
足元には魔法封じの紋様が描かれており、既にその紋様が足から身体へと刻まれ始めていた。
ウルムの笑い声が聞こえる。妙にいい香りのするお湯に揉まれながら絶対に仕返ししてやると俺は心に決めた。




