第四章 ドラゴンと幼女
大きな影、それは空を占めるあまりに強大な、そしてあまりに迫力のある存在、空の王者ドラゴンの飛来であった。
ドラゴン、それは西洋では悪魔異常に恐れられている自然以上の存在で、歩く災害、いや大災害と呼ぶにふさわしい逸話を持つトカゲのような、それでいて翼や強靭な体躯を持つ架空の生物のことを指す。
そして、ドラゴンであまりにも有名なのは火を噴くということ。火というのは調伏できるのであればその恩恵は計り知れない。しかし調伏できていないのであれば、それがもたらすのは間違いなく人の手に負えない惨劇をもたらすであろう。それを調伏し、自在に操り火を吐くというのは、ドラゴンがその災厄の力を身にやつしている凶悪な存在であるということの証明でもあろう。
そのドラゴンは、強固で巨大な紅い鱗でその体躯を覆っていた。そして、巨大な翼をはためかせて悠然と空を舞っていた。その口元には火をたたえている。まさしくおとぎ話そのままのようなドラゴンの襲来、まず間違いない威圧感を放っている。
...しかし、実はだが、ドラゴンとはいえピンキリである。確かにドラゴンその種自体は空の王者、否生物全ての王者といっても過言はないであろう。だが、このドラゴンは口に火をたたえている、その時点で体内の火を完全に御しきれていない。そしてなにより、
ギャァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!
竜也に向かってこのように吠えている時点でお察しだ。ドラゴンの上位種が存在し、それは竜と呼ばれるのだがそれ以下は、会話する知性をすら持ちえない、かなり脅威程度の存在でしかないのだ。もちろん、魔物の中では生態系の王者という実力ぐらいはあるのだが、銀級パーティーぐらいの実力があるのなら討伐は不可能でも撃退は可能、何より竜也ならどうなるか。
「ふっ!」
竜也がドラゴンに向かって跳躍し、そしてその翼に向けて虎桜をふるう。それだけでその翼は一刀両断のもとに切り落とされ、飛ぶための期間を失ってしまったドラゴンは悲鳴を上げながら地に落ちる。落ちたドラゴンに向かって竜也は落下していき、落下の勢い、体の捻り、重力などを利用してそのドラゴンの頭に虎桜を逆刃に突き立てる。
それは、頭に深々と突き刺さり、刃の長さが足りないために絶命こそしていないがドラゴンは虫の息。もちろん苦しませて暴れさせる隙なども与えずそのまま首元に近寄っていき、首を一刀両断。
竜也の芸当はもちろんこの世界の皆が皆出来るような芸当ではないが、こんな芸当をできない人がいなかったわけではない。いや、むしろ今でも少数存在している。金級冒険者たちはこれに近いことならやってのけるのだ。
そして、絶命したドラゴンがどんな状態であるかを竜也たちは調べていく。そこからわかったことだが、このドラゴンは何らかの存在から逃げてきたようだ。いや、追い出されたが正しいのかもしれない。それほどまでに古傷が目立つ。しかも、大きな古傷だが、致命に至るという程度でもなく、しかし軽傷では済まないほどの手痛い傷が二つ。
明らかに峰打ちと実力の提示を兼ねた追い払うための一撃。しかも、2撃。これは、圧倒的に差がない限りは不可能なことであり、生態系の王者でもあるドラゴンをこうも一方的に追い払うというのは冒険者でもない。ここまでの実力差があるのなら冒険者はドラゴンを狩っているだろう。
ドラゴンをこうも一方的に追い払うことができる力を持ち、そして、それでも殺さずに生かして追い払ったという事実から推定できる内容。
ドラゴンが元の縄張りを追い払われた理由はその上位種である知性持つ怪物、竜との縄張り争いに敗れて逃げてきたという予測が成り立つ。
深沼に逃げてきたのもそこの近くの異次元にいたグランの痕跡がなくなり、移動してきたと考えるのが自然だ。だが、竜から逃げてきたのならこの話は終わりだ。何故なら竜は戦いを好むのもいるが、縄張りを追い出したのに殺さないのなら好戦的ではない竜である。
そして、竜は会話が通じ、万が一縄張りに入ったとしても警告されてすぐに出て行ったり、理由がまともなら殺されることはない。報告の義務こそあるが、警戒する必要はなくなったわけだ。
不幸といえば、ドラゴンに恐れをなしてマジックプラントが潜んでしまい見つけられなくなってしまったことだが、不幸中の幸いにもすでに規定数は討伐しており、依頼は達成できる。
マジックプラントとドラゴンという討伐成果を引っ下げて戻る竜也たちであった。
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冒険者ギルドに戻ってみると、ざわざわと人が集まっていた。人の輪ができるほどの何かがあるのか?グランか?いや、普通なら本人であると信じる奴はいないだろう。アイシャはオークであり、ある程度の年月を生きてきていたということと、オークの生まれという環境がグランを知っているという結果を生み出しただけだろう。ならなんだ?
「竜が来てる!?マジかよ!?なんで竜がこんなところに来てるんだよ!?」
「アイシャさんの伝手じゃねーのか?」
なんて話が流れている。竜?もしかして、と考えた竜也はその中心に入っていく。
「ドラゴンをこちら側に逃してしまった。人が多い場所に逃げていくとは想像しなかった。勧告してくれ。どうか頼む。我が主がお気に病まれるのを見逃すようなことはできないし、我が主の同族をみすみす殺すような真似はしたくないのだ。」
「オークのおねーちゃん!お願いなの!」
と、竜らしき声と、その近くから幼女らしきものの声が聞こえてくる。なるほど、ドラゴンが逃げた方向が問題だからここに勧告に来たというわけか。確かにこの街の冒険者は、銀級が少なく被害が出る可能性もないではないからな。
「ドラゴンか。竜であるヘスウェ殿とその主であるそこのノーヤム...殿が言うからには間違いないのであろう。了解した。深沼方面でだったな。そこらの地区の近くに向かうものへの勧告をしておく。情報、感謝する。」
「あーアイシャ。その勧告は必要ない。つい今しがた、そのドラゴンを討伐してきた。ついでだったが、追い払われる程度のドラゴンだったから大した苦戦もせずに倒せた。ノーヤムとヘスウェだったか?まあ次からは気を付けるんだな。」
報告がてら、竜と幼女にもその件は終わったと言っておく。まあ、銀級冒険者パーティーでは追い払うのが精一杯だと聞くから、別にギルドから責められることもないだろう。
「何?確かにドラゴンは我々とは比べるべくもない存在ではあるが、だからと言って人間が片手間で倒せる程度ではないはずだぞ。だが、ドラゴンの血の匂いと魔力だと...本当のことのようだな。」
「えっ?もう止めてくれたの?ありがとう!おにーちゃん!」
竜は驚いているが、こちらの言葉に信憑性を見出している。そして幼女は嘘をついていると思っていないのか、それとも嘘ではないと分かっているのかぺこりとかわいらしく頭を下げている。さて、こっちにとっての本題にはいろう。
「ノーヤムだったか。何者だ?その姿なのに体の奥から隠し切れない力が僅かに溢れているような感じがする。竜であるヘスウェよりも強いのだろう?」