第4話 夜勤
B-24。
三浦陽平は、扉の向こうへ一歩踏み込んだ。
背後で扉が閉まる。
ガチャ。
その音が、妙に大きく聞こえた。
「……」
三浦は少しだけ振り返った。
別に鍵が掛かったわけではない。
ただの扉だ。
それでも、昼間までの倉庫とは空気が違った。
照明が少し暗い。
棚の並びも違う。
何より、人が少ない。
昼間の倉庫は、フォークリフトの音や作業員の声が常に飛び交っていた。
ここは静かだった。
奥に三人。
作業着姿の男が二人。
スーツ姿の男が一人。
三浦が持ってきた小さな荷物を見る。
「三浦さん?」
作業着の男が声を掛ける。
「あ、はい」
「それ、こっち」
「あ、了解っす」
三浦は荷物を運んだ。
机の上に置く。
「これでいいです?」
「うん。ありがとう」
普通。
驚くほど普通だった。
三浦は少し肩の力を抜いた。
さっき坂東に「帰ってこい」と言われたことを思い出す。
――やっぱ気にしすぎちゃう?
そう思いながら在庫表を見る。
「これ、サインどこです?」
男が紙を見る。
「いらんよ」
「え?」
「それはこっちでやるから」
「でも俺、持ってきた記録だけ――」
「大丈夫」
「……そうっすか」
三浦は在庫表を持ったまま立っていた。
仕事柄、記録が残らないことが気になる。
ただ、ここでは自分は派遣社員。
相手のやり方に口を出す立場ではない。
「じゃ、戻りますね」
「ああ」
三浦は扉へ向かった。
その時。
奥で誰かが箱を開ける音がした。
ガムテープが剥がれる。
何となく振り返る。
中に入っていたのは段ボールではなかった。
白い保冷ケース。
医療機関で見かけるような、厚手のケースだった。
「……」
側面にシール。
三浦には一瞬しか見えなかった。
医療法人――
その先は男の身体に隠れた。
「三浦さん」
呼ばれる。
「あ、はい」
「どうした?」
「いや、なんでもないっす」
三浦は扉を開けた。
廊下へ出る。
扉が閉まる。
ガチャ。
数歩歩いてから、三浦は立ち止まった。
「……医療?」
ライオン運輸が医療関係の荷物を運んでいても、別に不思議ではない。
物流会社なのだから。
ただ。
昼間は端末に存在しなかった。
在庫表にも正式な入庫番号がない。
そして、サインもいらない。
「……」
ポケットの中でスマートフォンが震えた。
三浦はようやく思い出す。
「あ」
取り出す。
着信履歴。
坂東航 7件
「やっば」
すぐに電話を掛けようとする。
その時。
後ろから声。
「何してんの?」
三浦の肩が跳ねる。
振り返る。
さっきの作業員。
「あ、すんません。会社から電話めっちゃ来てて」
男がスマートフォンを見る。
「仕事中、携帯はしまっといて」
「はい」
「夜は特にな」
「……夜は?」
男は少しだけ笑った。
「人少ないから。事故あったら危ないやろ」
「ああ、なるほど」
「戻ろか」
「はい」
三浦はスマートフォンをポケットへ戻した。
画面は消える。
坂東へ掛け直すことはできなかった。
◇
午後五時十二分。
NEX。
「まだ出えへん」
坂東はスマートフォンを耳から離した。
豪がジャケットを着ながら聞く。
「何回目?」
「八」
「行こ」
坂東は答えない。
机の上にはライオン運輸の資料。
神谷直人の名刺。
そして、伊集院が開いているノートパソコン。
「社長」
伊集院が画面を見たまま言った。
「ん?」
「少し出ました」
坂東が近づく。
水野沙耶も伊集院の横へ来た。
「何?」
伊集院が画面を指差す。
「ライオン運輸の主要取引先です」
水野が覗く。
複数の会社名。
建設会社。
小売。
食品。
医療法人。
「医療系多いな」
水野が言った。
「ですね」
「物流会社なら普通ちゃう?」
「普通なら、ですね」
水野が伊集院を見る。
「その言い方やめへん?」
「便利なんで」
「慎太郎くん、ほんま性格悪いな」
「ありがとうございます」
「褒めてへん」
伊集院はスクロールする。
「売上から推測すると、医療系取引の比率が妙に高いんです」
坂東が画面を見る。
「どのくらい?」
「表面上の資料だけなら二割程度。でも関連先まで追うと、もう少しあると思います」
豪が後ろから覗く。
「関連先?」
「真田さんに説明すると長くなるんで」
「お前俺のことアホやと思ってるやろ」
「今さら確認します?」
「慎太郎ォ」
水野が豪の腕を押す。
「豪、邪魔」
「沙耶まで!」
坂東は笑わない。
画面を見続ける。
「病院名出る?」
「一部は」
「一覧にして」
「もうやってます」
坂東が伊集院を見る。
「はやっ」
「誰かと一緒にしないでください」
豪が反応する。
「今俺見た?」
「見てません」
「絶対俺やろ!」
水野が笑いながら別の資料を手に取った。
「慎太郎くん、私これ手伝えばええ?」
「お願いします」
「何見ればいい?」
「医療法人とライオン運輸の関連性ですね。取引量、所在地、役員あたりをお願いします」
「了解」
水野はすぐ自分のパソコンへ戻った。
坂東が美月を見る。
「美月」
「はい」
「陽平から連絡来たら、何してても俺に回して」
「分かりました」
美月が少し心配そうな顔をする。
「三浦さん、大丈夫でしょうか」
「分からん」
坂東は短く答えた。
「だから帰れって言った」
豪が坂東を見る。
「坂東」
「ん?」
「もう行こ」
坂東は時計を見る。
午後五時十五分。
少し考える。
「……まだ早い」
「何が?」
「俺らが行くには」
豪の眉が動く。
「陽平が危ないかもしれんねんぞ」
「分かってる」
「なら」
「行って、何て言う?」
豪が黙る。
坂東は続ける。
「うちの社員が電話出ないから来ました、で倉庫入れてくれる?」
「……入らんかったら入る」
「それしたら俺らが悪いやろ」
「今それ気にする?」
「気にする」
坂東は神谷の名刺を取った。
「まだ向こうは何もしてへん」
豪が坂東を睨む。
坂東も見返す。
「陽平に何かあったら?」
豪が聞く。
「その時は?」
坂東は数秒、何も言わなかった。
そして。
「そん時は話変わる」
豪の表情が少し変わる。
坂東は神谷の名刺を見た。
「でも今は、まだや」
豪は大きく息を吐いた。
「……分かった」
ジャケットを椅子へ戻す。
「十分だけ待つ」
「なんでお前が時間決めんねん」
「俺が決めた」
坂東が一瞬、豪を見る。
豪は笑っていなかった。
坂東も何も言わなかった。
◇
午後六時二十一分。
ライオン運輸。
三浦は在庫表を見ながら歩いていた。
昼間の社員はかなり減った。
代わりに、見たことのない人間が増えている。
スーツ姿。
私服。
作業着でも、昼の作業員とは雰囲気が違う。
「……夜勤ってこんな感じなんかな」
三浦は小さく呟く。
B区画を抜ける。
奥の搬入口。
黒い車が二台に増えていた。
荷物が降ろされる。
箱。
保冷ケース。
さらに小さな金属ケース。
全て、昼間の端末には表示されていない。
三浦は少し離れたところから見る。
「三浦さん!」
「はい!」
担当社員が呼ぶ。
「これ入力お願い」
渡された紙を見る。
普通の在庫。
「了解っす」
三浦は端末を操作する。
ただ。
目は時々、奥へ向く。
さっきの保冷ケース。
医療法人のラベル。
何かが引っかかる。
「……」
端末入力を終える。
担当社員へ渡す。
「終わりました」
「ありがとう」
「すんません」
「ん?」
三浦は軽い感じを装う。
「あっちの荷物って、俺やらなくていいんすか?」
社員の目が一瞬動く。
「あっち?」
「黒い車から降ろしてるやつ」
「ああ」
男は一瞬だけ荷物を見る。
「あれは別管理や」
「別管理?」
「夜の分。昼の在庫とは分けてる」
「へえ」
「三浦さんの担当ちゃうから、気にせんでええよ」
「了解っす」
三浦は頷いた。
説明された。
なのに。
疑問は消えなかった。
――夜の分?
昼と夜で、なぜ在庫管理そのものを分ける必要がある。
しかも端末にも載せない。
「……」
歩きながら、三浦はポケットのスマートフォンを触った。
坂東が帰れと言った理由。
今なら少し分かる気がした。
◇
午後六時二十七分。
NEX。
「社長」
伊集院が呼んだ。
坂東が顔を上げる。
「何?」
「水野さんが見つけました」
水野が手元の資料を坂東へ渡す。
「ライオン運輸と取引のある医療法人の一つ」
坂東が見る。
大阪市内で複数の医療機関を運営している法人。
「これが?」
水野が別の資料を出す。
「薬品関係の仕入れが最近妙に増えてる」
伊集院が補足する。
「正確には公開されている資料からの推測です。確定ではありません」
「でも増えてる?」
「はい」
坂東が水野を見る。
「患者数は?」
「そこまで増えてない」
坂東の目が細くなる。
豪が聞く。
「どゆこと?」
伊集院が答える。
「使う量が大して増えてないのに、薬品の仕入れだけ増えてる可能性があるってことです」
「余ったら?」
「在庫になります」
「ほな普通ちゃう?」
伊集院が豪を見る。
「病院が意味もなく大量の薬品を仕入れて、ずっと倉庫に積んでおくと思います?」
「……思わん」
「成長しましたね」
「殴るぞ」
水野が豪を見る。
「豪、今のは慎太郎くんが悪い」
「やろ?」
「でも殴ったら豪が悪い」
「どっちやねん」
坂東は資料を見たまま聞いた。
「ライオン運輸との取引は?」
伊集院が答える。
「あります」
「薬品?」
「そこまでは分かりません」
坂東は指で机を軽く叩く。
一度。
二度。
三度。
「……神谷」
豪が坂東を見る。
「繋がった?」
「まだ」
坂東は即答する。
「でも近づいてる」
その時。
美月のスマートフォンが鳴った。
美月が画面を見る。
「三浦さんです」
坂東が即座に手を出す。
「貸して」
美月が電話を渡す。
「陽平」
『社長』
「今どこ?」
『倉庫です』
「帰れる?」
少し沈黙。
『……たぶん』
坂東の表情が変わる。
「たぶんって何?」
『いや、別に閉じ込められてるとかちゃいますよ』
「ほな帰れ」
『分かりました』
「今すぐ」
『はい』
「どっから出る?」
『東側です』
「分かった。出たら電話」
『了解っす』
坂東が電話を切る。
豪が聞く。
「行く?」
坂東は立ち上がった。
ジャケットを取る。
「行く」
豪も立ち上がる。
「最初からそう言えや」
「うるさい」
美月も立ち上がる。
「私も行きます」
坂東が即答した。
「美月は残って」
「ですが」
「陽平から連絡来たら拾って。伊集院と水野さんの調査もまとめといて」
美月が少し不満そうに黙る。
「……分かりました」
豪が美月に笑う。
「任せたで、美月ちゃん」
「真田さん」
「ん?」
「社長を止めてくださいね」
豪が坂東を見る。
坂東も豪を見る。
「……無理やな」
「真田さん!」
「俺より言うこと聞かんもん」
坂東がエレベーターのボタンを押す。
「行くで、豪」
「おう」
扉が閉まる。
美月はしばらく、その扉を見ていた。
その横で伊集院が言う。
「白石さん」
「はい」
「止める必要ないですよ」
「え?」
伊集院はパソコンへ目を戻す。
「止めても行く人なんで」
水野が笑う。
「ほんまそれ」
美月は小さく息を吐いた。
「……分かってます」
そして、自分の席へ戻った。
◇
午後六時四十一分。
三浦は帰る準備をしていた。
「すんません、会社から戻れって言われたんで」
担当社員が少し困った顔をする。
「急やな」
「ほんますんません」
「まあ、派遣元が言うならしゃあないか」
三浦は少し安心した。
「ありがとうございます」
「最後、これだけ持ってってくれる?」
「どこです?」
社員が指を差す。
奥。
「B-24」
三浦の動きが止まる。
「……また?」
「すぐ終わるから」
渡されたのは小さな箱。
片手で持てる。
「これ置いたら帰ってええよ」
三浦は箱を見る。
「了解っす」
もう少しだけ。
それくらいなら。
三浦は箱を持って歩き出した。
B-24。
扉は開いていた。
中へ入る。
さっきより人が増えている。
七、八人。
机の上には書類。
現金。
複数のスマートフォン。
そして。
医療用らしき保冷ケース。
三浦の足が止まった。
「……」
現金?
なんで倉庫に?
「そこ置いて」
男に言われる。
「あ、はい」
三浦は箱を置いた。
帰ろうとする。
その時。
奥から物音。
ガタン。
「……?」
見る。
部屋のさらに奥。
半開きの扉。
床に誰かが倒れている。
若い男。
二十代くらい。
身体を震わせている。
「おい、またか」
誰かが言った。
「量多かったんちゃう?」
「知らん」
男の一人が倒れている青年の顔を見る。
「意識ある?」
「……」
返事はない。
三浦は固まった。
「……救急車」
誰かが三浦を見る。
「え?」
「救急車呼ばな」
男たちが三浦を見る。
空気が変わった。
「三浦くん」
「はい」
「帰ってええよ」
「いやでも、あの人」
「ええから」
「いや、ええって」
三浦は青年を見る。
呼吸がおかしい。
身体が小刻みに震えている。
「これ普通ちゃうでしょ」
男の目が冷たくなる。
「帰れ言うてるやろ」
三浦が一歩下がる。
「……何なんすか、ここ」
沈黙。
誰も答えない。
三浦の心臓が速くなる。
ようやく。
完全に理解した。
――あかん。
ここにおったらあかん。
「すんません」
三浦は扉へ向かった。
男が一人、前へ出る。
「待て」
三浦が止まる。
「何すか?」
「携帯」
「え?」
「出して」
「なんで?」
「ええから」
三浦は笑おうとした。
「いやいや、意味分からんすよ」
「見たやろ」
「何を?」
「携帯出せ」
男が近づく。
三浦も一歩下がる。
「嫌っす」
「三浦」
「俺、帰ります」
三浦が扉へ向く。
腕を掴まれた。
「ちょ」
反射的に振り払う。
「離してください」
「携帯出せ」
「嫌や言うてるやろ」
三浦の口調が変わった。
相手も変わる。
「お前――」
男が三浦の胸ぐらを掴む。
その時。
低い声が響いた。
「離したれ」
全員が止まる。
三浦も声の方を見る。
入口。
あの大男が立っていた。
「……」
三浦の胸ぐらを掴んでいた男が、大男を見る。
「ですが、こいつ……見てます」
大男は三浦を見る。
床に倒れている青年を見る。
現金。
ケース。
周囲の男たち。
そして。
「離せ」
「ですが――」
大男の目が変わった。
「離せ言うてるやろ」
男は一瞬迷った。
それでも三浦の胸ぐらから手を離さない。
「でも、このまま帰したら獅堂さんに――」
ドン。
何が起きたのか。
三浦には一瞬分からなかった。
男の身体が横へ吹っ飛んだ。
机に激突する。
書類が宙を舞う。
三浦が目を見開いた。
大男は拳を下ろした。
「……二回言わせんな」
部屋が静まり返る。
倒れた男が呻く。
誰も大男に近づこうとしない。
大男は三浦を見る。
「兄ちゃん」
「……はい」
「帰れ」
「でも、この人」
三浦が床に倒れている青年を見る。
大男も青年を見る。
「こいつはこっちでやる」
「救急車――」
「呼ぶ」
三浦は少し迷った。
大男の目を見る。
嘘を言っているようには見えなかった。
「……分かりました」
三浦は扉へ向かう。
その時。
大男が言った。
「三浦陽平」
三浦が振り返る。
初めてフルネームで呼ばれた。
「はい?」
大男は真顔だった。
「今日見たこと」
三浦が息を呑む。
「……」
「忘れろ」
三浦は数秒黙った。
「無理っす」
即答だった。
周囲の男たちの視線が三浦へ集まる。
大男だけは何も言わない。
やがて。
ほんの少しだけ、口元が動いた。
「せやろな」
三浦は何も言わず、その場を離れた。
◇
倉庫の外。
三浦は走った。
東側搬入口。
「はっ……はっ……」
スマートフォンを取り出す。
坂東へ掛ける。
一回。
すぐ出た。
『陽平』
「社長」
『出た?』
「今出ます」
『外まで来い』
「はい」
搬入口から外へ出る。
夜風。
三浦は大きく息を吸った。
その時。
一台の車が敷地前に止まる。
ドアが開く。
「陽平!」
豪だった。
「豪さん……」
豪が走ってくる。
三浦の肩を掴む。
「大丈夫か?」
「はい」
「怪我は?」
「ないっす」
その後ろから坂東が降りた。
「陽平」
「社長」
「何見た?」
三浦は一瞬、言葉を探した。
何から説明すればいい。
保冷ケース。
現金。
大量の携帯。
倒れていた男。
そして。
あの大男。
「……分からんっす」
坂東が眉を寄せる。
「何が?」
三浦は倉庫を振り返った。
「何してる会社なんか」
少し息を整える。
「全然分からん」
豪も倉庫を見る。
三浦が続けた。
「でも」
坂東を見る。
「社長の言う通りでした」
「何が?」
「ここ――」
三浦はもう一度倉庫を見る。
「絶対、普通ちゃいます」
坂東は何も言わなかった。
ライオン運輸の看板を見る。
青と白。
昼間なら、どこにでもありそうな物流会社。
その奥。
今は見えないB-24。
「陽平」
「はい」
「今日は帰れ」
「でも――」
「明日話聞く」
「……はい」
坂東は豪を見る。
「送ったって」
「お前は?」
豪が聞く。
「ちょっと見る」
「坂東」
「中入らんよ」
「ほんま?」
「今は」
豪が坂東の顔を見る。
「……分かった」
三浦が坂東を見る。
「社長」
「ん?」
「あと……でかい人がおるんすよ」
坂東が眉を動かす。
「でかい人?」
「はい。昨日ぶつかった人で、今日ここにもおって」
「昨日?」
「帰り道でぶつかったんすよ。その人が俺の名前知ってて」
坂東の表情が変わった。
「待って。陽平の名前?」
「はい」
「お前が言ったんちゃうん?」
「言ってないっす」
坂東は黙った。
豪が聞く。
「で、そいつがどうしたん?」
「さっき助けてくれました」
「助けた?」
「俺掴まれてたんですけど、その人が止めてくれて」
豪が少し興味を持つ。
「どんな奴?」
三浦は豪を見る。
少し考える。
「……豪さんよりデカいっす」
豪の眉が上がった。
「俺より?」
坂東が豪を見る。
「そこ?」
「いや、俺よりデカいって結構やぞ」
「知らんがな」
三浦が思わず少し笑った。
緊張がほんの少しだけ抜ける。
坂東は倉庫へ視線を戻した。
三浦の名前を知っていた男。
そして。
その男が三浦を逃がした。
また一つ。
分からないことが増えた。
◇
同時刻。
B-24。
先ほど殴られた男が、机に手をついて身体を起こしていた。
「……すみません」
大男は返事をしない。
床に倒れている青年を見る。
「病院送れ」
近くの男が頷く。
「はい」
「今すぐや」
「分かりました」
二人が青年のところへ向かう。
別の男が、大男へ恐る恐る声を掛けた。
「……あの」
大男が振り返る。
「なんや」
「三浦、帰したんですか?」
「帰した」
「ですが……あいつ、見てます」
「知っとる」
「獅堂さんには、どう説明するんですか?」
「俺がする」
「……分かりました」
それ以上、誰も何も言わなかった。
大男はポケットからスマートフォンを取り出す。
画面を見る。
一件の連絡。
送り主。
神谷直人。
短いメッセージ。
『状況は?』
大男は数秒、その文字を見ていた。
返信する。
『予定外あり。三浦は帰した』
すぐに既読がつく。
数秒後。
『なぜ?』
大男は画面を見ながら、小さく鼻で笑った。
文字を打つ。
『気に入らんかった』
送信。
スマートフォンをポケットへ戻す。
背後から声がした。
「鬼塚さん」
大男が振り返る。
「なんや」
「……ほんまに、それで大丈夫ですか」
男の名前が。
初めて呼ばれた。
鬼塚大悟。
鬼塚は首を鳴らした。
「知らん」
そして。
三浦が出ていった扉を見る。
「俺が決めたことや」




