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BAND  作者: こう
BAND

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11/15

第11話「実験体」

昼過ぎ。


古い倉庫や町工場の並ぶ一角。


開け放たれたシャッターの上に、少しくたびれた看板が掲げられている。


『FUJI MOTORS』


中古車とバイクの販売、修理、整備。


店の前には数台のバイク。


敷地の奥には、仕入れた中古車が並んでいた。


その一台のボンネットを開け、玲司が中を覗き込んでいる。


「……奏」


返事はない。


「奏ー」


店の奥から声がした。


「なにー?」


玲司は顔を上げる。


「ちょっと来て」


「今無理ー」


「ええから」


「忙しいー」


玲司はため息をついた。


「……凪に電話しよかな」


ガンッ!!


店の奥で大きな音がした。


「いったぁ!!」


少しして、車の下からクリーパーが勢いよく飛び出してくる。


乗っていたのは、一人の女。


藤田奏。


身長は百六十センチほど。


少し丸みのある体型。


黒いタンクトップに、作業着の上半身を脱いで腰で結んでいる。


額には大きなゴーグル。


頬には黒いオイル汚れがついていた。


「何!?」


「いや」


玲司がボンネットを閉める。


そして、その隣を見る。


昨日まではなかった車。


「……これ」


奏が止まった。


「…………」


「いつ来たん?」


「…………朝」


「仕入れ?」


「…………」


「奏?」


「……まあ」


「いくら?」


「…………」


「凪に聞くわ」


玲司がスマートフォンを取り出す。


「待って待って待って!!」


奏が走ってくる。


「なんで凪に言うの!?」


「なんで言ったらあかんねん」


「まだ言ってないから!」


「それが答えやん」


「違う!」


「何が?」


奏は新しく増えた車のボンネットを撫でる。


「これは――」


玲司が見る。


奏が真剣な顔で言った。


「宝物」


「……売れよ」


「嫌」


「中古車屋やぞ」


「分かってるよ!」


「商品やん」


「この子は違う!」


「何が違うねん」


「見て分かんない?」


「分からん」


奏が信じられないものを見るような顔をする。


「玲司には心がない」


「中古車売らへん奴に言われたないわ」


「ちゃんと売ってる!」


「凪がまた頭抱えるぞ」


「…………」


「先月も部品買いすぎて怒られてたやろ」


「必要経費です」


「この車は?」


「…………必要経費」


「目見て言え」


奏が目を逸らした。


玲司は笑いながら、店の奥へ戻っていく。


「今日来たら俺知らんからな」


「絶対言わないでよ!」


「自分で説明しろや」


「玲司!」


「はいはい」


玲司が作業台の前を通り過ぎる。


そこで、ふと足を止めた。


工具。


基板。


配線。


小型カメラ。


そして、その真ん中に――


分解されたドローンが置かれている。


「……またなんか作ってんの?」


奏が一瞬で玲司の前へ回り込んだ。


「見ないで」


「毎日ここで働いてんねんから無理あるやろ」


「まだ途中だから」


玲司が横から覗き込む。


ドローンの底部には、見慣れない装置を取り付けるためのマウントが増設されていた。


「普通のドローンちゃうやろ」


奏がニヤッとする。


「まあね」


「何付けんの?」


「まだ秘密」


「また凪に怒られるやつ?」


「何でも凪基準にしないで!」


玲司が笑う。


そのとき――


奏の視線が玲司の腰元で止まった。


「……玲司」


「ん?」


「それ」


奏が指差す。


玲司が普段持ち歩いているスタンガン。


「ちょっと見せて」


「なんで?」


「いいから」


玲司が警戒する。


「壊すやろ」


「壊さないよ!」


「この前バイクの部品余った言うてドローンに付けてたやん」


「あれは余ったから!」


「余ってへんかったやろ」


「細かいなぁ」


奏が手を差し出す。


「ちょっとだけ」


「嫌や」


「……ケチ」


「仕事せえ、店長」


玲司はそのまま作業場へ戻っていく。


奏はその背中を見る。


そして、もう一度。


玲司の腰にあるスタンガンへ目をやった。


「…………」


少し考える。


ニヤッ。


「あれ、絶対もっと面白くできるな」


「聞こえてんぞ」


「聞かせたんだよ」


「触んなよ!」


「さあ、どうかなー」


「おい!」


FUJI MOTORSに、いつもの声が響いた。



「……戻ってない?」


神谷が顔を上げた。


「はい」


目の前の組員が、少し緊張した様子で答える。


「昨日釈放された連中なんですけど……まだ誰も戻ってきてません」


「一人も?」


「はい」


神谷は黙ってスマートフォンを見る。


昨日、病院で逮捕された組員たち。


全員が釈放された。


問題は――その後だった。


「連絡は?」


「全員つきません」


「家は」


「何人か見に行かせました。でも、帰ってないみたいです」


神谷の眉がわずかに動く。


一人なら逃げた可能性もある。


二人でも、まだ分かる。


だが――


全員。


「……おかしいな」


「ですよね」


そのとき。


後ろから声が飛んできた。


「何がおかしいん?」


神谷が振り返る。


鬼塚が歩いてくる。


片手にはコンビニの袋。


「昨日の連中だ」


「病院行った奴ら?」


「ああ」


神谷がスマートフォンを机へ置いた。


「全員釈放された。だが、誰も戻ってきてない」


鬼塚が袋を置く。


「……全員?」


「全員だ」


「連絡は?」


「つかない」


鬼塚の表情から笑みが消えた。


「飛んだんちゃう?」


「全員一緒に?」


「…………」


鬼塚が黙る。


神谷は組員を見る。


「最後に確認されたのは?」


「警察署を出たところです」


「その後は?」


「分かりません」


「防犯カメラは?」


「桐生さんが調べてます」


神谷が小さく頷く。


「分かった。もういい」


「はい」


組員が部屋を出ていく。


扉が閉まる。


鬼塚が椅子へ座った。


「なんか巻き込まれたんちゃうん?」


「可能性はある」


「坂東ら?」


「それはない」


神谷は即答した。


「昨日の時点で、坂東たちは連中が釈放されたことすら知らない」


「ほな警察?」


「それも分からない」


鬼塚は袋から缶コーヒーを取り出す。


一本を神谷へ放った。


神谷が受け取る。


「なんや、気持ち悪いな」


「ああ」


「俺、探してこよか?」


「まだいい」


「なんで?」


「桐生が追ってる」


神谷は缶を机に置いた。


「まずは、どこで消えたのかを確認する」


鬼塚は缶コーヒーを開ける。


一口飲んでから、低い声で言った。


「……うちの組の人間やぞ」


神谷が鬼塚を見る。


「分かってる」


「ならええけど」


いつもの軽さはなかった。


昨日までいた人間が、一晩でまとめて消えた。


しかも――


釈放された直後に。



病院の奥。


普段、患者も職員もほとんど立ち入らない旧病棟。


照明の落とされた廊下に、足音だけが響いていた。


院長が一人、奥へと進んでいく。


やがて一つの扉の前で立ち止まった。


鍵を取り出す。


カチャ。


扉を開ける。


薄暗い病室。


中央には、一台のベッドが置かれていた。


その上に、一人の男が横たわっている。


腕には点滴。


胸にはいくつもの電極。


傍らのモニターには、心拍数や血圧が表示されていた。


院長は無言で数値を確認する。


「…………」


男の指が、わずかに動いた。


「聞こえますか?」


ゆっくりと男が目を開ける。


「……ここ……は……」


「病院ですよ」


掠れた声。


院長はペンライトを取り出し、男の瞳を確認する。


「私が分かりますか?」


男は答えない。


荒い呼吸だけが続く。


院長は気にする様子もなく、記録を取る。


その男は――


以前、この病院へ救急搬送されてきた、あの患者だった。


院長が男の腕を持ち上げる。


力を抜く。


本来なら、そのままベッドへ落ちるはずだった。


だが――


男の腕が途中で止まった。


震えながら、自分の力で支えている。


院長の口元がわずかに緩む。


「筋力も戻ってきましたね」


男が院長を見る。


「……俺に……何した……」


院長は答えない。


点滴の残量を確認する。


「もう少し休んでください」


「待て……」


院長が背を向ける。


「おい……!」


男が身体を起こそうとする。


ガチャッ。


金属音。


男が自分の手を見る。


手首がベッドへ固定されていた。


「……なんや、これ」


院長は振り返らない。


そのまま病室を出る。


「おい!」


扉が閉まる。


「出せ!!」


ガンッ!!


院長は足を止める。


もう一度。


ガンッ!!


さっきより大きい。


院長は小さく笑った。


「……順調ですね」


さらに廊下の奥へ歩いていく。


一つ目の扉。


二つ目。


三つ目。


そのすべてに鍵がかかっていた。


一番奥の扉を開ける。


そこには――


何台ものベッドが並んでいた。


一人。


二人。


三人。


それぞれの腕に点滴が繋がれている。


院長は、一番手前の男の顔を見る。


昨日まで警察に拘束されていた男。


病院を襲撃し、


そして釈放されたはずの――


獅童組の組員だった。


その隣にも。


さらに、その隣にも。


院長は一人ずつ状態を確認していく。


そして、手元の記録用紙にペンを走らせた。


投与――開始。



夕方。


大阪・淀屋橋。


十階建てのオフィスビル、その六階。


株式会社NEX。


オフィスでは、まだ何人かの社員が仕事を続けていた。


航は自分のデスクで資料に目を通している。


「航」


聞き慣れた声に顔を上げる。


「ん?」


入口にはクリスが立っていた。


「お、クリス。どしたん?」


「少し話がある」


「なんやねん、改まって」


クリスが航のデスクまで歩いてくる。


「拓海さんからだ」


「拓海君?」


「ああ」


クリスがスマートフォンを取り出す。


「昨日、院長室に入ったらしい」


航が一瞬黙る。


「……勝手に?」


「ああ」


「ははっ。拓海君も結構やるな」


「お前にだけは言われたくないと思うぞ」


「俺はちゃんと考えて勝手なことしてるから」


「余計に面倒だな」


「なんやそれ」


航が笑う。


だが――


クリスがスマートフォンを差し出すと、その表情が変わった。


画面には、院長室で撮られた一枚の写真。


「何これ」


「薬だ」


「それは見たら分かるわ」


「ライオン運輸で見つかったものと同じだ」


航の目が止まる。


「……ライオン運輸?」


「ああ」


「獅童組の会社やんな?」


「そうだ」


航が画面をもう一度見る。


「そこにあった薬が、院長室にもあったん?」


「ああ」


「…………」


航の顔から笑みが消えた。


「繋がったやん」


「可能性は高い」


「ほんで、その病院を獅童組が襲った」


クリスが頷く。


航は少し考える。


「あ、そういや」


「何だ?」


「昨日捕まった奴ら」


「病院を襲った連中か?」


「そう」


航がデスクに肘をつく。


「彪から聞いたんやけどな」


「うん」


「全員、釈放されたらしいで」


クリスの眉が動いた。


「……全員?」


「うん。なんか上から話きたらしい」


「誰からだ?」


「そこまでは知らん」


クリスが黙る。


航も少し考え込む。


「……なんか変やな」


「ああ」


「病院襲った獅童組が捕まって、すぐ全員出てくる」


航が指を一本立てる。


「獅童組の会社には謎の薬」


二本目。


「院長室にも同じ薬」


航は指を止めた。


「……警察までなんかあんの?」


「それはまだ分からない」


クリスがすぐに返した。


「決めつけるのは早い」


「せやな」


航は椅子の背にもたれる。


数秒、天井を見上げる。


そして――


「拓海君、今どこ?」


「病院だと思う」


航がスマートフォンを手に取った。


「ほな聞こ」


「何を?」


「院長について、拓海君がどこまで掴んでるかや」



病院。


相馬は医局の自分の席で、パソコンの画面を見つめていた。


机の上には、院長室で確認した資料をまとめたメモ。


スマートフォンには、あの薬の写真。


「…………」


相馬は院内の患者記録を開く。


薬の名前。


搬送記録。


処方履歴。


思いつく限りの言葉を変えながら検索していく。


だが――


「……出てこんな」


正式な薬として登録されていない。


少なくとも、この病院では。


その時。


ふと、一人の患者が頭をよぎった。


最初に運ばれてきた、あの男。


異常な興奮状態。


まともに会話もできず、身体にも妙な反応が出ていた。


相馬が患者名を入力する。


カルテが表示される。


「…………ん?」


スクロールする手が止まった。


搬送。


処置。


入院。


そこまではある。


だが――


退院記録がない。


転院記録もない。


死亡記録もない。


相馬が病床管理の記録を開く。


「…………」


転棟処理はされている。


だが、移動先に表示された病棟コードを見て――


相馬の手が止まった。


「……待てよ」


画面へ顔を近づける。


見覚えのある番号。


旧病棟。


「……は?」


数年前から閉鎖されている病棟。


相馬自身、当然その存在は知っている。


だが現在、患者を収容する場所ではない。


「なんで旧病棟やねん……」


相馬のスマートフォンが震えた。


画面には――


航。


電話に出る。


「もしもし」


『拓海君』


「なんや、航」


『今ちょっとええ?』


「仕事中や」


『ほな手短に聞くわ』


相馬が画面から目を離さない。


「何や」


少し間があって――


航が言った。


『院長、何隠してる?』


「…………」


相馬はもう一度、旧病棟の表示を見る。


院長室にあった薬。


記録から消えた患者。


そして、閉鎖されているはずの旧病棟。


「……俺も今、それ調べてるとこや」


『なんか出た?』


「まだ分からん」


相馬は椅子から立ち上がる。


「ただ――」


『ん?』


相馬の目が細くなる。


「おもろないもんは出てきた」



夜。


旧病棟。


一番奥の部屋。


ベッドの上には、一人の男が拘束されていた。


昨日釈放された、獅童組の組員。


「……っ、何やねんこれ!」


ガチャッ!!


拘束具が鳴る。


「おい! 外せや!」


院長は答えない。


手にしたケースを机の上へ置く。


開く。


中には、数本の薬剤。


男の顔色が変わった。


「……なんや、それ」


院長は一本を取り出す。


「少し眠っていてください」


「は?」


「すぐ終わります」


「待てや!」


男が身体を起こそうとする。


ガチャッ!!


「ふざけんな! 俺は昨日出てきたばっかやぞ!」


院長は注射器へ薬剤を移していく。


「おい!!」


その時――


部屋の奥から声がした。


「やれ」


院長の手が止まる。


暗がり。


そこに、一人の男が立っていた。


顔までは見えない。


ベッドの男がそちらを見る。


「……え?」


聞き覚えのある声。


「ま、待ってください……」


男の声が震える。


「俺……ちゃんとやりましたよね?」


返事はない。


「病院にも行った……言われた通りに……」


暗がりの男は動かない。


「なんで俺が――」


院長が注射器を持ったまま、奥を見る。


わずかに迷う。


「……本当にいいんですか」


一瞬の沈黙。


「獅童さん」


ベッドの男の目が見開かれる。


暗がりから、低い声が返ってきた。


「構わん」


「ですが、彼はあなたの組の人間です」


「分かってる」


「投与後、どうなるかはまだ――」


「だから試すんやろ」


院長が黙る。


「獅童さん……」


男の声が震える。


「俺、何も――」


獅童は表情一つ変えない。


そして――


「続けろ」


院長が注射器へ視線を戻す。


「待ってください!!」


ガチャッ!!


「獅童さん!!」


ガチャッ!!


「俺は――」


針が腕へ刺さった。


「――っ!!」


薬剤が、ゆっくりと入っていく。


獅童は最後まで、


その光景から目を逸らさなかった。

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