第1話 NEX
午前八時五十七分。
大阪・淀屋橋。
御堂筋を行き交う人々のほとんどが、同じ方向を向いて歩いていた。
駅から吐き出された会社員たちが、信号が青に変わると一斉に横断歩道を渡る。
革靴の音。
バスのエンジン音。
信号機の電子音。
その流れの中を、一人の男が歩いていた。
黒いスーツ。
黒いネクタイ。
黒い革靴。
二十六歳という年齢には少し不釣り合いなくらい、落ち着いた雰囲気をまとっている。
男は右手にスマートフォン、左手にコンビニのコーヒーを持っていた。
画面には未読のメールが十七件。
そのうち三件に目を通し、一件だけ返信する。
横断歩道を渡り終えたところで、スマートフォンが鳴った。
表示された名前を見る。
――真田 豪。
男は一度、無視した。
三秒後。
また鳴った。
もう一度無視する。
さらに三秒。
三度目。
「……しつこ」
通話ボタンを押した。
『坂東ォ!』
耳からスマートフォンを離す。
「朝から声でかいねん」
『どこおんねん!』
「淀屋橋」
『それは知っとるわ! 会社どこや思てんねん!』
「ほな聞くなよ」
『九時からやぞ!』
坂東航は腕時計を見る。
八時五十九分。
「間に合うやろ」
『あと一分やぞ!』
「一分あるやん」
『お前、社長やろ!』
「せやで」
『社長が一番ギリギリに来んな!』
「切るで」
『待て坂東ォ――』
通話を切った。
坂東は何事もなかったようにコーヒーを飲んだ。
目の前のビルを見上げる。
十階建てのオフィスビル。
その六階。
ガラス扉の向こうに、白い文字で会社名が入っている。
**株式会社NEX**
坂東航が代表を務める会社だった。
◇
エレベーターの扉が開く。
午前九時二分。
「アウトです」
最初に聞こえたのは女の声だった。
坂東が顔を上げる。
受付前に一人の女性が立っている。
黒髪。
黒縁眼鏡。
紺色のスーツ。
胸元には社員証。
白石美月、二十四歳。
坂東の秘書である。
「二分やん」
「二分遅刻です」
「社長にタイムカードないやろ」
「そういう問題ではありません」
「おはよう」
「誤魔化さないでください」
美月は手元のタブレットを見る。
「九時十五分から営業会議。十時から株式会社東栄とのオンライン面談。十一時三十分から採用面接が二件。十三時から研修部門の打ち合わせ。十五時――」
「美月」
「はい」
「コーヒー飲ませて」
「歩きながら飲んでたじゃないですか」
坂東が手元を見る。
空だった。
「……ほんまや」
美月が小さく息を吐く。
「社長室に置いてあります」
「さすが」
「ただし五分で飲んでください」
「厳し」
「誰のせいですか」
そこへ。
「坂東ォ!」
廊下の奥から、大きな男が歩いてきた。
いや、歩いているというより、こちらへ迫ってくると言った方が近い。
百八十センチを優に超える身長。
スーツの上からでも分かるほど発達した肩と胸。
短く整えられた髭。
そんな見た目に似合わず、顔には満面の笑みが浮かんでいる。
真田豪、二十五歳。
NEX創業メンバー。
役職上は取締役。
実質的には坂東の右腕だった。
「二分遅刻!」
「美月に言われた」
「俺からも言う!」
「いらん」
豪が坂東の肩に腕を回す。
「昨日何時まで起きてた?」
「二時くらい」
「何してた?」
「仕事」
「嘘つけ」
「ほんま」
「ゲームやろ」
「……一時間だけ」
「ほら見ろ!」
「仕事もした」
「お前なぁ――」
「真田さん」
美月が口を挟む。
「はい?」
「社長を会議室まで連れて行っていただけますか」
「任せろ!」
「犬ちゃうねんから」
豪が坂東を引きずっていく。
美月はその後を追おうとして――
「あっ」
つまずいた。
タブレットが手から離れる。
坂東が振り返る。
豪も振り返る。
美月はなんとか壁に手をついて踏みとどまった。
タブレットだけが床を滑っていく。
沈黙。
豪が口元を押さえる。
「……笑ったら怒ります」
「まだ笑ってへん」
「顔が笑ってます」
「顔はしゃあないやろ」
坂東がタブレットを拾った。
「美月」
「……はい」
「何につまずいたん?」
三人が床を見る。
何もない。
美月は眼鏡を直した。
「床です」
豪が吹き出した。
「床はずっとそこにあるわ!」
「真田さん!」
朝のNEXに、豪の笑い声が響いた。
◇
会議室にはすでに三人が座っていた。
「社長、遅刻っすよ」
一番最初に声を上げたのは三浦陽平だった。
二十六歳。
人材派遣部門の営業担当。
明るい茶色の髪に、人懐っこい笑顔。
スーツは着ているが、ネクタイは少し緩い。
坂東と同い年で、社内でも特に距離が近い社員の一人だった。
「二分や」
「遅刻は遅刻っす」
「三浦」
「はい」
「今月の新規契約」
三浦の笑顔が止まった。
「……そこ突きます?」
「会議やからな」
「まだ月初ですよ?」
「先月も同じこと言うてた」
「社長、朝から怖いっすわ」
「自分から喧嘩売ったんやろ」
隣に座っていた女性が呆れたように笑った。
水野沙耶、二十九歳。
人材教育部門の責任者。
NEXの主要メンバーでは最年長である。
「陽平、あんた毎回それやな」
「沙耶さんまで!」
「仕事し」
「してますって!」
「結果は?」
「……してますって」
「答え変わってへんで」
豪が笑いながら三浦の隣に座る。
「陽平、今日飲みに行くか?」
「行きます!」
「契約取れたらな」
「条件付き!?」
「当たり前や」
水野が豪を見る。
「豪」
「ん?」
「あなたも先週の研修報告出してないで」
豪の動きが止まった。
坂東が椅子に座りながら笑う。
「人のこと言えんな」
「坂東、お前あとで覚えとけよ」
「なんで俺やねん」
そして最後の一人。
会議室の端でノートパソコンを開いていた男が、眼鏡を上げた。
伊集院慎太郎、二十七歳。
コンサルティング部門。
NEXでもトップクラスに数字に強い。
そしてトップクラスに口が悪い。
「皆さん、そろそろ始めてもらえますか」
豪が見る。
「慎太郎、お前朝からテンション低いな」
「真田さんが高すぎるんです」
「人生楽しい?」
「少なくとも真田さんより計画的に楽しんでいます」
「腹立つわぁ」
「ありがとうございます」
「褒めてへん!」
坂東が席についた。
美月が資料を配る。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
五枚。
そして自分の席へ戻ろうとして――
「あ」
一枚足りない。
伊集院が無言で自分の資料を見る。
美月を見る。
資料を見る。
美月を見る。
「……私のを使ってください」
「白石さん」
「はい」
「印刷部数は参加人数プラス一部が基本です」
「……はい」
「慎太郎」
坂東が止める。
「なんでしょう」
「美月泣くで」
「泣きません!」
美月が即答した。
豪が笑う。
「元気やん」
「始めるで」
坂東の一言で、空気が変わった。
さっきまで騒がしかった五人が一斉に資料を見る。
美月も坂東の右斜め後ろに座った。
坂東は資料をめくる。
「まず派遣」
三浦が姿勢を正した。
「現在稼働四十二名。今月新規予定六名です」
「離職は?」
「先月一名」
「理由」
「派遣先との相性ですね。業務自体は問題なしです」
坂東が資料を見る。
「本人とは話した?」
「昨日」
「どうやった?」
「別の現場なら続けたいって」
「ほな変えよ」
三浦が少し驚く。
「いいんすか?」
「何が?」
「今の派遣先、結構単価いいですよ」
坂東は資料から目を上げた。
「本人辞めたら単価ゼロやろ」
「まあ……そうですけど」
「合わんところで無理させる意味ない」
伊集院が口を開く。
「短期的には粗利が落ちます」
「分かってる」
「新しい派遣先が決まらなければ待機コストも発生します」
「それも分かってる」
「では?」
坂東は少し考えた。
「人って、置く場所で変わるやろ」
伊集院が黙る。
「能力ないんじゃなくて、合ってへんだけかもしれん。そこを見るんが俺らの仕事ちゃう?」
水野が小さく頷いた。
三浦は資料に何かを書き込む。
豪だけがニヤッと笑っていた。
「何?」
坂東が聞く。
「いや」
「言えや」
「昔から変わらんな思て」
坂東は豪を見る。
ほんの一瞬だけ、二人の間に別の空気が流れた。
だが豪はすぐに笑った。
「ほな次!」
「お前が進行すんな」
会議は続いた。
◇
午前十一時三十二分。
NEXの小さな応接室。
美月が椅子を整えている。
今日は採用面接が二件。
坂東が入ってくる。
「履歴書」
「こちらです」
美月が差し出す。
坂東が目を通す。
「第二新卒?」
「はい。前職は半年で退職されています」
「理由は?」
「そこを面接で確認していただければ」
「了解」
坂東が椅子に座る。
美月は向かい側へ。
「美月」
「はい?」
「面接された時、覚えてる?」
美月の動きが止まる。
「……忘れました」
「嘘つけ」
「忘れました」
「履歴書落としたよな」
「忘れました」
「水こぼしたよな」
「忘れました」
「最後、椅子に鞄引っ掛けて――」
「社長」
「はい」
「応募者が来ます」
「はい」
ドアがノックされた。
美月が立ち上がる。
「どうぞ」
応募者が入ってくる。
緊張した若い男性。
美月は一瞬で仕事の顔に戻った。
「お掛けください」
坂東はその様子を見ながら、少しだけ笑った。
◇
面接が終わった。
応募者が退室する。
美月がドアを閉めた。
「どうでした?」
坂東は履歴書を机に置く。
「採ろか」
「え?」
「採用」
「早くないですか?」
「そう?」
「前職の退職理由も、本人はうまく説明できていませんでした」
「説明下手なんやろ」
「それだけで判断します?」
坂東は椅子にもたれた。
「美月も面接下手やったで」
「私の話はいいです」
「でも採った」
「……なぜですか?」
坂東は少し考える。
「真面目やったから」
美月が瞬きをする。
「それだけ?」
「それ、結構大事やで」
「でも私、面接で――」
「履歴書落とした」
「……」
「水こぼした」
「……」
「鞄引っ掛けた」
「もういいです」
「でも、質問には全部ちゃんと答えようとしてた」
美月が黙った。
坂東は履歴書を指で軽く叩く。
「こいつも多分、そういうタイプや」
「……社長って」
「ん?」
「意外と人を見てるんですね」
坂東が美月を見る。
「意外とって何?」
「あ」
「今、失礼なこと言うた?」
「言ってません」
「言うたよな?」
「次の予定確認します」
美月が逃げるようにタブレットを見る。
坂東が笑った。
◇
昼休み。
NEXの休憩スペースには六人が集まっていた。
三浦がコンビニ弁当を開ける。
豪は大盛りの弁当を二つ並べている。
伊集院がそれを見る。
「真田さん」
「なんや」
「それ何キロカロリーですか」
「知らん」
「でしょうね」
「慎太郎、お前俺に喧嘩売るん好きやな?」
「数値が気になるだけです」
水野が豪の弁当を見る。
「野菜は?」
「ここ」
豪が唐揚げの下に敷かれたレタスを指差した。
「それ飾りや」
「野菜やろ!」
「食べるん?」
「……食べるよ?」
「今、間あったな」
三浦が笑う。
美月は自分で作ってきた弁当を机に置いた。
蓋を開ける。
綺麗に詰められている。
「おお、美月ちゃん女子力高いやん」
豪が覗き込む。
「自分で作りました」
「坂東、見習え」
坂東はカップ麺に湯を注いでいた。
「なんで俺?」
「社長が昼飯カップ麺て」
「うまいやん」
水野が呆れた。
「航くん、ほんま食生活終わってるな」
「会社では社長」
「社長、食生活終わってます」
「言い直しただけやん」
美月が坂東を見る。
「明日からお弁当注文しましょうか?」
「いや、ええよ」
「健康管理も仕事です」
豪がニヤニヤする。
「美月ちゃん、坂東の嫁みたいやな」
美月の箸が止まった。
「なっ――」
坂東はカップ麺をすすっている。
「豪」
「ん?」
「沙耶に怒られんで」
今度は豪の箸が止まった。
水野がゆっくり豪を見る。
「……何の話?」
「いやいやいや、なんもない!」
三浦がニヤつく。
伊集院もパソコンから目だけを上げた。
「真田さん、顔赤いですよ」
「慎太郎、お前ほんま黙れ!」
「室温では?」
「お前から殴ったろか!」
「暴力反対です」
水野がため息をつく。
だが、少しだけ笑っていた。
美月はその隙に水筒を取ろうとして――
肘が弁当箱に当たった。
「あっ」
坂東が反射的に弁当箱を押さえる。
ギリギリ。
落ちなかった。
沈黙。
美月が坂東を見る。
坂東も美月を見る。
豪が箸を置いた。
「……今日は二回目やな」
「まだ落としてません!」
「坂東がおらんかったら落ちてたやろ!」
「結果がすべてです!」
伊集院が頷いた。
「珍しく白石さんに同意します」
「伊集院さん!」
休憩室に笑い声が響いた。
◇
午後三時四十分。
坂東は社長室で資料を読んでいた。
窓の外には淀屋橋の街並みが広がっている。
ノック。
「どうぞ」
三浦が入ってきた。
「社長、ちょっといいっすか」
「ん」
三浦が一枚の資料を机に置いた。
「新規の派遣案件です」
坂東が目を通す。
物流関連企業。
事務職。
複数名。
契約期間六か月。
条件も悪くない。
「どこから?」
「紹介です。先方が急ぎで人探してるみたいで」
「会社調べた?」
「一応。設立十二年。倉庫管理と輸送手配がメイン。売上も普通っすね」
坂東は資料をめくる。
「現場は?」
「大阪市内。ちょっと湾岸寄りです」
「何人?」
「最初一人。問題なければ追加で五人くらい欲しいって」
坂東が顔を上げる。
「誰出す?」
「まだ決めてないっす」
「三浦行けば?」
「俺!?」
「営業得意やろ」
「俺、派遣する側ですよ!」
「現場知るんも勉強や」
「絶対面白がってるでしょ」
坂東が少し笑う。
「半分」
「半分は本気なんすか……」
三浦が資料を取り返そうとする。
坂東は押さえた。
「待って」
「はい?」
もう一度、資料を見る。
特におかしなところはない。
条件も普通。
会社情報にも不自然な点はない。
ただ。
「……紹介者、誰?」
「え?」
「この案件持ってきた人」
三浦がスマートフォンを見る。
「えーっと……営業先で知り合った人です。向こうの取引先の人みたいで」
「名前」
「神谷さん」
坂東の指が止まった。
「下は?」
「ちょっと待ってください」
三浦がメールを開く。
「神谷……直人さん」
「会社は?」
「名刺には別の会社書いてましたけど」
「どこ?」
三浦が答える。
坂東はスマートフォンで検索した。
普通の会社だった。
ホームページもある。
所在地もある。
事業内容も普通。
「なんかあります?」
三浦が聞く。
「いや」
坂東はスマートフォンを伏せた。
「一応、契約書回して」
「了解っす」
「あと」
「はい?」
「派遣先、一回俺も見に行く」
「社長が?」
「暇やったら」
「暇じゃないでしょ」
ドアの外から声がした。
「暇じゃありません」
美月だった。
いつからいたのか。
坂東と三浦が同時にドアを見る。
美月がタブレットを持って立っている。
「来週まで予定埋まっています」
三浦が笑う。
「だそうです、社長」
「……考えとく」
「考える余地ありません」
「厳しいなぁ」
「秘書ですから」
三浦が資料を持って部屋を出ていく。
「じゃ、俺これ進めますね」
「頼む」
ドアが閉まる。
坂東は椅子にもたれた。
窓の外を見る。
淀屋橋の街は、いつもと変わらない。
車が走り。
人が歩き。
ビルの窓に夕方の光が反射している。
美月が聞いた。
「何か気になります?」
「いや」
坂東は机の上の資料を見る。
**新規人材派遣契約。**
ただの仕事だ。
NEXでは毎月、似たような案件がいくつも動いている。
特別なものではない。
坂東は資料を閉じた。
「美月」
「はい」
「今日何時まで?」
「社長は十九時です」
「俺が聞いたんやけど」
「社長が帰らないと私も帰れません」
「帰ってええで」
「帰りません」
「なんで?」
「秘書ですから」
坂東が少し笑った。
「便利な言葉やな、それ」
「社長」
「ん?」
「仕事してください」
「はい」
◇
午後七時十二分。
NEXの照明が一つずつ消えていく。
三浦が鞄を肩に掛けた。
「豪さん! 飲み!」
「行くか!」
豪が即答する。
水野が横から言う。
「豪」
「ん?」
「研修報告」
豪の顔が固まる。
「……明日じゃあかん?」
「今日」
「沙耶ぁ」
「今日」
「陽平」
豪が三浦を見る。
「先行っとけ」
「一人で!?」
「俺は戦わなあかん」
「何と?」
豪が水野を見る。
「現実と」
「アホ言ってないで座る」
「はい」
三浦が笑いながらエレベーターへ向かう。
伊集院もパソコンを鞄に入れた。
「お先です」
「慎太郎」
坂東が呼ぶ。
「はい」
「明日の資料よかったで」
伊集院が一瞬止まる。
「……ありがとうございます」
「ただ、十二ページいらん」
「必要です」
「誰も読まん」
「読みます」
「誰が?」
「社長が」
「いらん」
「読んでください」
「嫌や」
「読みやすく修正します」
「削れ」
「嫌です」
伊集院は頭を下げる。
「お疲れさまでした」
「逃げたな」
「戦略的撤退です」
エレベーターが閉まる。
美月が自分の机を片付けていた。
坂東がジャケットを着る。
「帰るで」
「はい」
美月が立ち上がる。
その瞬間。
机の脚に足をぶつけた。
「っ……!」
声を殺してしゃがむ。
坂東が見る。
豪が見る。
水野が見る。
誰も何も言わない。
美月がゆっくり立ち上がった。
「……帰りましょう」
豪が耐えきれず笑った。
「美月ちゃん、今日三回目!」
「真田さん!」
「記録更新やな!」
「数えてたんですか!?」
水野が豪の頭を軽く叩く。
「笑いすぎ」
「痛っ!」
坂東はエレベーターのボタンを押した。
扉が開く。
「ほら、帰るで」
六階の照明が消える。
最後に、入口の白い文字だけが残った。
**NEX**
この時の彼らにとって。
明日も今日と同じように始まるはずだった。
仕事をして。
くだらないことで笑って。
誰かが失敗して。
誰かが助ける。
それが彼らの日常だった。
三浦陽平の机には、一枚の資料が置かれている。
今日届いたばかりの、新規派遣案件。
その右下。
紹介者の欄には、小さな文字で名前が記されていた。
**神谷直人。**
誰もまだ、その名前を気に留めてはいなかった。
そして。
その必要も、まだなかった。




