第93話 魔王、尋問される
「貴様、エィス様の事まで知っているのか?」
オレがエィスの名を言い当てると、ザズーがまた機嫌の悪い顔をして言う。
だがエィスはオレにもザズーにも返事をすることなく、オレの横にいる兵士に話しかけた。
「おい。頭が高いだろう?膝まづかせろ」
「はっ!」
兵士は持っていた槍でオレの膝の裏を突いて膝を付かせ、その後上半身を押さえつけてくる。
そうしてオレを、エィスへと頭を下げる姿勢にした。
オレより視線の高くなったエィスが、改めて話しかけて来た。
「自分の立場をわきまえろよ?僕がお前に質問してるんだ。答えろ。お前が僕のゴモラを倒したヴォルトという男なのか?」
「ふん。その通りだ。あれはおまえの使い魔だったそうだな?残念だったな」
「余計な事は言うなっつてんだろ!」
エィスはそう怒鳴って、ソファの前のローテーブルを蹴り上げた。
大きな音を立ててテーブルはひっくり返る。
「質問にだけ答えろ!てめえ一体何者だ?なんでてめえがあの魔族を助けようとした?」
果たしてどこまで言ってもよいものかと、オレは考えていた。
どう考えても、拘束具で力を封じられている今のオレの状況はよくない。
頭の負傷が治らないのも問題だ。ズキズキと響く痛みが、正常な思考を妨げる。
先程から両手を拘束している手枷を破壊しようと試みているのだが、一向に壊せる気がしない。
どうやら手枷は魔封じではなく、腕力を封じるマジックアイテムのようだ。
首輪で魔法を封じられ、手枷で力を封じられている。
はっきり言って手詰まりだ。エィスどころか、ザズーすら倒すこともできないだろう。
どうすれば目の前の敵を倒せるか考えていたら、エィスが求める回答が返ってこないことに再びキレた。
「答えろっつってんだろ!」
エィスは今度はテーブルでなく、オレを蹴とばす。
子供とは言え、顔面を思い切り蹴られたものではたまったものではない。
口の中に血の味がにじむ。
「魔族が助けに来るかもと思って罠を張っておきゃ、なんだか分からない人間がかかりやがって。気に食わねえ……」
「罠?そういえば貴様マグマに何かしたな?まさか『神言』か?」
「てめえ『神言』についても知ってんのか?どこまで知ってやがんだ?まあいい。てめえにも『神言』をかけてやるよ。『知っている事を全て話せ』」
「断る!」
オレは即答する。
「な?」
エィスはオレの返答に驚く。見ると横のザズーもひどく驚いていた。
「何なんだ貴様?どうして『神言』にかからない?」
どうやらオレは今、こいつの『神言』、神人の持つなんでも言う通りにさせられる言葉の呪縛を打ち破っていたようだ。
「エィス様、こやつは先ほどまで、神器『殲滅し尽くす聖剣』を持っていました。もしかして神器の影響を受けたのかも……」
「何だと?!」
エィスは肉体を得て地上に降りて来た神である神人。人間の力の遠く及ばないはるか高次元の存在だ。
だが神器と呼ばれる武器は、神が神を倒すために作ったと言われる武器。
『殲滅し尽くす聖剣』にしても、オレの『灰燼に帰す弓』にしても、神人を倒すことができる可能性がある力を持っているはずだ。
先程エィスの『神言』を打ち破ったのも、その神器の所有者であるからという可能性が高い。
「なんでてめえがそんな物騒な武器を持っていやがったんだ?まあいい、『神言』が聞かねえなら、魔法で言う事を聞かせりゃいい。教えてやろう。僕はこの教団の信仰魔法の力の元である神だ。そして僕が最も得意としているのが、神経系の魔法。精神を操る魔法だ」
両手を封じられている今、エィスを倒すための『灰燼に帰す弓』も弓を引く事ができない。
魔法を封じられ、腕力を封じられ、そして奥の手である神器も封じられたオレは、エィスの魔法に抗う術がなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミルス平原を挟んで魔族側の砦であるモスには、魔族の全軍隊が集まって来ていた。
最悪の場合、一般人も徴兵する必要があるが、これ以上兵を集めては魔界の各都市の機能が停止する恐れがある。
歩兵だけではく、騎馬兵、戦闘用ゴーレム、そして魔力で動く鋼鉄製の戦車などの魔界の全ての戦力が集結しようとしている。
それは同じように全戦力がミルス平原の向かい側、人間族の砦に集まろうとしていることへ対応するためだった。
この砦を守る司令官モノラルの部屋には、魔族軍の将軍ロックが来ていた。
ロックは両肘を付いて重苦しい表情をしている。
そんなロックの横でモノラルは、困った表情をして固まっていた。
「ばからしいと思わんか?」
「は……はっ?」
唐突に口を開いたロックの言葉の意味が分からず、中途半端な返事をしてしまうモノラル。
ロックは、自分の言葉が足りなかった部分を補足する。
「シオンが休戦協定を結んだばかりだというのに、すぐにこの仕打ち。訳が分からぬよ。全戦力をぶつけ合っても、お互いに消耗するだけで、どちらにも得はない。人間族の考えている事がわしには分からん……」
「はい。おっしゃる通りです」
白いひげを携えたロックは、モノラルの父親くらいの年齢だ。
モノラルは軍に入ったばかりの新兵のころからロックの背中を見て来た。
そんなモノラルも現在では結婚して子もおり、軍隊でも司令官の立場まで出世した身だが、いつまで経ってもロックには頭が上がらない。
それは年齢が上であり役職が上であり師匠とも呼べる関係であるからでもあるが、そういうものを全て取り払ったとしても尚、モノラルはロックの人格を尊敬してやまないだろう。
そんなロックが突然、驚くべき言葉を発した。
「わしももう、戦争には疲れたよ」
「な……何をおっしゃいます?!」
「これ以上部下が死んでゆく姿を見たくない。わしはやはり戦いはすべきではないと思っている」
「な……、それでは人間族に一方的に攻め込まれてしまいます!」
「攻めたいのなら攻めさせればいい。我々は危なくなったら逃げよう。魔界という一個の国は亡びるかもしれんが、かつては魔界も多くの都市国家があってバラバラだったのだ。元に戻るだけだ。国よりも国民の命の方が大切だ」
「閣下!」
「わしは今日限りで将軍の座を降りさせてもらう。モノラルよ。全軍を率いて撤退せよ」
「そんな事を言わないでください!閣下はどうなされるおつもりなのですか?」
「撤退イコール、人質となっているシオンを見殺しにするという事だ。シオンを一人では死なせん。わしが単独で潜入し、救出してくる。失敗したらやつと一緒に死ぬだけだ」
「閣下!」
そんなモノラルの大声が部屋の外に漏れたからか、部屋の扉が開いて入ってくる者がいた。
それは司令官の部屋にノックもせずに入れる立場の者、魔導部隊の隊長である魔法使い、サザンクロス・ジェニーだった。
「あんたうるさいわね。外の兵士もびっくりしてるわよ」
「すいません!」
畏まるモノラル。
ロックはそんなやりとりをすっ飛ばして、自分の聞きたいことを尋ねる。
「ルビィはどうだ?」
「意識を取り戻したわ。相当強い精神支配魔法がかかっていたわよ」
「そうか、よかった……」
先程までずっと、ジェニーはエィスの精神支配魔法にかかっていたルビィの治療をしていたのだが、無事に解呪に成功したようだ。
ロックの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「それよりもあんた、さっきの話聞いてたわよ。将軍やめるんですって?」
「ああ。お前たちも早急に撤退してくれ」
「いやよ」
その返事にロックの眉間にしわが寄る。
怖い表情で見つめられながらも、ジェニーは態度を崩さない。
「シオン一人のために、多くの者を犠牲にするわけにはいかない。シオンの代わりなどいくらでもいる。人間たちが攻めてくる前に撤退だ」
「どれもいやよ。シオンを見捨てるのも嫌だし、多くの兵を見捨てるのも嫌」
「どういう事だ?」
「あんたさっき一人で乗り込むって言ってたでしょ?手伝うわよ」
シオンが黙ってジェニーを見つめる。
ジェニーはにやりと笑みを浮かべている。
「でしたら私も……」
「モノラル、貴様が来ても足手まといになるだけだ。軍隊の事を頼む」
ジェニーに対しては返事を黙っていたロックは、モノラルの申し出に対してはすぐに断りを入れる。
ジェニーはモノラルの肩に手を置き、慰めるように一言呟く。
「私たちに任せておきなさい」
モノラルは何も答えることができなかった。
「案内が必要だろう?」
ジェニーが入って来た時に開けたままだった扉の向こうから、そう言って入ってくる者がいた。
「ルビィ?!大丈夫なのか?」
それは先ほどまでジェニーに治療をされていた、魔王親衛隊隊長であるルビィだった。
「ロック、今から私が見たことを話す。シオンを助けに行くのなら私も連れて行ってくれ。シオンを守れなかった私の失態だ」
こうして魔界軍最強の将軍ロック、魔界最高の魔法使いジェニー、魔王直属の剣士ルビィの三人は、シオンが囚われている人間たちの砦、現在ヴォルトが拷問をうけているそこへ、救出へと向かった。