表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

 開拓村は、それぞれに強い個性がある。

 木々が生い茂り、その合間から魔女が虎視眈々と狙い、魔物がさまよい出る過酷な環境を切り拓いていくのだ。どうやって明日を生き延びるのか。常に圧力を受けながら造られる村は、凹み凹まされ、細く長く逃げ出したり、張り出して威嚇したり、ところどころ血に濡れていたりする。


 生きる。


 生きる。そういう意志が、そういう諦念が、そういう絶望が。村ごとに、来た人が気圧されるぐらい滲みだしているのが開拓村だ。

 とりあえず明日を生きるために作られ、壊すも勿体ないということで残された、ぼろぼろのあばら家。小さな畑。森を伐った分だけ歪に広げられた柵。つぎはぎだらけのバリケード。そういうものが取り残されているのが開拓村だ。そう思っていた。


「これは……」

「すごいですね」


 目の前の景色に息をのむ。

 鋭い断面を見せる木の柵。整然と区画整理された広大な畑。しかも、災害時用に、区画ごとに柵で遮ってあり、獣に畑全体を荒らされるのを予防している。遠目に見える住居は、他と変わらない四角のブロックでできているが、棟ごとの連結されている数が多い。長屋、と言ったらいいのだろうか。大型住宅がきっちりと並べられている。

 僕が知っているどこの村よりも。いや、どの街よりも整えられていて、人工の匂いがする。人間の脳みそをそのまんま投影したらこうなるんじゃないか、というくらい、四角くまとめられた村が出来上がっている。設計図でも引いてから、お金持ちの集団が準備万端で開拓に乗り出したのだろうか。それにしては、あまりに前線にある。

 ちょっと、いや、かなり不思議な村だ。


「よっぽど村長が優秀なのか、それとも土地がいいのかもしれないね」

「豊かなら、建て直しとかできますもんね」

「そうだね」


 頷いてはみるけれど、そんなことはないと思う。いくら土地が豊かで生活にゆとりがあったって、一度作ったものを壊して効率化するなんて、思いついてもできる人はほとんどいないからだ。「より良くしよう」と突き進むことができる人なんて、一部だけだ。とりあえず生きるに足りていればなげやりに満足するのが人間だ。研究者や発明家みたいな変人が勝手に文明を推し進めるから、足ることを知らないように見えるだけで。

 なにはともあれ、便利に発展しているなら、どんな理由だっていいさ。


「それじゃあ、挨拶してこようか」

「はいっ」


 道の悪い森を歩いてきたんだ。人の手が入った道にフランが目を輝かせた。

 村の内側は外から見た通り、住みよいように手入れされていた。驚いたことに、広い道の両側には花壇が置かれている。小さなピンク色の花が風に揺れている。

 自然は怖い。自然は強い。自然は敵だ。それをこうして愛しむ余裕がある。


「鉄、かな」


 僕の呟きに、フランが「何か言いましたか?」と首をかしげた。

 大きな声で言えることじゃない。僕は小さく頭を左右に振った。開拓村の資源を詮索するのは、いい目で見られないだろう。自然を畏れない人間は、鉄を持っている。間違いないと思うのだけれど。

 道端で話し込んでいたおばさんたちに道を訊ね、村長宅に着いた。


「辺境の村にようこそ。私が村長のレグシだ。この子は、危なくないから気にしないで欲しい」


 村長は、ひげに白いものが混じりだした年の頃の、いかにも力強い肉体の男性だった。彼が指した方には、なんと、気配をすっかり消した猿がいた。

 いや、猿じゃない。これは魔物だ。

 建物の角で丸まっているからわかりにくいが、体長三メートルはあるだろう。体毛は黒く、その貌は皺の中に牙が埋まっているような醜悪なものだ。黒い毛に埋没していてわかりにくいが、クルミの殻ほどもある、大きな目がぎょろりと僕らを見つめている。白目がなく、ただただ黒くて丸い。

 体中の血液が静かに冷えていくのを感じながら、杖に指で触れる。

 知っている魔物でよかった。猩猩、だろう。まだ子どもだ。危険ではあるが、平地で勝てない相手じゃない――。


「まあ、そう殺気立たないでくれ」


 村長が苦笑しながら言った。その声音にいつものことだという雰囲気が混じっているのに気づいた。


「失礼しました。森を抜けてきたもので、魔物とか魔女だとかに過敏になっていたようです」

「いやいや謝らなくていい。いつものことなんだ。ここの村人も馴染むのに時間がかかった」

「でしょうね」

「見た目が、な。仕方のないことではあるが、やはり恐い貌をしているからな。見た目で判断するのは当然のことだ。危険なものを避けるために、人はそういう容姿を『恐い』と思うようになったのだからな」


 村長が寛容で助かった。魔物なのに同じ家に暮らしているということは、深い関係なのだろう。


「猩猩ということは、魔法が使えますよね。この村での魔法使いの役割を担っているのですか?」

「ああ。人間の魔法使いよりなかなかに強力でね。それに働き者だ。助かっている」


 村長がひらひらと手を振ると、猩猩は応じるように手を振り返した。


「仲良しなんですね!」

「ああ」


 フランに、村長は照れくさそうに応えた。


「どういうきっかけで猩猩と親しくなったのかお聞きしても?」


 猩猩は知能の高い魔物だ。もしかしたら。僕はあの一風変わったオーガ、パストラルを思い出した。

 村長は頷き、言う。


「構わないが、秘密を守れるか? いやまあ、大した秘密でもないのだが。こんな森の真ん中の辺境に来る人もそういないだろうからな」

「ええ、もちろんです」

「誰にも言いません!」

「ならいいだろう。そうだな、まだ、私が若々しくて、無謀さと反抗心と空きっ腹だけを抱えてこの森に入ったばかりの時だ――」



◇◇◇



 森で振り返ってはいけない。

 そんな常識にだって疑ってかかるような、「大人」だの「先祖」だのが嫌で嫌で仕方がない時期があった。誰だってそうだろう。どれくらい阿呆かには違いがあっても、阿呆だったことに変わりはないはずだ。

 まだ若く、痩せこけてはいたが眼だけはギラギラとした青年――レグシは、森の開拓団、それも完全に未開の地を切り拓く一団に応募した。


 街の近くの寒村は、土地が痩せているくせしてしっかりと税はとられていく。空腹が恨めしくて、その原因の、役人も、果ては村自体さえ憎んでいた。

 みんな腹が減っていて、子どもは泣いていて、俺もまた荒んでいた。

 村を飛び出し、街で参加した開拓団には、二〇人の貧しい身なりをした男たちがいた。みんなやけっぱちで、それでいて、人さえも殺してしまいそうな気迫があった。

 徒歩で森まで移動し、黙々と前だけ向いて最前線の開拓村を目指して歩いた。

 森の土はふかふかとしていて……これを持って帰るだけで、村の畑は豊かになるんじゃないか、なんて思ったりもした。けれど、ここまできて「土をもって引き返す」だなんて、恥ずかしくて言い出せなかった。

 四方八方から視線が注がれている気がした。みんな腹が減っているのに加えて、びくびくしながら進んでいるせいで、あまり進めないままあっという間に夜になった。


 夜の森の不気味さは筆舌に尽くしがたい。まるで暗闇が、それ一個の生物のように絡みついてくる。

 「なにかがいそうで怖い」「わからないから怖い」。そんなちゃちなものじゃない。質が違う。

 絶対に、俺の真後ろになにかがいた。

 絶対に、俺の目と鼻の先になにかがいた。

 いるんだよ。手を伸ばせば触れられそうな、本当にすぐ近くに。

 息遣いが、わけのわからない囁きが耳元で聞こえるんだ。

 寝られるわけがない。ずっと息を殺して、ふるえながら朝やけを待っていた。誰かが立ち上がる音が聞こえた。誰かの悲鳴が聞こえた。老婆のしわがれた高笑いが夜の森に木霊していた。

 そのたびに、心臓に冷たい水を流し込まれたような気がして、自分の体を抱いて蹲っていた。


 日の光が木々の隙間からさあっと差し込んで、夜の闇を一掃した。その瞬間、俺は神様を信じる気になった。昨日までの行いと心を反省した。自分をぶん殴ってやりたくなった。

 二二人いた俺たちは、一八人になっていた。

 地面にくっきりと刻まれた、二本足を引きずった轍。その先は恐ろしくて確認できなかった。

 誰も一言も発さないまま、ときどき涙や鼻水をだらだらと零して、旅は続いた。

 最前線の開拓村にテントを張って、そこで用意された物資を使って、いざ開拓に乗り出したころには、多少の軽口は叩けるくらいに俺たちは回復していた。恐怖を克服したわけではないが、それでも、少しだけ適応したのだ。適応できなかったやつは、喚き立てながら森で振り返ったりして、容赦なく魔女に連れ去られていった。


「なあ、なんか変な感じがする」


 節くれだった、老人の指みたいな木に斧を打ち込んでいた男が、呟いた。

 迂闊な方向転換は死に直結する。誰もが手元の作業に黙々と集中しながら、口だけで応じた。


「いっつも、変な感じだろ」

「そんなもんか」


 こーん、と小気味良い音とともに、木の破片が飛んだ。先ほど呟いた男が伐っていた木から、たらりと粘り気をもった、赤い液体が流れた。


「あ、血が出た」

「ん? 怪我したか?」

「いや、木から血が出てきた」

「んな馬鹿な……いや、ありそうだな」


 俺がそう答えた、そのときだった。

 木の枝が、まるで拳のように振るわれ、男を張り飛ばした。

 がざがざっと森全体が震えた。木々がその根っこを引き抜いて、ムカデみたいに枝と根っこで、這いつくばって動き出した。

 木が動くって言ったら、せいぜい、根っこで歩くぐらいだろう。だが、あれらは違った。一度倒れてから、虫みたいに体をうねらせて駆けずり回るんだ。


「う、うわああああああああ」


 絶叫をあげ、とにかく俺たちは無我夢中で逃げだした。

 いきなりすぎだ。開拓は順調にいっていた。プリンシパルの歌にも気をつけていた。振り返ったりしなかった。それなのに、木までも魔物だったなんて、反則だと思った。

 すぐ後ろでばさばさと葉っぱが、小枝が地面を踏む音が聞こえた。足に絡みつく、豊かな土がこれほど憎らしいと思ったことはなかった。とにかく怖かった。口の中がからからに渇いて、息をするたびに血の味がして、一息ごとに首を絞められているような錯覚をした。


 走って、体が動かなくなっては、地面が抉れた溝に身を隠したりして。

 俺は、夜の森で独りぼっちになっていた。もうここで死ぬんだと思った。村がなつかしかった。みんなぎすぎすとしていたが、人がいた。無愛想ですぐぶん殴るような親父にすら会いたくてしかたがなかった。

 絶望に泣いて泣いて、頭がおかしくなりそうだった。

 実際、おかしくなっていたんだと思う。

 暗闇の奥で、火が揺れていた。

 灯りに誘われる羽虫みたいに、よろよろと、それが何なのか確かめもせずに歩み寄って。

 それは、ランタンだった。しっかりとした造りの、木の枠にガラスをはめ込んだ、油を赤々と燃やすランタンだ。ただ、それを持っているのは、化け物だった。

 真黒な体毛で夜の闇に紛れこんでいた、巨大な猿だった。ランタンの火に照らされて、長い牙だけが宙に浮かんでいた。


◇◇◇



 一匹の子ザルである猩猩は、夜の森を彷徨っていた。

 魔物だからといって森はくつろげるわけじゃない。知能が高く、それでいて筋力に劣る魔物からすれば、他の魔物は意味不明で恐ろしい代物だ。長い手足をもてあましながら、安全なねぐらを求めて歩き回った。

 骨と皮ばかりの手に提げたランタンは、魔法で作り上げたときから火を失っており、なんの役にも立たない。それでも、手になにかがあるというだけで少しばかり安心できるので、ずっと持っていた。


 明るいうちに見つけた穴ぼこを探していると、ふと、ランタンに火が灯った。そのランタンの名前は「人魔の絆」というものだった。猩猩は分からないなりに、そのランタンを気に入っていた。その大事な大事なランタンの光の輪に、猩猩の半分ぐらいしかない、小さな生き物が飛び入り参加した。

 その生き物は疲れているのか、ずいぶんとやつれていた。そして、猩猩のことを見て、口をあんぐりと開けて、動きを止めていた。猩猩も真似して口を開けてみると、「ひっ」と言って腰を抜かした。猩猩はそれを真似して、飛びのくように腰を下ろした。

 長い時間、二人でしゃがみこんでいた。お尻をつけていた土が温かくなるくらいの時間が経って、小さな生き物は言った。


「お、お前は、人を殺したりしないのか?」


 猩猩は頷いた。生き物の言葉の意味が理解できた。目の前の生き物がヒトなんだと知った。ただ、口に出して何かを言うことは叶わなかった。

 猩猩の言葉は形を持って生まれる。そういう魔法を背負って生まれる魔物なのだ。魔法には代償が要る。猩猩たちが、その便利な魔法をその体に刻むのに差し出した代償は、「言葉」と「美しさ」だった。

 醜い猿がこくこくと頭を振るのを見たヒトは、「言葉がわかるのか?」と訊いた。猩猩はまた頷いた。


「俺はレグシって言う。ここにたくさんの人間と来たんだが、木の魔物に襲われてしまってな。気づいたら俺一人さ」


 レグシは泣きそうな顔で笑っていた。

 猩猩はなんて言ったらいいかわからなかった。言葉を話せても、伝えられる想いがなかった。言葉を話せなくて良かったと思いながら、小さく、一回だけ頷いて見せた。


「名前はあるのか?」


 頭を左右に振った。


「そうか。さっきから何も言わないもんな。ていうか、魔物に名前なんかないか。俺も頭がおかしくなったかな?」


 ばからし、と体の力を抜いたレグシの肩に触れてから、猩猩は自分の胸を指差した。


「どうした。名前が欲しいのか。そうか」


 猩猩が反応する前に、レグシは勝手に納得した。そして、猩猩の知らない不思議な表情をしてから、ふへへとだらしなく笑った。


「お前も、変な魔物だな。会ったのがお前で助かった。名前はそうだな、『チペロ』なんてどうだ? 『ペロ』で『賢者』っていう意味だ。『チ』は、『他にいない』っていう枕詞みたいなもんだ。うちの爺さんの民族の言葉だ」

「いい名前だね。ありがとう、レグシ」


 チペロは答えた。

 驚いた二人は目を見合わせた。


「お前、喋れたのか?」

「知らない、知らないよ。声を出せるなんて、初めてだ! 凄い!」


 どういう仕組みかは全くわからなかったが、レグシとチペロは言葉を交わせるようになった。

 一人ぼっちで夜の森に怯えていた二人は、もう寂しくなってなかった。お互いの名前を知った瞬間から輝きを増したランタンは、二人が寄り添えば寄り添うほど煌々と光を散らし、闇を追い払った。怖くなんてなくなった。


「なあ、どうしてチペロは魔物なのに、俺と一緒にいるんだ? とって食っちまおうとか思わないのか?」

「思わないよ。逆にいつも、森の魔物たちがそうやって見てくるから、僕は怖いんだ」

「そうか。魔物同士でもそういうのがあるのか。そりゃ大変だな」

「森は怖いよ。けれど、森から出たらもっと怖いって魔女が言ってた」

「魔女と話したことがあるのか?」

「うん、優しいよ」


 レグシは頭を抱えた。


「魔女、やっぱいるのか。人間にとっては優しいもんじゃない」

「知ってるよ」

「森から出たら怖いって、やっぱ人間に追い払われるからだろうな。なあ、チペロ。お前はどうしても、この森が怖いか?」

「うん、とっても怖い」

「そうか。もし良かったら、人間の村で暮らさないか? チペロとそのランタンがなけりゃ、俺はこの森で死んでいた。それが恩返しになるなら、全力でさせてもらう。それに、朝がやってきて、そのままお別れっていうのも、なんか寂しいからな」


 レグシは、思いつきのままにそう提案したようだった。言った本人が意外そうな顔をしていた。チペロも同じくらい驚いていた。

 魔物が人間の住む村に行くのは大変なことだ。そうわかっていても、チペロにとっても、暗い森で寂しさを分かち合ったレグシとの別れは辛いものだった。チペロはよろしくと、レグシの手をとった。

 チペロの案内で開拓村を二人で目指した。運が良いのか悪いのか。途中、レグシが襲われたという、木の伐採をしていた場所を通った。そこには、何もなかったように木が生えていて、地面にはおぞましい足跡が残っていた。

 レグシは落ちている斧や鉈を拾い集め、落ちていた背負子に詰めた。それを肩にかけながら、涙を流して、しばらく目をつむっていた。


 人間の村に入る直前に、レグシはチペロに、森の中で待っているように言った。チペロは少しだけ寂しかったけれど、レグシに手を振った。

 しばらくして、手になにも持たずにレグシは走って戻ってきた。血相を変えて叫んだ。


「逃げよう!」


 レグシの額からは、魔女の口みたいに真っ赤な液体が流れていた。どういう訳か、それを見ると、チペロも痛みを感じるような気がした。

 森に駆け込んだレグシは肩で息をしながら、申し訳なさそうに言った。


「すまん、誰も魔物を連れてくるのを認めてくれなくて、しまいには俺のことを『魔女に魅入られた愚か者』だって。村には入れそうにない……」


 レグシの体は、何個も石をぶつけられてぼろぼろになっていた。

 チペロはレグシに聞こえないように、「言葉」を唱えた。

『傷につける薬』

 と。チペロの手に生み出された小さなかたつむりの殻には、しっとりとした純白の軟膏が入っていた。それを爪の伸びきった指で掬い、レグシの傷に塗りつけた。


「これは……すごい、傷が癒えていく」

「魔法で作った。ごめん、僕のせいだ」

「いや、連れていくって決めたのは俺だ。失敗してすまん」


 レグシの傷を治し、二人は森の中を通り抜け、次の開拓村を目指した。森の中は相変わらず不気味だったが、チペロが魔法で生み出したランタンは、レグシが隣にいる限り、魔物たちを近づけることはなかった。

 魔法は代償を求める。魔物除けという高い効果をもつランタンは、魔物と人が寄り添うこと、という難しい代償を求めていた。それは、二人にとってはなんら辛いことではなかった。

 次に辿り着いた開拓村では、なんと道端に人が倒れていた。レグシが話を聞くと、恐ろしい病気が流行っているということだった。チペロが薬を作りだし、レグシが村に配って回った。その村から恐ろしい病気は逃げていき、みんな助かることができた。レグシが村長に相談した。


「魔物を連れて、安住の地を探しています。見た目は恐いですが、大人しくて、人間に友好的で、賢い魔物です。どうか、隅っこで良いので、この村に住ませて貰えませんか?」

「恩人にこう言うのは心苦しいが、出て行ってくれ。病気で仕事ができず、作物が枯れてきている。村民はみな、気が立っておるのだ」


 村長はチペロを見て、こう言った。


「その作物が枯れ切らなかったのは、なぜだと思いますか?」


 言い返すレグシの肩を、チペロが軽く叩いた。皺の奥にある瞳が、「もういいよ」と哀しげに語っていた。レグシは小さく首を横に振ってから、悔しそうに頷いた。

 森を旅する二人。レグシが投げやりに言った。


「あー、もう、このまま二人で森で暮らすのもありかもしれないな」


 それから、両手で頬を叩いて、言いなおした。


「すまん。弱気になった。面倒かけて悪いが、言い出したことはできるまで頑張るわ」

「うん。ありがとう」


 次についた村も、病気に侵されていた。逃げ出した病気が、そこに居ついたようだった。

 悲しい未来を予想しながらも、二人はまた薬を配った。床に臥せていた高齢の村長が言った。


「勇敢な若者が、薬を買いに街を目指して森に行ったのじゃ。どうか、見つけてこの村に連れ戻してくれないか」


 と。二人は若者の足跡を追った。森の柔らかい土にはっきりと刻まれた足跡は、隣の開拓村の近くまで続いていたが、そこでぷっつりと途切れてしまっていた。裸足で駆けていた指先が、最期の瞬間に強く地面を抉っている。


「振り返ってしまった、か」


 レグシは呟いた。一度開拓村まで行き、方向転換して戻った。村長に見たものを伝えると、村長は深いため息とともに、数粒の涙をこぼした。


「良くできた、優しい青年じゃった。あいつがいたからなあ、この村は困らずにやってこれたようなところがあってのう。働きもんで、困っている人を見たら必ず助けるお人よしじゃった」


 レグシは何気なく村に連れ込んでいたチペロを指差して、村長に言った。


「この魔物を一緒に住ませてくれるなら、俺は、この村の為に一生懸命働きます。どうか、住ませてください」


 深々と頭を下げたレグシに、村長は慌てた様子で言った。


「そんな、恩人が頭を下げんでくだされ。きっと、みんなも納得するじゃろう。ほれ、危険ではないのじゃろ?」

「ええ」


 すんなりと受け入れられて驚いたレグシに、村長が言った。


「あんまり魔物をいじめてもの。あやつが魔女に魔物にされたというなら、心苦しくて、そんなことはできんよ。きっと、この村に住んでるのは、そう言うじゃろ」


 青年はみんなに愛されていた。

 悲しいかな。青年の犠牲の上で、二人は村に受け入れられた。

 村人たちは、始めはチペロを怖がった。しかし、その性格の温厚さがわかると、次第に恐れも遠慮もなくなっていった。チペロの声は、レグシ以外には聞こえなかった。それでも、身振り手振りで伝わるものがあった。

 レグシも懸命に働いた。レグシは、青年を失ってしまったこの村でも豊かに暮らせるようにと、一生懸命頭をひねって、村づくりに貢献した。チペロが生み出した道具も、開拓を一層楽にした。

 年をとっていた村長は、村の発展に満足げにほほ笑み、世を去った。次の村長は、全ての村民の願いで、レグシに決まった。

 努力は報われたのだった。それは、チペロにとっても、誇らしいことだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ