三話 名前
執筆者:上阪まひる
「……それで、わざわざ僕たちを引き取って何がしたいんですか」
少年が、少女を庇うような体勢でそう賢者に尋ねた。
あどけないながらも、猜疑心の強い目線で周りの人間を睨みつける。
やまぶき色の髪に、黄金色の瞳。年のわりには身長も低く、痩せこけている。
――――レイ・メディシナ、双子の弟だ。「血の絆」に呪われ、親から……いや、世界のすべての人間から忌み嫌われた少年。一時は生きることをあきらめ、それでも、檻の中で姉を守りながら生きることを選んだ。
「僕たちなんかが、なんの、なんの役に立つっていうんですかっ!」
感情を表に表わして、メディシナが叫んだ。
そんなメディシナの服の裾を強く握りしめ、銀髪の少女が震えている。
レ・ヴェーノ、双子の姉だ。銀色の髪は少年と見間違う程短くられている。弟と比べると、発育は標準的だろう。
彼女は生まれたときから、どこへ行くのも、することも、考え方も、死ぬときだってメディシナと同じだった。それは「血の絆」のせいだけではない。
臆病で、気弱なヴェーノが過酷な環境で生きていくには、強い弟の真似をするしかなかった。ヴェーノは、メディシナがいなければ生きて行けなかった。
「血の絆」があるとわかった瞬間から、二人は「金」と「銀」と呼ばれ続けていた。
――――「血の絆」があるものを、本名で呼んではいけない。昔から伝わる迷信である。
名前を呼ばれることなんてない、これまでも、これからも。双子はそう思っていた。
「メディシナよ」
――――だから、賢者にそう言われることに、とても違和感がある。
実の親でもない、今日初めて会った者に、躊躇なく名前を呼ばれることが。
「君たちのそれ……「血の絆」のことだが、これは、もしかしたら、我々の世界を変えることが出来るかもしれない。君たちは、天使になるのだ」
双子は顔を見合わせた。
「天、使……?」
「ああ、天使だ。君たちはその力で国を救うのだ」
そう言って賢者は両手を、双子の頭に置いた。
ヴェーノは少しくすぐったそうな顔をし、メディシナはキッと賢者を睨みつけた。
「私たちの国は侵略された」
賢者は遠い目をして語る。
「自分勝手な人間どもに。やつらは私たちのことなど何も考えていない。自分たちの、そう、「資源を有効活用する」などと言って私たちの国に攻め入って来た。私たち猫人族は自然と共存して生きていたのだ。それが、人間などにでもわかるものか!」
賢者が大きな声を出し、ふらりと倒れ込んだ。
慌てて後ろからブルーメという青年が賢者を支える。
「賢者様、無理はなさらないでください」
小声で囁くブルーメを、賢者はしかりつけた。
「無理なんぞしてない、私は大丈夫だ、続きを話すぞ。やつらは不意打ちという卑怯な手段を使ってきた。そして、我々誇り高き猫人族は……敗退した」
初めて聞く話に、ヴェーノはハッと息をのむ。
「これが、二、三年前の話であろう。今は、我が猫人族同士で内乱にまで発展している。辛いことだ……人間どもなどに屈服するとは」
賢者は涙をこぼした。
メディシナはそっと肩をすくめる。
「だから、それで僕たちは何をすればいいんですか?」
「…………壊してほしい」
賢者はそっと、そう言った。
「我らの国をこわした人間たちの国の、あの女王を、君たちがその手で壊してほしい!」
全員が沈黙する。
幽霊が通ったようなそんな時間を越えて、ヴェーノが口を開いた。
「あたしたちに、そんなことが出来るなら……出来るなら、だけど、壊したい」
ボソッと、気が抜けたような声でそう言った。
「ヴェーノがそう言うなら、な」
メディシナも目を伏せて呟く。
「……そうか、ありがとう」
賢者が窓の外を見ながらそう言った。
「賢者様、良かったですね」
ブルーメは人の好い笑顔を皆に向ける。
「何よ、まったく」
フィグーラはつまらなさそうに床に寝転んだ。
五人の間に流れる沈黙は、今度はとても暖かかった。
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双子は、壁に凭れ掛かってぐったりと寝ている。
久しぶりに長くしゃべったので疲れてしまったのだろう。
「失礼しました」
そう言って、ブルーメが戸を開けて出て行った。
部屋には賢者とフィグーラだけが残される。
「フィグーラ」
賢者が優しい声色で話しかける。
が、フィグーラは突っぱねるような返事をよこす。
「……何よ」
彼女は椅子に座り、目を細める。
「何よ、結局あたしたちはいらなかったてことじゃない。あたしたちが、あんたにどんだけ傷つけられたかわかってるの? ブルーメだって、そう思っているに決まってる」
「……そんなことは、な」
賢者の言葉はフィグーラの怒号に止められた。
「あるっ! それに、あんたの実験が、あんたの「天使創造計画」が、一体どれだけの奴隷たちを殺していったか分かっているの? 分かっていないわ! あんたは、悲しみさえ、弔いさえしなかった、あの子たちを……」
「おい、待て、フィグーラ……」
賢者の制止の言葉を、フィグーラは聞きとめなかった。
「あんたのやってることが、あたしたちの国を侵略した、あの人間たちと何が違うっていうのよっ!!」
フィグーラは椅子を蹴りあげ、壁を殴りつける。
賢者は、目を見開いてフィグーラを見た。
「…………失礼します」
ブルーメが、再び戸を開けて入ってきた。
フィグーラの両手をつかむと、賢者に深々と頭を下げる。
「……姉が、失礼しました!」
そしてフィグーラをつかんだまま、戸を開けて外に出る。
残された賢者は一人、フィグーラが蹴った椅子をもとの位置へ戻した。