恋路踏みしめ幻楼滲む
告白の現場に居合わせる気まずさについては理解しているが、これについては不可抗力だ。俺は陸上部に向かいたかっただけで、その道中が告白に使われているなんて思いもしなかった。仮にそれを知っていたら不可抗力ではない? それも違う。話を聞きたかったクラスメイトが正に告白しようとしている男子なのだ。そういう意味でも不可抗力。偶然の一つや二つじゃ解決しない。
「――――――」
夢の中では自分が思うように動けないと言われるが、今はその状況に近い。申し訳ないし無関係だしで早いところ隠れないといけないと分かっているのに足が動かない。まるで野次馬のように告白現場を棒立ちのまま眺めている。
「え? え~っと、ウチらそういう関係だったっけ? 君の事とかよく知らないし、そんないきなり言われても…………」
ポニーテールの女子が狼狽した様子で両手をわたわた振っている。一世一代の勝負に挑んでる男子の方に見覚えはあるが女子は多分違うクラスなのだろう。肌感覚で申し訳ないが先輩という感覚はしなかった。
女子は助けを求めるように周囲を見まわした後、棒立ち状態の俺を発見してしまう。だが俺に助けを求められても味方にはならないだろう。その相手が女子というだけで無条件に拒絶してしまう男に何が出来る。それに情報を聞き出す為なら多少の肩入れをするくらい―――
「あ、そうだ! 私、放送部に情報提供する約束してたんだよね! じゃあ三芦君、部活頑張ってね! 私行ってくるから!」
女子が、俺の方へ向かってくる……!
「ちょ、え、あ、あ、あ!」
「神坂君だよね! 実は放送の件で話したい事があったの! 先に部室向かってるからさ! は、早く来てね!」
「あ、ああああああああ! わわわ分かった……!」
てっきり手でも掴んできて一緒に行こうなどと言われるかと思ったら、女子は逃げるように横を過ぎて校舎へと戻ってしまった。心臓がドキドキしているのは決してその女子に見惚れたからではない。どちらかと言えば命の危機に怯えていたという方が正確だ。指先から足のつま先に至るまで血管が震えるような錯覚を覚えて……改めて自分は、接触を徹底的に避けるべきだと思った。
「………………お、おーい。三芦。ちょっと、話を聞きたくて」
「おい、クソ坂! タイミング悪いよ馬鹿たれ! お前、俺が告白するって分かってんだろ!? 人が告白する時は相手に用事入れんなってこっちは入学当初から言ってんだよ!」
「聞いてないよ! もし言ってたら告白の予定が前からあったみたいだろ! 」
「あーもうあと少しで成功したのにお前が来たせいで台無しだわー。話す事なんかねえからとっとと帰れ! 向こうから聞きゃいいだろうがよ!」
「いたっ!」
腹いせに俺の脛を蹴ってから三芦はグラウンドの方へ逃げてしまった。後を追って部活を訪ねたところで対応してくれるとは思えない。それに答え方も間違えた、俺とさっきの女子に聴取の予定はないと言えば足を止めてくれたかもしれない。
―――女子、かあ。
部室に向かうなら隣に一魅が居るから多少は見栄を張れるが潜在的なリスクに変わりはない。だから事情を聞くなら女子より男子の方が安心なのだけれど、こうなった以上は腹を括るしかない。あの女子は多分俺の事なんて知らないし俺も彼女の事は知らない。十中八九高校で合流しただけの初対面だから気を付けないと。
身体接触の機会は互いにその気がなくても想像以上に存在する。握手、整列時に肩がぶつかる、落とし物を拾ってくれた時の持ち方で指が、学校行事の人混みで、別の知り合いとふざけていて周囲を見ておらず……姫篠みたいに事情を知っているなら避けられるが、相手が初対面だとどうも。これを初手で伝えるのも失礼な気がして難しい。
トラウマなんて言えば重く捉えられるが単に苦手なだけだ。これがアレルギー反応ならともかく、単に俺が苦手意識を極端に持っているだけ。相手に気遣ってもらう前提の対人関係の何が対等か。
「…………はあ」
まあ、行くしかない。一魅にサポートしてもらおう。
「守命クン。リスナーが来てる」
一魅はそれだけ伝えると自分が空気だった事を思い出して喋るのをやめた。彼女の対面には先程の女子がピンと背筋を伸ばしたまま座っていた。あの場を逃げる建前として使っていただけで訪問してくれない方が……なんて考えていたのだが、現実はそううまくいかないし、人間はそこまで卑怯ではなかった。
「あ、ねえ。扉閉めてよ。鍵も出来ればかけてほしいかな」
「理由がないと出来ない。深夜じゃないんだぞ」
密室で女子と二人きりなんて、正気を保てない。一魅が傍に居ても限度がある。
「三芦君が追いかけてきてたらって思ったら……こ、怖いなーって!」
「それなら大丈夫だよ、もう部活に行った。君も情報提供が嘘なら帰っていいんだぞ。告白を躱すのに困ってたんだろ? 利用される分には気にしてないし、義理とか考えなくてもいいからさ」
とは言いつつも、情報が欲しいのも本当だ。一魅の隣に座って対面に逃げると女子は”バレた?”と言わんばかりの悪戯っぽい笑顔を浮かべると、机の上で両手を組み、頭を下げた。
「いや~もうさ、困ってたんだよね! あ、自己紹介がまだだった。私、一年C組の花影薫織ねっ。神坂守命君でいいんだよね?」
「俺の名前は三芦から?」
「ん? ラジオで自己紹介してたじゃん! 私もちゃーんとリスナーなんだから忘れないよ! さっきは助けてくれてありがとね! 私が勝手に巻き込んで嘘吐いただけって言っても良かったのに、部活に行ったって事は乗ってくれたんでしょ? どうして?」
「……ああ。まあ、困ってたのは本当だろ。流石に……売ったりはしない」
直前まで向こうに味方をしようとしていたのは黙っておこう。それを言い出したら、勝手に予定をねじ込んだ花影の作戦勝ちだ。それがあったから俺も考えを変えるしかなかった。女子が苦手なのは俺の都合で……見るからに困ってるなら、助けるのが当然だろう。
「二人は同じ部活なのか?」
「ん? 私は水泳部だよ。今日はちょっと、家の予定があって部活休むだけ。ほら、今朝の放送で神坂君が先生と揉めたでしょ? その件で友達と話してたら急に話しかけてきてさ、まあその。早い話が見えないクラスメイトについての目撃者という共通点があったんだ」
それとなく一魅に視線を向けると、彼女は肯定するように小さく相槌を打った。見覚えのある顔らしい。
「やっぱ同じ話題が出来る人同士話が噛み合っちゃってさ、本当についさっきまでは二人で考察した内容を神坂君に伝えようかなみたいな話をしてたの。あの話、気のせいで片付けられる事が多かったから仲間が増えたみたいで嬉しかったのに……急に話があるからとか言い出して」
「それで告白されたのか……返事が悪かったのも当然だな。たった一つの話題で交際なんて決められる訳ない」
「でしょ!? 二人でもっと沢山調べようとか計画してたせいで連絡先も交換しちゃったしさ……まあ、もうブロックしたけど。今思ったら、話題だけで近づきたかったのかなあって」
「そう思う心当たりは?」
「やたらと二人で行動しようとしてくるところ? 連絡先もそうだし、調べる為に二人であそこへ行こうここへ行こう、俺の自宅で調べものしようみたいな……三芦君って本当に見えないクラスメイトを見た事あるの? もうそこから疑問なんだけど!」
「送ってきたのは間違いないから知ってる筈なんだけどな」
「……お題が”話しても誰も信じてくれなさそうな出来事”だから単純に出鱈目を言った可能性、同じ話が被るくらいだから事前に別の人から話を聞かされていてそれを送ってきた可能性なんかは考えられるけどね。もしくは…………あ、これは後で話すから」
「うーん……実は興味ないとか? 私は気になるよ! 私と関係ない人まで同じ状況に遭遇してるってタダゴトじゃないし! だから嘘を吐いたお詫びにちゃんと情報を話しに来たの! 放送部がこの謎を解決出来るように!」
三芦が異性として目をつけた理由はこの太陽のような明るさを好んだのだろうか。こういう女子と一緒に居たらきっと人生は楽しいだろうと? 何を考えているか分からない陰気な女子よりは家族からのウケも良いと考えるとそう悪い判断でもない。アイツは俺と同じように恋人を作れないままの異端だ。クラスの半分以上が交際関係を何処かで構築している現状、異端のままでいいと願う俺こそ少数、殆どは望んでそう在る訳じゃない。
理由は何でもいいが可愛いので付き合いたい、も立派な交際理由だ。焦り過ぎだとは思うけど。
「提供に感謝するよ。それで新しい情報って? 一応このノートに今集まってる情報が書かれてる」
ノートを花影の方へ滑らせると、彼女は手に取って開いて箇条書きにされた情報へと目を通した。
「―――うん! 私が言いたい情報は初出みたい! えっとね、この探しても見つからない子の方じゃなくて、あ、動画見せていい? 喋るよりそっちの方が早いんだ」
「ああ、わか…………え?」
聞き返そうと思った時には手遅れだった。花影が対面からすぐ傍までやってきて、同じ角度から携帯を見ようとすぐそこで携帯を弄り始めたのだ。
「――――――が、が、が」
「動画、動画、動画はどうが……」
すぐそこ。手を動かせば、肩を動かせば触れられてしまう。意識してずっと触れてこなかったのに何かの間違いで接触したら何が起こるかなんて自分にも分からない。情報提供者がせっかく心を開いてくれたのにあんまりな対応をする可能性しかないと言えばこの危機感が分かるだろうか。だから耐えるしかない。耐えるしかないのに……触る前から拒絶反応の兆候が出ている。
「あった! これ、見てくれる?」
「守命クン。集中して。隣に女子なんて居ない。いないったらいない」
新学期が始まり、C組は盛り上がりを見せている。各クラスの雰囲気についてまだ把握出来ていないが少なくともC組はクラス全体が和気藹々としているようだ。俺達の方は……小グループの群体といった雰囲気なので早速団結力が窺えるのは羨ましくもある。
「これ動画撮ってる子は友達ね! で、ほら、カメラに向かってみんなピースしちゃったりなんかしてさ。いい感じでしょ?」
「花影もそっちに居るな」
場面が切り替わり、休み時間。気心の知れた人間と会話が多くなるのは人間の性質上仕方のない事だ。動画の中の花影もまた別の女子と楽し気に話している。動画の撮影者もそれに注目してカメラをズームさせた。
『かおりんってばまーじコミュ力高いねー。すごーい!』
そこで動画は止められた。
「私が見た子って、この子なの!」
「へ?」
「この……私の前に居る長髪の子! 顔は見えないけど、なんか私と話してるでしょ?」
「ごめん、何を言ってるんだ? 話した記憶がないって?」
「そう! 私、この子と話してた記憶がないの! でも動画は残ってるでしょ? だからさ、なんか……実は忘れてるだけで、みんな会話してるんじゃないかなとか思ったり。ほ、ほら! 一魅ちゃんって神坂君以外に見えないんでしょ? そんな感じ!」




