第11話 夜会と断罪の幕開け
王城大広間は、光に満ちていた。
幾重にも吊るされた魔導灯が夜を昼のように照らし、磨き上げられた大理石の床には貴族たちの姿が映り込んでいる。
王族主催・春季大夜会。
王国中の有力貴族が集う、社交界最大級の場だった。
音楽が流れ、笑顔が交わされる。
だが、その空気の奥には、別の熱が潜んでいた。
期待。
好奇心。
そして――断罪への予感。
⸻
「見て、いらしたわ」
「あれが……」
ざわめきが波のように広がる。
入口に現れたのは、公爵家嫡男レオンハルト・グランディール。
漆黒の正装に身を包み、冷静な表情で歩く姿は噂通り近寄りがたい。
そして、その隣。
淡い薔薇色のドレスを纏ったエリシア・ローゼンフェルト。
華美ではない。
だが品位と清楚さが際立っていた。
二人は自然な距離で並んでいる。
まるで、それが世界の当然であるかのように。
「……まだ一緒なのね」
「今夜で終わるのでしょう」
囁き声が重なる。
誰もが“その瞬間”を待っていた。
⸻
エリシアは周囲の視線を感じていた。
(やはり……噂は本当なのかもしれません)
ここ数日の空気。
社交界の異様な静けさ。
そして、第二王子の視線。
すべてが一つの結末を示しているように思えた。
それでも彼女は背筋を伸ばす。
最後まで、婚約者として恥じないように。
それが自分にできる唯一のことだった。
「緊張しているか」
隣から低い声。
「少しだけ」
正直に答えると、レオンハルトはわずかに歩幅を緩めた。
彼女が歩きやすい速度へ、自然に合わせる。
「問題ない」
「……何がでしょう?」
「すべてだ」
簡潔な言葉。
説明はない。
だが、不思議と否定できなかった。
⸻
やがて楽団の音が止まる。
ざわめきが収まり、視線が正面へ集まった。
高座へ現れたのは第二王子アルフォンス。
穏やかな微笑みを浮かべ、会場を見渡す。
「今宵はよく集まってくれた」
形式的な挨拶が続く。
貴族たちは静かに耳を傾けながらも、内心では別の瞬間を待っていた。
そして。
王子の視線が、ある一点で止まる。
レオンハルトとエリシア。
空気が、わずかに張り詰めた。
「さて」
アルフォンスが言葉を区切る。
「本日は、社交界に広まっているある噂について、確認しておきたいことがある」
ざわり、と会場が揺れた。
誰もが息を潜める。
令嬢たちが扇子を握りしめる。
貴族たちが視線を交わす。
――来た。
その空気が共有される。
エリシアの指先がわずかに強張った。
だが次の瞬間、手袋越しに触れる感触。
レオンハルトの指が、軽く彼女の手に触れていた。
一瞬だけ。
励ますように。
そして離れる。
誰にも気づかれないほど自然な動作。
だが確かな意思。
エリシアは小さく息を吸った。
⸻
アルフォンスの声が広間に響く。
「侯爵令嬢エリシア・ローゼンフェルトについて——」
完全な静寂。
楽団も、給仕も、誰一人動かない。
視線が一斉に二人へ向けられる。
期待。
確信。
好奇。
断罪の空気が完成する。
婚約破棄。
糾弾。
新たな物語の始まり。
誰もがそれを疑っていなかった。
ただ一人――
レオンハルト・グランディールだけが、静かに王子を見返していた。
逃げる気配も、動揺もない。
まるでこの状況すら、予測していたかのように。
そしてエリシアは気づかない。
今この瞬間。
王国中の視線が、自分の運命の行方を見守っていることを。
夜会は、静かに幕を上げた。
断罪の名を借りた――真実の公開のために。




