第99話 奇抜な流行「ムッタん♥」と、国境なき通過
関所を無事に、そして平和的に通過したフロンティア号は、ついにイマクサ領内へと足を踏み入れた。
荒涼とした岩場を抜けると、少しずつ緑が増え、人の営みを感じさせる風景が広がってくる。
しかし、その風景は私の想像とは少し……いや、だいぶ違っていた。
「……ねえ、みんな。
私の目が腐ってなければ、あそこで農作業をしている人たち、全員『何か』被ってない?」
私が窓から指差した先。
畑で鍬を振るう農民たちが、頭に奇妙な物体を乗せていた。
それは、平べったい顔に、つぶらな瞳、そして無駄にリアルな質感を持った……。
「ムツゴロウだ」
ムサニキが真顔で即答する。
そう、ムツゴロウだ。
チアキがデザインした『ムッタん♥』の被り物だ。
しかも一人や二人じゃない。
農民も、行商人も、道端で遊ぶ子供たちも、全員がそれを被っている。
まるで、ムツゴロウに寄生された集落のようだわ。
「な、なんですかこの異様な光景は……!
これがイマクサの最先端ファッションなのですか!?」
ケイナが絶句する。
アルフォンスも、さすがに言葉を失っている。
「……アバンギャルドすぎる。
僕の美学をもってしても、理解が追いつかないよ」
「いや、待てよ。
よく見ろ。あいつらが被ってるやつ、ランクがあるぞ」
ディーノが双眼鏡で観察しながら言う。
「金持ちそうな奴は、耳がついてて毛並みもいい『高級版』。
貧乏そうな奴は、ただの布切れで作った『安価版』。
ガキどもに至っては、その辺の草で編んだり、拾った骨を磨いて被ってやがる」
言われてみれば、確かに素材の質が違う。
高級版は艶やかな光沢を放ち、安価版は泥臭い色をしている。
そして子供たちのそれは、もはや原始的な呪術アイテムのようだ。
「……宗教ね。
パンギュウ教が廃れて、代わりに『ムッタん教』が生まれたんだわ」
私は頭を抱えた。
チアキの暴走するセンスと、娯楽に飢えた領民たちの需要が、最悪の化学反応を起こしてしまったらしい。
これはもう、流行というより文化、あるいは集団催眠に近い。
「でも、どうしてこんなに普及してるの?
いくら流行ってても、全員が買うなんて異常よ」
私は疑問に思い、魔導端末を取り出した。
現地の市場データを検索し、『ムッタん♥』の販売価格をチェックする。
そして、表示された数字を見て、私は卒倒しそうになった。
『ムッタん被り物(高級版):10銀貨』
『ムッタん被り物(安価版):10銅貨』
「じゅ、10銀貨ァ!?
安すぎる! ありえないわ!」
「えっ? 10銀貨(10万円)なら、そこそこの値段じゃありませんか?」
ケイナが不思議そうに言う。
確かに、一般庶民には高い。
でも、私が送った素材の原価を知っている身としては、冷や汗が出る数字だわ。
「いい? あの高級版に使われてる素材は、最高級の魔獣の皮と、私が精製した魔導染料よ。
原価だけで8銀貨はするわ。
それに加工賃や輸送費を入れたら、利益なんてほとんどないじゃない!」
さらに、安価版に至ってはもっと深刻だ。
10銅貨(1000円)。
これは、ただの布代にもならない。
「チアキ……! あの子、経済観念どうなってるの!?
これじゃあ、売れば売るほど赤字じゃない!」
「まあまあ、姐さん。
あの子のことだ、深く考えてねえんだろ。
『みんなに被ってほしいから安くしちゃえ☆』とか思ってるに違いねえ」
ディーノが呆れ顔でフォローするが、経営者としては笑えない事態だ。
しかも、よくデータを見ると、安価版の素材欄に『イマクサ産・魔導泥染め』とある。
「……魔導泥?
まさか、あのレアメタルを含んだ泥を、ただの染料として使ってるの?」
魔導泥は、魔力伝導率を高める希少な資源だ。
それを、ただの色付けのために使い捨てている?
なんて贅沢な、そして無知な浪費なのかしら!
「あいつ……! 会ったら説教よ!
今すぐ価格改定させないと、イマクサの財政が破綻するわ!」
私は怒りに震えながら、馬車の速度を上げるよう指示した。
悠長に旅を楽しんでいる場合じゃない。
早く現地に着いて、この狂った経済活動を止めなければ。
しかし、そんな私の焦りを他所に、ムサニキは窓の外を興味深そうに眺めていた。
「へぇ……。面白え格好だな。
俺もあんなの被ったら、強くなれるのか?」
「なれません!
ていうか、あんたは既に規格外に強いでしょ!」
私がツッコミを入れると、彼はニカっと笑った。
「そうか?
まあ、被り物はともかく、飯は美味そうだな。
あそこの屋台、いい匂いがするぜ」
彼が指差した先には、被り物をした店主が、謎の串焼きを売っている屋台があった。
そこにも『ムッタん焼き』という幟が立っている。
……もう、街中がムツゴロウ一色ね。
「食うなよ? 絶対に変なもの入ってるからな」
ディーノが釘を刺すが、ムサニキの耳には届いていないようだ。
やれやれ、前途多難だわ。
私たちは、異様な熱気とシュールな光景に包まれた街道を進んでいく。
イマクサの中心地、港町まではあと少し。
そこで待っているのは、感動の再会か、それとも頭の痛い現実か。
「……覚悟を決めるしかないわね。
着いたらすぐに、緊急経営会議よ!」
私は端末を握りしめ、戦闘態勢に入った。
公爵との戦いは終わったけれど、今度は「身内の天然ボケ」との戦いが待っている。
私の胃袋が、キリキリと痛み始めた気がしたわ。
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フロンティア号がイマクサの港町に入ると、そこは祭りのような賑わいを見せていた。
瓦礫は片付けられ、新しい家々が建ち並び始めている。
市場には活気が戻り、子供たちは元気に走り回っている。
……全員、頭にムツゴロウを乗せて。
「ストレイお姉ちゃん! 待ってたよ~!」
馬車が広場に止まると、一人の少女が飛びついてきた。
純白の法衣をムツゴロウ柄にリメイクし、頭には特大の「キング・ムッタん(王冠付き)」を被ったチアキ・ワカタだ。
彼女の笑顔は太陽のように眩しいけれど、私の目は笑っていないわよ。
「チアキちゃん、久しぶり。元気そうね」
「うん! めっちゃ元気!
見て見て、私の新作! 街のみんなに大人気なんだよ!」
彼女は誇らしげに周囲を指差す。
そこには、老若男女問わず、ムツゴロウ被り物をして幸せそうに笑う領民たちの姿があった。
平和だ。平和だけど、絵面が酷すぎる。
「ええ、よく売れてるみたいね。
……で? 収支報告書はどこ?」
私が低い声で尋ねると、チアキはキョトンとした顔をした。
「しゅうし? なにそれ? 美味しいの?」
「……はぁ。やっぱりね」
私はため息をつき、彼女の耳を引っ張って馬車の中に連れ込んだ。
緊急経営会議の始まりよ。
「痛い痛い! 何するの~!」
「座りなさい!
いい? チアキちゃん。あんたが売ってるあの被り物、原価いくらか分かってるの?」
私が計算機、魔導端末を叩いて数字を見せると、チアキは目を白黒させた。
「ええっと……ゼロがいっぱい?
でも、ロドリさんが『材料はいっぱいあるから大丈夫』って……」
「ロドリさんも甘いわね!
特にあの安価版! 10銅貨って何よ!
ただの布切れならともかく、魔導泥で染めてるんでしょ!?」
「うん! 裏の湿地帯で泥遊びしてたら、いい色に染まったから使ってみたの!
ヌルヌルしてて気持ちいいよ?」
悪気ゼロ。
天然って、時として最大の脅威ね。
私は頭を抱えた。
このままじゃ、イマクサの貴重な資源が、変な被り物のために浪費されて枯渇してしまう。
「……社長、ちょっと待ってください」
そこで、黙って安価版の被り物を調べていたケースが、真剣な顔で声を上げた。
彼の手には魔力測定器が握られている。
「この被り物……ただの色付き布じゃありません。
微弱ですが、恒常的に『対魔障壁』を展開しています」
「は? 障壁?」
「はい。魔導泥に含まれるレアメタルが、チアキさんの『みんなを元気にしたい』という魔力と反応して、特殊なフィールドを形成しているようです。
これ、風邪のウイルスや、下級魔獣が放つ瘴気を完全に遮断していますよ」
ケースの言葉に、私は絶句した。
ただのふざけた帽子だと思っていたものが、実は高性能な『防護服』だったなんて。
「道理で……。
最近、領民たちの顔色が良いと思ったわ。
病人も減っているし、怪我人も少ない」
私は窓の外を見た。
元気に走り回る子供たち。
彼らが被っているのは、ただの流行り物ではなく、命を守る盾だったのだ。
「……結果オーライ、ってこと?」
「ええ。むしろ、10銅貨でこの性能なら、費用対効果は抜群です。
医療費の削減効果を考えれば、黒字と言ってもいいかもしれません」
ケースが眼鏡を光らせて結論づける。
私はガックリと項垂れた。
勝てない。
この子の天然チートには、計算高い私でも勝てないわ。
「……分かったわよ。負けを認めるわ。
チアキちゃん、あんたは天才よ」
「えへへ、よく分かんないけど褒められた!
じゃあ、これからもいっぱい作っていい?」
「ええ、いいわよ。
ただし! ちゃんと帳簿はつけること!
ケイナ、彼女に経理のイロハを叩き込んであげて」
「はい! お任せください!
スパルタでいきますよ、チアキ様!」
ケイナがやる気満々でチアキを連行していく。
やれやれ、これで少しはマシになるかしら。
騒動が一段落し、私たちは街を見下ろす丘の上に立った。
そこには、かつて母がよく来ていたという、見晴らしの良い展望台があった。
眼下には復興が進む街並みと、その先に広がる青い海。
夕日が海面を黄金色に染め、美しいコントラストを描いている。
「……いい眺めだな。
ここが、俺たちの新しい拠点か」
ムサニキが感慨深げに呟く。
彼の手には、いつの間にか焼きイカ、ムッタん焼きが握られている。
いつ買ったのよ。
「ああ。ここから全てが始まるんだ。
僕の美学で、この街を世界一の芸術都市にしてみせるよ」
アルフォンスも気合十分だ。
ディーノは街の地図を広げ、カジノの建設予定地を吟味しているし、ショウちゃんは心地よい海風に吹かれて目を細めている。
みんな、それぞれの夢と野望を持って、この地に集まった。
ここには何もないけれど、だからこそ何でもできる。
無限のキャンバスが広がっているのだ。
「……ねえ、みんな」
私は海に向かって声を張り上げた。
「やることは山積みよ。
インフラ整備、産業振興、そして異民族との交渉。
公爵の横槍も、まだ終わったわけじゃないわ」
私は振り返り、仲間たちを見渡した。
「でも、私には最強の仲間がいる。
貴方たちがいてくれれば、どんな無理難題も、最高に面白い『プロジェクト』に変えられるわ」
私の言葉に、全員がニカっと笑った。
「もちろんだぜ、姐さん!」
「一生ついていきます!」
「ハロー! 退屈させないでくれよ!」
笑い声が風に乗って空へ昇っていく。
その時、私が肩に掛けていた携帯型の中継機、リュックサイズが、ピピッと電子音を鳴らした。
ディスプレイに表示されたのは、王都のフラッペからのメッセージだ。
中継機ならではの長文メールが、海を越えて届いたのだ。
『姉上、到着おめでとう。
こっちは順調だよ。ポチも元気。
お客様もたくさん来てるし、売上も右肩上がりだ。
……いつか、僕もそっちに行っていいかな?
僕の技術で、イマクサをもっと便利にしたいんだ』
私は微笑み、キーボードを叩いて返信を打った。
『いつでもいらっしゃい。
貴方の席は、ちゃんと空けておくから。
待ってるわよ、頼れる店長代理さん』
送信完了。
私は端末をしまい、大きく伸びをした。
「さあ、始めましょうか!
私たちの『開拓』を!」
そして、物語は新たなステージへ。
次は、この広大な大地を舞台にした、もっと大きくて、もっと自由な冒険が待っている。
私の針仕事は、世界を縫い繋ぐ魔法へと進化し続けるのよ!




