表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/100

第100話 新約・開拓、私の舞台はこれからよ


 イマクサの港町、その一角に広がるスラム街。


 かつて私が密偵からの報告書で見たそこは、腐臭と絶望が淀む、光の差さない場所だった。


 大人たちは虚ろな目で座り込み、子供たちは泥水をすすりながら物乞いをする。

 明日の命さえ保証されない、まさに地獄の入り口。


 けれど、到着から数日が過ぎた今、私の目の前には全く違う景色が広がっていた。


「おっちゃん! ログインボーナスくれよ!」

「俺も俺も! 今日は連続ログイン10日目だから、ボーナスポイントつくはずだろ!?」


 朝の光が差し込む広場に、子供たちの元気な声が響き渡る。

 彼らが群がっているのは、私たちが設置した仮設の『フロンティア・ステーション』だ。

 そのカウンターには、リュックサックほどの大きさの魔導機器――『中継機』が鎮座しており、数台のディスプレイが明るい光を放っている。


 子供たちが握りしめているのは、銀色に輝く金属製のカード、『Fカード』だ。

 魔力を動力とし、個人を識別するこのカードは、今やイマクサの住民票であり、財布であり、そして希望の象徴となっていた。


「はいはい、順番に並んで!

 中継機に近づくだけで通信は繋がるから、慌てないの!」


 ケイナがエプロン姿で子供たちを整列させる。

 彼女の指示に従い、子供たちは一人ずつ中継機の前に立ち、カードをかざしていく。


 ピピッ! という軽快な電子音が鳴り、ディスプレイに文字が浮かび上がる。


『おはようございます!

 本日のログインボーナス:5ポイント

 現在の所持ポイント:120ポイント』


「っしゃあ! これでパンが2個買えるぞ!」

「見て見て! 僕、ラッキーガチャで『特製キャンディ』当たった!」


 子供たちの顔が輝く。

 彼らにとって、このポイントは単なる数字ではない。

 生きるための糧であり、未来への切符なのだ。


 私は少し離れた場所から、その様子を満足げに眺めていた。

 この『ポイ活システム』こそが、私がイマクサ復興のために仕掛けた最大の魔法だ。


 Fカードは、所有者の体温や微弱な魔力を吸収して稼働する。

 そして、街のあちこちに設置された中継機(店舗や拠点)の近くに行くだけで、短波通信によって自動的に「来店ポイント」が付与される仕組みになっている。

 現代日本でいうところの、Wi-Fiスポットやビーコンに近い技術ね。


 さらに、中継機に接続されたディスプレイでは、様々な『クエスト』を受注することができる。


『急募! 裏路地の掃除

 報酬:50ポイント

 募集人数:3名』


『求む! 迷子の猫探し

 報酬:100ポイント

 特徴:茶色いトラ猫、尻尾が短い』


 子供たちはディスプレイを食い入るように見つめ、自分にできそうな仕事を探しては、カードをかざしてエントリーしていく。

 かつては物乞いをするしかなかった彼らが、今では立派な『労働者』として、自分の力で稼ごうとしているのだ。


「……変わったわね。

 たった数日で、ここまで空気が変わるなんて」


 私が呟くと、隣にいたディーノが肩をすくめた。


「へっ、現金なもんだよな。

 ポイントが絡めば、ガキでも目の色変えて働くってわけだ」


「それが人間よ。

 ただ施しを受けるだけじゃ、心は腐っていくわ。

 『自分で稼いだ』という実感こそが、自信と誇りを育てるの」


 私は広場の中へ歩み出した。

 すると、一人の少年が私に気づき、駆け寄ってきた。

 スラムのガキ大将、トビーだ。

 以前は薄汚れた服を着て、鋭い目つきで大人を睨みつけていた彼だが、今は洗濯されたシャツを着て、どこか誇らしげな顔をしている。


「よう、姉ちゃん! ……じゃなくて、領主様!」


「ストレイでいいわよ。

 調子はどう? 稼げてる?」


「おう! ボロ儲けだぜ!

 昨日は皆で協力して、崩れた壁の瓦礫を撤去したんだ。

 その報酬で、妹に新しい靴を買ってやった!」


 彼は自分のFカードを見せびらかす。

 ディスプレイには、昨日のクエスト完了通知と、妹へのプレゼント購入履歴が残っていた。


「へえ、やるじゃない。

 妹さん、喜んでた?」


「ああ! 泣いて喜んでたよ!

 ……ありがとな、ストレイ。

 あんたが来るまでは、靴なんて夢のまた夢だったんだ」


 トビーが照れくさそうに鼻をこする。

 その言葉に、私の胸が温かくなる。

 やってよかった。心からそう思える瞬間だわ。


 しかし、全てが順風満帆というわけではない。

 カウンターの向こうで、小さな騒ぎが起きていた。

 二人の子供が、一つのクエストを巡って言い争っているのだ。


「俺が先に見つけたんだぞ!」

「違うよ! 僕が先にタッチしたもん!」


 取っ組み合いになりそうな勢いだ。

 ケイナが止めようとするが、子供たちの興奮は収まらない。

 私はため息をつき、二人の間に割って入った。


「はい、ストップ!

 私の店で喧嘩は禁止よ!」


 私が一喝すると、子供たちはビクリとして動きを止めた。


「でも……こいつが横取りしようとして……」


「言い訳無用。

 ポイントが欲しいなら、知恵を使いなさい。

 喧嘩してる時間があったら、協力してさっさと終わらせた方が効率的でしょう?」


 私はディスプレイを操作し、クエストの内容を書き換えた。


『特別クエスト!

 二人で協力して、水路の詰まりを直せ!

 報酬:100ポイント(一人50ポイント)』


「ほら、これなら文句ないでしょ?

 一人じゃ大変な仕事も、二人ならすぐに終わるわ。

 報酬も山分けよ」


「……ちぇっ、しょうがねえな」

「うん、分かった」


 子供たちは顔を見合わせ、渋々ながらも握手をした。

 そして、道具を持って水路の方へと走っていく。


「ふふっ。単純ね」


 私は彼らの背中を見送った。

 こうして少しずつ、彼らは社会のルールと、協力することの大切さを学んでいくのだろう。

 Fカードという小さな魔法の板が、彼らの世界を広げているのだ。


「お嬢様、さすがです!

 子供たちの扱いが上手ですね!」


 ケイナが感心したように言う。

 私は肩をすくめた。


「前世で、新人芸人の教育係をやらされてたからね。

 生意気なガキの扱いは慣れてるのよ」


 広場には、今日も希望の音が響いている。

 ピピピッ、という電子音と、子供たちの笑い声。

 それは、かつての暗いスラム街にはなかった、新しい時代の音色だった。


 私は空を見上げた。

 イマクサの空は高く、青い。

 この空の下で、私たちはもっともっと、面白いことができるはずだわ。


「さて、次は大人の事情を片付けに行きましょうか。

 異民族との交渉、待たせてるしね」


 私はディーノを呼び、次の現場へと向かう準備を始めた。

 スラムの改革は順調。

 次なる課題は、この土地に根付く古い対立の解消だ。


 私の針仕事は、まだまだ終わらない。


++++++++【山岳の民と鉄の掟】


 スラムでの視察を終えた私は、ディーノの案内でイマクサ領の北部、険しい山岳地帯へと足を踏み入れていた。

 そこは、人間が滅多に近づかない獣人族の聖域。

 断崖絶壁に囲まれた谷底に、彼らの集落がひっそりと存在している。


「……空気が違うわね。鉄と、獣の匂いがする」


 私が鼻を鳴らすと、先行していたディーノが苦笑いした。


「ああ。ここの連中は鼻が利くからな。

 もうとっくに俺たちの接近に気づいてるはずだぜ」


 その言葉通り、岩陰から鋭い視線を感じる。

 茂みが揺れ、数人の影が飛び出してきた。

 狼の耳と尾を持つ、筋骨隆々の戦士たちだ。

 彼らは粗末な皮鎧を纏い、手には黒く鈍い光を放つ槍を持っていた。


「止まれ、人間!

 ここから先は我らの土地だ! 立ち去れ!」


 先頭に立つ若い狼男が吼える。

 その目には、隠しきれない敵意と憎悪が宿っていた。

 名前はガウ。

 ディーノの情報によれば、部族一番の狩人であり、対人間強硬派の急先鋒だ。


「落ち着きな。

 俺たちは喧嘩しに来たんじゃねえ。

 族長への手土産を持ってきたんだよ」


 ディーノが背中の袋を下ろし、中身を見せる。

 そこには、王都から運んできた最高級の酒樽と、新鮮な野菜、そして干し肉がぎっしりと詰まっていた。


「酒……だと?」


 ガウの鼻がピクリと動く。

 山奥で暮らす彼らにとって、酒や新鮮な野菜は貴重品だ。

 喉がゴクリと鳴る音が聞こえる。


「族長のヴォルグに会わせてくれ。

 話を聞くだけでいい。

 気に入らなきゃ、俺たちはすぐに帰るし、この酒も置いていく」


 私が交渉を持ちかけると、ガウは迷うように仲間たちと顔を見合わせた。

 やがて、彼は槍を下ろし、渋々といった様子で道を開けた。


「……ついてこい。

 ただし、妙な真似をしたら即座に喉を食い破るぞ」


 脅し文句と共に案内された集落は、予想以上に整備されていた。

 岩をくり抜いて作られた住居、整然と並ぶ工房、そして中央には巨大な溶鉱炉が鎮座し、赤い火花を散らしている。

 カンカンカン! という槌音が、谷底に響き渡っていた。


「すごい……。これだけの設備、王都の職人街にもないわよ」


 私が感嘆の声を漏らすと、工房の奥から一人の巨漢が現れた。

 全身を分厚い毛皮で覆い、顔には深い皺が刻まれた、熊の獣人だ。

 その手には、自分の体ほどもある巨大なハンマーが握られている。


「……人間か。

 何の用だ。我々は貴様らに売るものは何もないぞ」


 彼こそが族長、ヴォルグ。

 鍛冶の腕はドワーフにも匹敵すると言われる、この部族の長だ。

 その声は重く、地響きのように腹に響く。


「初めまして、族長。

 私はストレイ・フロンティア。この地の新しい領主代行です」


 私が名乗ると、ヴォルグの目が鋭く細められた。


「フロンティア……。

 我らを狩り、奴隷として売り飛ばした、あの忌まわしい一族か!」


 ヴォルグがハンマーを振り上げる。

 周囲の空気が凍りついた。

 ガウたちも殺気立ち、武器を構える。


「誤解しないでください。

 私は、その『忌まわしい一族』を追い出し、新しいルールを作りに来たのです」


 私は一歩も引かずに言い放った。

 ここで怯めば、交渉は決裂する。

 私は懐から、一枚の布を取り出した。

 それは、以前私が試作した『絶対に破れない作業着』の生地だ。


「これを見てください。

 私が作った布です」


 ヴォルグは怪訝な顔で布を受け取り、力任せに引き裂こうとした。

 しかし、布はビクともしない。

 彼の怪力を持ってしても、繊維一本切れないのだ。


「……ほう。面白い。

 ただの布ではないな。魔力が編み込まれている」


「ええ。

 でも、これだけじゃ足りないんです。

 もっと強く、もっと便利な道具を作るためには、貴方たちが打つ『黒鉄』が必要なんです」


 私は彼らの工房に積まれていた、黒い金属の塊を指差した。

 黒鉄。

 魔力を通しやすく、熱に強い、この山岳地帯特有のレアメタルだ。

 彼らはこれを武器や農具に使っているが、そのポテンシャルはもっと高いはずだわ。


「我々の黒鉄を欲しがる人間は多い。

 だが、奴らは皆、我々を騙し、奪っていった。

 貴様も同じだろう?

 甘い言葉で近づき、最後には我々を鎖に繋ぐつもりか?」


 ヴォルグの言葉には、深い悲しみと怒りが滲んでいた。

 かつて、父リックザクや悪徳商人たちが、彼らに何をしたのか。

 想像するだけで胸が痛むわ。


「いいえ。私は『奪う』のではなく『交換』しに来たのです」


 私はディーノに合図し、酒樽と食料を並べさせた。


「貴方たちが作る黒鉄や、森で採れる薬草、海で採れる珍しい貝殻。

 それらを、私たちが作る服や、美味しいお酒、そして食料と交換しませんか?

 対等なパートナーとして、契約を結びたいのです」


「対等……だと?」


「ええ。

 私たちは、貴方たちの技術を必要としています。

 そして貴方たちも、冬を越すための食料や、子供たちに着せる暖かい服が必要なはずです。

 お互いに足りないものを補い合う。それが商売でしょう?」


 私の提案に、ヴォルグは黙り込んだ。

 彼はじっと私を見つめ、私の瞳の奥にある真意を探ろうとしているようだ。


「……口先だけなら何とでも言える。

 だが、人間は信用できん。

 特に、貴様のような魔術を使う女はな」


 その時、横からガウが割って入った。


「親父! 騙されちゃダメだ!

 こいつら、魔獣の死体を森に撒き散らして、俺たちの狩場を荒らした奴らだぞ!

 信用できるか!」


 あ、バレてた。

 迷いの森での一件ね。


「あれは正当防衛よ。

 それに、死体は全部回収して美味しくいただいたわ。

 ……あ、骨だけ残しちゃったのはごめんなさいね」


「食っただと!? あのエンシェント・ベアを!?」


 ガウが目を剥く。

 彼らにとっても、あの熊は恐るべき天敵だったらしい。


「嘘だと思うなら、試してみる?

 私と勝負して、私が勝ったら話を信じてくれるかしら?」


 私は挑発的に言った。

 獣人族は力を重んじる。

 理屈で説得するより、実力を見せた方が話が早いわ。


「上等だ!

 俺が相手になってやる!

 負けたら、その着てる服ごと剥ぎ取ってやるからな!」


 ガウが槍を構え、広場の闘技場へと飛び出す。

 ヴォルグも止めようとはしない。

 これは、私の覚悟を試す儀式なのだ。


「いいわよ。

 でも、私が勝ったら……貴方、ウチの専属モデルになってもらうわよ?」


「はあ!? モデルだぁ!?」


 ガウが困惑する隙に、私は開始の合図もなく踏み込んだ。

 銀の針を構え、魔力糸を展開する。


「いくわよ!

 『強制お着替え』の術!」


 シュパパパッ!


 私の指先から放たれた糸が、ガウの皮鎧の結び目を正確に捉え、切断した。

 鎧が弾け飛び、彼は腰巻き一丁の姿になる。


「な、何だ!?

 俺の鎧が……!」


 さらに、私は糸で彼の足首を絡め取り、宙吊りにした。

 圧倒的な実力差。

 力任せの攻撃など、私の魔法の前では無意味だわ。


「ぐわぁぁっ! 離せ! 卑怯だぞ!」


「卑怯? これは技術よ。

 貴方の槍も、私の糸も、使いようによっては武器にも道具にもなる。

 ……どう? まだやる?」


 私がニッコリ笑うと、ガウは顔を真っ赤にして、悔しそうに唸った。


「……まいった。

 俺の負けだ」


 会場が静まり返る。

 そして、ヴォルグがゆっくりと手を叩いた。


「見事だ。

 力だけでなく、技と知恵も兼ね備えているようだな。

 ……いいだろう。貴様を信じてみよう」


 ヴォルグが私に手を差し出す。

 その手はゴツゴツとしていて、鉄の匂いがした。

 私はその手をしっかりと握り返した。


「ありがとうございます、族長。

 これから、よろしくお願いしますね」


 こうして、私たちは獣人族との同盟を結ぶことに成功した。

 彼らの黒鉄と、森の恵み。

 そして何より、彼らの屈強な肉体と技術。

 これらは、イマクサの復興にとって、かけがえのない財産になるはずだ。


「さあ、宴だ!

 新しい盟友の誕生を祝して、飲もうではないか!」


 ヴォルグの号令で、集落は一気に宴会ムードになった。

 私が持参した酒樽が開けられ、獣人たちが歓声を上げる。

 ガウも、最初は不貞腐れていたけれど、私が渡した『特製ジャーキー』を食べた瞬間、尻尾を振って喜んでいた。

 単純で、いい子たちね。


 私は宴の輪に入り、彼らと語り合った。

 かつての悲劇を乗り越え、新しい未来を作るために。

 異なる種族、異なる文化。

 それらを縫い合わせ、一つの大きな絵を描くこと。

 それが、私の仕事だわ。


 夜が更けていく。

 山岳の冷たい風も、今夜ばかりは温かく感じられた。


++++++++【奇祭? それとも文化?】


 港町の一角、ひときわ目立つ建物があった。

 それは石造りでも木造でもなく、鮮やかな水色に塗られた鉄の箱――コンテナを積み上げたような、異世界ではありえないほどモダンでポップな店舗だった。

 看板には、独特の丸っこいフォントで『ムッタん♥』と書かれ、その横には虚空を見つめるムツゴロウのイラストが描かれている。


「ようこそ! ここが私の城だよ!」


 チアキが両手を広げて歓迎する。

 店内に入ると、壁一面に大小様々な『ムッタん帽』が並べられていた。

 安価な布製のものから、フサフサの毛並みを持つ高級品まで、そのバリエーションは無駄に豊富だ。


「……すごいわね。

 これ、全部あんたがデザインしたの?」


「うん! あ、でも縫製は職人さんに手伝ってもらってるよ。

 最近は注文が多くて、私一人じゃ追いつかなくて」


 チアキが照れくさそうに頭を掻く。

 私は高級版の帽子を手に取り、まじまじと観察した。

 以前、ケースが分析した通り、魔導泥による障壁効果があるのは分かっていたけれど、実物に触れてみて、さらなる機能に気づいた。


「これ……ただ守るだけじゃないわね。

 周囲の魔素を吸収して、着用者の体内に循環させている。

 微弱だけど、持続的な『スタミナ回復』と『精神安定』の効果があるわ」


「えっ、そうなの?

 私はただ、被ったら元気が出るようにって念じただけなんだけど……」


 チアキが驚いている。

 無自覚なのが一番恐ろしいわね。

 彼女の「願い」を具現化するスキルは、私の想像以上に強力なのかもしれない。

 あるいは、この土地イマクサ自体が、魔力を増幅させる特異点なのか。


「ハロー! これは面白い構造だね!

 耳の部分がアンテナになっていて、魔力を集めているみたいだ。

 まるで、古代の『集魔装置』を小型化したみたいだよ」


 スノッツティも興味津々で帽子を分解しようとしている。

 古代の技術……。

 その言葉に、私の心臓が小さく跳ねた。


 その時。

 店の奥にあるカーテンが揺れ、ぬらりとした影が現れた。


「ん? 騒がしいのう。

 昼寝の邪魔をするでない」


 現れたのは、体長1メートルほどもある、巨大なオオサンショウウオだった。

 つぶらな瞳に、半開きの口。

 そして、その体からは、圧倒的ながらも心地よい、自然の魔力が溢れ出している。


「あ、ヨッチャン! 起きたの?」


 チアキが駆け寄り、その頭を撫でる。

 ヨッチャンと呼ばれた生物は、気持ちよさそうに目を細めた。


「ヨッチャン……?」


 私はその名前に聞き覚えがあった。

 そして、その姿にも。

 前世の私が、子供の頃に片時も離さず持っていた、ムツゴロウのぬいぐるみ。

 ある日、公園で無くしてしまい、何日も泣き続けた、あの大切な友達。


 ヨッチャンがゆっくりと顔を上げ、私を見た。

 その瞳と目が合った瞬間、私の脳内に直接、低い声が響いてきた。


『……ほう。

 久しぶりだな、ちっこいの。

 随分とデカくなりおって』


「え……?」


 私は言葉を失った。

 テレパシー?

 それに、この口調。

 まさか、本当に?


『忘れたか? 雨の日も風の日も、お前のよだれと涙を受け止めてやった、この吾輩を。

 まあ、あの頃はただの綿の塊だったがな』


「ヨッチャン……なの?

 本当に、私のヨッチャン?」


 私が震える声で尋ねると、ヨッチャンはニカっと笑った(ように見えた)。


『いかにも。

 お前が無くした後、この土地の精霊に拾われてな。

 長い年月を経て、こうして受肉したというわけだ。

 ここは居心地がいいぞ。泥は柔らかいし、飯も美味い』


 彼はのんびりとあくびをする。

 大精霊。

 この地の守護神とされる存在が、まさか私のぬいぐるみだったなんて。

 人生、何が起こるか分からないわね。


「ヨッチャン、店長さんと知り合いなの?」


 チアキが不思議そうに首をかしげる。

 彼女には、私たちの念話は聞こえていないようだ。


『ああ、古い馴染みだ。

 腐れ縁というやつだな』


 ヨッチャンは短く答え、私に向かって尻尾を振った。


『歓迎するぞ、ストレイ。

 お前が来るのを待っていた。

 この土地には、お前のような「変革者」が必要なのだ』


「変革者……?」


『うむ。

 この地下には、古い時代の遺産が眠っている。

 お前たちの言葉で言えば……「ダンジョン」というやつだな。

 そこには、危険と、そして未来への鍵が封印されている』


 ヨッチャンの言葉に、私はディーノが見つけた「看板」のことを思い出した。

 現代日本の文字が書かれた看板。

 そして、ヨッチャンの存在。

 全てが繋がっていく。


「……なるほどね。

 ただの田舎だと思っていたけど、とんでもない秘密基地だったってわけか」


 私は武者震いをした。

 スラムの復興、異民族との交流、そしてダンジョンの攻略。

 やることは山積みだ。

 でも、だからこそ面白い。


「いいわ、ヨッチャン。

 あんたが守ってきたもの、私が引き継ぐわ。

 そして、もっと面白くて、もっと住みやすい場所に変えてみせる」


『フン、大きく出たな。

 まあ、お手並み拝見といこうか。

 吾輩も、久しぶりに退屈しのぎができそうだ』


 ヨッチャンは満足げに喉を鳴らした。

 これで、最強の守護神も味方につけた。

 フロンティア・テキスタイルの戦力は、もはや国家レベルだわ。


 店を出ると、空は茜色に染まり始めていた。

 私たちは港を見下ろす丘の上に移動した。

 そこには、潮風に吹かれながら、仲間たちが待っていた。


 ディーノ、ケイナ、ショウちゃん、アルフォンス、ケース、スノッツティ、ムサニキ。

 そして、新しく加わったチアキとヨッチャン。

 個性豊かで、一癖も二癖もある連中だ。


「……絶景だな」


 ムサニキが呟く。

 眼下には、復興の灯りがともり始めた街並みと、夕日に輝く海が広がっている。

 かつては絶望に沈んでいたこの場所が、今、確かな鼓動を刻んでいる。


「ええ。

 でも、これはまだ完成形じゃないわ」


 私は一歩前に出て、海に向かって手を広げた。


「あそこに見える岬には、巨大なリゾートホテルを建てるわ。

 地下のダンジョンは、冒険者たちが挑むテーマパークにする。

 異民族の里とは交易路を結んで、特産品を世界中に輸出するの」


 私の言葉に、仲間たちが目を輝かせる。


「そして、私たちの店『フロンティア・テキスタイル』は、この街のシンボルになる。

 服で、食で、魔法で。

 世界中の人々を驚かせ、笑顔にする。

 それが、私の……私たちの『開拓』よ!」


「「「オーッ!!」」」


 全員の声が重なり、夕空に響き渡る。

 その声は、新しい時代の幕開けを告げるファンファーレのようだった。


 私は振り返り、仲間たち一人一人の顔を見た。

 みんな、いい顔をしている。

 前世で孤独だった私が、こんなにたくさんの仲間に囲まれているなんて。

 バナナの皮で死んだ甲斐があったというものね。


「さあ、行きましょう!

 夜はこれからよ!

 今日は朝まで、私たちの未来について語り明かすわよ!」


「賛成! 酒だ酒だー!」

「僕の美学も、朝まで語り尽くせないよ!」

「ハロー! 新作のアイデアが止まらない!」


 賑やかな声と共に、私たちは街へと戻っていく。

 その背中を、ヨッチャンとショウちゃんが、呆れつつも温かく見守っていた。


 私の名前はストレイ・フロンティア。

 元お笑い芸人、現役の領主、そしてこれからは――


 世界を面白く「お直し」する、最強のクリエイターよ!


 物語は、第2章『イマクサ開拓・ダンジョン運営編』へと続いていく。


 私たちのたちの戦いはこれからだ!!


 (第1章 完)






++++++++


ご愛読ありがとうございました。


1章は構想とプロット作成など週末作業で行い、100話で2年以上を費やしましたので、しばらくのお待ちをいただきますようお願いします。


また、読了のお礼などは活動報告欄でさせていただきます。


次章は本格的な領地経営となり、タイトルの回収となる予定ではありますが、改めまして、ストレイの転生の序章をお読みいただき感謝いたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ