6. 君らの願いを続けるよ(終)
「ロア」
「はいはーい」
途中、人間たちの関所や見張り台があるのだが、ロアが一人で尋ねると、こんな辺境に女の子は珍しいのか、驚いたりデレデレしたりしながら簡単に中に入れてくれた。そこでロアが満面の笑みを浮かべて杖でトンと床を叩く。
「おやすみなさい」
言うと同時に、人間たちはバタバタと倒れた。初級魔法、睡眠気であり、ロアは初級の魔法であれば、無詠唱で使うことができる。ただ効果範囲を限定するのが下手なので、僕たちは少し離れたところから見守っていた。
そんなかんなで、高い山々に挟まれた道のところまでたどり着く。そこには薄暗いモヤがかかっていて、ここが人間と魔物の境界だった。
すっかり仲良くなったアトとロアが、遠くなっていく狼とゴブリンたちに手を振っている。あんなに退治しようと張り切っていたアトの方が涙を浮かべて、ロアから泣き虫と揶揄われている。
まあ、これでいいんだよな。
いのち、だいじに。
もちろんこれは双子と周りの人たちを考えて言った言葉で、魔物の命のことなんて僕自身、きちんと考えたことはない。
8年前、双子が生まれた時のことは覚えている。
そのころの僕は、魔王を滅ぼすことになる、勇者のパーティの一員だった。
※
産まれてきたアトとロアを、魔女クエタは愛おしそうに抱いていた。
傍に立つ勇者フェムトがそのクエタを支えて、幸せそうに双子を見ている。
それから時が経ち、魔王城を前にしたフェムトが言った。
「僕自身はずっと、人並みの幸せということがわからなかった。だからせめて、誰かの幸せを守ろうと思ったんだ」
「そうだったね、でも今はわかるんだろう?」
「ようやくさ。君とクエタのおかげだ」
照れたようにフェムトは笑い、そして表情を引き締めた。
「魔王は必ず倒し、世界に平和をもたらしてみせる。けど。
もしそのとき、僕やクエタに何かがあったのなら、あの双子は、君が育ててくれないか」
「縁起でもないこと言うなよ。君とクエタの子供だろ?人類最強の双子じゃないか。僕には荷が重いよ」
「君だから、頼みたいんだよ。他のみんなではなく、君に頼みたいんだ」
出会った頃と同じように、勇者が真っ直ぐに僕を見て言った。
双子と同じ、銀の髪が風に流れる。
「僕たちが勝ち取った平和な世界で、双子を、人並みに幸せにしてやってくれないか」
フェムトには予感があったのかもしれない。魔王は滅ぼしたものの、その死後の呪いにより、フェムトとクエタは相打ちになって倒れた。そして僕だけが知っていることとして、クエタは魔王の実の娘であり、双子は勇者と魔王の血を引いていることになる。
そして僕は、二人の願いの通り、双子を普通の子として育てることに決めたのだ。
いのち、だいじに。
魔王の血を引く二人にとって、人間も魔物も命の区別はないのかもしれない。
※
やがて見送りが終わり、涙で顔を赤く腫らした双子が帰ってきた。
「うまく見送れたかい?」
「うん、おいちゃん! オレ、やっつけなくてよかった!本当に…!」
アトがボロボロ泣いている。
「もう泣き虫!そろそろ泣き止んだら?」
そう言うロアも顔を赤く腫らしていた。
「君たちはおいちゃんの宝物だよ」
僕は双子を抱き上げて、頬を寄せた。心の深いところから、声が漏れた。
「二人のおいちゃんでいられて、僕は幸せだなあ」
「「オレ/ロアも!!」」
「きゅう!」
クエちゃんがコウモリの羽をパタパタさせて、僕たちの周りを飛び回った。
それから僕たちは、夕焼けに照らされた道を、手を繋いで帰ったのだった。
おまけ
帰り道はすっかり日が暮れてしまい、今の季節、まだ夜は冷える。双子は防寒具を着せていたが、夜になると思っていなかった僕は比較的、薄着だった。
そのためか次の日、僕は風邪をひいたらしく、熱を出したのだった。
「おいちゃん!大丈夫?」
部屋で寝ている僕の元へ、ロアが心配そうに、桶に水を汲んでやってきた。
「ロアが看病してあげるね!」
タオルを絞っているようだが、非力なロアはうまく水を切れない様子だった。しかしそんなことお構いなしに、びっちゃびちゃのタオルが僕の顔の上に乗せられる。
つ、つめたい…。それに息が…
ロアは褒めて、とばかりに笑顔で僕の方を覗き込んでいる。僕は最後の力を振り絞り、ロアの頭を撫でてあげた。
「ロアちゃん、ア、アト…は?」
「買い物に行ったよ」
「ああ、そう」
僕は力なく腕をベッドの下に下ろした。
その僕の手をクエちゃんが心配そうにぺろぺろ舐める。
頼む、アト。早く帰ってきてくれ!
Fin.
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
最後まで、頼りないおいちゃんと双子を見守ってくださり、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたのなら、幸いです。
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