専属メイドの災難
快適な睡眠は心を豊かにする。
よく眠ったノアは気持ちのいい目覚めをした。
あくびをしながらソファで寛いでいると、玄関から物音がした。
「ユウトちゃんの主になったノア様はいないかしら?」
嫌な予感を瞬時に察知したノアは居留守を決め込んだ。
「んもぅ、ここにいるはずなのに、なんで出てこないのかしら?」
「面倒くさそうだからですよ」っと心の声で返事をするノア。
「どうしましょう。ご挨拶も出来ていませんし……」
悲しそうにする女性に一人の男が白い歯を見せて笑いかけた。
「ここは僕に任せてください」
「さすが私のダーリンね!」
「ふふっ、あぁリラ。そんなに褒めてくれるのかい?」
「もちろんよ、だって私はユノンの妻ですもの!」
「さすがだ、僕のマイスイートハニー!」
玄関先でイチャイチャし始めるバカ夫婦に困惑を隠せないノア。
ユウトの死んだ目の理由をこのとき初めて知ってしまったことに後悔を覚える。
使用人たちはせめて優秀であってくれ、と思いつつ、再び昼寝に戻ろうとするノア。
「あの、勝手に入って申し訳ないのですが、奥様たちの対応をお願いできませんか?」
ずいっと顔を覗かせてきたのはメイドのうちのひとりだった。
「君は?」
「私ですか?私は奥様の専属メイドのヒルデと申します」
「丁寧にありがとう。あれの相手をしないといけないの?」
「あれで本当に申し訳ないです。仕事してるときは優秀なのですが、普段はあれでして……」
ノアはヒルデの様子からなにかを察した。
「苦労してるんだねぇ……」
「わかります?」
「うん、頼んだ」
ヒルデの苦労を知ったノアは、ヒルデに任せることにした。
「は、はい?」
「慣れたもんだろ。じゃじゃ馬の操り方」
「いや、あのあのあの……」
困惑を隠せないヒルデはノアの肩を揺すった。
「おやすみなさい……すやぁ」
「待ってください!起きてください!お願いですからぁ、ねぇ!起きてよぉ……無理だよぉ……」
狸寝入りで逃れようとするノアに、ヒルデは泣きながら肩を揺らした。
「うわぁぁぁあああーーーっ!!」
「あー、わかったわかったよぉ!なんで、泣くの?なんで、泣いちゃうの?もう、わかったから、泣き止んでくれぇ」
「ぐすん……」
涙を浮かべるヒルデにノアは頭をかきながら、ヒルデを慰める。
「もう、わかったから……」
「うううう」
「よしよーし、いい子いい子」
頭を撫でながら慰めていると、いつの間にか侵入していたマルマとメルメが顔を覗かせた。
「泣かせてるね、チロ」
「ギャウッ!」
「泣かせたね、ミューズ」
「ギャウッ!」
頭に蜥蜴を乗せたマルマとメルメは、ノアの一部始終を見ていたようだ。
「マルマとメルメ、しーっ」
「し?」
「しし?」
「だめだぞ、大人をからかったら」
「おかしなことを言うノア様」
「ノア様も子供」
そう、ノアも少年の姿であり、マルマとメルメよりも背は高いが、それでも子供の部類に入る。
「大人だから」
「ノア様も子供、かわいい」
「かわいい、ノア様」
大人と威張るノアに、マルマとメルメはそっと頭を撫でる。
「愛されてますね、ノア様」
「たまたまだ。で、どうする?」
「奥様と旦那様は単純なので、てきとうに言えば問題ないです」
「わかった。面倒だが行ってくる」
ノアが一人、玄関に向かうと、マルマとメルメはそっと後ろからついていった。
ヒルデもまた、ノアに付き添う形で、一緒に向かった。